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No.10:side・mako「女神の再顕現」

「うぅ~」


 分厚い本を読みながら唸り声をあげる礼美。本好きなこの子にしては、珍しい光景だわ。

 まあ、仕方ないんだけどね。何しろ本は本でも、魔術言語カオシックルーンで書かれた本だもの。

 題名は「魔術言語カオシックルーンの基本 ~魔法を始める第一歩~」だ。これから魔法を始めようという、魔法初心者のために作成された魔導書らしい。

 題名から内容に至るすべてが魔術言語カオシックルーンでできているという、初心者に全く優しくない作りなんだけど、オーゼさんによると読める人間に教えてもらいながら学べるようにという配慮らしい。

 まあ、あたしらにはあまり関係ない話だ。言葉は通じるけど文字は読めないんだし。


「真子ちゃーん、ここなんて読むのー?」

「だからあたしじゃなくて、オーゼさんかフィーネに聞きなさいって」


 唸り声をあげながら、なぜかこちらに近づいてくる礼美にそういってやる。

 向こうではおいでおいでと手招きするフィーネと、そんな少女を微笑ましそうに見つめるオーゼさんの姿が。

 だけど、礼美は不満そうに頬を膨らませながら首を傾げた。


「でも、真子ちゃんも読めるんでしょう?」

「そりゃ読めるけどさ」


 ため息つきながら、あたしは礼美の読んでいたページを覗き込んでみる。

 ほとんど読み進んでないようで、表紙から二、三ページというところか。ずらっと書かれているのは……日本語で言う五十音順、つまり魔術言語カオシックルーンの文字表だ。

 ペラペラめくってみると五、六ページにわたって紙いっぱいにびっしりと魔術言語カオシックルーンが書かれてる。やたら多いわね……。

 あたしとしても、礼美のためにこの本でやること自体はやぶさかではない。

 でもまあ、あたしじゃ無理ね。


「読めるけど、あたしじゃ教えられないわよ」

「え? どうして?」


 今度は不思議そうな顔であたしを見つめる礼美。

 それにあたしは首を振って答えた。


「読めるのはあくまで能力でだからね。数学問題を、途中式抜きに答えだけ理解して回答に書いてるような感じなの。あたしは途中式を一切知らず、答えだけはわかる。あんたに必要なのは、途中式でしょ? だから、あたしじゃあんたに魔法を教えられないの」

「そうなんだー」


 ほへー、とびっくりしたような顔になる礼美。

 わかりやすく言うなら、ゲームをチート使いながら進行しているようなものなのよね。途中でどれだけ強い敵が出ようとも、チート活用でごり押しできるせいで、弱点なんかはわからない。

 確かに便利は便利だが、こういった知識を一から伝えるのには不向きなのよね。


「というわけで、素直にフィーネに教えてもらいなさい」

「うむ! 教えちゃろ教えちゃろ!」

「ひゃう!?」


 いつの間にか礼美の後ろまで来ていたフィーネに水を向けてやると、とてもうれしそうな顔でうんうんうなずいた。

 びっくりして飛び上がる礼美の肩をつかんで向き直らせてやると、困惑しつつも素直にうなずいてくれた。


「う、うん。じゃあ、そうするね。フィーネ様、よろしくお願いします」

「うむ! じゃあ、こっちにおいでなのじゃよ~♪」


 若干地が出てきてるみたよ、フィーネ。

 ……なんていうのも野暮なくらい、フィーネってば嬉しそうね。

 宮廷魔導師とはいえ、どうも見た目通りの年齢らしいからねぇ。誰かにものを教えるなんて機会もなかなかないでしょう。

 フィーネが本の一ページを指差しながらそれについて得意げに解説するのを、礼美は興味に深そうにうんうんうなずいて聞いている。

 何も知らない深窓令嬢に、小さな少女が常識を教えてあげているようになんだか和む光景ね。

 あたしは二人の小さな勉強会を邪魔しないように、そっとその場を離れた。

 ……しかし離れてもやることがないわね。使えそうな魔法を今のうちに探しておこうかしら。

 そう考えてあたしが本棚の方へ向かおうと、体を本棚へと向けるとこちらをじっと見つめている青年神官と目があった。そこそこのイケメンだ。街で微笑み浮かべながらナンパとかしたら、かなりの命中率を誇りそうだ。ちょっと好みかも知れない。

 びっくりしたあたしに、青年神官は小さく微笑みながら会釈をしてくれる。反射的にあたしも会釈し返すと、青年神官は笑みを浮かべたままこちらへ近づいてきた。

 え、なにかしら? あたしなんかやらかした? あるいは魔族疑惑が確定!?

