約束違反
「ゴン!メールが来ておるぞ。仕事の依頼の様じゃ」
「おぉ、ありがたいやん」
「さぞかし嬉しかろう」
「そのサムライみたいな言葉使いやめぇ」
「よかろうよかろう」
ササは偶に武士の様な言葉を使ってゴンをからかって来る。
妻のササが、オフィスビルの一階を借りて営んでいる家庭料理居酒屋《葉乃》の隣が空き室となり、ゴンは自分の事務所を《葉乃》の横に移した。
ゴンは四十歳を過ぎてからデザイン事務所を立ち上げた。屋号の《ゴン》はもちろん名字の権田から、《ウッド》は地に根を張る大きな木の様にとの思いから命名した。
当時は「ローリング・ストーンズのロン・ウッドみたいやなぁ」と、よく冷やかされた。だが外タレの名前に似てる事はユーザーに覚えてもらいやすいと言うメリットもある。
お互いの職場が隣同士になったので、《ゴン・ウッド》のメールチェックをササがする事も増えて来た。
その仕事依頼のメールと言うのがこんな文面だった。
『権田先生へ、私は東大阪市内でうどん屋を持ってる経営者の店長です。権田先生が作りはったメニューを使ってる友達の食堂がよく儲かってるので、その人から聞いて、うちも作ってほしいと思いました。デザインとかは全部お任せしますのでよろしくお願いします。』
経営者が、と言うか、社会人が書いたとは思えない稚拙な文である。
さらに後半の『全部お任せします』の文言が気になった。
ゴンは迅速に返信メールで礼を述べ、打ち合わせの日時は改めて擦り合わせをする旨を伝えた。
ゴンは新規依頼を受けたクライアントが飲食店の場合は、必ず客としてシークレットで訪問する様にしている。
料理の味はもちろん、提供までのスピードやスタッフの接客、また厨房内のオペレーション等を客観的に見ておくと、色々アドバイスも出来るし、なにしろ店が成長・発展するための労苦を共有し合えるからである。
自分が関わる仕事に対しての“使命感の自覚”と“責任感”は人一倍強いゴンであった。
ゴンは早速その日、メールで仕事依頼を受けた店の“調査”のため、書かれてあった住所を訪れた。その店は大阪市の東側に位置する布施と言う街にあった。
大阪市の周りには多数の市が隣接しており、ゴンが子どもの頃を過ごした大阪市の鶴見区も、北部には守口市、門真市、東側には大東市と東大阪市、そこから南下すると八尾市などが絡み合うように存在している。
布施は現在、中小企業が多い町として知られる東大阪市に位置するが、以前は《布施市》として市制が施行されており、1967年に河内市、枚岡市と合併して《東大阪市》となった。
ゴンが今から向かう店の最寄り駅で電車を降りて歩いていると、
「お〜い、タカハシ‼︎」
と叫びながらこちらに手を振り近づいて来る、年の頃は自分と同じくらいだろうか…
とにかく体格の良い大男に出会した。
自分の周りや後方にも“タカハシ”と思しき人物はいない。
『どうも人まちがいみたいやな』
ゴンはそう思って言葉をかけようとしたら
「お前変わったなぁ〜。メチャ老けたやんけ」
と大声で話しかけて来た。なんと失礼な。体もデカいが声もデカい。オマケに態度もデカそうだ。
「メチャ変わったわ〜お前」
矢継ぎ早にまだ言うか(怒)。相手の言葉の隙を縫って
「僕の名前タカハシちゃいますねん」
と訴えた。すると、
「え!お前名前まで変わったんか⁉︎」
と来た。信じられない答えである。
ゴンは大男の状況把握力を疑った。どうしてそうなるかな?
