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春の聖戦  作者: 深月人
一章  :Start of war
10/13

事実

 聖堂への攻撃から一晩明けた朝。いつも感じるような寒々しい風ではなく、どこか優しいような風が頬を撫でる。

「すいません、私のせいで」

 琴は家のベッドで目を覚ますと、悪夢を見ていた時の寝言のように反射的に謝った。

 それから恥ずかしさに少しむず痒さを感じながらも周りを見渡す。

 彼女の部屋だ。無駄に詰め込まれた家具、しかしその家具たちも存在しているだけで彼女が使用することは殆ど無い。そんな大量の家具に他に一人、人がいた。

 彼女の横、一番近くに一つの椅子と一人の男。

「…………」

 彼女の寝言のような謝罪は椅子に腰掛ける春には届いていなかったようだ。それを知った琴は少しホッとする。

 眠っている。椅子から半分落ちそうになりながらも深い、深い眠りついているようだ。それも仕方ない、あんな場所、呼吸をしているだけでも緊張感で押しつぶされそうになる場所だ、疲労は知らないうちに溜まっていく。

 琴はそんな彼の姿を見つめながら、ため息を吐く。

「無防備な……」

 そう言い、彼女はベッドから降りる。

 白い足が床に触れ、冷たさを感じると同時に何かを思い出したかのように身体の傷が痛み出す。

 額と胴の傷が脈打つように痛み、咄嗟に胸を抑える。

「――っつ」

 胸を抑えたまま、もう一度ベッドに腰掛けると琴は眼を閉じた。

「ん、なんだ? やっぱ病院に行ったほうが良かったか」

 琴がほとんど物音をたてていなかったにもかかわらず春は当たり前のように目を覚まし、彼女のそばに寄ってくる。

 向こうの世界で見せた春の腕はすでに元のあるべき腕に戻っており、何ら人間と変わらない外見である。しかし、今はもう常人であるとは胸をはって言えはしないだろう。

 琴は胸をさすりながら、目を覚ました春と視線を合わせる。

「いえ、この判断は正しい判断です。私の傷を見せたところでこの世界の人間には何も出来はしませんし、騒ぎになるだけですから……。遅くなりましたが、すいませんでした」

 琴は改めて深々と頭を下げる。

「あ? なんのことだよ」

「妹さんの事……力になれなかったのは申し訳ないです。それに命を助けてもらったこと……全てに対しての謝罪と感謝の気持ちです。それと、あの契約は破棄します」

 契約――桜井咲を救う代わりに春がネメシスに属す、というものだ。

「ああ、全然気にしてない……って言ったら嘘になっちまうけど、お前を助けての後悔はないぞ。お前が大丈夫そうなら俺はもう行くけどいいか?」

 春は笑顔でそう言い、春は一つの椅子を立つ。

 一人で行動して何がわかる訳でもないが、敵である聖堂が春を狙っているということは妹である咲を救うチャンスは向こうからやってくるということだ。

 それに、ここにずっと居ることで怪我をしている琴が巻き込まれるというのもここを離れる理由として十分だ。

 春が玄関に向かおうとした時だ、琴が言う。

「少し、情報があります」

 初めて感情のこもったような琴の声が春の身体を止める。

「妹さんですが……聖堂の奴らに捕まっているわけではなさそうです。ゴゥレムの持って帰ってきた情報に誤りがある可能性は一パーセント未満なんです。その一パーセント未満の原因があるなら情報の書き換えです」