 内心びくつくあたしのそばまで来た青年神官は、今度は会釈といえない角度で頭を下げてきた。


「昨晩は、弟がご迷惑をおかけしたようで申し訳ありません、マコ様」

「え、弟?」


 思わぬ一言に、あたしは首を傾げる。

 はて、こんなイケメンの弟にかかわった覚えは……。

 首を傾げるあたしの様子に苦笑しつつ、神官はゆっくりと魔導師詰所の一角を指差した。

 そこにいたのは周りにまだ昨日のトランプ大会の様子をしゃべり続ける、ヴァン君の姿が。よくネタが尽きないわね……じゃなくて。


「ああ、ヴァン君のお兄さんでしたか」

「ええ」


 青年神官は小さくうなずいて、改めてあたしに名前を名乗った。


「ヨハンと申します」

「どうも。知ってると思うけど、真子よ」


 あたしの物言いに、ヨハンさんは今度は苦笑ではなく小さく微笑んだ。


「ええ、存じ上げております」

「ありがとう。ところで、何か用?」

「用、とは?」

「いや、そっち向いた瞬間に目が合うのは偶然かなぁ、って思って」


 あたしの質問に、ヨハンさんはちょっと驚いたような顔になった。

 さすがのあたしも、振り向いた瞬間に目が合うのを運命って言えるほど乙女じゃないわよ? ヨハンさんがずっとこっちを見ていたと考えるのが妥当なところでしょう?

 驚きをすぐに照れたような表情になるヨハンさん。見た目より感情表現は豊かなのね。


「いや、申し訳ありません。確かにレミ様とマコ様のことを見ておりました」

「あら、やっぱりレミのことが気になるのかしら?」


 あたしはからかうような表情でそういってみる。

 だいたい礼美のことを見る奴は、男にしろ女にしろ礼美に強い興味を抱くのよねー。

 童顔低身長のスタイル抜群の美少女だもの。気になるのも仕方がないわ。

 ……だったんだけど、ヨハンさんが見せたのは今まで出会ってきた人間とは微妙に違っていた。


「……ええ、そうですね」


 ヨハンさんはそういって笑顔を浮かべた。

 ――純粋な興味や色恋を抱いた照れたような笑みではない、きわめて透明度の高い笑み。

 その中にあるのは、あたしが今まで見たことのない感情だった。


「レミ様は、なぜ魔法を?」


 あたしがその感情の色に戸惑っていると、ヨハンさんは礼美の方を見つめながらあたしに質問を返してきた。


「礼美が魔法を覚えようとしてる理由?」

「ええ。レミ様は、祈りのみで女神様の奇跡を顕現されるはずですが……」


 その声色も、さっき見た笑顔のような感情が込められていた。

 あたしはいぶかしく思いながらも、素直に答える。


「いや、さすがにそれだけで魔王軍とは戦えないわよ。素直に後ろで守られてるような性格でもないしね」


 あたしとしても、礼美やあたしは光太たちの後ろであいつらの戦いをのんびり観戦といきたいのだが、礼美はそれを良しとしようとしない。

 他人任せにしっぱなしというのが礼美の性に合わないのもあるし、光太や隆司が傷つくのを許せないというのもあるのだろう。

 しかし礼美の運動能力が高いといっても、男子顔負けというほどではない。女子としてはハイレベル、にとどまっている。変に突っかかって行っても返り討ちにあうだけだ。

 だからこそ、遠距離攻撃のための手段として魔法を覚えさせようとあたしは考えた。

 そのままほっといたら、正直杖一本で光太たちと一緒に接近戦しかねないし。なら後ろから援護する形を覚えさせた方がまだ心臓に優しい。


「“あたしも光太君たちと戦う!”っていって、突っ込みかねないからね。なら、遠距離攻撃覚えさせた方が危険も少ないと思ったのよ」

「……なるほど」


 ヨハンさんは小さくうなずくと、また例の笑みを浮かべた。

 うーん、なんか調子狂うわね。まだ礼美に惚れてるとかわかりやすい反応なら――。


「――さすがはレミ様。まさに女神の再顕現と呼ばれるにふさわしい……」


 ゾクリと、なぜか、総毛立つ。

 その言葉に込められた感情故にか、あるいはその感情の深さ故にか。

 あたしは悟る。ヨハンさんが礼美に抱いている感情の正体。

 それは恋慕や情欲などでは決してない。

 あたしたちの世界で、最も戦争の原因となってしまったもの。

 ただそれだけならば何の問題もないはずのそれは、人々が多く集まり、その数と種類を増すごとに多くの争いを生み出した。

 それはまったく同じもののはずなのに、まるで異なる性質を見せることすらあった。

 その感情の名は、信仰。

 ヨハンさんの言葉や表情がところどころ透明だったのは、その信仰の純粋さだったのだ。余計なものが混じる余地がないほど深い、信仰心ゆえに生まれたものだったのだ。


「容姿、能力、そしてその想いの深さ……。すばらしい、本当に素晴らしいお方です……」


 …………うわぁ…………。

 やばい、この人本物だ。本気で礼美のことを女神様と同一視してる……。

 確かに礼美は意志ひとつで他人を癒せる、女神のような力を持って入るし、顔も可愛いけれど……。

 まさか信仰の対象になるとは……。ここにきて、礼美ちゃんパワーアップ?

