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春の聖戦  作者: 深月人
序章  :Reality
4/13

行動前

 ショックを隠しきれていない様子の春に琴が話しかける。

「ここで一つ、救いの情報を提供してあげましょう。この脚の持ち主……あなたの妹さんですけど――」

 そこで神月が琴の言葉をかき消す。

「おいおい、そいつを言うにはまだ早くねぇか? まだこいつが此方に付くって決まったわけじゃねぇんだぞ」

 紅の双眸が一層とギラつきを増し、琴を睨みつける。しかし琴はそれを受け流すような落ち着いた視線を神月に送り、さっきの話を続ける。

「神月さんの心配もわかります。しかし、それはこの事実で問題なくなります。これを聞いた桜井君は共闘せざるを得なくなる筈ですし」

 何かを悟ったように、神月は静かになると、口元を歪め、言った。

「そういうとこがお前の魅力なんだろうぜ。クククッ」

 それを言い終えると神月は路地の闇へと向かいあっという間に消えてしまった。

 神月を見送った琴が口を開く。

「で、神月さんの了承も得たことですし、情報を貴方に提供しようかと思っているのですけど、気持ちの整理は大丈夫ですか?」

 春は考えるように目を瞑り、頭を抱える。

 数秒そのまま固まった後、口を開く。

「言ってくれ……このままじゃ普通に生活なんてできねぇよ。勿論、俺に得な話なんだろ?」

 その返答を聞いた事は琴は「勿論です」と顔をほころばせながら言った。

「簡単に情報をまとめると、桜井君の妹さんは生きています」

「本当かっ?」

 半ば諦めていただけあり、春はつい声を荒らげてしまう。

「少し落ち着いて聞いてください。まぁ生きている事は確実ですが、妹さんは聖堂に拘束されています。そこに今回の問題が発生しているんです。何が問題か、それは妹さんと貴方を間違えて拘束してしまった――ということなんです。聖堂側はまだ気付いていないようですが、気付いた場合はどうなるか解りますよね?」

 少し目を鋭くする琴を見つめ春は言う。

「荷物である咲は捨てて、俺を襲いに来る……?」

「ええ、大まかに言えばそうですね。妹さんを餌に貴方を呼び出すということも考えられますが……どちらにしろ面倒なことです」

 琴は淡々と言葉を続ける。

「正直、私たちの組織には全く関係のない事柄です。しかし、この情報を貴方に提供したということはどういう事かお解りですよね?」 

 琴は春を見、少しも下がっていない眼鏡をかけ直す。

 琴の言葉の内容はまとめる必要などなかった。それは、最初からまとめられており、あまりにも真っ直ぐでわかりやすい言葉が並べられていたからだ。


 組織の一員になれ


 ただ、これだけ。

 君の妹を助けたければ、共闘を望むほかないよ? とそれだけである。

 春の選択肢など、最初から存在していなかったのだ。存在していたのは『日常を捨てる』ということだけなのだった。

 春は自分の中にあるという能力ちからを見透かすように手のひらを見つめ言う。

「わかった、やってやるよ。とうぜん待遇は良いんだろうな?」

 琴は「もちろんですよ」と春に初めて笑顔を見せた。





 あんな笑顔は嘘だった。この世にウマイ話なんてないんだな。

「おいおい、こんなに荷物が入るわけねぇだろ!」

「いいえ! 押し込めば何とか成る筈です!」

 春の立っている、殺風景な部屋にどんどんと荷物が押し込まれていく。

 ここは琴が借りたと言っているマンションの一室。組織に入ると言った春は、いきなり引越しの手伝いをさせられているのだった。

「待遇が良いなんて嘘じゃねぇかよ……」

 春の呟きなど琴には届いてない様子で、琴に命令された土塊が荷物をドンドンと押し込み、色んな物が揃えられていく。

「ほら、桜井君も動いてください」

 椅子に腰掛けている琴が桜井に土塊と同じように指示する。

 不本意ながらも、その指示に素直に従い、春は口を開く。

「まぁ、こういう雑用みたいなのは普段の生活から慣れてるから良いけどよ。さっさと咲の救出に向かわねぇんだったら俺は一人で行くぞ」

 桜井は自分の身長ほどの本棚を言われた場所に配置し、椅子に座りながら本を読んでいる琴の顔を鋭い目で見る。

 桜井のその様子を何とも思っていない様に……いや、本当に何とも思ってはいないのだろう。琴は表情ひとつ変えることなく、本のページをゆっくりと捲る。そして本から視線を外すことなく言葉を返す。

「はぁ、頭は使う為にあるんですよ? 私がさっきのマンション前でゴゥレムを精製してたのを見てなかったです? 現在は妹さんの居場所を検索中です。もうすぐ見つかりそうなので安心して雑用しててください」

 思い返すと確かに、あのマンションの前にいるとき、あの土塊どもに何かを命令していた。

 別の土塊共はこうして今も荷物を運んできているのだが、いま見ても奇妙な光景である。しかし人間の慣れというものは本当に凄いものだ。もう既に大抵のことでは春は驚かないようになってしまっていた。

 琴に一蹴された春は琴の座っている場所から少し離れた椅子に腰を掛ける。

「話が変わるんだけどよ」

 春が軽い沈黙を破る。今は何か話しておかないと気持ちが落ち着かないのだ。

「なんです?」

 琴は本を手放す気はないらしい。難しそうな分厚い本と睨み合ったまま返事を返してくる。

「お前らのさ、ネ、ネリウスだっけ? とにかく何をするグループなんだ?」

「ネリウスじゃないです、ネメシスです。何をするかと言われると返答に困りますが、簡単に言えば各地の聖堂の破壊です」

「聖堂? なんだそりゃ」

「ああ……全く説明できてないんでしたね。というか、それでよく私に付いてきましたね。別にいいですけど……。聖堂っていうのは世界各地に点在する影の中に建造された建物で、中身はあらゆる国の罪人が集められ、一つの神を崇めている宗教団体です」

「へぇ……そんなモンまであるんだな。でも一般人には関係の無い話なんだろ? お前らが戦う理由が見つからねェんだけど」

「戦う理由はあります……ただ私は言いたくありませんけど。神月さんに聞けばいいです」

 琴は少し顔を俯かせた後、言葉を続けた。

「そんなのはさておき、見つかりましたよ」

「あ?」

「なにボケた顔してるんですか、妹さんが見つかったって言ってるんです」 

「あ、はい」

 人間、なんとも言えない顔とはこの事を言うのだろう。





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