No.107:side・mako「勝利、そして追撃へ……」
相変わらず、魔王軍には訳の分からないところが多いわね。
さっき、隆司の姿を王都の後ろの方で見たって言ってたけど、そもそもそっちの方に偵察を送る意味合いは薄い。
王都を攻め落とした後、反乱軍か何かがそちらに常駐しているというのであればともかく、王都を包囲するには相応の数の軍勢が必要になる。
こっちに毎度攻めてくる人数が、騎士団に比べると少な目だから、広大な王都を包囲できるほどの人数が魔王軍にいるとは思えない……。なら当然、王都の後方を攻めるのは労力の無駄といえる。包囲戦は、潤沢な戦力があってこそ成り立つ戦術だ。スカスカの包囲網を敷いたところで、各個撃破されてそれでおしまいだ。王都には、こうして打って出てくる騎士団以外に魔導師団や神官たちもいる。単純な防衛戦となれば、彼らも頭数に数えることができる。
元々魔王軍にこちらを完全制圧するような気配がなかったのは、圧倒的な能力差からくる油断か余裕だと思ってたけど、ガオウのセリフからするに初めからそうするつもりだったみたいね。
サンシターから聞いた話だと、ヴァルトと交渉しようとしたとき、勇者を連れてきたら応じるみたいなことを言っていたらしいわね。
……となると、四天王の、特にヴァルトの目的って……。
「ガァァァァァァァ!!!」
「はぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
……あー、もー。うるさいわねー……。
眼前で、光太とガオウの奴が何度も刃の応酬を繰り返している。
光太の剣とガオウの刃がぶつかり合う度、折れるんじゃないかってくらい鋭い金属音が鳴り響く。
お互いに、もう相手しか目に入っていないのか、その表情は彼らが手に持つ刃のような鋭さだ。
刃をぶつけ合う度、それを翻し、再び相手と刃を交えあう。手数で言えば光太が劣ってそうだけど、ガオウは手に持つ刃の重量に引っ張られて数を稼げてないみたいね。おかげで、光太でも十分に競り競い合うことができてるみたい。サンシターが夜なべして編んでくれた、強化Tシャツのおかげね。
しかし、ここに至って両者の実力が完全に拮抗したといえる。完全な膠着状態がそこに生まれ、何かのきっかけでもない限りは変動しそうにもない。
礼美は手に汗握って光太とガオウの接戦を見守ってるけど……。
いや、見守っててくれるなら、放っておいて、騎士団連中の援護に行くべきよね、あたし?
さっき吹き飛ばしたミミルの動向も気になるし……。
とりあえず、この場を光太に任せて、あたしは騎士団の方へと向かう。
幸い、さっきまでやたらあたしに怒りを向けていたガオウも目の前の光太に気を取られているのか、あたしが動いても気にした様子もなく元気に光太と競り合っている。
うん、問題なさそうね。
安心して騎士団の方へと目を向けると。
「そりゃぁぁぁぁぁ!!」
「うわっ、たぁぁ!?」
ちょうど騎士の一人が、魔族のおっさんを投げ飛ばしているところだった。
騎士団と、魔王軍兵卒との戦いは、ほぼ互角か、騎士団の方がやや有利に傾いているように見えた。
サンシターが完成させてくれた、強化Tシャツは、騎士団全員にいきわたっている。そのおかげで、以前は開いていた基本能力の差が埋まり、後は技量での勝負に持ち込むことができるようになったのだ。
たとえば、鍔迫り合いが発生した時、以前なら力押しで押し切られていたわけだけど。
「ぐぬぬぬぬ………!」
「ふぬぬぬぬ………!」
今はほぼ互角に押し合っている。まあ、女騎士と魔族の少女が押し合ってる光景って、かなりシュールなんだけど。
当然スピードも上がっている。前は見えていても反応できない、なんて状況が多々あったらしいんだけど。
「そぉれ!」
「なんの、まだまだ!」
「いりゃ!」
「こいつでどうだ!」
今は見えれば躱せるからか、お互いに攻撃をかわしながら、鋭い攻防を繰り返している。
全員に強化魔法がいきわたるだけで、ほぼ互角の戦いを繰り広げられるようになるんだから、魔法って偉大よね……。
しかし……。
「どりゃぁぁぁぁ!!」
「はっはっはぁ! その勇ましさは良し! だがそれだけではなぁ!」
「これでどうよ!?」
「なんのまだまだ! 私だって、これからが本番なのよ!?」
実に楽しそうね、魔族連中。
唐突な騎士団連中の強化に戸惑っている輩も見受けられるけど、それ以上に騎士団連中が互角に戦えているという事実に喜んでいる奴らの方が多い。
今までも不完全燃焼だったんでしょうねぇ……。不意打ったっていうのに、あっという間に体勢建てなおってるし。
さて、ミミルはっと!?
