No.102:side・kota「雨降って、地固まる」
何とか立ち直った礼美ちゃんと一緒に、サンシターさんの様子を見に来ると、中から何か話し声が聞こえてきた。
誰がいるんだろう?と思っていると、何かを感じ取ったらしい礼美ちゃんが、僕が何か言うよりも早く、扉を叩く。
「……サンシターさん、起きてますか?」
「……はい、起きているでありますよ」
中からサンシターさんの返事が聞こえてくる。
それを確認した礼美ちゃんが、扉を開ける。
「失礼しま――」
中に入ると、そこにはベッドの上に身体を乗せているサンシターさんと……。
「真子、ちゃん」
「……礼美」
丸椅子に腰かけた真子ちゃんがいた。
真子ちゃんは……さっきまでと比べるとだいぶすっきりしたような表情をしている。
泣いていたのか、目のふちが少し赤いけれど、さっきまでの鬱屈した表情に比べれば全然ましだ。
礼美ちゃんの姿を認めた真子ちゃんは、硬い表情で礼美ちゃんを見つめていた。
……まあ、さっき喧嘩別れした相手がもう戻ってくれば、それは気まずいよね。
同じことを考えているのか、礼美ちゃんも身を固くしている。
そんな礼美ちゃんの肩に手を置き、緊張をほぐすように声をかける。
「……礼美ちゃん」
「……うん」
名前を呼ぶと、礼美ちゃんは意を決したように頷いて、一歩一歩と前に進み始める。
近づいてくる礼美ちゃんを見て、真子ちゃんもゆっくりと立ち上がった。
そして礼美ちゃんは、すぐ手が届くくらいの距離で立ち止まった。
「………」
「………」
しばらく、無言の睨み合いが続く。
礼美ちゃんは、何を話していいのかわからないようで、迷うように視線をさまよわせている。喧嘩したの初めてだって、言ってたからな……。
真子ちゃんは真子ちゃんで、じっと礼美ちゃんのことを見つめて、その第一声を待っているようだ。微動だにしないけれど、それが逆に礼美ちゃんを焦らせているように見える。
「……真子ちゃん、あの……」
「………」
礼美ちゃんが、上ずった声を上げるけど、真子ちゃんはただじっと礼美ちゃんを見つめるばかり。
……できれば、仲裁してあげたいけれど、ここで間に割って入ったら、ダメだ。
喧嘩したことがない二人にとっては初めての経験だ。変に邪魔しては、二人の関係にヒビが入りかねない。
ベッドの上のサンシターさんも、同じことを考えてくれているのか、穏やかな眼差しで礼美ちゃんと真子ちゃんのことを見守っていてくれる。僕が視線を向けると、優しげな表情で小さく頷いた。
ありがとうございます、サンシターさん……。
「……真子ちゃん……ごめん!」
僕がサンシターさんに向けて小さく頭を下げると、同時に礼美ちゃんも真子ちゃんに向けて勢いよく頭を下げた。
「さっきは、いきなり真子ちゃんの顏、思いっきりぶっちゃって……!」
「………」
だ、第一声がそれですか……。
真子ちゃんに頭を下げる礼美ちゃんの背中を見つめながら、僕は顔を引きつらせる。
いや、確かにそこも大事だと思うけど、そこで頭下げちゃうと、全部自分が悪いって認めちゃってるようなものだよ……?
