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No.98:side・remi「彼女の、本音」

 サンシターさんの応急処置を終えて、大急ぎで王城へ戻った私たち。

 今は治療室の前で、オーゼ様が出てくるのを待っています。

 この世界ではお医者様はいなくて、基本的には神官の人がお医者様の代わりなんだそうです。

 オーゼ様は、得に治癒を専門とした神官さんだそうで、この国でも随一の腕前だから、安心してほしいとヨハンさんに太鼓判を押してもらいました。

 でも、サンシターさんの背中の火傷、私が一生懸命祈ってもほとんど回復しなくて……。

 本当に大丈夫なのか、すごく不安です……。

 光太君も落ち着かなさげに、部屋の前を行ったり来たりしています。

 サンシターさんを光太君と一緒に運んできてくれた騎士団長さんは、じっと目を閉じたまま、壁に背中を預けて部屋の前に立っています。

 そして……。


「………」


 サンシターさんの治療の間、真子ちゃんはずっと黙ったままです。

 顔は真っ青ですけど、完全に無表情です。何を考えているのか、ほとんどわかりません。

 ……真子ちゃんが使った魔法、元始之一撃(グラウンド・ゼロ)。これは、高位魔法(ハイ・スペック)の中で最も威力が高いものの一つだそうです。

 広い範囲を、超々高熱で焼き払い、すべてを灰に還す魔法。王都で使えば、区画ひとつくらいは一瞬で消滅させられるほどの威力がある、とのことです。

 そんなものを、ラミレスさんだけじゃなく、サンシターさんにまで使ってしまうなんて……。

 どうしてそんな危険なことをしたんでしょうか? たしかに、魔王軍に敗北してしまえば、前線が押し進められ、この王都への侵攻を許してしまうことになるかもしれません。

 でも、魔王軍の人たちはそこまで危険な人たちじゃありません。今でこそ、話し合いの場は持てませんけど、王都まで前線をおしこめられたとしてもすぐに王都の人たちが危険にさらされる、ということはないはずです。

 前線で敗北するよりも、魔王軍の人たちの誰かが死んだり、アメリア王国の騎士団の誰かが死んでしまうことの方がずっと怖いです。

 今回こそ、ラミレスさんのおかげでサンシターさんもラミレスさんも死なずに済みました。前線も押し込まれずに済みました。けれど、その代償でサンシターさんが……。


「……みなさん」


 ガチャリ、と音がしてオーゼ様が部屋の中から出てきました。


「あっ……!」


 私は椅子から腰を上げて、オーゼ様に近づきます。

 光太君も私のようにオーゼ様の前に立ちました。

 不安を隠そうともしない私たちを安心させるように、オーゼ様は優しく微笑みました。


「治療は無事、成功しました。もう、大丈夫です」

「よかった……!」

「オーゼ様、ありがとうございます!」


 オーゼ様の言葉に、笑顔になる私たち。

 本当に良かった……!

 喜び合う私たちの後ろから、団長さんが口を開きました。


「サンシターの奴は、どんな具合なんです?」


 団長さんの質問に、オーゼ様は小さく後ろへと振り返り、それから団長さんに向き直りました。


「治療に、かなりの体力を消耗しておりますから、最低でも二、三日は絶対安静です。今も、体力回復のために眠らせております」

「そうですか……」


 オーゼ様の言葉に、団長さんが考え込むように顎を撫ではじめました。

 サンシターさんも騎士団の一員です。サンシターさんがいなくなることで出来る穴をどうしようか、考えているのかな?

