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No.104:side・mako「魔法のTシャツ」

 例のインクを使って糸を染め、その糸でサンシターに適当なシャツに魔術言語(カオシック・ルーン)を縫い付けてもらうことにする。

 サンシターは二つ返事で引き受けてくれ、あたしが提案した図案をすいすいシャツに縫い込んでいく。

 うぅむ。頼んでおいてなんだけど、気持ち悪いくらいうまいわね……。


「サンシター。あんた、そういうのはいつ学んだのよ?」

「裁縫のことでありますか? 実家ででありますよ」


 縫う手を止めず、サンシターがあたしの質問に答えてくれる。

 答える間も縫う手はぶれず、魔術言語(カオシック・ルーン)は綺麗に縫いあがっていく。

 まあ、ぶれてもらっても困るんだけど。

 しかし、独学でこれなのか……。


「自分の身体が、多少丈夫になった頃合い、外に出ることは許されなかったでありますので、家の中のことを手伝っていたであります。自分の家は子だくさんであったでありますから、裁縫の練習をするにはもってこいの環境だったでありますよ。

「にしちゃぁ、手慣れてるわね……」


 あたしが頼んだのは、パッチワークではなく、刺繍だ。難易度は比較にはなるまい。

 だってのに、サンシターは苦も無く実行して見せている。

 そんなあたしの疑問に、サンシターは照れ臭そうに答えた。


「いや、実は……こうして家の手伝いができるのがとてもうれしくて、ついつい兄妹や家族の服にいろんな柄を縫い付けていた時期があるでありますよ」

「なるほど……」


 病弱だったサンシターにとって、少しでも恩返しができるのはとてもうれしいことだったのねぇ。

 数をこなせば、ちょっとした文字を縫うくらいはお茶の子さいさいってわけだ。


「でも、それだけ家族の手伝いができるのがうれしかったなら、実家にいりゃよかったじゃない。騎士やってるより、よほど性に合ってるんじゃない?」

「……自分の育った村は、北の寒村でありましたから。食い扶持は、少ないほうがよかったのでありますよ」


 あたしの言葉に、サンシターがさびしそうに答える。

 食い扶持が少ないほうがいいって……病弱なアンタを育て続けた親が、そんなこと考えるとも思えないんだけど。

 そうあたしが口にするより早く、サンシターは明るくこう答えてくれる。


「それに、王都の方が収入はよいでありますから、倹約して過ごせば、家に仕送りを送ることもできるであります。少しでもお金が入れば、家族もあたたかく過ごすことができるでありますから」

