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春の聖戦  作者: 深月人
序章  :Reality
9/13

世界からの離脱


 ヴァイトはいつも通りに新鮮な肉を貪ろうと近づく。

 ついさっきまで心臓が脈を打ち、体の隅々にまで血を巡らすことで細胞に栄養を運び鮮度を保っていたのだ。不味いワケがない。

 だが、一度問われた事があった。

『そんなものを食しても仕方が無いだろう?』

 と、しかしコレは結果……狩りの結果なのだ。

 一つの命を奪い、そしてその生命の塊を食す。

 当たり前のことであり礼儀でもある。

「我が主アレスには理解できぬだろうよ」

 ヴァイトは舌なめずりをすると、内蔵を食い散らかすため、まだ体温の残る琴の死体へと牙を食い込ませた。

「あらあら……乱暴ですね、もっと優しくできないんですか?」

 ヴァイト以外は誰もいないであろう真っ暗闇の空間に人の声が響く。

 いや、正確には死体が二体。

 ヴァイトは驚きに身体を震わせながらキョロキョロと周りを警戒する。

 しかし、分からない。

 視覚、聴覚……人間を遥かに凌駕している嗅覚ですら声の主を発見する事が出来ない。

 そんな中、唐突にヴァイトは足を掴まれる。

「目の前にいるじゃないですか、無視なんて酷いですよ」

 ヴァイトは掴んだものに噛み付きながらも、彼の足首掴み続ける手の伸びる先を見る。

 そこでようやく彼は理解する。

「貴様……まだ死んでなかったか」

 彼の網膜が映しだしたのは琴の姿。

 眉間にナイフが突き刺さっているにも関わらず脳が機能し、まだ身体を動かしているのだ。

「こんなもので殺せたと思える貴方達の思考は理解できませんね」

 琴は自分の眉間からナイフを抜き取ると、そのままヴァイトの身体へと突き立てる。

「ぐおおおおおおおお!!」

 腹部に広がる焼けるような痛みに声を上げる。

「痛いでしょう? でも私はもっと痛かったですよ? ほらぁ」

 もう一度……ナイフを引き抜き、突き立てる。

 溢れ出す赤い液体。

「あはははははは」

 まるで子供の笑い声。新しい玩具で遊ぶ子どもその物である。

 そんな中、唐突に狂気の笑い声が広がる闇の空間に光が差し込み、そして部屋に笑い声とは違う声が響く。

「おい琴、なにやってんだ……」

 春だ、右腕は青銀の色をした鎧、右目は赤い発光体のようなものに創り変えられているが間違いない。

 春の声が届いたのか、琴は笑うのを止め、苦しみながらも横たわろうとしない狼から視線を離し、光の差し込む扉のほうを見る。

 春はこちらを見た琴が信じられなかった。態とらしい笑顔しか見せなかった、そんな琴の歪んだ笑顔を見たからではない。

 純粋に見ても感じられる致死量の出血、それを感じさせないようにまだまだ溢れ出す血と痛々しい眉間の刺し傷を見て……だ。

 まるで死体、良く言って重体患者。そんな彼女が何事もないように口を開く。

「どうやら大丈夫みたいですね。心配はしてませんでしたよ、稀少種の貴方ですから」

 喋っている間にも口からの吐血。

「他人の心配してる場合じゃねぇだろ!」

 この間にも狼の脚を掴み続ける琴に春は駆け寄る。

 赤い目はこんな闇の中でも問題なく機能する。

 近くで見る琴の傷は常識の域を超えるものだった。肩から横腹にかけて切り裂かれており、半分以上の臓器がやられているであろう傷。眉間の傷はどれほどの物か深さはわからないものの、相当の深さがあるだろう。

「すぐに病院に連れていってやる、だから死ぬな」

 春は異常なまでの出血と状況に対しても冷静でいなければならないと感じたのだ。

 それが人間の本能ではなく、この能力の所為であることも理解できた。

 この能力で何が出来るか、それが理解できる。

 春は琴の事を担ごうと手を伸ばす。

 しかし、その手を琴は払う。

「私は冷静です。少し待ってください」

 仕事だ、と言わんばかりな態度に戻ると、琴は持っているナイフでヴァイトの首元を裂き、そして、もう数体も残っていないゴゥレムを傷口に押し込む。

 ゴゥレムはあっという間に傷口に広がり血が止まる。だが、そんなもので失った血が戻るワケがない。琴の態度に変わりはないものの、琴からは笑顔は消え、随分と弱っているように見えた。

「おい、もういいだろ?」

 春が琴の身体を持ち上げ、おぶる。

 琴の身体は見た目よりも相当軽く、春の右腕の力なしでも簡単に持ち上げる事ができる。

「ちゃんとおぶってください。傷に響きます」

「わりぃ」

 しっかりと背負い直す春の背中に琴が身体を預ける。あの傷だ、気を失ったのだろう。

 しかし、春には気になることがあった。琴の傷、あれは人の耐え切れるものではなかった。

 そう、眉間の傷も刺し傷のようなもので、決して浅いものではない。それに肩から横腹にかけての傷もそうだ。

 自分が負ったならば、どちらも即死するような傷だ。出血量も半端じゃない。

 しかし、現に生きながらえている事がいるのも事実。

「魔術でどうにかなるようなもんじゃねぇだろ、どうなってやがる……。これだからオカルトは嫌いなんだよ、クソったれ」

 舌打ちをした春は服に琴の血が滲むのを感じ、世界から出るために扉のドアノブを掴んだ。



    ○  ●  ○  ●



 死臭の広がる闇の中、首を切り裂かれたヴァイトは目を覚ます。

 今まで食い尽くした命が彼の命を繋ぎ止めたのだろう。

 刺され、切り裂かれた傷は既に完全に治癒している。

「ふん、ネメシスの女め……奴も限界だったようだな命拾いしたぞ。我もはやくこの情報を我が主に知らせねばな」

 そしてヴァイトは姿を消した。




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