「……そうね、よくも叩いてくれたわよね」
案の定、真子ちゃんは優勢を感じているようで、ぶたれたほっぺを撫でながら、礼美ちゃんを見つめている。
ああ、これはまずい展開かも……。真子ちゃんは、冷静であれば頭が回る。もし、礼美ちゃんに対して悪感情を抱いていれば、このまま一気に畳み込まれるかも……。
でも、その心配はなかった。
「うん、ごめんね、真子ちゃん」
顔を上げた礼美ちゃんの声は、しっかり芯の入った物だった。例え畳み込まれたとしても、受け止めて、返すことができると思う。
そのことを感じてか、真子ちゃんの顔が真剣味を帯びる。
「……まあ、いいわよ。叩いたことは、謝ってくれたし。そこは許す」
叩いた謝罪に対し、真子ちゃんはそう返した。
髪を掻き揚げ、まっすぐに礼美ちゃんを見つめるその瞳には、わずかな険が込められている。
「でも、魔王軍の連中に負けてもいい、ってあたしが問い質したことに関して謝罪がないってことは……まだそう考えてるってことかしら?」
「………」
真子ちゃんのその言葉に、礼美ちゃんは大きく深呼吸した。
「……負けてもいい、って思ってるわけじゃないよ。でも、無理に勝ちを急ぎたくはない、って思ってる」
「……どういう意味かしら」
真子ちゃんの瞳の鋭さが増す。
礼美ちゃんは、その瞳をまっすぐ見つめる。
「そうして無理に勝って、もし魔王軍の人たちや、今日みたいに、騎士団の人に怪我人が出たら、いやだから」
「これは戦争よ。喧嘩じゃない、向こうにもこっちにも、当然怪我人や、あるいは死人だって出てくるもの……。違うかしら」
礼美ちゃんが願う理想を、真子ちゃんは現実で切って捨てる。
そう。向こうがこちらを侵略してくる以上、こちらにとってこれは戦争だ。
でも。
「違うんじゃないかな」
「なにが」
「魔王軍の人たちにとって、これが戦争じゃないんじゃないかなって思って」
こちらにとってそうでも、向こうが同じとは限らない。
礼美ちゃんは、自分の考えを口にし始める。
「確かに、領地を占領されたり、前線を押し込んできたりしてるけど、それ以上のことはしてない。魔王軍の人たちは、必要以上に誰かを傷つけたり、ましてや殺そうとなんてしてない」
「………」
過去の事例から、魔王軍の人たちがこちらに悪意や敵意をもって接しているわけじゃないのはわかってる。もし魔王軍の人たちに、そういう悪感情があるなら、アメリア王国は滅亡の危機に瀕していたはずだ。それだけの戦力差が、こちらとあちらにはあるんだから。
「ねえ、真子ちゃん。相手のことを気遣う行為は、戦争っていうのかな?」
「……言わないでしょうね」
礼美ちゃんのその主張に、真子ちゃんがそう認める。
でも、すぐに真子ちゃんは剣呑な眼差しで礼美ちゃんを見つめた。
「だからって、目の前まで迫っている魔王軍の連中を、快く迎え入れるわけじゃないわよね?」
「………」
「あいつらには確かに、敵意や悪意なんてものを感じることはないわ。でも逆に、だからこそ意図が読めない。そんな連中を、この国に招いても構わないっていうの?」
真子ちゃんが、痛い所をついてくる。
そう、魔王軍の人たちの行動の意味は、はっきり言えば不明だ。
侵略の目的も良くわからない。領地を占領されたりはしたけれど、以降取り戻そうという動きがあったなんて話はなかった。
もし国土や物資が必要であれば奪還に動くはず。けれど、そういう行動に出ないということは、あくまで通りすがりに占領したというだけってことだ。実際、占領された領地も他と連絡が取れない以外はほとんどいつも通りに動いていたらしいし……。
「もし、今までの侵略行動で見せた気遣いが、ただのフェイクだとしたら……招いた瞬間に牙を剥く可能性だってあり得るわ。あんたは、それを許容できるの?」
真子ちゃんの言葉に、異を唱えたくなるけれど、ぐっと我慢する。
人情で考えるなら、真子ちゃんの言っていることは屁理屈に他ならない。
でも、万が一の可能性は否定できないと理性も告げる。
そんな真子ちゃんの言葉に、礼美ちゃんははっきりと答えた。
「私は、そんなことは起こらないって信じてる。例え魔王軍の人たちを、王城に招いたとしても、あの人たちはこの国に害をなそうなんて考えないって信じてる」
「……信じる、ね。便利な言葉だわ」
礼美ちゃんの答えを、真子ちゃんは嘲るように切り捨てた。
「自分から相手への一方通行で、しかも根拠は薄くても大丈夫……。一応聞いておくわ。王都へ招いても、あいつらが牙を剥かないって信じられる理由は何かしら」
そんなものはないだろう。そう考えているのが、はっきりと見えるほどに真子ちゃんの顏は礼美ちゃんへの嘲りで満ちている。
