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No.108:side・Sophia「その頃の魔竜姫 Part4」

「はぁ………」


 まさか、あの男が王都におらんかったなんて……。

 失意に沈む私は、テントの中に設えられた天蓋付ベッドの上にぐったりと体を横たえていた。

 どうでもいいが、テントの中に天蓋付ベッドとか、場所を取るし、組み立てるのは大変だしで、きわめて不便だなぁ。

 なんてどうでもいいことが思い浮かぶくらい、やる気が出ない。はぁ……。

 ペチンペチンとベッドの縁を尻尾で叩くと、そんな様を見ていたラミレスが含みのある笑い声を上げた。


「くっくっくっ……。なんだか、恋煩いしてる女の子みたいだねぇ」

「なんだと」


 そんなラミレスの言い草に、ムクリと体を起こして睨みつけてやる。

 だが、ラミレスは柳に風といった風情で私の視線を受け流した。


「だってそうだろ? 王都に想い人がいないからって、やる気なくして戦闘に出ていかないんだからさぁ?」

「女の子はともかく、恋煩いではなかろう」

「ならなんで出ていかないのさ? 別に戦うだけなら、騎士団長だって十分な実力の戦士だろ? あのヴァルトと互角なんだからさ」

「………」


 ラミレスの言葉に、私は沈黙を返す。

 確かに、アメリア王国の騎士団長は素晴らしい技量を持った戦士だ。

 前回も、その杖術の冴えを堪能させてもらったところだ。

 だが……。


「……確かに、騎士団長は素晴らしい実力だが、それは技量によって支えられたものだ」

「そうなのかい?」

「うむ。私にしろヴァルトにしろ、どちらかといえば腕力で強引に押しとおる戦い方になるが、あの団長はそういったパワーを受け流す術に長けている」


 攻撃を当てても、まるですり抜けるように攻撃を受け流す。そうして体勢が崩れたところに、渾身の一撃を当ててくる。それが、騎士団長の戦い方だ。

 ヴァルトも私も、己の重量を攻撃に利用することがある。そうすることで、体重に勝る相手を吹き飛ばして、戦況を優位に運ぶことができる。

 だが、騎士団長にはそういった優位が通用しない。どういう経緯でそんな技術を修得したのかは知らないが、あの男は体格や重量に勝る相手との戦いに慣れているようだった。


「ヴァルトであれば、そうして攻撃を無効化される相手に対しても互角に戦えるだけの技術や経験があるが……あいにく私にそこまでの技術はない」

「だから?」

「……どうにも、消化不良になるのだ」


 不思議そうなラミレスに、あたしはムスッと不機嫌な表情を晒す。

 ……ガオウやマナには見せられんな、こんな顔。


「攻撃を当ててもすり抜ける、かと思えば、チクチクと相手の攻撃が刺さる。どうにもストレスが溜まっていかん。そういう戦い方があるのもわかるが、私にそういうのは性に合わん」

「性に合わないって、姫様、あんたねぇ」


 ラミレスが、手のかかる子供をなだめるような苦笑を見せる。

 ……そんな顔することないではないか。


「性に合わんものは合わん。さりとて、コウタが相手では私の全力を受け止められんし」

「己の全力を受け止めてもらえる相手の存在は、貴重ですからな」

「おや、ヴァルトかい?」


 ぶー垂れていると、テントの中へとヴァルトが入ってきた。

 その顔は、やっぱり手のかかる子供をなだめる親のような表情だ。ラミレスに比べれば、いささか優しげな表情だが。


「私にとっては、ゴルトの相手は己の技量を試すに絶好の相手ですが……閣下には物足りぬ、いや、物足りすぎる相手でしたかな?」

「うむ。極めて不愉快といっても過言ではない」

「偉そうに言うんじゃないよ」


 胸を張って言い切ると、ラミレスが私の頭を触手でツンツンと突く。

 彼女の触手を掌で払いつつ、私は言い訳を続けた。


「仕方ないではないか。技量に差がありすぎる。おかげで、攻めてるはずなのに、相手に一方的にいいようにあしらわれたのだぞ? あ奴はもう、ヴァルトが相手するしかあるまい」

