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春の聖戦  作者: 深月人
序章  :Reality
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変化の兆し

                 

 

 空はもう朱色に染まりつつあり、一人虚しく道路と歩道の区別のついていない道をを歩きながら桜井は今日の晩飯がないことに絶望していた。

「あーったく、咲のやつ……なんで朝から三食一気なんだよ」

 昼休みの時は空腹感の欠片すら感じられなかったが、今はもう夕方の五時前。胃の消化も順調に終わり、いつも通り胃が食べ物を寄越せと脳に命令を出している。

 そう命令をされても、家に待つのは調味料だけが鎮座させられている冷蔵庫と寝慣れたベッドだけ。学校から五分のマンション……もとい寮に戻るのもいいが。

「仕方ねぇ……明日の朝飯買いに行くついでに菓子パンでも買うかぁ」

 桜井はそう言い、自宅への帰路から外れた。





 視界が安定しない。

「はぁっ、はぁっ」

 もうどの位走ったのだろうか? そんなことが、脳をよぎるが焦燥感が背中を押し、すぐに無限に続く路地をひたすらに走り続けるための足を速める。

 さっき出会ってしまった『奴』はもう追ってきていないのだろうか、それを確認するために後ろを振り返ることすら恐怖に駆られ実行に移すことはできない。

 生温かいように感じられる空気からかこの無限に続く路地が生き物の体内のようにも感じる。

 脚はとっくの昔に限界だ。しかし死への恐怖が脚を動かす、自らの身体を前へ、前へと進める度に脚が軋み悲鳴をあげる。

 ゴキン!!

 唐突に鳴る鈍い音が彼女の鼓膜を揺らし、脚の激痛に彼女の視界は揺れる。

 激痛が全身を襲い、そのままざらついたコンクリートの道で頬を擦りつけながら転ぶ。

 このままでは確実に『奴』に殺られる。そう思い、彼女は這うように前へ進もうとするが、そんな自分の意思など関係ないというように身体は言うことを聞いてくれなかった。

「なんでっ! 動いてよっ!」

 彼女は自分の脚を叱咤しながらも焦燥感が凄まじい勢いで彼女の感情を支配する。

 自分の足音が消えてしまったせいか、後ろから迫り続けている『奴』の足音が聞こえる。

 コッ、コッ、コッ……。

 ブーツでも履いているのだろう。靴の底がコンクリートを叩き、ビルに囲まれたこの路地に濁った音が響く。

 前だけを見て走っていた彼女はついに動くことを諦め、荒い呼吸を繰り返しながら自身の背後に広がっている闇を見つめる。

「――ったくよォ、手間取らせやがって」

 そう言い、闇の中からヌッと現れた『奴』は何の興味もないように地面から手を離せないでいる彼女に冷たい視線を向ける。

 彼女を見下す瞳は何もかもを焼き尽くすような灼眼で、それに呼応しているかのように紅い髪。百七十五はあろう身長だが、胸にある膨らみが女性であることを示している。服装はこの日本には馴染むつもりもないような銀の装飾の付いた黒いコート。

 外見から判断できるように、国内の人間ではないことは明らかだろう。

 彼女の名前はセシリャ=アドローヴァ。

 セシリャは 肩まで伸びる血で染め上げたような紅い髪を乱暴に掻き上げ言う。

「アタシはさァ、お前なんかすんなり殺して、さっさと帰りてェわけよ……。理解できるか? この屑野郎」

 そして、絶望の表情をしている彼女の脚を踏む。

 セシリャは彼女の片脚が折れているのを理解した上で敢えて折れている脚を狙う。勿論、倒れている彼女にその一撃を避けるような余力は残っていない。

 なんの抵抗もなく直撃する一撃は躊躇もなく一切の手加減がない。

「な、んでっ……こんな事……」

 折れた脚を踏まれ今まで味わったことのない激痛に耐えながら彼女は言う。

「あァ? なんで? なんでかってか!? お前がたまたまそこに居て、お前がたまたまアイツの妹だったって事だけで理由としては完璧だろ? なァ桜井咲ちゃんよォ!!」

 何もない空間の筈にも関わらず、紅い髪の女の手には急に銀の鈍器が握られる。

 ジャラジャラと鎖の擦れる音。そして鎖の先端部には棘のついた鉄球……フレイル型のモーニングスターである。

 それも只のモーニングスターなどではない。

 この持ち手――、柄の部位が異常なまでに長く、セシリャ身長を超えている。それに増して鉄球も咲の頭の大きさより一回り大きいほど……。そんなもので殴られれば人間など一溜まりも無いだろう。

 セシリャは凶暴さを顕現したかのような鈍器を軽々と操り、構える。

 

「また、な」


 ドゴン、と凄まじい轟音とともに全ての存在を掻き消すような重い一撃が振り下ろされた。



 






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