No.106:side・mako「勝利せよ、勇者」
毎度おなじみの、魔王軍からの襲撃予告の狼煙が上がり、あたしたちはいつものように前線へと向かう。
前線に着くまで、ゆっくり体を休めようと思っていたあたしの袖を、くいくいと礼美が引っ張った。
「真子ちゃん……本当に大丈夫なの!?」
「何が?」
「何がって、前線を押し戻すなんて……!」
ガラガラとデンギュウにいつものように揺られながら、あたしの隣で礼美が涙目で叫ぶ。
オーゼさんにあたしたちの勝利の噂を流してもらうように頼んでから数日。
やっぱり神官の皆さんの情報伝達力は侮れないらしく、噂を流してほしいと頼んだ次の日には、礼美や光太、はてはあたしのところにまで貴族たちが群がるようになっていた。
群がられるたびに、礼美や光太は笑顔でごまかし、あたしはあたしで笑ってあしらってやった。
貴族連中の注意をアルト王子から逸らすことには成功したわけだ……というか、わかりやすすぎるわよ、あのボンクラーズ。
まあ、そんなわけで絶対に勝たないといけないというプレッシャーが礼美と光太にはかかっているわけだけど……。
「大丈夫よ、礼美。少なくとも、負ける要素はもうないわ」
勝機はある、とあたしは確信している。
昨日のうちに、サンシターが完成させてくれた例のTシャツは、光太や礼美も含め、全員に装備させている。
これさえあれば、少なくとも押し負けることはない。
あとは、フィーネの方がうまくいけば、間違いなく勝てる。
デンギュウが、ガタリと停止し、あたしたちは魔王軍の連中が待つ前線へと到着する。
「っと。……とにかく、あたしを信じなさいって」
「真子ちゃん……」
あたしがぱちりとウィンクすると、礼美は覚悟を決めたようにキュッと唇を引き絞って頷いてくれた。
「うん、わかった……。私、真子ちゃんを信じる!」
「ありがと。光太、あんたもいいわね?」
「もちろんだよ」
いつものように刃の調子を確かめていた光太が、小さく頷く。
オッケ、うちの連中は準備万端ね。
あたしたちはひらりとデンギュウから飛び降り、前線基地を超えて、魔王軍の連中と相対する。
ミミルにガオウ、マナに……。
「……おん?」
あれ、ソフィアの姿がない。
しかも四天王の連中もいないわね。
ミミルたちの後ろに立っているのは、若い連中と歴戦っぽいおっさん連中の混成部隊。それ以外の……魔王軍にとって主力といえそうな連中はいなかった。
「……ちょっとつかぬことを伺うわけだけどさ」
「んにゃ。なんとなくわかるけど……なんにゃ?」
キョロキョロと、フォルカの奴を探していたらしいミミルが、若干落胆しながらあたしの言葉に答える。
そんな彼女の様子に肩をすくめながら、あたしはソフィアの所在を問いただした。
「いや、魔竜姫様はどうしたのかなって思って。まさか、魔竜ともあろうお方が風邪を引くとは思えないしねぇ」
「ソフィア様は、今日はこちらにはいらっしゃらない!」
「今のあなたたちを倒すのは、私たちだけで十分ということです……!」
勇ましく、ガオウとマナの二人が吠え猛る。
けれど、ソフィアの今までの行動を考えると、矛盾を感じるわね。
どんな格下が相手でも、喜んで打って出てくるような、そんな女傑みたいな奴よね、ソフィアって。
ふぅむ……。
「ねえ、ミミル? ホントのところはどうなのよ?」
「いや、どうって言われてもにゃあ。仮にも敵に、うちの内情話すわけにはいかにゃあし……」
「ちなみに、フォルカから伝言預かってるわけなんだけど……」
「ソフィア様は、リュー君が今王都にいないって知ってすっかりしょげてるにゃ!!」
「ミィィィィィミィィィィィルゥゥゥゥゥゥ!!!???」
「ちょ、そんなアッサリ!?」
あたしのちらつかせた手札にアッサリ内情をばらすミミルに、ガオウとマナがツッコミを入れる。
ははぁん、そういうことか。
「なんでまた? 単に隆司が調子悪くて出てきてないだけかもよ?」
「二回の襲撃でいなかったんにゃから、次こそ出てくると思ってたにゃんけど……。諜報に飛ばしていたハーピーから、王都の後方の方でリュー君に会ったって報告があったにゃあ」
「あらら」
まさか、ホントに魔王軍と遭遇してるとはねぇ。
相変わらず、王都の後ろをちょろちょろしてるみたいだけど……ソフィアがへこんで出てこないってことは、一朝一夕に戻ってこれる位置にはいないみたいね……。
ふむー……。
「でー、そのー……」
と、いろいろ喋ってくれたミミルが、なぜか体をもじもじとくねらせ始める。
「ん? なによ?」
「だ、ダーリンは、なんて言ってたにゃ?」
……ん、ああ。そういえばそんなこと言ったわね。
「えーっと……“今日は会えないけど、愛してるぜっ”って……」
「はぁん……♪」
あたしの言葉に、ミミルが身悶えする。とりあえずは喜んでるってことでいいのよね?
