No.100:side・mako「湧き上がるナニカ」
何やってんだろあたし……。
八つ当たり同然に、礼美に当たり散らして……。
医務室の前に、相変わらずへたり込みながら、あたしはただぼんやりと床を見つめていた。
光太は、礼美を追って駆け出して行った。当然だ。あれだけ礼美に悪しざまに叫んだあたしに肩入れする理由はない。
誰かが通り掛かる気配もない。正直、ありがたい。今、誰に会ってもろくなことを言いそうにない、最悪の気分だ。
ぐらぐらと、心の奥底の方で黒い何かが煮えたぎっているのがわかる。
礼美にその何かをぶつけるように叫んだけれど、いまだ燃え残っているかのごとく、あたしの心をじりじりと犯していっているようだ。
ラミレスには勝てず、サンシターには重傷を負わせ、礼美を拒絶して……。
結局、得られたものは何一つない。残ったのは虚しさと、言い表しようのない黒い感情だけだ。
この、黒い感情が、あたしの心を覆い尽くしたとき、どうにかなっちゃうのかなぁ……。
ぼんやりと思考する頭で、それもいいかもしれないと思う。
だって、今のまんまじゃ何も得られないんだもの。何かを得るのに対価がいるというのであれば、いっそ……。
やけっぱちになって自重するような笑みを浮かべたあたしの肩に、誰かが手を置いた。
「――様。マコ様……?」
あたし名を心配そうに呼びながら、ゆさゆさと体を揺する。
その馴れ馴れしさに煩わしさを感じて、顔を上げて睨みつける。
そこに見つけた顔を見て、あたしはバカの様に呆けてしまった。
「大丈夫でありますか? こんなところでへたり込んで……」
サンシターが立っていた。
サンシターは、あたしの顔を心配そうにのぞきこんで、あたしを立たせようと手を引いてくれる。
呆然としたあたしは、サンシターの顔を見ながらただへたり込んでいることしかできない。
「ダメであります。マコ様も、女の子でありますよ。体を冷やしては……」
そんな風にあたしを心配してくれるサンシター。
あたしは、彼に何をしたのかを思い返し、彼に何があったのか思い出し、オーゼさんが言っていた彼の状況を思い出し。
「…………あ」
「あ?」
「アホかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!???」
今の自分の状況も状態も、ついでに心の奥の黒い何かも吹っ飛ばして、サンシターの両肩を掴んでそのまま医務室の中へと押し込んだ。
「ちょ!? ちょちょちょ、マコ様!?」
「絶対安静の身分が、人の心配してんじゃないわよぉー!!」
強引に体を押し込まれて慌てるサンシターを、あたしはベッドの上に押し倒す。
ドスン!と大きな音を立てて、ベッドが悲鳴を上げた。
「あんた寝る! 怪我してたんだから! わかった!?」
「あ、はい。わかったであります」
サンシターの顔を睨みつけ、そう命令すると彼は素直に頷いてくれた。
そんな彼の、いつも通りの様子を見て、あたしは安心して思わず彼の上にへたり込んだ。
「はぁ~……」
「申し訳ないであります、マコ様。ご心配をおかけしたようで……」
「まったくよ……」
自分のことを棚に上げて、あたしはそんな言葉をつぶやいた。
自覚はあるけれど、心臓に悪すぎるわよ……。化けて出たのかと思ったわ……。
力を抜いたあたし様子を見て、サンシターも安心したのか、あたしの背中をポンポンと軽く叩いた。子供をあやす様なその仕草が、妙にくすぐったい。
「まあ、それはそれとして、どいていただけると嬉しいでありますが」
「あ?」
サンシターの言葉に顔を上げると、目の前に彼の顏。
そしてゆっくりと自分の今の状況を考える。
サンシター登場
↓
びっくりして医務室に強制連行
↓
二人でベッドイン
↓
ただいまサンシターの上で休憩中←今ココ
「…………」
今の状況を理解し、一つ頷き、あたしはゆっくり彼の上から起き上がり、医務室に備え付けてある丸椅子を引っ張ってきて、改めて腰かける。
そして両手で顔を覆って、彼に赤くなった顔を見られないようにしながら、呻くように謝った
「ホント、ごめん、サンシター………!」
「いえ、気にしてないでありますよ」
サンシターは小さく苦笑しながら、改めてベッドの上に横になった。
いくらサンシターが今起きたからって、テンパりすぎにもほどがあるでしょうが、あたし……!
