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春の聖戦  作者: 深月人
一章  :Start of war
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神と呼ばれる獣

「この感じ、やっと始まりやがった」

 今回の作戦、その要とも言える作業はセシリャが担当している。

 そのセシリャが暗い空間の中、戦闘が始まった事を悟る。この轟音だ間違えようもない。

「まぁ、アタシはアタシの仕事をさせてもらうさ……よっと」

 辺りは薄暗く、埃っぽい。校内と言っても誰もが存在に気付くことない空間、そんな場所が手入れなどされているわけもない。

 この場所に何があるのか? それを探り、破壊する。今回セシリャが行わなければならないのは実に簡単な作業。


『壊す』だ。


 昔からの唯一の特技である。セシリャは空気を掴むと、異層の倉庫から武器を取り出す。

 薄暗く埃っぽい道。人払いの術式が施されているとはいえ風景は校内の廊下そのものだ。

 そんな中、唐突に廊下に男の声が響き、セシリャの身体を強ばらせる。

「あーれ? 貴方、この間の時に殺しましたよねぇ?」

 ガシャ、ガシャ、と今まで聞こえなかった足音が鳴り響き、ドンドンとセシリャに近づいてくる。

「てめぇこそ、あんなに殴ってやったのにピンピンしてるじゃねぇかよ」

 皮肉で返答するものの、セシリャは内心この男を恐れていた。

 一度、一度だけセシリャはこの化物と殺し合いをしたことがあったのだ。結果は敗北、バラバラに分解された後はあの聖堂の倉庫に見せしめにぶち込まれていたのだ。

 立ち止まるセシリャに対して、男はずんずんと歩き、セシリャの目の前に現れる。

「あれで殴ってるつもりだったんかぁ……救いようねぇなぁ。この前も言ったが俺は聖騎士のヘイス、ここの守護の命を受けて参上したから、それ以上進んできたら容赦なく殺すぞ?」

 この男、軽い口調ではあるが、外見の禍々しい鎧と圧倒的な力量の差からそんな口調ですら威圧感を与える。

 神とはここまでの力を人間に与えるのか? 

「ここまで来ると能力じゃなくて只の化物だな」

 セシリャは舌打ちをし、倉庫から取り出した身長はあるであろう大剣を捨て、新たに武器を取り出す。

「やる気満々かよ、めんどくせぇ。今日はやる気ないんだっての」

 そう言いながら、ヘイスは短刀を構えた。





 神……神様を信じる奴なんて、日常を暮らす奴からすれば馬鹿らしいと言う人が多数だろう。だが、もう一つの知られざる世界では神の存在など当たり前。そして各組織が拘束し、神の恩恵を無理矢理引き出している。

 その神の存在してる光景はこの俺、桜井春という存在、そしてその回りをも巻き込んでいっている。

 神は存在する。

 だが、その神は拘束しておくものであって使役させることはないはずなのだ。

「おい咲、こいつら今なんて言った」

 一人の兵の胴を貫き、疼く右手を引き抜きながら春は近くで暴れる咲に聞く。

「神を召喚するって……」

 やはり聞き間違いではない。

 神……あの化物を召喚すると確かに言った。あの光が神になる……。春が見る空に浮かぶ光は既にほとんど形を固め始めている。

「はっ、これで反逆者も終わりだ。ここで朽ち果てるがいい」

 聖堂の兵が戦うことを止め、空に浮かぶ光に手を伸ばし始める。

 すると光から管が降りてき、兵を包みこみ、空へと昇っていく。それも尋常な数ではない、校内に流れこんできたほとんどの兵たちが空へと手をかざし、空へ昇っていく。

 その異常な光景にただ立ち尽くしてしまっていた春の頬にぽつ、と何かが落ちてくる。

「雨か?」

 と何気に拭った左手が赤く染まっていることに気がつく。

 ぽつ、ぽつ、と降り始めているのは、見間違えようがない、『血』だ。

 血の降ってくる量はドンドンと増える。

「っく、気持ち悪りぃな……」

 血が身体を濡らしていく感覚は気持ちのいいものではない。春の読んでいた小説の殺人鬼は返り血が好きで殺しをしたりしていたが、春にとってこんな感覚は不快でしかない。

 それは人よりも優位にいることが好きな咲でも同じだったのだろう。目を鋭くし血の雨の元凶である光を睨み付けるようにして見ている。

 おかしいと思うが、こんな時でも不思議と嬉しく感じる、やはり自分の妹は人間なのだと……人間らしい表情ができるというのを感じる事が出来ただけで安堵できる。やはり自分は気付かぬ間にも咲が別人になってしまったという風に感じていたのだろう。そう思いながら春は心のなかで軽く喜ぶ。

