No.103:side・mako「魔法のインク」
「あ゛~……」
礼美と和解して、サンシターにご飯を作ってもらって……。
やっと心機一転で来たって感じねー……。
肩やら首やら、ひたすらこりっぱなしだった部分をほぐすように、首を回す。
ゴキゴキと、間接が鳴り響くのがわかる。
あたし、まだ若いんだけどなぁ……。
よほど緊張してたのかしら……。らしくないわねぇ……。
自分の若さ成分の足りなさにゲンナリしながら、いつものように、錬金研究室への階段を下りていく。
錬金研究室が地下にあるのは、光輝石が地下にある関係らしい。
いくら光輝石を使っても、すぐにでも補給できるようになんだとか……。
にしても、光輝石なんてそんな大量に使わないと思うんだけどなぁ……。
いくら使えば消耗するとはいえ、砕け散るまで使い切ることなんて、そうそうないはずなんだけど……。
不思議に思いつつ、錬金研究室の扉をくぐる。
「お、嬢ちゃん。こっちじゃ、久しぶりだな」
「そうねー」
ギルベルトさんに片手を上げてあいさつしながら、ここに置かせてもらっている魔法道具の設計図を取り出す。
「お? どうしたい?」
「ちょっとねー」
一枚一枚確認しながら、ギルベルトさんに生返事を返しつつ、あたしは魔族対策を根本から練り直すことにする。
とりあえず、現状の魔族対策の問題点は……。
・魔竜姫に対抗できる戦力が隆司のみ
・騎士団三人に対して、魔族一人が対等戦力
・というか、四天王があたしら一人一人じゃ絶対無理
こんなところかしら。
ソフィア対策は、もう隆司が帰ってくるのを待つくらいかしら。四天王対策は、出てこないのを祈るくらいか……。対策としてどうかと思うけれど、今すぐどうこうできるかって言えば、無理よね。
もちろん、四天王やソフィアが単体であれば、あたしら三人がかかれば、何とか互角くらいには持っていけるでしょう。でもそうなると、他の連中へのカバーができなくなる。
ただ、逆に言えば、騎士団の連中だけでも魔族の兵卒を抑えられるようになれば、あたしらが大物に取り掛かることができるわけよね……。
となれば、やっぱり騎士団兵卒の強化が今のところ、一番現実的かしら。
以前ひたすら書き溜めた、銃器系の設計図を睨みつける。
騎士団のメンツは三人でようやく魔族一人と対等の戦力だけれど、総合的にみるとやっぱり劣っていると言わざるを得ない。
だからこそ、手っ取り早く戦力強化しやすい銃が欲しかったんだけど……。
素材的に不可能、となれば、それ以外の方法をとるべきよね……。
大量の積み上げられた設計図……そのほとんどが銃火器系だ。
残念だけど、これは破棄ねー。
ため息とともに、大量の設計図をゴミ箱にポイする。
そんなあたしを見て、ギルベルトさんが驚いたような声を上げた。
「おいおい、捨てちまっていいのか? 魔族対策の武器だろう?」
「今すぐ作れないんじゃ、机上の空論でしょ? 紙はもったいないけど、あっても邪魔なだけよ」
「そりゃそうだろうが」
さっぱりした様子のあたしに、毒気を抜かれたようなギルベルトさん。
まあ、あんだけ執心していた銃の設計を全部ゼロからやり直すってんだから、驚きもするわよね。
でも、できないことにこだわり続けたせいで、エライ目に合ったりもしたのよねぇ……。それを思えば、この程度はなんてこと無いわね。
とはいえ、今すぐ何とかできる代替案があるわけでもなし……。
「さーて、どうしようかなー……」
「何も考えてないのか」
どべっと机に突っ伏すあたしを見下ろして、呆れた声を出すギルベルトさん。
そーよ、ノープランよ。悪い?
とは決して口に出さず、頭を絞る。
騎士団を速攻で強化できる案……。技量自体は、悪くないんだから、あとは能力よね。
となれば、やっぱり身体強化をかけるのが一番理に叶ってるかしら。この間あたしが使ったのとかであれば、騎士団にも……。
いや、魔力が持たないかなぁ。それ以前に、戦闘中に魔法を組むってこと自体慣れないわよね……。
あたしが魔法をかけるってのもあるけど……一度の戦闘で全員には難しいわね……。たぶん、持続させるとなると、あたしの魔力じゃ一戦闘も持たないだろうし……。
……そういえば、火を起こす符は売ってるのよね。それの応用で、身体強化とかできないかしら?