まあ、フォルカからの伝言って嘘なんだけどさ。いつもミミルへの愛を叫んでるから、結果オーライってことでいいわよね?
と、今度はマナの隣から、似たような狐耳の少年がひょっこり顔を出し、きょろきょろと何かを警戒するようにこちらを見つめた。
そして怯えるようにあたしに目を合わせ、口を開いた。
「ち、ちなみに……ケモナー小隊の人たちは……?」
「今日は見ての通り、休みだけど……」
「よ、よかったぁ……」
「よかったね、マオ君!」
へなへなとへたり込んだ狐耳の少年……マオを励ますマナ。
名前の字面からして、姉弟かしら。よく似てるわねー。
しかし、ケモナー小隊の連中と、このマオとやらの間にいったい何が。
「……まあ、とりあえず、そっちにはソフィアと四天王連中がいない、こっちには隆司がいない。戦力としては、イーヴンってことでいいのよね?」
「イーヴンとは笑止! 我ら魔王軍、たとえソフィア様がおらずとも、ここに一騎当千の兵なり!」
もだえてたり、励まし合ってたりでなかなか使えない他の親衛隊に代わって、ガオウが一歩前に出て、雄々しく猛る。
「先日は攻め入らなんだが、今日は一段と深く、貴様らの領地へと踏み込んでくれるわ!」
「言うじゃない……」
「そうはいかないよ、ガオウ」
先日、というガオウの言葉にピクリと眉根を跳ね上げるあたしの前に、剣を抜き払った光太が立ちはだかる。
ちょっと驚いたけど、目配せをしてくる彼に肩をすくめて、光太に場を譲る。
「コウタか……!」
「この間は、不完全に終わっちゃったけど……。今日は勝たせてもらうよ!」
「よくぞ吠えた! だが、勝つのは私だぁ!」
両手に剣を構えたガオウの気迫で、大気が震えるのがわかる。っていうか、これリアル音圧よね。どんだけ声がデカいのよ。
対する光太は、実に静かにガオウに相対する。
対照的な連中ねぇ。
ジリジリと、互いにすり足を行いながら、間合いを測る。
緊張が糸のように張りつめ、お互いの陣営からゴクリとつばを飲み込む音が聞こえ――。
「まだるっこしい! 全軍突撃ぃ!」
「「「「「オオオオオオオオッ!!!!」」」」」
「ん、なぬ!?」
「ハァァァァ!!」
「ぬぉぉぉぉ!!??」
不意を打つように叫んだあたしに反応し、騎士団が一斉に獲物を振り上げて魔王軍へと突撃する。
体勢が崩れたガオウに、光太が斬りかかりガオウが慌ててそれを受ける。
この辺アドリブだったんだけど……結構騎士団の人たちがうまく合わせてくれたわねー。
「コ、ウ、タ、キサマァ………!」
「悪いねガオウ……! 今日は、確実に勝たせてもらうからさ……!」
不意打ち、という卑怯臭いマネに怒りをあらわにするガオウに、光太がすまなさそうに、しかし全力で剣を押し込んでいく。
絶対勝たなきゃいけない戦いで、一々相手の流儀に合わせる必要もない。
初めから不意を打つ形で戦闘を開始すると、全軍に通達しておいたのだ。
光太がうまく、ガオウとの一対一の形を作ってくれたから速攻で不意を打つことができた。
ありがとう光太。お礼にガオウは一発で吹っ飛ばしてあげよう。
あらかじめ生み出しておいた一発の天星を、光太とガオウの間に滑り込ませ、呪文を唱える。
「撃ち抜け天星!!」
「ぐぁぁぁぁぁ!!??」
天星から放たれた光線に打ち抜かれ、ガオウの身体が大きく後ろへと吹き飛んでいく。
「ガオウ君! よくも……!」
愛しのガオウをやられて顔を真っ赤にするマナが、無数の呪符をあたしへ向かって放り投げる。
「強風撃!」
風で呪符を吹き飛ばそうとするけれど、あたしの魔法をものともせず、呪符はこちらに飛んでくる。
そしてマナは印を結び、爆風であたしと光太を吹き飛ばさんとした。
「爆ッ!!」
「させないよ!」
が、甘い。こっちには無詠唱で防御できる礼美がいるのだ。
素早くカバーに入ってくれた礼美が、あたしたちのところに爆風が飛んでくるのを防いでくれる。
「くっ!?」