「そうですな。では、やはり閣下のお相手はタツノミヤ・リュウジということで」

「貴様もそれを言うか?」

「? 何の話ですかな?」


 まるで相思相愛、というようなヴァルトの言い草に睨みつけると、ヴァルトは何を言っているのかわからないとでもいう様に、きょとんとした表情になった。

 ……ヴァルトの言葉に裏はない。うん、落ち着こう。


「いや、なんでもない……。そうだな、あの男であれば、我が全力を受け止めるに足る戦士だ。うむ」

「大変結構なことです。今はタツノミヤ・リュウジがおりませんが……彼奴が帰ってきたときは、存分にそのお力を振るわれるとよいでしょう」

「うむ、そうだな……」


 ヴァルトの言葉に、私は小さく頷いた。

 まったく……あ奴がおらんというだけで、これほどに調子が狂う。以前はそんなこともなかったのだがな……。

 顔をしかめる私を見て、ラミレスがニヤリといやらしい笑みを見せた。


「そうだねぇ。タツノミヤに会えたら、存分に甘えるといいさね」

「甘えるってなんだ甘えるって」


 ラミレスの言い草に、また顔をしかめる。


「だってぇ、タツノミヤがいないだけで、そんな元気がなくなるんだろぉ? なら、今度会うときを思うと胸が躍るんじゃないかい?」


 ニヤニヤといやらしい笑みを浮かべるラミレス。


「胸が躍る、というのは否定せんが、貴様が考えているような意味合いはない」


 じっとりとした眼差しで否定して見せるが、ラミレスはそれを無視して言葉を重ねた。


「今の姫様を見て、そう考える奴はいないさ。ねぇ、ヴァルト?」

「お前が考えているような意味合いかどうかはともかくとして、タツノミヤ・リュウジが閣下にとって極めて重要な存在になっているのは確かですな」

「あぁん」


 ヴァルトの言葉に、ラミレスが残念そうな声を上げる。

 が、聞き捨てならんな。あの男が極めて重要だと?


「ヴァルト。それはどういう意味だ?」

「そのままの意味です。……いえ、含みはありませんが」


 一度言い切ってから否定するヴァルト。

 つまり貴様も、あの男と私の関係がどうこう言うということか? あぁん?


「ヴァルト? 決して怒らぬから、私があの男をどう思っているか……お前の意見を聞かせてもらいたいのだが」

「それは怒る前振りでしょう……」


 にこやかに微笑みながらの私の言葉に、ヴァルトは苦笑するが、一転して真剣な表情でこう答えた。


「きわめて得難い、全力でぶつかれる相手でしょうか」

「………うむ」


 あっさり答えられ、それも外れておらず、含みもない言葉だったせいで怒るに怒れない。くっそぅ。


「好意を持つ持たぬにかかわらず、己の全力で当たることができる存在は極めて貴重です。特に、閣下にとっては」

「……そうだな」


 ヴァルトの言葉に、私は小さく頷く。

 こちらに来て、あの男に出会うまで……私には全力でぶつかれる相手がいなかった。

 騎士団長の相手はヴァルトがしていたし、それ以外の者たちも避けることはあっても受け止めてくれることはなかった。

 だが、ある日突然現れたあの男……彼は私の全力を真正面から受け止めてくれた。その瞬間の、胸の高鳴りは、今でも覚えている。……直後の醜態と、あの男の奇行のせいで、そのあとはすぐに逃げ出してしまったわけだが。

 その後も、何度か戦う機会はあったが、そのたびそのたび、奴の変態的な発言や行動で戦闘をはぐらかされ……。

 ……だが、その実力は、会うたび会うたびに上がっていった。

 我々が攻め入るのに、ある程度期間を開けていたのを差し引いても、驚異的な成長率だ。

 久しぶりに会った時など、クロエの剣を素手でへし折って見せた。私でもできるかどうか……。

 今となっては、アメリア王国の戦力の中核を担うといっても過言ではあるまい。

 そんなあの男と戦うことを、心待ちにしている自分がいるのに、ふと気が付いた。

 ……………………。


「…………フン」


 そんな自分の心の内を自覚し、鼻を鳴らす。

 馬鹿馬鹿しい。これでは、ラミレスの言っていることを肯定しているようなものだ。

 今回の休養は、前回の魔導師があの様では、わざわざ私が出るまでもないからだ。そうに違いない。

 うむ、この話題はこれで終了。それよりも、気にすることがある。


「とりあえず、あの男の有用性は置いておこう」

「有用性って姫様」

「そんなことより、ハーピー達の報告によれば、クロエが向こう側にいるそうだな?」


 ラミレスが私の言葉に一瞬愉快そうな顔になるが、ハーピー達の報告のことを話題に上げると、一瞬で真剣な表情に戻る。

 向こう側とは、我々が今いる場所から王都を挟んで反対側の土地のことを差す。

 