「ねえ、ギルベルトさん?」
「ん? なんだ?」
「市販されてる魔導符ってあるじゃない? あれって、身体強化には使えないのかしら?」
「使えんことはないが」
あたしの質問に、ギルベルトさんは、難しそうな顔をして答える。
「あの符は、あくまで一瞬だけ効果を発揮するから市販されている物でなぁ。同じ方法で、身体強化系の符を作ったとしても、数秒持つかどうかだぞ」
「そっかー……」
その答えに、がっくりと肩を落とす。
うーむ、もし永続的に使えるのなら、騎士団の連中の凸にでも張って、身体強化させるんだけど……。
「発想としては間違ってないと思うんだけどなー……」
「なにがだ?」
「騎士団の連中に身体強化を使わせるってことよー」
「ああ、そういうことか」
あたしの言葉に、ギルベルトさんが頷く。
今日はメイド長が来ていないのか、自分でコーヒーを淹れつつ、あたしの前にもコトリと置いてくれた。
「確かに、連中に身体強化が使えればもうちっとマシになるんだろうが、魔術言語を覚えるのも手間だろう」
「そうなのよねぇ……。あ、そういえば。騎士団の武器庫にある、魔法武器だけど、あれってどうやって作られたものなの?」
ふと思いつき、聞いてみる。
あれらには、見事なまでの魔術言語が刻まれていた。
光太曰く、魔力を流すだけで発動する。であれば、あれらを騎士団の連中が着ている鎧にでも刻み込めれば……。
でも、ギルベルトさんの返事は、芳しくない物だった。
「悪いが、あれらは某が生きている時代に作られたものではないのでな。文献にも、どのような過程を経て作られたのか一切記されておらん」
「そっかー……」
なんとなくそんな気はしていたけれど、実際に断られちゃうと軽くショックだわー。
せっかくの計画も水の泡かー。
そんな風にがっくりきているあたしの目の前に、コトリと一つの瓶が置かれた。
「……?」
小さな小瓶だ。中には、黄金色の液体が入っている。
顔を上げると、ギルベルトさんが何やらいい笑顔で立っていた。
「えーっと……?」
「……だが、あれらの道具の特性を再現しようとしなかったわけではない。この瓶こそ! そのうちの一つなのだ!」
「はあ」
どうやら説明ができるおかげで、機嫌がいいらしい。
とりあえず、小瓶を手に取り、中身を揺らしてみる。
「で? これはどんな薬品なんですか?」
「うむ! それは!」
「市販されている魔法符を書くためのインクの試作品です」
「レーテェェェェェェェェェ!」
いつの間にかやってきていたメイド長に、脇から説明を奪われ絶叫するギルベルトさん。
そんな彼を無視しながら、あたしはメイド長に向けて首をかしげる。
「魔法符のインク?」
「はい。そのインクを使って、魔術言語を書けば、魔力を流すだけで魔法が発動できるようになるのです」
「そうだったの?」
驚きはしたが、良く考えてみれば当たり前か。
もしただ書くだけで魔法が発動するなら、魔術言語がびっしり書かれた魔導師団詰め所の本棚の魔導書は発動しっぱなしになるわよね。
「でも、もう魔法符は完成してるわよね? なんで試作品なんか今更?」
「それは――」
「それは紙ばかりでなく、他の物にも書けるようにするためだぁ!」
メイド長から説明を奪おうと、ギルベルトさんが大声をかけて割り込んでくる。
そんな彼を見つめて、メイド長さんが何やらほっこりしたような表情になるけど、それは見なかったふりをし、改めてギルベルトさんに向き直る。
「その言い方だと、現行のインクじゃ紙以外に書けないってこと?」
「はー……はー……ゴホン! ……正確には、紙以外では効果を発揮できんといったところか」
言うなり、ギルベルトさんは、白衣の下から今度は紅色の液体の入った瓶と筆、そして白いハンカチを取り出した。
白いハンカチをテーブルの上に敷き、その表面に紅色の液体で魔術言語を書き記す。効果は発火。
そしてハンカチのふちに指を置き、魔力を流し込み――
………………………。
「なにも起きないわね」
「うむ」
煙一つ上げないハンカチを見、ギルベルトさんはなんてことも無いように頷いた。
「どうも、素材とインクがうまく反応せんせいで、魔力がうまく流れんようなんだ」
「ふーん……。で、このインクなら大丈夫と?」
「一応、な」
ギルベルトさんは頷き、あたしが手渡した黄金色のインクで、また別のハンカチに魔法を書き込む。効果は同じく発火。
指を置き、魔力が流れる。
途端、ゴゥ!と激しい音を立てて、ギルベルトさんが置いた指ごとハンカチが燃え上がる。
「だ、っちゃー!?」
「わかってて、なんで指を置くのです」
「こうせんと、魔力が流れんだろうが!?」
涙目で指先を抑えるギルベルトさん。一応、魔力を流す前に耐火魔法か何かを自分に駆けておいたのか、指に焦げ目はついていない。
そんな彼を見て、あたしはコテンと首をかしげた。
「……で、何が問題なの?」
「某のありさま見たらわかるだろう!?」
「ご覧のとおり、余計に魔力を吸い上げて、必要以上に効果を発揮してしまうのです」
涙目のギルベルトさんに変わって、メイド長が説明してくれる。
まあ、なんとなくわかってたけどさ。
「つまり、インクが無理やり魔力を吸収できるようにしたってわけね?」
「ふー、ふー……。ああ、その通りだ。だが、やりすぎてしまったようでな。魔力を流せばこのありさまだ」
「ものとしては、棒などに使用して、簡易カンテラのようなものを作ろうとしているのですが、これを使うと必要以上に光って眩しすぎるのです」
「ふーん」
まあ、棒全体が、さっきの勢いで光られたら困るだろう。
……でも、布に使っても、十分効果を発揮できるのはわかった。
「試作なのよね? 数は? 結構ある?」
「一応、あの大瓶に詰まってる分が全部だが」
そういってギルベルトさんが指差すのは、巨大な水瓶だった。
……んー、あれだけあれば十分かしら?
「とりあえず、これ一瓶分貰っていい?」
「かまわんが……どうするんだ?」
怪訝そうに小瓶を振るあたしを見るギルベルトさん。
そんな彼に、あたしはにやりと笑って見せる。
「もちろん、魔法の道具を作るのよ」
何かを思いついたらしい真子ちゃん。これから一体何を作ろうというのか……。
以下次回ー。