No.99:side・kota「この想い、絶やさぬように」
「あ、礼美ちゃん!」
真子ちゃんの拒絶の言葉を受け、礼美ちゃんがどこかへ駆け出した。
信じられないほど、青白い顔をした礼美ちゃんの姿に不安を覚え、真子ちゃんの身体から手を離す。
真子ちゃんは支えがなくなった人形のように、その場に力なくへたり込んでしまった。
ほんの少し不安があったけれど、僕は礼美ちゃんを追いかけることにした。
どちらが重症か……と考えれば、きっと真子ちゃんの方がひどいと思う。でも、礼美ちゃんはきっと真子ちゃんに拒絶されたことがないはずだ。
礼美ちゃんと真子ちゃんの思い出話に、僕と隆司の出会いのような、喧嘩をするエピソードが一切含まれないことからの想像だったけど……。
礼美ちゃんのあの様子を見て、想像は確信に変わった。
きっと礼美ちゃんは、大好きな人に初めて拒絶されて、どうしたらいいかわからなくなってる。そんな時、一人でいるのは危険だ。
とにかく必死で礼美ちゃんを追いかける。足では自信があったけど……思ってた以上に礼美ちゃんの足が速い……!
鎧着っぱなしなのはまずい! 僕は着ている鎧の留め金に手をかけ、全部外してしまう。
ガチャガチャと大きな音を立てながら、鎧が廊下に落ちる音が響き渡る。
「へ!? コウタ様!?」
「ごめん、メアちゃん! 鎧片づけておいて!」
通りすがりのメアちゃんに、鎧の片づけをお願いして、見失いかけた礼美ちゃんの姿を追って加速する。
しばらく礼美ちゃんの影を追っていくと、やがて王城の中庭に出ていった。
「はっ……はっ……!」
短く息を尽きながら、礼美ちゃんの姿を探す。
王城の中庭は、花壇のようなスペースを覆うように雑木林が立っている。
お城の中とは思えないほど深いから、変に見失えば……。
けど、姿を見失う心配はなかった。
スン……スン……。
と小さな音が聞こえてきたのだ。
鼻をすするようなその音を、慎重に追った。
少しでも気を抜けば、それだけで聞き落してしまいそうな小さな音。
その音の聞こえる先は、小さな女の子の背中だった。
「礼美ちゃん……」
大きな木にすがり、涙を流すその背中に声をかける。
スン、スンと音が聞こえるたびに震えていたその背中が、僕の声を聞いて止まる。
ゆっくりと振り返った彼女の顔は、涙と鼻水でぐちゃぐちゃに汚れていた。
「こ、こうた、くん……」
呂律も揃わぬ様子の彼女は、僕の姿を見て、また大きく鼻をすすった。
彼女にゆっくり歩み寄って、僕は安心させるように彼女のそばに屈みこんだ。
「大丈夫? 礼美ちゃん」
「こうた、くん……!」
声をかけた途端、礼美ちゃんが一際大きく泣き出した。
「わ、わたし、まこちゃ、まこちゃんに、まこちゃんに……!」
「大丈夫。大丈夫だよ」
「う、うあ……うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!」
僕は大丈夫、と繰り返しながら彼女の頭を抱き寄せ、泣き声がなるべく誰かに聞こえないようにしてあげる。
僕の上着をぎゅっと握りしめ、礼美ちゃんはまた一段と大きな声を上げて泣く。
本当に、仲良しなんだね、二人とも……。
礼美ちゃんを安心させてあげたくて、僕は両手で彼女の身体を抱きしめる。
そうしてしばらく泣き叫んでいた礼美ちゃんは、しばらくすると落ち着いてきたのか、声が小さくなってきて、僕の上着を握っていた手の力も少しずつ緩んできた。
「グスッ……ごめん、光太君……もう、平気……」
「ん。わかったよ」
聞こえてきたその言葉に、僕はゆっくりと身体を離す。
目が赤く、腫れぼったくなっていて、痛々しい有様だけど、それでもさっきよりはましになっている……かな。
ひどく気落ちした表情で、礼美ちゃんは木の幹に背中を預けた。
「本当に、ごめんね……。いきなり……」
「いいよ。僕は、何の役にも立てなかったから」
あの場を諌めることも、二人を止めることもできなかった。