目と鼻の先を、高速で何かがかすっていった。
あぶっ!? あとちょっとずれてたら直撃だし!
慌ててバックステップし、何かが飛んできた方に視線を向ける。
途端、眼前まで迫ってきたミミル。思わず両手で突き飛ばそうとする。
が、ミミルは危なげなくそれを交わすと、油断なくあたしを睨みつけた。
「にゃーん……ガオちんの不意を打ったり、騎士団が強くなってたり……。まこちーの仕業にゃーね?」
「まこちー言うな。……そろそろ勝たないと、勇者としても立つ瀬ないしねぇ」
あたしも油断なくミミルを睨みつけ、軽く腰を落とす。
あたしも例のTシャツは着ているけど、さすがにミミルの技量に勝てるとは思っていない。
となれば、やるこたぁ一つよね。
「吹っ飛べ! 地爆撃!」
「にゃんの!」
呪文とともに、ミミルの足元が爆散するが、ミミルは危なげなくバックステップで回避。
その様子を見届けたあたしは、慌てず騒がす騎士団のいる方へと振り向き。
「集え天星! 囲え天星!」
「んにゃ!?」
天星の召喚から、戦場を覆う巨大な結界を張る。
初戦以来久々の魔法に、ミミルの顔色が変わる。
「させんにゃあ!」
「こっち来ないで!」
素早く迫ってくるミミルに、残った天星を手掌で操りながら、何とか次の呪文を唱えようとする。
が、いつになく本気なミミルの動きに、呪文の構成を編む邪魔をされる。
ぬぐぐぐ!? こいつぁ、やばいわね!? ミミルの動きに追いつけない……!
先に隔て天星唱えとくんだったぁ!
「これでどうにゃあ!?」
「くぁ!?」
後悔先に立たず。ミミルの尻尾が見事にみぞおちに差し込まれる。
ふわふわしてるくせに、しっかり骨が入ってるせいで地味に痛い!?
威力としては大したことがないが、あたしの動きを止めるには十分だ……!
「これで終わり――!」
「させるか!」
動きが止まった一瞬で詰め寄ってきたミミルの横から、一人の騎士が割って入ってくる。
人数的にギリギリだけど、カバーに来てくれた……!?
「ちょ!? 邪魔しにゃいで!」
「そうはいかん! マコ様、今のうちに!」
「ありがとう!」
名前も知らない騎士の援護に感謝しつつ、あたしは完成した呪文を唱える。
「刻め天星!!」
呪文と同時に、結界の範囲に収まっているすべての魔族にターゲットマークがつく。
もちろん、光太と競り合っているガオウや、今しがた目を覚ましたマナだって例外じゃない!
