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春の聖戦  作者: 深月人
一章  :Start of war
12/13

開戦


 二週間後。

 十分なまでの稽古、半分は一方的な虐めだったような気もするが、それでも能力の強化や自分の実力を向上させるには凄まじい効果があったと思える。

 その間、一度も聖堂の動きはなく春は存分に修行を受けることが出来たのだ。

 春のパートナーになる相手は別の特訓を受けさせられているようで、まだ一回も顔を合わせてはいない。

 だが、それも今日まで。既に区域奪還の準備は整っている、後は攻めるだけなのだ……少数部隊とまでも言えないような頭数だが、不可能という気持ちは不思議と湧いてこない。

(で、もう一時間は待たされてるんだが……)

 学校の体育館の裏。この集合場所で待たされ続けて一時間。

 特にやることもない春は雲を見続ける。

「あー」

 頬を撫でる風が心地いい。

 このまま寝てやろうか。ふとそんな考えが春の脳を過ぎる。

 だが、世の中うまく出来ている。春が寝転び目を閉じた瞬間を見計らったかのように人の気配がし、セシリャの声が響く。

「行くぞ、クソガキ」

 いつも通りのマイペースに毒舌。春はヤレヤレと首を振るとセシリャの背中を追いかけた。



 どうやら此処が全員の集合場所になっているようだ。

 向こうの世界。変色した空は今は薄い緑、眺めているだけでも気分が悪くなりそうだ。

 風景はさっきまでの学校となんら変りないが、セシリャ、春、そして向こうに見える一人以外の人はいない。

「アイツがパートナーなのか?」

 春はセシリャを見、先に見える人を指さす。

「その通りだよ。二人でしっかりと段取りを進めてくれ」

 先にいる人もこちらの存在に気付いたようだ。走って近づいてくる。

 薄暗いせいで中々顔を確認できないでいるうちにソイツがやってくる。

「おいおいマジかよ」

 春は目を丸くし、驚きを隠しきれない。

「ちっす! 今日は頑張りましょー」

 春の目の前には笑顔満点の咲がいたのだ。

「こりゃどういうことだよ!」

 咲の鼻先に指を突きつけて春は声を荒げる。

「あ、お前に言ってなかったっけ? パートナーは妹さんだよ」

「よろしくちゃん♪」

 咲はふざけたように敬礼をすると、春の方を叩いた。

 春は肩を叩いた咲の腕を掴む。

「帰れ、来るんじゃねぇ」

 そう言い、春は腕を掴む力を強くする。だが咲の意思は軽いものではなかった。

「そんな簡単に降りられるような事じゃないっしょ」

 強く掴まれた春の腕を振り払う。

 咲は間違ったことは言っていない。全て悪いのは春なのかもしれない、だがこんなことを知りながら平常でいられるわけがない。こんな殺し合いの世界だ……。

「セシリャ……分かってて黙ってやがったな?」

 セシリャ――この戦いの首謀者であり、今では春の師でもある。

 そんな彼女は鋭く睨み付ける春の視線など気にもしていないようだ。

「今はちゃんと仕事しろ。邪魔になったらアタシが殺すぞ」

 普段どおり。やると言ったことは必ず実行する……そういう女だ。そのためには何事も躊躇しない。勿論『殺す』ことはセシリャにとって本業、春を消すことは造作も無いだろう。

 にもかかわらず行動には移そうとしない。

「言いたいこともあるだろうが、二人ともやることはやれ」

 そう言い、セシリャは春と咲、二人の前に立ち話を続ける。

「今回のやることはお前らも知ってる通り、この工場をぶっ壊す。それはアタシの一存であり、神の思し召しでもなんでもねぇ。だから辞めてもいい……って言ってやりたいところだが、力を与えてやった主人の一つの頼みぐらい聞いてくれ。お前ら二人にやって欲しいことは簡単だ、たった一つ『足止め』をしろ」

(足止め……囮なわけか)