 オーゼ様が、私たちの肩に手を置いて、小さく頷きました。


「そういうわけですから、今日はお休みください。皆様も、魔王軍との戦いでお疲れでしょう?」

「はい、わかりました」

「オーゼ様、本当にお疲れ様でした」

「ありがとうございます、レミ様、コウタ様。それでは……」


 オーゼ様は私たちの言葉に微笑むと、小さく会釈してそのまま立ち去って行きました。

 団長さんも、それを追うように歩きはじめ、ふと何かに気が付いたように足を止めると真子ちゃんの方に振り向きました。


「マコも休めよ。今日のことは……あとでサンシターに謝っておけ」

「………」


 団長さんの言葉にも、真子ちゃんは無反応。

 団長さんは、そんな真子ちゃんの反応に肩を竦め、そのまま立ち去っていきました。

 そんな真子ちゃんの様子を、私はどうしても許せません。

 サンシターさんを巻き添えにしようとしたのもそうですが、ここに来るまで徹底掉尾、誰の言葉にも何も返そうとしない、その態度……。

 確かにサンシターさんを巻き込んでしまったことはショックかもしれません。けど、騎士団やケモナー小隊の人たちの慰めにも何も返さないのは、少しひどいと思ったから……。

 真子ちゃんの目の前に立って、その眼を見つめます。


「……真子ちゃん」

「………」


 声をかけると、真子ちゃんはゆっくりと顔を上げます。

 やっぱり無表情で、私を見返してきます。

 その顔からは何も読み取れず、瞳もまるで私を写していないかのようです。


「……どうして、あんなことしたの?」

「……あんな?」


 私が静かに問いかけると、私の言葉を繰り返しました。


「サンシターさんを、巻き込んで……ラミレスさんごと魔法を放ったよね?」

「……ああ」


 私の確認に、真子ちゃんはなんていうことも無いように頷きます。


「どうして、あんな……」

「ああでもしなきゃ、勝てなかったからよ」


 私の言葉を遮って放たれた真子ちゃんの言葉は、まるで心が篭っていませんでした。

 まるで、この場にいないかのような真子ちゃんの言葉に、私は絶句します。


「勝てないって……」

「よく考えたら……おかしいわよね? ラミレスは四天王の一人なのに、私一人で勝てるわけないのに……」


 真子ちゃんは自嘲するように、白々しい笑い声を上げました。

 どこまでも空虚なその笑い声は、どこまでも痛々しく響き渡ります。


「ヴァルトだって、あたしたち四人で掛ってようやく撃退出来たってのに……。あたし、何考えてたんだろ。たった一人でラミレスをどうにかしようなんて……ホント、馬鹿よね」

「真子ちゃん……何言ってるの!?」


 いつもと様子のおかしい真子ちゃんに、私は彼女の両肩を掴んで揺さぶります。


「どうしたの、真子ちゃん!? おかしいよ!?」

「おかしい? 何が?」

「いつもの真子ちゃんじゃないよ! どうしちゃったの!?」

「いつも? いつものあたしって……何よ」


 真子ちゃんの瞳に、ほの暗い輝きが灯りました。

 私の手を強く払うと、激昂したように叫びます。


「いつものあたしって何よ!? あんた、いったい何を言ってんの!?」

「真子ちゃん……!?」

「いつもって……いつもだったら、あいつに勝てたっていうの!? 馬鹿じゃないの!?」


 まるで、溜まりに溜まった何かを吐き出すように、髪を振り乱し、息を荒げながら、真子ちゃんは叫び続けます。


「勝てるわけないじゃない!? あんな、化け物にさ! ただの高校生が!」

「ま、真子ちゃん、落ち着いて!」

「落ち着け!? 落ち着けるわけないでしょうが!」


 止めに入った光太君の腕も振り払って、真子ちゃんは荒く呼吸を繰り返します。

 血走った目で私たちを睨みつけ、ガシガシと両手で頭を掻き毟りました。


「あんたたち、なんでそんなのんきなのよ……! いつもいつも! 人の気も知らないでさ……!」

「の、のんきじゃないよ! 私たちだって……!」

「私たちだって!? 何!?」


 反論しようとしましたけれど、それも許さず真子ちゃんは私の肩を掴んで、私の身体を壁に押し付けました。


「っきゃ!?」

「あんたは良いわよね……! いろんな人にちやほやされて! すぐに誰かが助けてくれて! 昔っからそうだったわよね……!」

「イタッ……!」

「真子ちゃん、落ち着いてってば!」


 ギリギリと、痛いほどの力で私の肩を掴む真子ちゃん。

 そのあまりの痛みに身を固くする私。

 そんな私たちを見かねて、光太君が真子ちゃんを無理やり引きはがしました。

 私はそのままずるずると背中を壁に付けたまま、廊下に腰を落とします。


「離せっ! 離しなさいよ!」

「だから、落ち着いてってば……!」


 光太君に羽交い絞めにされた真子ちゃんは、そのまま光太君を振り払おうと暴れますけれど、光太君は真子ちゃんを離さないように全力で抑え込みます。

 突然の真子ちゃんの凶行に呆然とするしかない私……。そんな私の前で、真子ちゃんはまるで血を吐くような声で叫びます。


「なんなのよホント……! 隆司は帰ってこない、ラミレスには勝てない……!」

「真子ちゃん……」

「サンシターに至っちゃあの様よ!? 出てこなければ……! あたしだってあんな魔法使わなかった!」

「え……」

「サンシターが出てきたから、ラミレスに隙ができて……! サンシターが! サンシターが出てこなければ……!」

「真子ちゃん! 何言って……!」

「あの馬鹿が、余計なところで出てくるからぁ!」


 真子ちゃんのそのあまりの言い方に、一瞬で頭が真っ白になった私は、


 パァン!