「……ああ、そうだね。それだけじゃなく、死霊団の連中も向こう側にいるみたいだね」

「ならばガルガンドや、ともに行動しているリアラも向こう側だな……」


 定期連絡が途絶え、連中の行動が分からなくなってからかなりたつ。

 その所在がようやく判明したのはよいのだが……。


「何故向こう側にいるのだ……?」

「問題はそこだねぇ」


 王都の向こう側は、元来であれば、王都への侵攻が完了した後に攻め入る予定の土地である。

 今は王都への侵攻の最中。つまり、向こう側へと攻め入るような余裕はない。

 そんな場所に、なぜ死霊団の者たちが立ち入っているのか……。


「こちらの方で死霊団の連中が見つからなくなった理由はわかったが、釈然とせんな……」

「まったくだね。向こう側なんて、攻め入る意味がないよ。魔王軍(ウチ)には、包囲戦なんてやらかす人員的余裕はないし」

「……いえ、元々の行動を考えると不思議なことではないかと」


 死霊団の意味不明な行動に頭を悩ませていると、ヴァルトがポツリとつぶやいた。

 どういうことだと目で問うと、ヴァルトは思案しながらつぶやいた。


「彼らがアメリア王国偵察のために潜伏していた森ですが、地理的には向こう側です。偵察の関係上、身を隠すことができる場所があれば、そこに身を潜めるのは道理ですが、そもそも、偵察に使用していた方法のことを考えると、わざわざ我々と別行動を取ること自体がおかしいともいえます」

「む……言われてみれば……」


 死霊団……というよりガルガンド個人の能力なのではあるが、王都侵攻に際して王都の偵察をお願いしていた。

 その際に使用する能力に関して説明を受けたのだが、言われてみれば距離を問うような力ではないな……。

 そのあたりに関する意見を聞こうとラミレスに目を向けると、ラミレスは肩をすくめた。


「ヴァルトのいう通り、別にここで見ることもできるさね。ようは長距離通信の術式を応用したものだからね」

「当然王都も、知覚の中、か」


 ならば、わざわざ定期報告を挟むような、効率の悪いマネを行ったのは何故……。

 いや、考えるまでもないか。今、連中との連絡が取れなくなったのがその理由……。


「ならば、死霊団は初めから、王都の向こう側へと向かうのが目的だった……?」

「当初、我々と行動を共にしていたのは、マルコの命があったからでしょう」

「じゃあ、なんで今この段階で連絡を絶つんだい? 向こう側に行くのが目的だったら、はじめっから向こうに行ってりゃいい話じゃないかい?」

「問題はそこだな。奴らの行動がおかしくなったのは、いつからだ?」

「……勇者たちによって、森に潜伏していたリアラ達を発見された辺りからでしょうか」


 勇者たちに発見されたことによって、連中が行動を起こしたのであるとすれば、それは何故だ?

 勇者たちに、連中の存在が露見するのはあ奴らにとってもマイナスにしかならないだろうに……。

 ようやく奴らの所在が判明したというのに、謎は深まるばかり。

 だが、どうやら我々には悩む間も与えてもらえないらしい。

 バタバタとあわただしい羽音を立てながら、テントの中にハーピーが転がり込んできた。


「ひ、姫様! 大変大変、大問題です!」

「あわただしいな。なんだ!」

「アメリア王国騎士団の人たちが、気持ち悪い生き物に乗って攻めてきましたぁ!」

「なにぃ!?」


 まさか、攻め込んで来ただと!? 例えガオウたちが破れたとしても、こちらまで攻めてくるような余裕はないと踏んでいたのに……!

 信じられぬ報告を聞き、慌ててヴァルト達を伴ってテントを飛び出す。

 開けた視界には、やはり信じられないような光景が広がっていた……。




 魔竜姫様、久々のターン! 不貞腐れてますね、しかし。

 その一方で、死霊団も向こう側にいた模様……。まあ、隆司が帰ってきたら語ってくれるでしょう!

 以下次回ー。


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