「光太! 今度はミミルを!」
「了解! 風よ!」
「にゃわー!?」
側面に回り込んで攻撃を仕掛けようとしていたミミルを、超反応で吹き飛ばす光太。
あたしは、符を大量のとりだしたマナに向かって天星を飛ばす。
「させないわよ! 爆ぜよ天星!」
「きゃぁ!!」
魔力の散弾を至近で喰らい、怯むマナに、さらに追撃の天星を飛ばす。
が、それはガオウによって斬り裂かれてしまった。
砕け散った天星の破片を振り払ったガオウが、歯ぎしりしながらあたしの方を睨みつけた。
「くそぉ!! 卑怯だぞ貴様らぁ!!」
「卑怯も何も、団体戦じゃなぁい? ヲホホホー」
「きぃぃぃぃさぁぁぁぁぁぁまぁぁぁぁぁぁ!!!!」
小ばかにするように鼻で笑うあたしに激昂して飛び掛かろうとするガオウ。
そんな彼の前に、再び光太が立ちはだかった。
「どけぃ、コウタ!」
「どかないさ!」
叫び声と同時に放たれた斬撃を、光太は真っ向から受け止める。
ガキィン!という鋭い金属音とともに、光太は決して吹き飛ぶことなくしっかりと両足で大地を踏みしめて、ガオウの斬撃を受け止めた。
「ぬぐぅ!?」
「ぐ、くくく……!」
しっかりと自身の斬撃を受け止めた光太に、ガオウが驚愕する。
片手だけとはいえ、何十キロとあるような巨大な剣を振るうガオウの膂力は推して知るべきだろう。
それを真っ向から受け止めるような力は、光太にはない。そもそも、ただの人間に、そんなことは不可能だろう。
それだけの、基礎能力の差が、魔族と人間に間にはあった……。つい、この間まではね!
「っ、はぁ!」
「ぬがぁ!?」
光太が刃を受け止めたまま滑らせ、風を纏わせた斬撃を、ガオウに叩きこむ。
刃ではなく、纏わせた風に吹き飛ばされ、ガオウがゴロゴロと転がっていく。
「ガオウ君!?」
「そればっかりねぇ、あんた」
「はっ!?」
驚愕するマナのそばまで一足飛びに近づき、あたしはその襟首を掴んで勢いよく持ち上げる。
「っきゃぁ!?」
「せっかくだから、愛しの人に抱きしめてもらいなさ、い!」
「いやぁぁぁ!?」
そのまま、勢いよくガオウに向かって投げつけてやる。
飛んでいくマナの身体を、慌ててガオウがしっかりと抱きとめる。
「マナ、しっかりせよ!」
「きゃっ!? え、ふえ!? が、ガオウ君!?」
ガオウに抱きとめられ、途端に場もわきまえずボフンと顔を真っ赤にするマナ。
うーん、初々しい。
そんなマナの様子がどう見えたのか、ずずいっと顔を近づけるガオウ。
あー、近い近い。そんなに顔を近づけたら……。
「顔が赤いぞ……! いったい、魔導師に何をされたのだ!?」
「い、いや、その………きゅう………」
「マナァァァァァァァァ!!!!」
そのまま気絶するマナを抱きかかえ、絶望したかのような叫び声を上げるガオウ。
いや、その。そんなヒロイックな叫び声上げられても、何? 困るっていうか。
「貴様、よくもマナを……!?」
「いや、なにもしてねーし。むしろマナの自爆だし」
「黙れぇぇぇぇぇ!!」
叫んでガオウが剣を構える。
やべーわね、ここまで怒るとは思わんかったわ。
慌てて下がるあたしの前に、光太が立ってくれる。
「先ほどから、我らを侮蔑するような行動……もはや勘弁ならぬ! ヴァルト様の命があれど、その身体斬り捨ててくれるわぁぁぁぁぁぁ!!」
「ヴァルトの命?」
その言葉に、あたしは眉根をひそめる。
ガオウの口ぶりからすれば、あたしたちを殺さないように立ち回れって命令されてることになるけど……。
「ぬがぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
思考に没頭するあたしめがけて、ガオウが突撃してくる。
そんなガオウを迎え撃つために、光太は剣を構えた。
そんなわけで、戦闘続行! 光太がガオウとほぼ互角くらいの身体能力に!
この調子だと、騎士団はどうなってるかしらん?
以下次回ー。