「んにゃー!? 皆避けて、逃げてー!?」
「逃がすかぁ! 降り注げ天星ッ!!」
叫ぶ暇もあればこそ、宙に飛ばした残りの天星四つが魔力の輝きとともに砕け散り、幾筋もの光線が魔族たちに向かって降り注ぐ。
「爆ぜよ天星の威力強化版よ! 喰らって落ちろ!」
「「「「「――――!!!???」」」」」
あたしの叫びと同時に、声なき叫び声が上がる。
ほとんど不意を打つ形で、すべての魔族が光線に貫かれた。
貫かれた魔族たちが、もんどりを打って倒れ伏す。騎士団と相対していたせいで相手にもたれかかるように倒れた魔族もいるわね。
「んにゃー!?」
「がはっ!?」
「きゃぁぁぁぁ!!??」
当然、魔王軍親衛隊の三人組も例外じゃない。今回ばかりは、ミミルの奴もばっちりあたってくれたようね!
「ぐ、ぐにゃぁ……!? こ、これはきついにゃ……!」
「ぐ、くそぉ………! 魔導師、どこまでも卑怯なぁ……!」
「ううぅ……!」
地面に倒れ伏すミミル、光太の目の前で膝を突き、怨嗟の呻きを上げるガオウ。勝敗は決したわね……。
マナの奴が懐から大量の符を取りだし、それを空中にばら撒く。
「……転……!」
残りの力を振り絞るようなマナの呪文とともに、呪符が風に乗って戦場を舞い、次の瞬間には魔王軍の姿はどこかへと転移していた。
おそらく、向こうの前線基地に転移したのだろう。あれだけ攻撃されても余力が残ってるあたり、さすがは親衛隊ってところかしら。
ともあれ、まずは第一段階終了ってところかしら。
「……ふぅ」
安心してため息を吐くが、まだ終わりじゃない。
今日はこのまま魔王軍の連中を追撃し、前線を後退させなけりゃならない。
でなければ、噂を流した意味がない。アルト王子の精神の安定のためにも、もうひと踏ん張りね……。
「真子ちゃん!」
「どうかした、礼美?」
「騎士団の人たちが!」
慌てたような礼美の言葉に振り返ると、先ほどまで元気に戦っていた騎士団の連中が、今はぐったりと地面に座り込んでいた。
さっきあたしを援護に来てくれた騎士の人も、すっかり憔悴してしまっているようだ。
「大丈夫? ひょっとして、さっきの魔法当たっちゃった?」
「ああ、いえ……そんなことはありません……」
騎士団の人は、そう笑顔で答えてくれたけれど、顔色は結構悪い。
刻め天星はちゃんと、騎士団を避けるように発動した……ってことは。
「真子ちゃん、騎士団の人たち、いったい……」
「あー。たぶん、渡しておいたTシャツのせいね……」
「え?」
この結果は、予想通りなんだけどね。
不思議そうな礼美に、あたしは肩をすくめて説明した。
「いや、例のTシャツに使ったインクなんだけどさ、必要以上に魔力を吸い上げるっていうインクでね。魔力コントロールに慣れないうちは、自分で思っている以上に魔力を吸い上げられちゃうのよ」
「そうなんだ……」
あたしや、ある程度意志力のコントロールに長じた光太ならともかく、騎士団の連中が魔力コントロールの練習なんか行っているわけがない。
なら当然、流れるがまま魔力をTシャツに流し続け、最終的には急激な魔力不足に陥るのはわかっていたことだ。
「でも、これじゃあ、魔王軍の前線を後退するなんて無理なんじゃ……」
「そうだよ、真子ちゃん! もう、騎士団の人たち、戦えないよ……」
もう立ち上がることもできなさそうな騎士団たちを前に、光太と礼美が痛ましげな表情を浮かべる。
まあ、さすがのあたしもこうなった騎士団たちを無理やりたたかわせるような真似はできない。
でもね? それならまだ元気な連中を使えばいいと思わない?
「まあ、見てらっしゃい」
あたしはにやりと笑って、一枚の呪符を取り出す。
それには通信を意味する魔術言語が刻まれていた。
そんなわけで、騎士団大勝利! しかし代償は大きかったという……。
しかし真子ちゃんには秘策がある模様。というか、連中が黙ってるわけないっていうね。
以下次回ー。