「つまり咲は聖堂じゃない誰かに捕まったってことか?」

 春は琴のを睨み付けるように見つめる。

「はい、何処の組織かまでは分かりませんが、その確率は高いです。それと……そこの衣装ダンスにコートが入っています。向こう側に行くときは色々と便利ですよ」

 そう言い琴はたくさんある衣装ダンスの一つを指差す。

「じゃあ遠慮無く貰っていくぞ」

 春は琴に言われたとおりにコートを取ると、家の玄関へと向かう。

 玄関にある自分の靴に足を突っ込むと、琴の方へ振り返り一言。

「またな」

 そう言って、春はドアノブを捻った。



「ふぅ……」

 春が家を出ていくのを見届けた後、琴は軽い溜息を吐く。

 彼がこの家を出て行った事に対してではない。稀少種の能力を持つ彼を独断で開放してえしまった自分に対して呆れているのだ。

「消されても文句は言えなさそうだ」

 何も無い場所に吐き捨てる。しかし、その言葉に返事が返ってくる。

「そのとおりだな、琴」

 いつからそこに存在していたのか、琴のベッドの隣にあるついさっきまで桜井春が座っていた椅子に一人の男が腰掛けている。

「神月さん……ですか」

 いきなり現れた事に驚くこともなく琴は彼の名を呼ぶ。

「ずっと見させてもらってたが、テメェらしくもねぇ人間味溢れることばっかりしやがって、この土人形が」

 冷静に話しているようだが、神月の声は怒りで震えている。

 そして怒りごまかすためだろうか、荒々しくタバコを取り出すと火を点けた。

「俺ら以外に日本で行動してる奴らは二人、こいつらにバレてる場合、俺はお前を処罰しなくちゃあなんねぇ! この意味は理解できるよなァ?」

「はい、ありがとうございます。神月さん」

「クソが……だからアイツは殺しといたほうが良かったんだ。とりあえずブッ潰れたお前の身体は俺が治す。回復した後はすぐに行動すんぞ。仕事は山積みなんだ」



    ○ ● ○ ●



 琴の家を出た後、歩道を歩く春に早速のピンチがやってきていた。

「で、これからどうすっかな……つか俺って家ねーんだよな」

 そう、琴の家を飛び出したまでは良いが、春には既に家がないのだ。何者かによる攻撃で崩壊し、その後に中にいた人や家を失った人たちがどういった処置を受けたのかを全く把握出来ていないのだ。

「とりあえず歩くしかねぇか……」

 目的もなしに歩くこと五分――。

(なんだありゃあ……)

 阿呆を見つけてしまう。

 言葉通りに阿呆だ。道路で大の字になって空を見続けてる奴が居るのだ。この辺りは車の通りが少なく、二時間程度……日によっては一度も車が通らないような道ではあるが、それでも道路で大の字は十分なまでに阿呆に分類されるだろう。

 しかも、その阿呆は春もよく知る人物だった。

 ツンツン髪……それに金髪、両耳には合計で七つピアスが付けられている。身長は百七十センチ後半といったとこで、学ランからはいつもフードが飛び出している。そんな恐い外見に反比例した話しやすさ……御霊詠ごりょうよみ

 春の知っている詠よりも少し髪が伸びているが、友人の顔を忘れるわけもない。その詠が首だけ動かし、唖然としている春を見つける。

「よ〜っす、春は無事だったんか〜」

 いつも通りに喋りながらピアスをなぞる。

「言葉の割にはあんまし心配してなさそうな口調だな、おい」

「いやいや〜無事って分かってたからに決まってるじゃんよ〜」

 詠が妙な言い方をする。

「ちょっ……ちょっと待て、なんで無事ってお前が分かってんだよ」

「だってあの事故は死者も行方不明者も0じゃん」

「は……?」

 あのレベルの事故で死者も行方不明者も0。そんなことがあり得るのだろうか?

 答えは否である。そんな事件今までに聞いたことがない、それに信じられるわけもない。都市伝説のような話だ。

 固まっている春を見て、気遣ってくれたのだろう、詠は話を続ける。

「いや、なんかさぁ崩壊が起きる前に建物に異常があるって言って入居者を外に出した奴が居たらしくな〜。おかげさまで死者も行方不明者もいないって訳……。全国的にニュースでも放送されたからみんな知ってることだけどよ、重要なのはその入居者を外にだした奴が見つかんないらしいのよ……もしかしたら幽霊? って噂があってだな……」

「幽霊は知らねぇよ! ほんとに何でもオカルトに持って行くんじゃねぇよ。で、元居た入居者は何処に居るんだ?」

「ああ、それならウチの学校が全員受け持ってるらしいぜ〜っていうか春も少しはニュース見たほうがいいぜ? あー、あと、咲ちゃんからの伝言だ『さっさと帰ってきなさい』だそうだ」

 詠の最後に言った言葉。これまでの情報とは全くもって一致しない。

(咲が無事……? どういうことだ、咲は誰にも捕まってないのか? 俺の知ってる事と随分違うぞ。学校に行くしかねぇか……)

 春は一人で幽霊の話をし始めた詠をおいて、学校のほうへと向かう事決める。

「色々サンキューな、道路で寝てたことは警察に言わないでおいてやるよ」

 全く春の話を聞いていないようだが、これもいつも通りだ。春は少しの日常と咲の事で頬を緩ませ、学校へと急いだ。





「春のヤロウ……既にこっちの世界を認識してやがるな。ネメシスの奴らがアイツにコンタクトしやがったのか……メンドくせぇ」

 そう言った金髪の男は七つのピアスの一つを空に放った。




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