 春は拳を強く握り、力を感じ取る。

「ああ、わかってる」

「オッケーだよセシリャさん」

 二人はコクリと頷き返事をする。

 二人の返事を聞くと、セシリャは「死ぬまで殺せ」とだけ言い残し、この緑に照らされた体育館の裏からグラウンドの方へと歩いて行った。 

 その姿を二人は無言で見送る。

 聖堂の先遣隊が到着するにもまだ時間は残されているだろう。

 しかし、二人の間に話の花が咲くことはなかった。春と咲の間に出来た妙な壁が邪魔をしているのだ。

 こちらの世界には風というものが存在していないのだろう、二人のいる体育館の裏には音一つ聞こえない。それも嵐の前の静けさ……もうしばらくすれば命をかけた殺し合いが始まる。

 だが何も春はこの世界『殺し』が楽しいわけではない。

 むしろ憎んですらいる。なら何故ココに立っているのか? それは春の中で答えは出ている。

カンタンな事だった……『関わりのない人間を巻き込みたくない、救いたい』それらの気持ちだ。

 だから春は拳を固めた。だが咲は? それが春には理解できなかった。

 どうして咲が戦う必要があるのか……。

 そんな気持ちから春は隣に立つ咲に視線をやり、物音のしないこの空間に声を響かせた。

「咲、本当にお前はこの作戦に参加するつもりなのか? 俺は兄妹だってのに全然お前のことが全くわからねぇ。何がしてぇ、何がお前を動かす?」

「何が? 何がって言うのは愚問だと思うなぁ……。じゃあ春は何がしたくて此処で足止めをしようと思ってるのかな?」

「そんなもん皆をこんな兵士工場から開放するために決まって……」

「それ!」

「……っ」

 ビッ、と春の顔を指差す咲、いきなりの事に春は声が詰まる。

「それだよ、そうそう……。助けたいとか平和とかそういうことでは戦いたくないの。狂ってるかもしれないけど、最近は暴力が楽しく感じることがあるんだよ? 一方的な攻撃、完全な優越感……春くんだってそういうのあるでしょ? 頭いい友達にテストの点数で勝った時とか、そういうの。そんなのとは比べ物にならないような優越感……動物の根本にある喜びを味わえる。それが楽しくって仕方ないからこの世界にいることにしたの」

 春の考え方とは全く違うが、これも一つの理由。

 間違っているということは咲も理解した上で言葉にしているのだ。本当に悦びを感じて、能力を使っているのだろう。

「お前……変わったな」

 春は信じられないままに言葉を漏らす。

 勿論この言葉を聞いても咲は顔色一つ変えずに春に微笑んでみせた。

 その後はまたも沈黙。

 そんな沈黙の中で春の頭の中は咲の言った言葉がずっとグルグルと回り、何度も何度もリピートで再生されていた。

「ちげぇ……俺はそんな風に思ってない」

 独り言のように春は呟く。

「なんか言った?」

 咲は独り言に反応し、聞き返す。

「俺は楽しいなんて思ったことはねぇ……絶対にだ……」

 下を向いたまま自分に言い聞かせるように春は答える。

 それはいつもの春の声とは違い、自信のない声。

 琴と共に向かった場所、あの場所での戦闘において本当に自分は楽しくなかったのか?

 本当は楽しんでいたのかもしれない……馬鹿みたいに砕ける大理石の床、軽々と大理石の塊を持ち上げられる自分の腕、困惑する敵。

 それらをどう感じたのか……?