 気が付けば、掌を振り抜いて、真子ちゃんのほっぺたを叩いていました。

 真子ちゃんを羽交い絞めにしたまま、光太君が固まっています。

 真子ちゃんは、前髪が目にかかって表情が見えません。

 自分で叩いておきながら、私は自分の行動に驚きました。

 でも……。


「真子ちゃん……そんなこと、言っちゃダメ」


 微かに震えながらも、私は真子ちゃんに言葉を重ねます。

 さっき真子ちゃんが口にしようとした言葉は、一番言ってはいけない言葉です。

 自分のせいじゃないと、やったのは自分じゃないと。責任を、誰かになすりつけようとする言葉です。

 それだけは、絶対口にしちゃいけないんです。誰かを傷つけたことから、逃げることになってしまうから。

 真子ちゃんの次の言葉を待つ私の前で、真子ちゃんはゆっくりと顔を上げます。

 垂れた前髪の間から覗く瞳は、まるで幽鬼のような輝きを放っています。


「…………なにすんのよ」

「……真子ちゃん」

「勝てなかったのは、あんたも一緒でしょぉが! 勝てたの!? 何の犠牲もなしに、勝てる相手だったの!?」

「それは……!」


 真子ちゃんの言葉に反論しようとしますけど、私には言葉が見つかりません。

 確かに、勝つことはできないでしょう。でも、だからって……。

 迷う私に畳み掛けるように、真子ちゃんは言葉を紡ぎます。


「まさかとは思うけど……負けてもいい、なんて思ってたんじゃないでしょうね?」

「………!」


 内心を見透かすような真子ちゃんの言葉に、私は目を見開きます。

 そんな私の様子を見て、真子ちゃんはギリッ……と音が聞こえるほどに歯を食いしばりました。


「やっぱりね……」

「ま、真子ちゃん、それは……」

「それは!? なによ!? 侵略者に負けてもいいって思える理由なんてあるの!?」


 本来であれば、そんな理由はありません。でも、魔王軍の人たちは……。


「魔王軍の連中がいい奴だからとか、そんな理由じゃないでしょうね!?」

「そ、そんな……」


 さらに先回りする真子ちゃん。私は二の句を継ぐことができないで、立ち尽くします。

 そんな私を憎々しげに見つめる真子ちゃんは、唾を吐くように息を吐き出します。


「そうよね、そういう奴よねアンタは……。でも、だからあたしがサンシターを撃つはめになったってわかってる!? ちゃんと理解してる!?」

「えっ……」

「あんたがやる気を出さないせいで、あたしがどんだけ追い詰められたと思ってんの!? たった一人であの化け物と遣り合って……!」


 続く真子ちゃんの言葉。その言葉の中に、声の響きに込められた弱弱しい響きに私は絶句してしまいました。

 どれほどに、真子ちゃんが追いつめられていたのか……。普段、弱いところを見せてくれない真子ちゃんがこれほどに追い詰められているなんて、思いもしなかった……。


「あんたの、そういうところが――」


 かける言葉を探す私に、真子ちゃんははっきりと、口にしました。




「大っ嫌いなのよ………!!」




 拒絶の言葉を。


「―――」


 その言葉に込められた、本気の色に。

 私は、一歩、二歩、後ずさりします。

 頭が真っ白になって、何も考えられなくなって――。


「あ、礼美ちゃん!」


 私は、その場から逃げるように駆け出しました。

 光太君の声が聞こえてきます。自分の吐く息がいやに大きく耳に聞こえてきます。

 石畳の地面を蹴る音が、廊下に一人分響き渡ります。

 怖くて、後ろを振り向けませんでした。

 けれど、真子ちゃんが追いかけてくる様子は、ありませんでした……。




 色々と、もうなんか、グダグダ。

 礼美は、負けても何とかなると思ってるし、真子は礼美のこと嫌いっていうし……もう、ね。

 次回は、光太に男を見せてもらいたいです。癒しが欲しいです。以下、次回。


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