そんな彼女の顔をまっすぐに見つめながら、それでも礼美ちゃんははっきりとこう告げた。
「それは……私が魔王軍の人たちと仲良くなりたいから!」
「………は?」
途端、点になる真子ちゃんの目。ベッドに座っていたサンシターさんなんか、そのまま真後ろにずっこけた。
僕も少し肩を滑らせる。こっちに来る途中、そんな話はしたけれど、まさかこんな場面で暴露するとは思わなかったよ……。
とはいえ、こんな場でもなければ、言う機会もないかもしれない。
「だって、みんな優しいし、動物のお耳可愛いし、せっかくの異世界だし……。ああいう人たちとも仲良くなって、一杯遊んだり、お話したりしたいもの!」
「………」
あっけにとられる真子ちゃんに、畳み掛けるように自分の胸の内を語って見せる礼美ちゃん。
……これは、礼美ちゃんの偽りない本音だ。例え敵対している者とも、仲良くなって、みんなと手をつなぎたい。本気でそう考えているんだ。
理屈じゃないし、もちろんさっきの問いに対する答えにだってなっていない。そもそも礼美ちゃんの願いであって、魔王軍が牙を剥かない理由じゃない物ね……。
でも、そんな礼美ちゃんの真剣な願いと、真摯な行動があれば、魔王軍だってわかってくれる。僕もそれを信じたい。
真子ちゃんには、通じないかもしれない。けれど――。
「……ぷっ、ククク……! あっははははははは!!」
――と思っていたら、突然真子ちゃんが笑い始めた。
おなかを抱えて、目尻に涙をためて、心の底からおかしいといわんばかりに笑い転げる。
さっきまでの、礼美ちゃんへの嘲りや敵意なんかはあっという間に霧散してしまった。
突然の真子ちゃんの行動に困惑している礼美ちゃん。
真子ちゃんはそんな彼女の前で、目尻の涙をぬぐい取った。
「ひーひー……。あんたほんっと、馬鹿よねぇ。答えにすらなってないうえ、それ、完全にあんたの願望じゃない」
「う、それは、そうだけど……」
指摘され、言葉を探して迷う礼美ちゃんを、真子ちゃんはさっきまでとは打って変わった優しげな眼差しで見つめていた。
真子ちゃん、もしかして……。
「で、でも!」
「あー、はいはい、わかったわかった。あんたが魔王軍の連中を傷つけてまで勝ちたくないってのはよーくわかったわよ」
「わぷっ」
礼美ちゃんの反論を遮るように、真子ちゃんはその頭をポンポンと叩いた。
まるで、ワガママ妹をなだめるようなそんな仕草に、僕は確信する。
真子ちゃん、口論を始める前から礼美ちゃんのことを許してたんだ……。
「まあ、無理して勝ちを取りに行って、泥仕合になるよりはマシよね。立つ鳥跡を濁さず……禍根は残さず、すっぱり解決しましょ」
「真子ちゃん……うん!」
真子ちゃんの言葉に、礼美ちゃんは嬉しそうに頷く。
そんな礼美ちゃんを見つめながら、真子ちゃんは頭を下げた。
「……ごめん、礼美。ずいぶん心配させたわよね」
「真子ちゃん?」
「あのバカいなくなっただけで、魔王軍に負けてさ……。あたしの力じゃ、何もできないんだなって、そんな風に鬱な方に入っちゃってたんだ……」
そっか、あの時の敗北が、真子ちゃんの中でくすぶってたのが今回の結果につながったんだね……。
弱気な言葉を吐き出す真子ちゃんを、礼美ちゃんが慌てて慰めはじめる。
「そ、そんなことないよ! 真子ちゃん、すごい力があるよ! ちゃんと、みんなの助けになってるよ!」
「……うん、ありがと」
礼美ちゃんの慰めに、真子ちゃんは笑顔で答える。
……これで、一件落着、かな?
頃合いを見て、僕は一歩前に出る。
「よかったね、礼美ちゃん。真子ちゃんと仲直りできて」
「あ、うん! 光太君のおかげだよ! 本当に、ありがとう!」
「僕は何もしてないよ」
礼美ちゃんのお礼に、僕はそう告げる。
礼美ちゃんにとっては初めての喧嘩だったけど、きっと何もしなくても二人は仲直りで来てたと思う。
礼美ちゃんと真子ちゃんだって、伊達に友達じゃないんだ。僕と隆司と同じかそれ以上に、固いきずなで結ばれているんだから。
「んあー。なんか、安心したら、お腹減ってきたわねー。サンシター、今日の御飯はー?」
「そういうことはメイド長さんに言って欲しいでありますよ」
「真子ちゃん、ダメだよ!? サンシターさん、絶対安静なんだから!」
すっかり今まで通りとなった、礼美ちゃんと真子ちゃん。
そんな二人を見つめながら、僕は今この場にいない親友のことを考える。
早く戻ってきなよ、隆司……。みんな、心配してるんだからね。
そんなわけで、無事礼美ちゃんと真子ちゃんは仲直りできました!
さあ、谷は終わった! あとは上るよ! もう気の重くなる展開は御免だ!
次回からは、魔王軍対策に真子ちゃんが奮闘します。以下次回ー。




