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春の聖戦  作者: 深月人
一章  :Start of war
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工場区域

 ●●高校、通称●校。春たちが毎日通う公立の学校。

 そこらにある学校となんらかわりはない、強いて言うならば、部活の設備が良すぎることくらいだろう。

 ああ、一つだけ特別なことがあった。

 学校の近くに三つ寮があったのだ。『あった』という表現は間違いではない、何故なら今では寮は二つだからだ。

 寮が一つ消える。というのは、ある事件によるものだ。その事件での内容は、寮の全崩壊――というものだ。しかし、偶然なのか必然なのか負傷者0、行方不明者0という結果。

 何故この場所に春がやって来たのか、それは事件に巻き込まれたはずの妹がこの場所に避難しているという情報を手に入れたからだ。

 一度は失った希望を取り戻した興奮からか、それとも全速力で走ってきたから、あるいはその二つともかもしれないが、いつもよりも春の心臓は脈動を早めていた。

「はぁ、はぁ……やっと着きやがった」

 息を上げながら春は言う。

 そして、学校を睨むと休む暇なく早足で馴染みの門をくぐる。

 校内に入るとやはり日常いつもとは違う。

 人が多い。休日にも関わらず人が多いのだ。

 それも部活生ではなく、私服、●校の制服、といった風で明らかに日常風景から外れている。

 現在の避難者は全員、体育館で生活を送っているようだ。

 体育館。さすが……部活のためだけにどれだけのお金を積んだのか、とツッコミたくなる。授業の時にも感じていたが、とてつもなく広い。バスケットボールのコートが三面スッポリと入り、さらにコートの間隔も十分である。

 その広大な体育館に四十人近くの学生、それに物資などの供給に先生が数人。

 この広大な空間での許容力ではさほどの問題もなさそうである。

 そんな中、少し離れていた場所にいる女の子が春の目に止まった。

「おい! 咲!」

 体育館に気持ちいいほど声が響く。

 そのおかげもあり春の声は問題なく届く。春の妹である桜井咲は声の主、つまりは春の方へと顔を向ける。

「あ、春! 何処行ってたの?!」

 咲は眉を吊り上げながら春に近づく。

「何処行ってたってのは俺の台詞だ!」

「何言ってるの、春がどっかに行ってたんじゃない!」

 そうだった、向こうの世界での事を知らない周りからすれば、春が一人で何処かを彷徨いていたという風にしか思われていないのだ。

 しかし、この事を先に伝えるわけにはいかない。オカルトを一切信じることのなかった春でもアレを見てからはそんな考えは捨てた。百聞は一見にしかずとはよく言ったものだ。

 咲に言葉だけで伝えたとしても信じるわけがないが、ほんの少しの危険に……そして向こうの世界の理とやらに関わらせたくないのだ。

 向こうの世界でのアレ、琴の言っていることを完全に信用することに至ったあの人の形をしたバケモノ、あんなものとその下の組織も勿論だ。

 それにしても琴の情報にミスがあったのはうれしい誤算と言うやつだった。

 現状の見た目、咲は足首に包帯を巻いていること以外気になるようなところはない。

「お〜い、咲ちゅわ〜ん」

 咲の立っていた場所の近くで座っている一人の女性が手を振っている。

「春、セシリャさんが待ってるから話は向こうでしよー」

 咲は怒っていた顔から一転、笑顔で春の手を引く。



「で、テメェは誰だよ」

 咲を呼んだ時のような笑顔も口調も違うが同一人物。

 何もかもを見下す瞳は何もかもを焼き尽くすような灼眼で、それに呼応しているかのような紅い髪。百七十五はあろう身長だが、胸にある膨らみが女性であることを示している。服装はこの日本には馴染むつもりもないような銀の装飾の付いた黒いコート。

 外見から判断できるように、国内の人間ではない。

 彼女の名前はセシリャ=アドローヴァ。

「あ? お前こそ誰だよ、咲の友達か?」

 春はキッとセシリャを睨み付ける。

 そんな敵意剥き出しの春に対して、一切の驚きも見せずに見たものを焼き尽くすような瞳で春を見続ける。

 セシリャはただ、春を見ていただけではない。考えていたのだ。

(コイツ……なんで黒のコートを羽織ってやがるんだ? 聖堂の回し者、なりすまし、たまたま、新人……色々と可能性はあるが、まぁ敵なら殺すまでだ)

