修道士の糸
琴の家を出て、この場所に到着してから既に一時間近くは歩き続けているだろう。しかし、視界は延々と続く闇の道しか捉えようとしない。
「なぁ、これどれくらい歩くんだ?」
春は黙々と歩き続けている琴の背中に言葉を投げかける。
「貴方は能力の性能以外は本当に屑同然ですね……。さっきから敵の気配が消えません、ずっと見られてます。この道も敵が用意したものでしょう」
琴は慌てた様子もなく、後ろにいる春の方に振り向くこともなく歩を進めている。
敵のことを聞いた春は少し早歩きをすると琴に肩を並べ歩いた。
「じゃあ、戦うしかないんじゃねぇの?」
「そうなりますね。ですが、正直悩んでいるところです。貴方に戦いが出来るのか……とりあえず探索は私が担当しますから」
と琴は言い終えると同時に黒衣から四角い紙を取り出すとそれを地面にばら撒いた。
すると紙の周りにコンクリート……それに土が集まり、あっという間に鳥が出来上がる。
それに続き、春も戦闘の準備をする。
右手を突き出し、目を瞑る。さっきは出来た……春は自分に言い聞かせる。
自分の本当の力を感じ、それを右手に引き出す。
「――ガアッァァァァァァァ」
右腕にグシャグシャとミキサーにかけられるような激痛が走り、気を保てなくなりそうになる。
しかし、ここで気絶していては話にもならない。春は痛みに耐え、それを力に換える。
指先から肩に向けて創り変えていく。
しばらくすると痛みが完全に消え去る。
「いつ見ても痛々しいですね。見てると死んじゃいそうです」
右腕の変換を見た琴の口からため息混じりに言葉が漏れる。
「ったく、痛くて死にそうなのは俺だってのに……。こんな能力のどこが希少なんだよ」
春は禍々しく変化した右腕を眺めながら呟く。
腕は刺々しい鎧のような無機質なものに変わり、腕は人間の物ではないことがはっきりと分かる。そして、その拳を握るたびにギシギシと不気味な音を上げる。
春が腕の変換を終えたのを確認するとことは何かを呟き始める。またゴゥレムを起動させるパスワードでも言っているのだろう。
琴が呟き終えると、真っ直ぐ伸びていた道が歪み始める。
春達の立っている場所は真っ暗な一本道から一転、月明かりが辺りを照らす建物のホールへと姿を変えていく。
「いきなり……だな」
急な風景の変化に脳がついて来れていないような感覚に陥る。
飛行機に乗らないで一瞬で外国にきたような気分だ。
だだっ広いホールの壁は真っ白なレンガを積んだ造りになっており、日本の建物というよりは外国のもののような印象を与える。
そんなだだっ広いホールには一つの大きな扉といくつもの石像が鎮座している。
周りを珍しそうに眺めていた春の耳元で琴が囁く。
「赤の線が視えるようでしたら、その腕で切ってください」
それに対し、春は軽く頷き、線を探す。
軽く見渡すだけで見つけることができる。
(お、あったあった……)
春は線を軽く握り、引き千切る。
ピンと張っていた線がたわみ床へと落ちたと同時ぐらいだろうか、寒気が一気に春の身体を駆ける。
「っつ、なんだ!?」
体の筋肉が強ばり、焦りから汗が吹き出す。春は自分自身を守るために右腕を構えた。
「来ます……」
ゾッとするような寒気は春の隣にいる琴にも感じられていたのだろう。
シン……と静まる空間に知らない声が響く。
「僕の仕掛けをアッサリと解かれるとはねぇ……何処の犬だい?」
唯一の大きな扉がゆっくりと開かれ、声の主……この緊張感の主が姿を現す。
その姿は琴の羽織っている黒衣とは正反対な真っ白な修道服を身につけた男で、クセッ毛が印象的だ。
「俺は犬じゃねぇよ」
緊張感から言葉が固いが代わりに春はキッとクセッ毛の修道士を睨む。
「あーあー恐ろしいですねぇ、女性の方は何処の何方かは報告がありましたが……その隣の学生……実に気になりますよぉ」
クセッ毛の修道士はおもむろに修道服のポケットから十五センチほどの長い針を取り出す。
「おいおい、あんなもんどうやってポケットに入れてたんだよ……っと」
と、唐突に飛んでくる針を春は右手で弾き、春は言う。
「おい、琴。俺がこいつを抑えれるだけ抑えとくからよ、妹のこと頼むわ」
また別の針が春を襲う。
今度は針を掴み、握りつぶす。
「どうやら心配無用だったようですね、ではお先に行かせてもらいます。また奥で会いましょう」
いつも通りだが、琴は春のことを見ることなく消える。
「あの方は正直、放っておいても構いません。しかし貴方はここで殺しますよぉ? どこの誰かもわからない人をあの人に見られたくないですからね。それに、聖堂の行動に対しての抑止力になりそうですしぃ?」
クセッ毛の修道士はそう言い終えると、空間を手のひらでなぞる。すると何もなかった空間に無数の針が出現する。
「複数の前で手の内を見せるとでも思いましたか? 実に浅はかでしたねぇ……クククッ」
琴にこれを見せたくなかったのか、たしかに対策はとられたくないだろう。
この異常なまでの針の量、正直勝てるかどうかは微妙だ……だが。
「お前はここで倒す」
春は右腕を持ち上げると、無数の針へと手のひらを向けた。
そして春はようやく理解した『自分のいた世界は壊れ去った』のだと。