柄にもなく恥ずかしいし……! これはあたしのキャラじゃない……!
丸椅子の上で顔を覆って縮こまっているあたしに、サンシターは改めて真剣な声で問いかけてきた。
「それで、マコ様」
「なによっ」
「自分がラミレスさんに飛びかかった後のことを、お伺いしたいのでありますが」
「っ………」
サンシターの言葉に、あたしはビクンと跳ね上がって、体を固くした。
あたしの様子に気が付いてか気が付かづか、サンシターは淡々と言葉を続ける。
「確か、マコ様が自分の後ろから魔法を放ったのまでは覚えているであります。でも、そこでぷっつりと記憶が途絶えているでありますよ」
「………」
あたしは恐る恐る顔から掌を外し、サンシターの顔色をうかがう。
サンシターは、真剣な表情で、じっとあたしの答えを待っていた。
……彼は、覚えてないんだ。あたしの魔法の巻き添えになったことを……。
…………。
「……サンシターが、ラミレスに飛びかかってくれた後……」
逡巡は、わずか。
「あたしは、あんたごと、ラミレスに魔法を放ったの」
あたしは、はっきりとそう口にした。
ごまかすのは、できなくはないだろうけれど、意味はないだろう。きっと、彼だって気づいてる。自分があたしの放った魔法の巻き添えになったことに。
なら、無駄なことをしていないで、はっきりと告げるべきだ。
あたしが、サンシターに怪我を負わせてしまったと。
「使った魔法は、元始之一撃。それで、あんたは背中に大火傷を負ったわ」
「……」
あたしの説明を、黙ったまま聞いてくれるサンシター。
騒ぐでも喚くでも怒るでもなく、ただじっとあたしの説明を待ってくれる彼のおかげで、あたしは落ち着いたまま説明を続けることができた。
「その魔法を使った後、魔王軍は撤退したわ。そのあとは、あんたを王都まで運んで、オーゼさんに頼んで治療してもらったの」
「……そうでありましたか」
簡単な説明が終わり、サンシターは納得してくれたのか、小さく頷いた。
っと、そうだ。オーゼさんで思い出した。
「それで、あんたの怪我のことなんだけど……。オーゼさんによると、怪我を治すのに、相当あんたの体力を使ったらしいんだけど……起きてて大丈夫なの?」
治癒魔法は、基本的に魔法をかける人間の体力に比例して効果が変わってくる。治癒魔法が、あくまで人間の回復力を加速させる効果を持つからだ。
高度な術者だと、前に隆司にやって見せたように、自分の体力を怪我人に移すことで、対象の体力を消耗しないようにできるけど……。
サンシターの場合は背中の全部を覆うような大火傷だ。オーゼさんだって、高齢の術者。あまり無理はできないはずだ。
あれだけの怪我を治すのなら、二、三日は起き上がれないほど体力を消耗するはずなんだけど……。
あたしの質問に、サンシターは照れたように微笑んだ。
「ああ、そのことでありますか。自分、昔は病気がちでよく床に伏せていたのであります。けど、そのおかげで、体力の回復速度は人一倍早いのでありますよ」
「……? どういう意味よ?」
よく病気をするなら、むしろ体力は少ないと思うんだけど。
「自分の母が、多少魔法に通じていたでありますので、体力増強の魔法薬を良く飲まされていたでありますよ。おかげで、普通の人よりずっと体力だけは多いのでありますよ」
「ああ……」
なるほどね。よく病気で倒れていたサンシターを心配して、せめて病気に負けない体力だけでもつけておこうとしたわけか……。
何度も病気で倒れていたなら、身体だって次は倒れないように頑丈な体を作ろうとするだろうから、それとの相乗効果で体力量とその回復速度は人一倍高いのね。
そういや前の会戦の時、何度倒されてもそのたびに立ち上がってたっけ。
「なので、身体さえ治っていれば、起きるくらいは何とかなるであります」
「そうなんだ……」
サンシターの言葉を聞き、彼の顔色をうかがって異常がないのを確認して、あたしは安堵のため息を吐いた。
声の調子も、いつも通りだし、本当に大丈夫そうね……。