その事実を思い返し、小さく歯ぎしりする。
ああなる前に、止めるのが僕の役目だったはずなのに……。
そんな僕の言葉に、礼美ちゃんは小さく首を横に振った。
「ううん、いいの……。だって、私、きっと我慢できなかったから……」
「我慢?」
「うん……。真子ちゃんが、サンシターさんを撃っちゃったこと……」
そもそもの原因である事柄を思ってか、礼美ちゃんの顏がまた暗くなる。
今も目覚めない、彼の存在。それが、礼美ちゃんの心にも大きな傷となっているんだろう……。
「真子ちゃん、まるでサンシターさんを怪我させたこと、後悔していないみたいで……。そんなはず、ないのに。真子ちゃん、他の誰よりも、責任感強いのに……」
「うん、そうだね……」
礼美ちゃんの隣に腰かけながら、僕も真子ちゃんのことを考える。
付き合いこそ、高校に上がってからだったけど、真子ちゃんは僕たちの中で一番責任感が強かった。
どこかに遊びに行くとき、どこに行こうと決めるのは隆司だったけど、だいたいノープランで……そんな隆司の案に沿うように、いろいろ決めるのが真子ちゃんだった。
何か問題があれば、解決するまで必ず先頭に立って頑張っていて……僕も隆司も、そんな真子ちゃんには頭が上がらなかった。
だからこそ、今回の真子ちゃんの言葉が、礼美ちゃんには信じられなかったんだと思う。
まるで、逃げるようなそんな言葉に我慢ができず……。
「だから、私、真子ちゃんのこと叩いて……。目を、覚ましてほしかったから、叩いて……。だけど、真子ちゃん、私のこと……」
「………」
思考がうまくまとまらないのか、支離滅裂な様子でブツブツつぶやいている礼美ちゃん。
そんな彼女に掛ける言葉を、一生懸命考える。
きっと、ただ礼美ちゃんのことを肯定するだけじゃだめだ。今の彼女が欲しがっている言葉は、それじゃない……。
考えながら、とにかく礼美ちゃんの気持ちを落ち着けるように、言葉を選ぶ。
「……真子ちゃんも、きっとつらかったんだと思う」
「………」
「一人で、ラミレスさんと対峙して……僕か隆司が、ヴァルト将軍と一対一になるようなものだよ。きっと、何もできずに倒される。それでも、負けないために……」
「負ける……勝つ……」
礼美ちゃんは小さくそう呟いて、焦点の合わない瞳で、僕の顔を見上げた。
「……どうして、勝つとか、負けるとかあるのかな……」
「ん? 勝ち負けが、どうしてあるか?」
「うん……魔王軍の人たちがいて……アメリア王国の人がいて……それじゃ、ダメなのかな……」
礼美ちゃんの言葉に、少し考える。
幼稚とさえ言えるその言葉。普通であるなら魔王軍が攻めてきたからと答えるべきだ。
向こうが攻めてきて、だからこそ迎え撃つ……。だからこそ、勝ち負けが存在するけど……。
でも、礼美ちゃんも僕も、それだけで決着をつけたくなかった。勝ち負けがあると、どうしても禍根が残る……。だからこそ、和平が欲しいと考えてる。
でも、そんな礼美ちゃんの考えが、真子ちゃんには手を抜いているように見えてたみたいだ。
確かに、そう見えなくはないけれど……。
「それでもいいのかもしれないけど……魔王軍の人たちも、僕らに何か伝えたいのかもしれない」
「私たちに……?」
「うん。戦争も、一つの外交……話し合いだって聞いたことがあるし」
一応、嘘ではない。戦争はあくまで外交手段の一つ、という見方もある。
それに、戦いを通じて気持ちを伝えあう、という漫画や物語もある。
…………まあ、礼美ちゃんがそういう物語に通じているとは思ってないけど。
「もし、礼美ちゃんに何かを伝えたい、って人がいたら、礼美ちゃんはどうする?」
「……ちゃんと、聞いてあげたい……」
「じゃあ、礼美ちゃんも、ちゃんと魔王軍の人たちと向き合ってあげないと。守ってばかりじゃなくて、礼美ちゃんが伝えたいこと、伝えてあげないと」
「……うん……」
僕の言葉に、礼美ちゃんが小さく頷いた。