「チッ、黙りかよ」

 春が舌打ちをする。

「おい、クソガキ。そのコートは何処で手に入れたんだ?」

 セシリャは春の質問に答えることなく、質問で返す。

 ピリピリとした殺意が春の肌をチクチクと刺す。野生の熊にでも遭遇すればこんな感覚を味わうことができるだろう。いつでも殺せるぞ、と言わんばかりだ。

 そんな険悪さに耐えかねたのだろう、咲が口を開く。

「セ、セシリャさんは事故の後に会ったんだよ! 私の命の恩人で、友達なのっ!」

 やれやれ、と言った風にセシリャは首を振る。

「おい、お前、後で体育館の裏来いよ」と、春の耳元で言って何処かに行った。

「ったく、いつの時代のヤンキーだよ」

 春はようやく安堵する。そして体育館に敷き詰められたシートに座る。

 それは咲も一緒だったようだ。

「あんな怖いセシリャさん初めて見たよぉ、春なんかしたの? っていうか気になってたんだけど、その黒色のコートってセシリャさんのと一緒のだよね?」

 一休みする間もなく質問してくる。

 それもそうだろう、この辺で見かけたことのないような服装の人が二人もいたら不思議に思う。同じ立場なら春でもそう思ったことだろう。

「ち、ちょっとトイレ行ってくるわ」

 返事に困った春は適当に濁してその場から去る。

 セシリャの事も気になることだ、体育館から抜けると、春はそのまま体育館裏に向かう。

 体育館の裏は勿論、人通りは少なく、誰がいても分かりはしない。

 そこに向かうと既にセシリャが立っていた。遠くから見てもわかるような赤だ、間違えようもない。

「よォ、クソガキ。早かったな」

 セシリャは春のほうを振り向く。

「まぁな、で、用件は」

「アタシが聞きたいことは一つ。テメェが敵なのか味方なのかって事だ」

「それは俺も聞きてぇな」

 また空気が張り詰める。この女の殺気は異常だ。外見がどうという話でなく、とてもじゃないが異性というふうには見ることは出来ない。

 そして沈黙。しかし、このままでは進まないと感じたのだろう。セシリャが溜息を吐き、言う。

「ったく……よし、分かった。とりあえずアタシの方から名乗るとしよう。アタシはフォトンの団長でセシリャ=アドローヴァってもんだ」

「フォトン? でもネメシスのコートじゃねぇか? そりゃあ」

「ああ、アタシは元ネメシスのメンバーで副団長だからだ。次はテメェの自己紹介の番だ」

「俺は桜井春、特に組織には入ってない。一応向こうの世界に行って一回は戦闘した」

「なるほど、で? その肝心のネメシスのコートはどうやって手に入れた」

「向こうの世界に行ったあとに琴から貰ったんだ」

 春は改めてコートを眺める。

「琴……おーけーだ、ちなみにアレは見たのか?」

「アレってのは……あのバケモノの事でいいんだよな?」

「ああ、それならいいんだ。遅くなったが、早速本題にうつんぞ――まず初めに、この地区は実験対象モルモットだってことを頭に入れろ」

「実験対象……?」

「そうだ。この学校の授業内容カリキュラムは聖堂の能力者を製造するためにある。勿論これを知ってるやつは少数だし、能力を持っているやつも極僅かだ。で、出来上がったテメェらは聖堂の商品なわけだ。まぁ他の組織は危険能力者を始末するかか奪取しようと此処にやってきてるってわけだな。ちなみに向こうの世界の本質は『殺し』だ。神の意志とかいうのに縛られた殺人狂どもが殺し合いを続けるわけよ。なにも形のあるものを欲して戦ってるわけじゃない、殺しの快楽を知ってる奴とそれを裁こうとする奴……そういう奴らの自己満足のためのものだ」

 長い話を終えたセシリャは肩まである紅い髪を風にさらす。

 何も知らずに生活している此処の学生はモルモット……そういう事だ。

 聖堂の実験対象で兵士工場。

 何もかもが夢のような事だが知らされていなかっただけで事実に違いない。

「で、俺にそれを言って何がしてぇんだ」

「ほう、飲み込みがはええな。向こうに行ったってのは嘘じゃなかったか。テメェにやらせたいことは一つ、ここの聖堂の所有している区域を奪取および生徒の自由が目的だ」

 セシリャの目的は一つ。

 ここの学生を『自由』にさせる。それだけ。

 それだけだが、それは無謀とも言えるような行動であるということは春にも理解することが出来る。

 要は敵の兵器工場を破壊するようなこと。昨日戦った修道士のような敵が何人も何人も襲いかかってくるわけだ、それをセシリャと二人だけで成功させる。

 無理だ。どう考えても不可能に近い。

 春の不安がセシリャに伝わったのだろう。

「おいおいマジかよ、ビビってんのかクソガキ。テメェの力が何かは知らねぇが、稽古ぐらいつけてやる。一人も二人も一緒のことだしな」

 真面目な表情から一転、セシリャは笑いながら言う。

「ビビっちゃいねぇ、俺は俺の意思でこの不条理を潰す。そのための力をお前がくれるってんなら俺はお前に頭を下げるだけだ」

 春は鋭い眼でセシリャを見る。そして一際強い風が吹き、コートが叩かれる。

「ふん、まぁアタシの下は殺させはしねぇから安心しろ。明日から準備すんぞ、今日は寝ろ」

 そう言い残しセシリャは青い炎に包まれ消えた。






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