 春も思う、間違いない『楽しんでいた』と

 愉快だった……自分が殺されるなんてことは思考回路の何処にも存在していなかった。その時思っていたのは、琴の無事でも妹……咲のことでもなんでもない。

『どうやったら敵は死ぬんだろう?』これだけを考えて行動していた。

 そこには春の考える正義は存在していなかったし、それを思わせる行動もなかった。

 ただ敵を屠ることだけが行動として現れ、そして自分は楽しみに頬を歪めていた。

「はははははっ――なーんだ春もあるんじゃん、味わったこと」

 咲は楽しそうに笑う。

「じゃあ言ったこと全部理解出来てるよね? これから来る聖堂の人たちも私の欲に喰い尽くされて死ぬんだよ。勿論だけど春の欲にもね」

 恋人を待っている女の子、というのはこんな風に待つのだろうか。咲はくるくると可愛く回っている。

 春は咲の言う事に反論は出来ない、しかし……救いたいという気持ちも嘘ではない。

 心の底から本当に望んだものなのだ。

「咲、お前の言いたいことも感じることも理解できるし、その通りだ。だけど俺はそれを物事の中心に置かねぇ……俺は俺の思う正義の為に動く」

 それを聞いた咲は「そっかーまぁ人それぞれだもんねぇ」と言い、もう一度笑う。

 そんなマイペースな咲の顔が急に強張る。

「何この感じ……気持ち悪い」

 そう言いながらお腹をさすり、聖堂が予想されている南の裏門を見つめる。

 しばらくすると、裏門に異変が起こる。

「なんだこいつら……」

 春の網膜に映された光景は信じられないようなものだった。

 裏門から入ってくる……そんな常識は捨てなければならなかった。裏門どころか裏門周辺の壁が吹き飛び、大量の兵士が流れこんでくる。

「あー、気持ち悪いくらいウジャウジャいるなぁ」

 昔の咲の面影は一切ない、別人のように眼が笑い、口が歪んでいる。

「お先にっ」

 咲はそう言い弾丸のように飛び出す。

 咲の能力は見たところによると強化する類のもののようだ。

 身体は何一つ変わっているところはないのに、凄まじい身体能力で無数の攻撃を躱し、少しの隙に攻撃を叩き込んでいる。

 出遅れた春も身体を換えていく。

 セシリャに教えられたことは一つ、変換の高速化。

 勿論だが、春はこれを可能にした。

「――ァガ」

 春を襲う激痛とともに右腕がどんどんと鎧の姿へと変わっていく。

 そして、春はほんの数秒で完全に肉体というものを捨てる事に成功する。

 その右腕は一つの生き物のように仕切りに疼いている。

 その輪郭は現実に立った悪魔のような姿……刺々しい部位が多く、その鎧の隙間からは止めどなく赤い炎が漏れでている。

「まるで悪者じゃねぇかよ……」

 視界に移る自分の姿を眺め、改めて愚痴をこぼす。

 その漏れ出す炎が聖堂の兵の目に写ったのだろう、咲に群がっていたうちの数人が春の方へと弓を放ち、そして剣を抜き、走りだしてきている。

 放たれた弓は吸い込まれるように春の身体めがけて真っ直ぐ飛んでくる。

「貴様らのような異分子は消し去る!!」

 一人の兵士が叫び、春の身体を切り裂こうと背後から剣を振りかぶる。

 しかし、その兵士は振りかぶったままの状態で固まる。

「な、なんなんだ……」

 兵はそのまま体制を崩して倒れ、身体は炎に包まれて消える。

 信じられないような速さをもって春の攻撃が兵の胴体を裂いたのだ。

「さっきのこともあるし、気分わりぃな」

 燃え尽きる兵を見て春は吐き捨てるように言う。

 仲間が燃えるのを見ても怯むことなく聖堂の兵は春に群がる。

 数はざっと数えて五十人。

 相手もプロだ、只斬りかかればいいものではないということは理解しているだろう。五十人のうちのほとんどが魔術の演唱を行い、大規模な術式を組み上げていく。

「やばいな……」

 春は演唱を始めている兵たちを焼き切るべく隊列へと飛び込む。

 兵は春のことなど気にしていないように演唱を続ける。

 まず一人、そして二人。次々に燃やしていく。しかし相手は多い……十人ほどを攻撃したところで、術が完成し発動する。

「ここで貴様らは死ねぇぇぇえええ!!!!」

 術式を組み上げた兵達が叫び、大気が揺れ、緑の空に陣が広がっていき陣から次々に光が漏れるように地面に落ちていく。

 落ちた光は収束し、何かの形を造りだす。

 兵は狂ったように歓喜し、勝利を確信する。


「我らの神を召喚する!!」



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