……主題のすり替えも、いいところだ。礼美ちゃんの疑問と僕の答え。その二つに繋がりはほとんどない。
それでも、とにかく礼美ちゃんと話をしなきゃ。彼女に声をかけないと。
そう思い、口を開く。
「それに――」
「……でも、真子ちゃん、私のこと、嫌いって……」
礼美ちゃんの口から、不意にこぼれた言葉に、息を呑む。
嫌い。その言葉に篭った、強く暗い感情に。
……そうか。これが、礼美ちゃんの根にある想いか。
「私の、そういうとこ、嫌いって。きっと、ずっと、思ってたんだ……」
「礼美ちゃん……」
「私が、優しいから、甘いから。だから、真子ちゃん、私のこと、嫌いって」
「礼美ちゃん」
再び零れ落ちはじめた、礼美ちゃんの涙。
それを抑えるために……ううん。それが見たくなくて、僕はまた礼美ちゃんを抱きしめる。
「真子ちゃんに、嫌われ、ちゃったぁ……」
「そうかもしれない。でも、ちゃんと仲直りできるよ」
今にも、崩れ落ちそうなほど、力のない彼女の身体をぎゅっと抱きしめる。
その場から、消えていなくならないように。しっかりと、抱きとめる。
「嫌われたって言われて、でも、礼美ちゃんは真子ちゃんのこと、好きでしょ?」
「……うん。だけど、真子ちゃん、私のこと、嫌い……」
「大丈夫。嫌いなら、まだ大丈夫だよ」
礼美ちゃんを励ますように、耳元でしっかりと言葉を紡ぐ。
「……ホント? まだ、大丈夫?」
「うん、大丈夫。それに、友達なら、喧嘩の一つくらい、なんてこと無いよ」
「友達……なら……」
僕の言葉を聞いて、礼美ちゃんの体に力がこもる。
その反応に、僕は言葉を畳み掛ける。
「うん。喧嘩だよ、これは。売り言葉に買い言葉。絶対仲直りできるよ」
「仲直り……できるかな……」
「大丈夫」
不安そうではあるけれで、先ほどよりもはるかに力のこもった言葉を聞き、僕は少し身体を離して、礼美ちゃんの目をまっすぐに見つめる。
涙に濡れ、不安に揺れた礼美ちゃんの瞳に、わずかな光が灯っている。
彼女を力づけるよう、安心させるよう、僕は微笑んで声をかけていく。
「僕と隆司なんか、年中喧嘩してるもの。お互いに、相手の嫌いな部分なんて、把握しつくしてるくらいだよ」
「そう、なの?」
礼美ちゃんの目が、大きく見開かれる。
「そうだよ。例えば、隆司は僕の優柔不断なところが嫌いだっていうけど、僕だって隆司のはっきりし過ぎてる部分は嫌いだよ」
「はっきりし過ぎてる、所?」
「うん。隆司のこと、好きって子、結構いるんだけど、そういう子に「いや別に付き合うとかは」ってはっきり断って泣かせたこと、何度もあるんだよ?」
「それは……ひどいよ」
礼美ちゃんが、小さく笑う。
苦笑に近い笑いだったけど確かに笑ってくれた。
彼女の笑みを見て、僕も笑顔を深めた。
「でしょ? 隆司のそういう部分は嫌いだけど、それでも、僕と隆司は親友だよ」
「うん、そうだね……」
自信満々な僕の姿を、礼美ちゃんが眩しそうに見つめる。
遠いものを見つめるその姿を引き寄せるように、僕は礼美ちゃんの両肩に手を置く。
「だから、大丈夫。僕と隆司にできることが、礼美ちゃんと真子ちゃんにできないはずないよ」
「そう、かな」
「そうだよ。だって、礼美ちゃんは、真子ちゃんのこと、大好きでしょう?」
「……うん」
小さく頷く、礼美ちゃん。
「自信持って、頑張ろう? きちんと仲直りできるよう、僕も手伝うから」
「……うん、わかったよ。光太君が、手伝ってくれるなら……私、頑張る」
「うん、頑張ろう」
真剣な表情で、僕の言葉にうなずいてくれる礼美ちゃんを見て、僕は小さく決意する。
今にも消えそうだった、彼女。大切な人に、拒絶される痛みを知った彼女
目の前の、そんな彼女の力になるために、僕も全力を尽くすと。
彼女が折れ、消えてしまわないように、すべてを尽くすと……。
光太、何とか礼美を立ち直らせることに成功。
とはいえ、真子側が聞き入れる準備してなきゃ、仲直りも何もないわけで。
早く目覚めろサンシター! 以下次回ー。