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春の聖戦  作者: 深月人
序章  :Reality
6/13

初戦

 本当に春を置いてきてよかったのだろうか? それ以外の方法はいくらでもあったはずだ。

 そんな考えが琴の頭の中でグルグルと回っている。

「大丈夫……大丈夫……」

 自分にそう言い聞かし、真っ直ぐに伸びる大理石の通路に足音を響かせながら走る。

 大丈夫という言葉に根拠はない。

 春に能力の説明もほとんど出来ていない、さらに春はこれが初めての実戦だ。初めて……そう、初めて戦う人間は過信、もしくは油断、最後に恐怖。これらに飲み込まれて殺されてしまうのだ。

 それに敵は聖堂の関係者。能力は危惧するほどのものではなかったものの、相当の手練であり新人が勝てるようなものでは決してない。

 だが、琴は走る。

 それが仕事という物であり、自分の役目だと理解しているからだ。

「何も問題はない。ネメシスに影響はない」

 琴は囁くように言い、それ以上考えるのをやめた。



 右、右、上、左……

 四方八方から無数の針が春の身体へと迫る。

「っぐ……」

 針の一本を受けきれずに右脚には人間の腕の長さはあろう針が深々と突き刺さっている。

「ハハハハッ、我がスティングス家の術式の味はどうです? 痛いでしょう? あなたの右腕の力を見たときは正直ゾッとするものがありましたが、所詮は近接用。近づくことができなければただの飾りに過ぎませんよ」

 クセッ毛の修道士は右脚に突き刺さった針を引き抜く春を見て満足そうに笑う。

「仲間がこれでは先に行ったあの女もすぐに始末できそうですねぇ……女は磔にして泣き叫ぶ姿でもじっくりと観察させていただきますよ」

 会話の最中にも術式を組み上げていく。

「馬鹿かお前は……まずは俺を殺してみやがれ」

 脚に刺さった針を右腕で引き抜き、そのまま修道士へと投げる。

 変換した右腕の力は問題なく針へと伝達し、真っ直ぐに修道士へと飛んでいく。

「さっきもそれは試したでしょう? 結果は無駄って事もわかってい……」

 修道士が喋っている途中で針が喉へと命中する。針は修道士の首を貫通しており、気管は確実に潰れている。

 だが、クセッ毛の修道士は苦しむ姿を見せることがなく、口を歪めて笑さえもこぼしている。

「無駄と言ったはずですよ? この術式は僕の身体を傷つけない。逆の効果があるのですよ」

 喉に突き刺さった針は緑の粒子となり消え、そして修道士の体の周りにまた針が浮かび上がる。

(殺される……のか?)

 針が見えた瞬間に春の本能がそう告げる。

 しかし、そんな本能すらもブッちぎって春は右拳を大理石の地面に叩きつけた。

 凄まじい轟音とともに地面が砕け、辺り一面の大理石が石の塊となり、粉々に砕けた大理石は土埃として空中を舞い、修道士の視界を奪う。

「くだらない……術式を崩す作戦としては良い作戦でしたがこれまでです」

 揺れで一度は消えた針がまた出現する。

 空中に静止し、主の指示を待つ針たち……その針が一気に弾き飛ばされる。

 何かが空中に静止していた針に当たったのだ。

「なんだ……馬鹿力だけが能力じゃなかったのか? 何をしたっ!」

 修道士はあからさまに狼狽え、また指を鳴らす。術式で針を出現させたのだ。

 その出現した針はまた弾き飛ぶ。

「どうやらまた当たったみたいだな、適当に投げてみるもんだな……よっと」

 春はまた何かを投げる。

「ぐふっ……」

 今度は修道士の腹部に直撃する。

 修道士の足元に転がっているのは大理石の塊……これを投げてきていたのだ。あの殺人的な力で。

(身体に物理用の結界を張っておいてよかった……これがなければ確実にやられていた……)

「まだまだ行くぜ?」

 闇雲に投げられ、飛んでくる大理石は軌道を読み切ることができない。春がそれを計算しているということはないだろうが、避けきれないのは事実。

 最低限の致命傷だけは避けようと修道士は姿勢を低くした。

 その時だった。

 春は一気に駆けだす、その時を待っていたかのような速さ。

「なっ、この視界の中なぜ僕の場所がわかったんだ……」

 既に目前へと迫っている春に修道士は問う。

「お前の目はガラス玉かなんかかよ」

 春の赤い右目が修道士を睨みつけ、渾身の一撃を修道士の腹部に撃ち込んだ。

「――っか」

 修道士の肺の空気は自身の意思とは関係なく外へとはき出される。

 そして、その後に吐血。物理用の結界を張っていたとはいえ春の破壊の一撃を耐えうるほどではなかったということだ。

「悪いがシッカリ止めは刺す。これはアイツとの契約だからな……妹を助ける交換条件だ」

 そう言い春は拳を固める。この戦闘は殺し合い。瀕死の人間、止めを刺すのは赤子の腕を折るのよりも簡単なことだろう、だがこんなにも体が震えるのは何故なのか。

「妹、ははは……そういうことかい、繋がったよ。手遅れにならないうちに……仲間の女を追いかけるんだね……。最後に、君、何で笑ってるんだい?」

 それが最後の言葉だった。修道士は内蔵が潰れていたのだろう。大量の吐血を繰り返しながら言葉を紡ぎ、そして春が止めを刺す前に生き絶えた。

「なんだ? なんなんだよ……」

 左手で自分の口元を触る。

 

 たしかに俺は『笑っていた』


 









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