「サンシター……」


 サンシターの家族を想ったその言葉に、思わず胸の奥がジーンとする。

 ああ、こいつホントいい奴だなぁ……。あたしもお母さんに、ちゃんと親孝行してあげたいよ……。

 思わず緩む涙腺。グスリと鼻をすすりつつ、あたしは割と本気でこういった。


「サンシター……あたしんとこに嫁に来なさい。キッチリ養ってやるから!」

「自分、できれば婿に行きたいであります」


 淡々としたツッコミを返してくれるサンシター。チッ、残念。

 舌打ちを隠そうともしないあたしに苦笑しつつ、サンシターは縫い終わった糸を糸切り歯でプツリと切った。


「はい、完成したでありますよ、マコ様」

「はやっ。まだ三十分も経ってないじゃない」


 あっという間に縫いつけられた魔術言語(カオシック・ルーン)入りTシャツを、感嘆の眼差しで見つめる。

 パッと広げてみても、魔術言語(カオシック・ルーン)が崩れる様子もない。

 うん、刺繍にしておいて正解ね。パッチワークかなんかにしたら、文字が崩れちゃうかもしれないし。


「で、マコ様」

「うん?」


 サンシターの腕の良さにほれぼれするあたしに、サンシターが小首をかしげながら問いかけてきた。


「その魔術言語(カオシック・ルーン)でありますが、いったいなんの効果でありますか?」

「知りたい? なら――」


 あたしはちらりと窓の外を見下ろす。


「実戦で持って、答えてあげるわ」


 視線の先には、光太も交じって訓練してる騎士団の姿があった。






「おや、マコ様! こんなところで会うとは、奇遇ですな!」

「奇遇も何も、あんたたちは騎士団の所属でしょーが」


 サンシターお手製の魔術言語(カオシック・ルーン)Tシャツを、普段着の下に着込み、あたしは騎士団の訓練場へと降りていく。

 ………ちゃんと着替えの時には、サンシターには出ていってもらってるからね? 一応。

 誰にしてるんだかわからない言い訳をするあたしの目の前には、ケモナー小隊の騎士ABCが立っていた。


「はっはっはっ。我々、所属は騎士でも魂はケモナー小隊にあり!」

「そんな我々が、同志たちとともにいないことがすでに異変といっても過言ではありません!」

「それは過言でありますよ。ケモナー小隊の方々は今何を?」

「今は、各々の鍛錬を行ってる時間だな」

「ふーん」


 見れば、ケモナー小隊所属の魔導師や神官が、騎士たちに交じって体力づくりしているのが見える。

 かなり異様な光景ね……。ケモナー小隊の連中の気の入り様も特に。


「で、マコ様は本日いったいどのようなご用件で?」

「ああ、そうそう」


 そんな光景を胡乱げな眼差しで見つめるあたしに、Aが聞いてくるので、あたしは軽く腕まくりしながら答える。


「ちょっと身体を動かそうかと思ってね。付き合ってくれない?」

「もちろんですとも!」

「マコ様との運動……これすなわち、祭りの予感!」

「具体的には何をしましょう!? 追い回しますか!? 追い回されますか!?」


 どっから来るのか、妙なテンションで迫るABCに、あたしはサンシターが運んできてくれた空樽を指差して答える。


「さしあたっては腕相撲かしら? 今のあたしにどれくらい腕力があるか知りたいし。


「「「はっはっはっ、望むところです!」」」


 威勢よく言ったABCは、即座にお互いに睨み合う。

 バチバチと、視線が交差する位置に火花が散っているようにも見え、彼らから立ち上る熱気が蜃気楼を生み出さんと空気を歪ませる。


「フフフ、マコ様と最初に手を握るのはだれか……」

「雌雄を決するときが来たな!」

「今こそ唸れ、我が豪腕よ! そして勝利を掴み取るのだ!」

「待ってる時間が惜しいから、Aから順番に着て頂戴」

「「「はーい」」」


 じゃんけんの体勢に入りかけたABCにそういうと、素直に返事をしてAから順番にならび始める。こいつらのこのテンション、ケモナー小隊の連中と比べても若干異様よね……。


「フフフ、ではまず私が栄光を掴み取ることでよろしいのですね!?」

「まあ、そういうことね。サンシター。審判よろしく」

「はいであります」


 あたしとAが腕を組み、空樽に肘をつく。

 そしてあたしとAの掌をサンシターが抑えるように両手で包み込んだ。

 うーん、思ってた通り、女の子みたいな掌してるわねサンシター。


「それでは、双方準備はよいでありますかー?」

「いつでもー」

「むろん!」

「それではー……」


 サンシターの手に、力が入る。


「はじめっ! でありますよ!」


 そして次の瞬間には手が離され、Aの腕に力がこもる。


「フハハハハ! 純正騎士の腕力、あまりなめないでいただきたぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!???」


 後半悲鳴を上げつつ、Aの身体がグルンとまわる。

 バシン!と勢いよく手の甲が空樽につき、それで勢いが止まらなかったらしい。

 目の前で同僚が宙を舞う姿を見て、サンシターやBCの身体が固まる。


「……………」

「サンシター、サンシター」

「ハッ!?」


 あたしがひらひらと目の前で手を振ると、こちらへ戻ってきたサンシターが、自分の役割を思い出して。


「この勝負、マコ様の勝ちでありますぅぅぅぅぅぅぅ!」

「なんでそこで土下座すんのよあんたは」

「条件反射であります! 他意はないであります!」


 五体投地の姿勢を取るサンシターを見下ろし、それから残ったBCの方に目を向ける。

 ガッチガッチに固まったBCはしばらくして我を取り戻し、なんか妙な笑い声を上げ始める。


「ふっふっふっ。Aは我ら三騎士の中で最も腕力が低い……」

「マコ様に腕相撲で負けるとは、三騎士の面汚しよ……」

「OK、やる気は十分ね? じゃあ、次はB」

「ハハハハハ! 我こそ勝利を手につかむもの! じったんばったん言わせてやりますよ!」






 じったんばったん!