 あたしがげんなりしている間に、ヨハンさんは礼美の方へと近づいて行った。

 礼美の方はというと、フィーネの指導の下、掌に光球を生み出す魔法に成功していた。


「うむ! うまいぞレミ!」

「ありがとうございます、フィーネ様!」

「調子はどうでしょう、レミ様」

「え!?」

「うぬ?」


 不意にかけられた声に驚いた礼美があわてて振り返る。

 そんな礼美の様子に、ヨハンさんは慌てたように膝をついた。


「も、申し訳ありません、レミ様! 私はレミ様を驚かせるつもりは……!」

「あ、いえ、いいんです! ちょっと、集中し過ぎちゃって……」


 いきなり頭を下げられて、礼美も慌てたように頭を下げる。


「集中していたところをお邪魔するつもりもなかったのです……! 本当に、申し訳ありません……!」


 礼美の言葉にさらに深く頭を下げるヨハンさん。


「いえいえ! いいんですよ別に!」


 礼美はそんなヨハンさんの態度に、さらに深く頭を下げる。

 そのままお互いに頭を下げあう二人を見て、フィーネは目を白黒させている。


「な、なんじゃなんじゃ一体……」

「………あー」


 どうしようこの状況……。


「ヨハン、頭をあげなさい」


 あたしがヨハンさんに椅子をぶち込むか花瓶をぶち込むか割と本気で悩んでいると、オーゼさんが口を開いた。

 声こそ穏やかだが、目頭を押さえている。どうもヨハンさんの扱いにはこの人も苦労しているみたいだ。


「しかしオーゼ様!」

「レミ様がよいと申されているのです。その御意思にまで反するつもりですか?」

「はっ!?」


 その言葉に、ヨハンさんは天啓を受けたような顔になって、素早く膝についたほこりを払って立ち上がり、またまた礼美に恭しく頭を下げた。


「申し訳ございませんレミ様。レミ様の御意志を無為にしてしまうところでした……」

「いえ、いいんですよ! わかってくだされば……」


 あまりの変わり身の早さに、さすがの礼美も困惑気味だ。今までいなかったタイプだからなぁ……。

 女神のごとく崇められることはあっても、女神そのものとして崇められるのは。

 礼美はどうしたものかという顔でヨハンさんを見つめてたけど、何かを思いついたように手を叩いた。


「あ、じゃあ、えーっと……」

「ヨハンと申します」


 恭しくヨハンさんが名乗ると、礼美はパッと笑顔になってヨハンにお願いを始めた。


「ヨハンさんも一緒に、私のお勉強手伝ってもらえますか?」

「私だけじゃ不満なの!?」


 地ー。地が出てるわよフィーネ。


「いやそうじゃないんです! でも、ところどころ専門用語が混ざるから……」

「うぬぅ……」


 ああ、天才にはありがちよね。あたしも似たようなもんだけど。

 年若い宮廷魔導師が窮している様子を見て、期待を込めた視線を向ける礼美を見て、ヨハンさんは少し考えるそぶりを見せてから口を開いた。


「……そういうことでしたら、レミ様が分からぬ専門的な部分だけを私がご説明する、という形でよろしいのでは?」

「むむぅ……そういうことなら……」


 ヨハンさんが出した妥協案に、フィーネは不承不承というようにうなずいた。

 礼美の教師役をとられなくて一安心、ってところかしら。


「お願いできますか?」

「私のような若輩者でよろしければ……」

「ありがとうございます!」


 礼美の笑顔が輝きを増した。ホント嬉しそうに笑うわよね。

 だがヨハンさんは、そんな礼美の笑みを正面からとらえてもぶれることなくそれを微笑で受け止めた。スゲー。いや、信仰心の方が上回ってるのかしら……。

 勉強を始めた三人の背中を尻目に、あたしはオーゼさんに近づいた。


「ちょっと聞きたいんですけど、ヨハンさんってだいたいあんな感じ?」

「ええ。女神様への信仰心が強いのはよいことなのですが……」


 どうもその信仰心、もはや崇拝の領域に届いているのだとか。

 さらに、今回の魔王軍との戦闘で特にやる気になっている推進派の筆頭でもあるのだとか。


「めんどくさー……」


 思わずこぼれる本音。

 おそらくヨハンさんが礼美を慕って……信仰しているのは純粋な気持ちだろうけど、魔王軍との和平を目的とする礼美と衝突したりしないかなぁ……。

 あたしはこれからやってくるかもしれない嫌な未来を振りほどくように、大きくため息をついた。




 そんなわけで神官さんです。信仰心MAXです。礼美ちゃんが女神様に昇格しました。

 暴走シーン考えると残念なイケメンでしょうか?

 次は魔女っ娘!


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