「なんでこんな中でニヤついてんのさ」

 そんな春を見ていたのだろう、咲が変なものでも見るような目で春を見ている。思うに春がおかしくなったとでも思ってるんだろう。

「ま、嬉しくってな」

「変な春……」

 そう咲が呟いたときだ、空の光に異変が起き始めた。

 血の雨は降り止み、ゆっくりと形を留め降りてくる。今思うと空へ昇っていった兵士たちはきっとこの召喚に必要な人柱だったのだろう。

 神の形を作るために人の血は要らないが、肉と皮そして骨は必要だったのだろう。

 光が薄くなり、光の中に何かが存在していることが目視でも分かり始める

「聖堂もやっぱり化物を飼ってやがったか……」

 その存在は神々しく、そして圧倒的。

 その見た目は『獣』あまりにも巨大なその姿に目を疑うが、この姿は狼であろう。角のようにピンと立った毛並みが荒々しさを象徴しているようにも見える。

「これがセシリャさんが言ってた神様なの? 私の想像してたのとはずいぶんと違うんだけど」

 巨大な狼を見ながら咲が呟く。

「俺はネメシスの神様って奴を見たことがあるが、正直これよりも酷かったぜ?」

 二人はその光の中の姿を見つめ、完全に光が地上に降りてくるまで何もすることが出来なかった。

 光の塊が地上に降り立ったとき、光は殆ど消え去っており、その代わりに四つん這いでも五階建ての校舎の半分の高さはあろう狼がそこに居た。

「貴様らか、俺が喰い殺す人間は」

 青い瞳を瞼から覗かせると口を開くことなく春たちに話しかけてくる。

 春たちが想像していたよりも冷静な考えをもっているように思える。もしかしたら……そんな希望が春を動かした。

「待ってくれ! なんで自分を捕らえていた方の人間を味方するんだよ!」

 そう、そうだ。味方をする通りが見つからない。既に自身は自由。これからはこちらの世界で何をしようと自由なはず、俺たちと敵対する意味が無い。

 しばらく考えていたのだろう、神は少し黙った後、返答した。

「この俺がこの程度の存在だと思っているのなら貴様らは神という存在を見くびり過ぎているな。本体は聖堂の本部の地下の地下に閉じ込められたままで俺が変な動きをしないように見張っている。今の時代、神すらも駒だ。駒をうまく使えるかが戦争の基本ってもんだろう? 俺が此処に居るということは貴様らはこの戦いに負けたわけだ」

 そして神は咆哮する。

 その咆哮によって大気が揺れるのを肌に感じ、春たちに絶望だけが残される。

 少しの希望は本当に儚い夢だった。そんな事を聖堂が考えていないわけもなく、春の悪あがきなど何の役にも立たかなったわけだ。

(クソ……俺なんかにやれんのか?)

 神を相手に自分に何が出来る? 春は戦わないという思考から戦うという思考に入れ替える。

 しかし思考と入れ替えたからと言っても何が変わるわけでもない。相手は神、今日戦った兵や修道士などとは比べ物にならないことは分かっている。そこで何が出来る……?

 拳を固めながらも行動しかねている春。そんな時ずっと黙っていた咲が口を開く。

「喰うって、私を? 神様でもそれは無理かなー」

 春が色々なことを考えている間に、咲なりに考えていたのだろう。いや、考えというよりは覚悟だろう。

 絶対に死なない覚悟。

 それが俺に足りなかったことだろう。圧倒的な存在を目の前にしても諦めない、そして必ず勝つという信念。俺は殺し合いに甘えを求めていたのだろうか? ガキのくだらない理想論。そんなものはこの世界には必要ない、必要なのは勝利だけだということを理解した。

 だから春は右腕を神に向けて言う。


「仕方ねぇ……お前はここで俺が喰い殺す!」


 そして春は禍々しい右手を神と呼ばれる獣に向け、殺し合いが始まった。







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