「きゃー! やめてマコ様! 私の腕はそんな方向には曲がりませガフゥ!?」


 宣言通り、じったんばったん言わされたBがぐったりと地面の上にのびる。

 さすがにBの悲鳴を聞きつけた騎士たちが、こちらに注目している。反応はほぼ一様に呆然自失といった様子だが。

 そんな中、光太だけがフラフラと近づいて、あたしの両肩に手をかける。


「どうしたのよ光太?」

「真子ちゃん……何か悩みがあるなら、聞くよ……?」

「なんなのよ急に、あんたは」

「だって、腕力強化の魔法使ってまで、アルベルトさんやベルモンドさんでストレス解消しなくても!?」


 あんたにはそういう風に見えてたんかい。

 半目で光太を睨みつけるが、善意の権化であるこの男は涙目であたしの両肩をがくがく揺さぶるばかりだ。その善意、今はAとBに向けられてるんでしょうけど。

 ため息とともに、あたしは残ったCに目を向ける。


「で、C――」

「いけません、マコ様、腕力に訴えかけては。暴力は、決して何も生み出しませんともすいませんごめんなさい許してください」

「謝るのか説得するのか、どっちかにしなさいよ」


 サンシターの様に土下座の体勢に入るCの姿を呆れたように見つめる。

 とはいえ、やりすぎたわね。ここらで趣向を変えるとしますか。


「……でもそうね、身体を動かしに来て腕相撲もないわよね。Cとは鬼ごっこでもしようかしら。Cが鬼で」

「はっはっはっ! このC、子供の頃は背後霊と呼ばれるほどに鬼ごっこに精通していた男! そうやすやすと逃げられると思わないことですぞ!」

「急にやる気出すんじゃねーわよ」


 腕相撲じゃないと分かった途端、急に元気になるC。っていうか、背後霊ってどんなんなのよ。逆に気になるわ、そんな鬼ごっこ風景。

 うっとうしいそのテンションをしり目に、あたしは軽く屈伸運動を行う。


「じゃあ、始めますか。せっかくだから、臨場感出して、あたしが逃げたらすぐ追ってきていいわよ」

「え、それって駄目じゃないの真子ちゃん」

「ほほぅ、自信満々ですな……」


 あたしの言葉に、不安そうな光太のツッコミが入るけれど、それを無視してCが叫び声を上げた。


「ならばその自信、我が神速の走りで奪い取ってみせましょう!」






「神速の走りがなんだってー?」

「すいません、ハァハァ! 調子こきましたハァハァ! っていうかなんでそんなに速いの!? そして高いの!?」


 タカタカ走って逃げ回るあたしを、息も絶え絶えに追い掛け回すC。

 その手はあたしの身体を掠りもしないけど、それは当然だ。だってあたしの方が速いんだもの。

 その上少しでもかすりそうになれば、あたしはジャンプして上に逃げる。ぴょいーんぴょいーんと軽快に飛び回るあたしを、光太が目を丸くして見つめていた。


「真子ちゃん……そんなに運動神経良かったっけ!?」

「そんなわけないでしょー?」


 たわごとぬかす光太に答えつつ、最後とばかりにあたしはCの背中をジャンプで踏みつけつつ、着地した。


「ギャフッ」

「1UP……には程遠そうねぇ」


 そうつぶやくあたしの耳に、ドサドサという果物を落っことすような音が聞こえてきた。

 そちらの方に目を向けると、騎士団への差し入れらしい果物を抱えた礼美の姿があった。

 どうやら、さっきまでのあたしの行動を見ていたらしく、その顔は驚愕にブルブル震えている。

 そしてその口から、とんでもない叫びが繰り出された。


「ま、真子ちゃんが……某配管工さんみたいなジャンプを繰り広げてるー!?」

「礼美、あんた、あのシリーズ知ってんの!?」

「ツッコミどころはそこでありますか、マコ様!?」


 だってゲームに無縁な礼美からあんな言葉が出るとは思わなかったんだもの!


「光太君! 真子ちゃんが! 真子ちゃんがー!」

「お、落ち着いて礼美ちゃん!」

「で、それが自分が縫い付けた魔術言語(カオシック・ルーン)の効果でありますか?」

「そうよー」


 錯乱して光太に飛びかかる礼美を放置しつつ、あたしはサンシターに答える。サンシターも、あの二人の扱いに慣れてきたわねー。

 軽く上着を引っ張ってTシャツを見ると、うすぼんやりとサンシターが縫ってくれた文字が光っている。

 効果は身体強化。身体能力全般の強化ができるが、効果としてみればそれぞれ特化した者には及ばない物だ。

 でも、このインクであれば、必要以上に魔力を消費する代わりに、かなり高い効果が得られるのが分かった。うまくこれを量産できれば……。

 あたしは、サンシターをまっすぐ見つめる。


「ねえサンシター。お願いがあるんだけど」

「はいであります」

「このTシャツ、できれば次の魔王軍の会戦までに、数揃えて欲しいなぁ。材料は錬金研究室にあるし、Tシャツがいるならお金も出すから」


 笑顔でそういうあたしに、サンシターも笑顔を向けてはっきり答えてくれる。


「わかったであります、マコ様」


 なぜかボロボロ涙を流すサンシターの笑顔を見つめつつ、あたしはガッツポーズをとるのであった。

 これで、騎士団を強化できそうね!






「……騎士団って、何人くらいいましたっけ?」

「とりあえず、三桁くらいはいるな」

「サンシターさん、これから不眠ですね……」

「いや、手伝ってあげましょうよ!?」




 なんで引き受けるんだサンシターw 涙流すくらいなら断れw まあ、強化Tシャツ来てる真子ちゃんが怖かったんだろうけどw

 それにしても、ABCが思った以上に文字を喰うな……ボロボロしゃべるからw まあ、こんな連中ですw

 以下次回ー。


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