大男はゴンの顔をマジマジと見ながらやっと気づいたようだ。
「スンマセン人まちがいでした。タカハシはもっと髪の毛濃いかったですわ」
これもおかしい。毛量などは人を識別する材料にはならんだろう。髪の毛なんてストレスが掛かれば一夜にして無くなることもある。
確かにゴンの髪の毛は四十代に入った頃から頭頂部だけ薄くなったのだから、それは確かに認めよう。しかし露骨にハッキリ言われると良い気はしない。なにより大男の髪が剛毛で真っ黒だったのがなんとなく悔しかった。
気を取り直して訪問先の店を探し歩いた。スマホのマップの機嫌が悪かったのか、ゴンの見方が鈍臭かったのか、だいぶ遠回りした様だ。
目的地に到着すると、黒塗りの格子扉があり、それなりに高級感を醸し出したファサードの“うどん屋”が現れた。
このご時世では珍しく十一時から十四時まで“ワンコインランチ”を提供している。実に魅力的である。五百円のランチが何処まで満足させてくれるのだろうか。すこしワクワクだ。
店頭のイーゼルスタンドに立てられたボードに“本日のメニュー”として書かれていたのは。
①うどん(昆布入り)
②ご飯(おかわり自由)
③魚フライ
④漬物
以上四品だった。
ゴンは魚フライに興味を抱いた。
鯵フライか、鰯フライか、定番のメルルーサフライか。
期待しながら扉の前に立つと、自動で黒い格子は開いた。
注文を取りに来た女性スタッフは、銀縁のメガネをかけ、髪を後ろでひとつに束ねていた。
“ワンコインランチ”を注文すると。ボールペンで“ランチ”とだけ書き込んだ伝票をテーブルの上に置いて、返事もせずに立ち去ってしまった。テーブルにはガラスコップを置いた時にこぼれた水が伝票を濡らし、“ランチ”と書かれた文字が、何となく汚らしく“ウンチ”に見えた。
三分程で商品は運ばれて来た。厨房のオペレーションは問題無さそうだ。しかし内容を見て驚いた。“魚フライ”ではなく、代わりに“ごぼう天と厚揚げの煮物”になっていた。ボードに書かれていたメニューと違う。
早速、先ほどの銀縁メガネを呼んで間違いを指摘した。
「魚フライはどうしたん?」と訊くと
悪びれる様子もなく、
「売り切れました」と飄々と答える。
「外のボードには魚フライと書いたあったよ」
「売り切れたら他の一品でカバーする様に店長から言われてますんで」
『そんなアホな…』
ゴンは呆れながら訊いてみた。
「俺クレーマー違うけど、他のお客さんから文句出えへんの?」
「いつもそないしてますし、常連の人は皆んなわかってはりますから」
常連でないゴンは急にアウェイ感を覚えた。
「わかった。ほな注文する前に魚フライは売り切れたてちゃんと言うてね」
そう告げた時、ホールでのちょっとした異変に気づいたのか、厨房の中から店長らしき男の声が聞こえた。
「お客さま〜、スタッフを解放したってもらえませんか〜!今忙しい時間なんで〜」
その大声の主は、ゴンをタカハシの影武者にした“剛毛の大男”のものだった。
ゴンの存在には気づかず厨房内から大声だけを張りあげていた。周りの客は気にする様子もなく、いつもの光景と映ったのか、淡々とワンコインの“ウンチ”を食べていた。
家庭料理居酒屋《葉乃》に戻ると、ササが五時の開店に向けて肉じゃが用の出汁をとっていた。
「ササ、今朝のメールの仕事やけどなぁ」
「ゴン、断るつもりなんやろ?」
「何でわかったんや?」
「『全部お任せします』って書いてある箇所をゴンが声出して読んでる時、首捻ってたもん」
「そやねん、全部任されてメニュー作って、うまく利益に繋がったらええけど、売り上げも変わらんかったり、下手して少しでも落ちたりしたら責任も全部こちらに転嫁される」
「そやなぁ、あんたんところの力不足のせいやって言われるなぁ」
「だいたい全部任せるなんぞ他力本願極まりない。もっと本気にならなアカン」
ゴンは話を続け、魚フライが無かった一件をササに話して聞かせた。
そしてさらにゴンは言った
「安いランチやから適当に食わしとけ!ちゅう考えが気に入らん」
「そら当然やん」
「あの経営者の、あのコンセプトじゃ店も良ぉならん」
「そやな〜」
ササはひと呼吸置き
「それはそれとして、ランチ食べたん?」
「全部食った」
「結局食ったんかい(笑)。ほんで味はどやったん?」
「美味かった」
「美味かったんかい(爆笑)」
ササはジャガイモの皮を剥きながら、包丁を落としそうになった。
「さあ、ウンチの後始末は自分でするか。断りのメールを入れてこよ」
ゴンはひとりごちながら隣の事務所へ行きかけた。
ササは、“ウンチ”の意味が何なのか、さっぱりわからないと言う表情をゴンに見せた。
ゴンはその顔を見て、一瞬でも他人様の作る料理を“ウンチ”思ってしまった自分の高慢さを反省し、またササの顔を見た。
今度は「それで良し」と言ってる様に見えた。
ゴンが後ろ手に《葉乃》の扉を閉めると
「よかろう!よかろう!」と店内から叫んでいる、ササの大声が聞こえた。