そうして安心したあたしの耳に、信じられない言葉が聞こえてきた。
「……申し訳ないであります、マコ様」
「―――え?」
聞こえてきた謝罪に、顔を上げる。
サンシターが、真摯な顔であたしのことをまっすぐ見つめていた。
「な、何よ、サンシター、急に……」
「いえ。自分が、力及ばないばかりに御迷惑をおかけしてしまったでありますから……」
何のことかわからず、混乱する。
迷惑をかけたのは、あたしだ。なのに、何でサンシターが謝ってるのよ。
混乱するあたしを置いたまま、サンシターは謝罪を重ねる。
「あの時……もっとガオウ君を押さえていられたら、コウタ様はマコ様の援護に集中できていたはずであります」
「それは……そうだけど。だけど!」
「それに、マコ様が危険だったと思い、ラミレスさんに飛びかかったせいで、自分が怪我をしてしまったであります。そのせいで、余計な心配をかけてしまったであります」
それは……そうかもしれない。
サンシターが飛び掛からなければ、ラミレスに隙はできなかった。きっと、魔法をかける間もなく、あたしはまた叩き伏せられていただろう。
でも、サンシターが飛び掛かってくれていなければ、また会戦に負けていたのかもしれないのだ。
「本当に、申し訳ないであります、マコ様」
「なに、いってんのよ! サンシターが、あの時身を挺してくれてなければ、あたしはやられてた! 間違いなく! だから、謝るのはあたし!」
思わず丸椅子を蹴倒して立ち上がるあたし。
サンシターに謝ろうと前に出るけど、サンシターに押し止められる。
「無理はしなくていいでありますよ、マコ様」
「無理なんてしてない! サンシターのおかげで、今回の会戦に負けなかった! でも、サンシターのことを怪我させちゃったのは、あたし! だから……!」
「なら、マコ様。どうして、傷ついた顔をしているでありますか?」
サンシターの言葉に、息を詰まらせる。
「な、なんのことよ」
「マコ様は、ご自身が思っているより顔に出やすいでありますよ?」
おどけたようなサンシターの言葉に、思わず顔を抑える。
そんな、サンシターに指摘されるほどひどい顔色してるの……?
そんなあたしの頭を、サンシターはそっと自分の胸に抱き寄せた。
「な……!?」
「マコ様。つらいときは、つらいといっていいのであります。一番よくないのは、自分の中に溜めこんでしまうことでありますから」
「―――」
「そこまでマコ様を追いつめてしまった責任は、自分にもあるでありますから」
また、幼子をあやすようにゆっくりと背中を撫でられる。
サンシターの、大きくて暖かい掌。
その手つきの優しさに、ふと、瞳の奥からこみあげるものがあった。
「っ……!」
思い出すのは、あたしたちの世界での思い出。
幼稚園の頃、いじめられていた時。泣きながら帰った時に、お母さんにこうして慰めて――。
「自分、力はないであります。でも、愚痴を聞くくらいはできるであります」
知らず知らずのうちに、ギュッと彼の上着を握りしめる。
こみあげてきた、熱い液体がこぼれないように。我慢するために。
「なに、よ……! 別に、あたしは……!」
「マコ様」
何とか口にしようとした反論が、遮られる。
耳朶に響き渡る、暖かな彼の声。
「もう少し、マコ様らしいわがままも聞いてみたいのでありますよ。だって――」
「マコ様も、女の子なのでありますから」
「……さんし、たー、っのくせして、さっ……!」
もう、だめだった。
全てを包み込むような、彼の優しさに、溺れてしまう。
そのことを自覚し、あたしはギュッと彼の身体に抱き付く。
「あた、しを、おんなのことかっ、さ……!」
「申し訳ないであります」
「あやまん、なっ……!」
苦笑したサンシターの胸に顔を押し付け。
あたしは、本当に久しぶりに、静かに泣いた。
サンシター復活! まあ、身体に異常がなければ起き上がるんですこいつは。
そして泣き出す真子ちゃん。ストレス解消には泣くのが一番らしいですよ?
しかしまあ、それだけで解決はしない。以下次回ー。