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春の聖戦  作者: 深月人
序章  :Reality
3/13

能力《ちから》

 2011/2/12 (Thu) 16:51


 夕焼けに染められた街の中、既にマンション倒壊で集まった野次馬たちは消えており、桜井――そして、その傍らには大小、二つの影だけが夕日を浴びている。

「なんで俺がこんな話に巻き込まれなきゃなんねーんだよ。咲もいなくなっちまったんだ、そんな事考えてる場合じゃねぇよ……」

 地面に転がる咲の足から視線を外し、言う。

 もちろん咲の心配はあるが、初対面の人間……ましてやこんな怪しそうな奴ら二人の言ったことだ簡単に鵜呑みにすることは出来ない。俯きがちに春は影の言ったことを拒否する。

 しかし、二つの影にとって桜井の意思など、そこらに転がる小石のようにどうでもよかったのだろう。影のような漆黒の髪を垂らした小さな影が機械のように感情のない言葉で春に言う。

「貴方の都合はこの話に関係ない。関係あるのは貴方の能力が稀少レアであり、それが私たちの世界でどれだけ重要視されているか……ということ。貴方ほどの能力でない限り、私たちネメシスは動かない。まずそれを理解して考えて欲しい」

 間髪入れず、次は大きな影がめんどくさそうに頭を掻き、春に言う。

「ごちゃごちゃ言うんだったらもうここで死ねよ。俺が綺麗にバラしてやっから」

 能力、この言葉と目の前のネメシス[#黒の生地に金の装飾のコートを羽織った小規模組織のこと]のメンバーに春の一七年間なんの代わり映えもせず、嫌気がさすような当たり前の日常が否定され、日常が非日常へとシフトした瞬間だった。


 2011/2/12 (Thu) 16:21


 帰路からはずれ、夕食を買いに行こうとしていた春の耳をつんざくように轟音が耳に届く。

 雷でも落ちたのか? と思わせるような轟音だが、空は綺麗な夕焼け、まるで雷が落ちるとは思えない。

 春は不思議に思いながらも周りを見渡す……自分の向いていた方角から右に六十度……つまりは自分のマンションの方角を見た時だった。

「な――なんだよ、ありゃあ」

 春の目に飛び込んだのはモクモクと空へと伸びる土煙だった。

 それも尋常なものではない、高層の建物を崩したときに出るような量だ。

「ちょっとまてよ……咲のやつはもう家にいる時間だよな……?」

 急に全身から汗が噴き出る。

 「おいおい、まじで洒落にならねぇぞ!」

 恐怖からか震える脚を殴り、春はマンションへとすぐに走りだした。

 あの轟音だ。土煙に隠れたマンションから想定するに、破壊されたものの規模は相当な物だろう。近くにいた場合に咲が無事である確証はない。

 マンションからそう遠く離れていなかったのが幸い、十分もしないうちに自宅周辺へと到着する。

 しかし、その十分という時間はこの状況を作り出すのに充分な時間だったのだろう。既にマンションの周りは野次馬、そして土埃で溢れていた。

 いや……違う。桜井の脳を刺激し絶望させたのはそんなものではない。

 マンションだ、マンションが綺麗さっぱりに崩れ去っている。

 たしかにここにマンションが存在し、桜井は毎日のように帰ってきていた。場所を間違えるわけもない。

 しかし、マンションのあるはずの場所には、ただ瓦礫だけが積まれているだけ。

「……嘘だろ?」  

 桜井は立ち尽くし、眼の焦点が合わなくなり視界がぼやける。

「咲はっ! 咲はどこだよっ!」

 しかし今は絶望などしている場合じゃない。春が慌てて、野次馬で出来た壁へと飛び込もうとした時だった、急に何者かに腕をひかれ、意識が暗転する。

 夕日で照らされた光が揺れ、野次馬の声の音が揺れ、そして脳が揺れた。 



 ついさっきの妙な感覚はなんだったのか。

 春は瞬きを数回し、曇った自分の目を慣らす。

「なんだここ……」

 呆気に取られ、つい口から思ったことがこぼれてしまう。

 さっきまでと変わっていることは野次馬がいないこと――いや、野次馬どころではなく人がいないということだ。

 周りを見回してみるが、視界が捉えるのは瓦礫の山と沈みかけの夕日だけ。

 唐突に桜井の隣から澄んだ女性の声がする。

「しばらくは此方の世界に固定させてもらいます」

 春は身体を強ばらせながらも、ゆっくりと声の主の方へと向く。

 視線を持っていった先には、黒の生地に金の装飾のオーバーコートを着た女が一人。

 背中まで伸びた黒い髪、フレームのない眼鏡の奥の瞳は碧色に輝いて……眠そうに桜井を見つめている。

 彼女はしばらく観察するように呆けている春を見た後、何も言わずに近くにあった花壇にスタスタと近づくとその土に何かを描いた。

 すると落書きのような文字の書かれた土が生き物ように動き出す。

 湧き出るように土が盛り上がり、あっという間に土の人形が花壇の上に並ぶ。

 土の人形が並び終えるのを確認すると彼女は言う。

「Please pursue it. 」

 土の人形はその言葉を聞くと、散り散りに散っていった。

 そして言う。

「貴方は私と来てもらいます。重要人物で要注意人物の桜井春くん」

 彼女は少し下がった眼鏡をかけ直し、もう一度呆けている春を見る。

 この女に春は全くもって面識がない。ましてやこの異常な世界で一人、自分以外の人間が存在しているというのは随分と引っかかる物がある。

「おい、人違いじゃねぇか? 俺はアンタみたいな人は知り合いに居ねぇよ」

「人違いではないです。貴方が無知のまま暮らしていたから妹さんもこんなになったんだから」

 既に彼女に背を向け、その場から離れようとする春の足元に何かが投げ捨てられる。

 春はその投げ捨てられた物を何気なく視界に写す。そしてその物を見た瞬間に春の頭はグワン、と揺れるような錯覚を覚え、胃液が喉を焼きながら上へと昇ってくる。

「――うっ、おぇ」

 地面に投げ捨てられたそれは人の脚だった。それも普通の状態ではなく、かなり酷い状態だ。軽く見ただけでも三箇所は骨折しているのがわかる。

 桜井は自分の足元に転がるそれから視線を外す。

「わかってると思うけど妹さんは無事じゃない。でも君が……君の考えが少しでも変わったのなら付いて来てくれるかな? 神月さんも待たせてるし、早めに決断して――って来たんですか」

 瓦礫の向こう側を睨みながら彼女は感情のこもってない口調で言う。

 少しの沈黙の後。

「うおっ……よっと」

 瓦礫の向こう側から、彼女と同じコートを着た男が見えてくる。

 フードを深く被っているせいで表情まで見ることが出来ないが、そのフードの闇から覗く紅い瞳が印象的である。

「何でバラしちまうんだよ、暗殺でもしちまおうかと思ってたのに」

 彼はおどけたような口調で話しながら、桜井、そして彼女の方へと歩く。

「彼は殺さないという方針じゃありませんでしたか? 神月さん」

「いや、長くなりそうなら処分もありかな……ってな。で、お前は此方に来るのか? 来ねーのか?」

 桜井の方を振り向きながら質問する神月。

 そして桜井は答えた。 


 2011/2/12 (Thu) 16:51  

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