07.獣の襲来1
放課後。
なーんか春風も光村さんも一人でとことこ帰ってしまい、置いていかれた寂しい私。瀬尾も帰りは全然誘ってくれんのですよ。ま、慣習か。今更誰かと帰るってのも落ち着かないかもしれない。
なんてことはさておき、私はイライラしていた。
結局アルスくんのことを春風は納得してくれないし、光村さんとは仲良くなれないし、瀬尾さんは瀬尾さんだしで腹が立つ。
感情がいつもと違うせいか、無性にいつもと違うことをしたくなって。
で、珍しく賑やかな街に来た。人だらけの繁華街に女子高生。とくれば、始まるのはショッピング?いやいや、足はほぼ自動的にゲームセンター直行。男だらけの格ゲー筐体に着いて、向かいのサラリーマン風の人に挑戦する。対戦ゲームで鬱憤を晴らすなんてのは、正直あんまり得策じゃない。勝負には結構な集中力を要するし、負けたら余計にイライラするし。
でもコイン入れちゃったし、あとは勝ってすっきりするしかない。
ここでの私は強者。私は、ゲームの中にいるべき存在なんだから。
だから、ここで負ける訳にはいかんのですよ。
◇
女が格闘ゲームをしていることが珍しいからか、二勝くらいしたところで背後から視線を感じるようになった。
「強いなあの子」
「コマ投げに頼り過ぎだけどな」
女に負けたくないっていう意識があるからか、通ぶった人が何か言ってる。まあ実際正しいんだけど、わざわざ本人に聞こえるように言わなくても、と。
思わないでもない、訳で!
「お、二回転で決めるか!」
「まあ、素人同士だと投げキャラが強かったりするしな」
やかましいわ。どんな相手にも痛烈な二回転投げ技を決めたいっていう、このロマンが分からんのか。
ゲームにまでロマンを排除してたまるか。
負ける訳にはいかんけど、勝つためにここにいる訳でもない!
ギャラリーの声に耳を傾けつつ、次の対戦者を待つ。CPU戦でしばらくガチャガチャやってると、
「女が格ゲーか」
何やら聞き覚えのある声が聞こえた。
「学校帰りか。さっさと帰れるように、捻り潰してやる」
乱入者登場。あんだけ大口を叩くとは、そんだけ自信があるってことかな。しかも彼は、わざわざ私と同じキャラクターを選んできた。よーし実力の差を見せてやるぅぅぅぉぉぉ! ガチャガチャッタタタンッガチャガチャバンッ。負けた。手も足も出ないまま終わってしまいました。
明確な実力の差に、悔しむより先に感心してしまった。一体どんな人と対戦していたのかと思って、反対側の筐体の方へと回り込む。
「あ……」
そこにいたのは、隕石の行方を左右する「神ゲー」を送りつけてきた、あの色白の菊の花的儚げ少年だった。一方的にこっちが知っているだけだから、向こうは私のことを視界に入れようとすらしない。
いや、単に周りが見えないくらい集中しているだけかもしれない。素早く的確なコマンド入力、相手を寄せ付けない反射神経。相手が何か行動を起こす度、彼は的確な動作でそれに対応する。
見たところそんなに変わったことはしていない。多分、基礎が完成されてんだ。
「お、あの男も二回転で決めた」
「つーか流行ってんの? 投げキャラ」
結局、彼は挑んでくるプレイヤー全員を返り討ちにして、CPUのラスボスも倒して隠しボスまで倒してエンディングを迎えた。
すごいなぁ……と私がそのスタッフロールを眺めているうちに、彼の姿は消えていた。
「しまったぁ!」
直接話すチャンスを逃した! 私マヌケ過ぎだろ!
慌ててゲーセン中を探す。いないから外に出る。流石に街の方を探すのは無謀だけど、気休めの意味もあって軽くうろちょろしてみる。
交差点。横断歩道を渡る途中。
「ん、結菜か」
対岸から歩いてきたのは、兄貴と星野先輩のペア。
「あれ? 何してんの? こんなとこで」
こんなとこなんて言うのも何だけど。兄貴だって普段からこの辺りに寄って帰る訳ではない。兄妹がいっぺんに慣れない寄り道なんて、ちょっと神の意図みたいなものを感じたり感じなかったり。
「別に。つか、横断歩道の真ん中で立ち止まるな。急いでないならこっち来い」
「う、うん。で、何で二人が? デート?」
「そう見えるか?」
見えない。遠めに見ると同性にすら見えてしまう。
二人とも中性的な顔立ちなのだ。覇気のないクールな態度も二人に共通だから、纏う雰囲気も似たり寄ったり。カップルっぽさはないものの、冷めたこの二人組はどこか現代RPGのような空気を醸し出していて、格好良さはある。
残念なのは、兄貴の顔が先輩の劣化版じみているところかな。単体で見るとそれなりに整ってはいるんだけど、先輩がレベル高いから。
「……釣り合わないなぁ、兄貴」
「自覚済みだから改めて言うな。悲しくなる。というか悲しい」
兄貴は自嘲気味に笑った。まあ、先輩相手じゃ仕方ない。
「んで? デートじゃないってことは、何なの?」
「瑞樹に手伝ってもらって、俺が人探ししてたんだ」
先輩が言う。
「結局見つからなかったけど」
兄貴も先輩も口調がそっくり。
「はあ。人探しって、誰を探してたんですか?」
「俺の命を狙う、スーパー殺戮マシーン少女だ。既に親戚が数人亡き者にされている。早く見つけないと大変なことになっちまうんだぜ」
「マジですか」
私や兄貴が言ったら笑い話にしかならないけど、星野先輩は冗談みたいな危ない秘密を幾つか持っている正義のヒロインである。星野先輩の口から出た話なら、法螺話であろうと案外信じれるんだよね。
私とは逆である。
「……そっかぁ、スーパー殺戮マシーン少女……」
「半分冗談だよ。怖い奴を探していたのは本当だけどな」
「半分は本当なんかい」
「つーか、お前こそ何やってやがる?」
先輩に聞かれ、私は答えに詰まった。
「え? あ、えっと、深い意味はないですけど都会のロマンを」
「どうせゲーセンだけ行って帰ってきたところだろ」
先輩はククッ、と笑って、犬を扱うように私の顎辺りを撫でた。
落ち着け、星野先輩は女だ。横顔とか見るとスゲーかっこいいから、たまに自分で思い出さないと惚れそう。というかもう女でも良い。むしろそれが良い! ペットになっちまえ! チワワになって甘えまくりたい。
待てよ? チワワになったら人間社会から逃げ出せるじゃん!
「じゃあどうやったらチワワになれる? そうか、死んで転生か!」
「結菜、落ち着け」
先輩が言った。
◇
三人で、街から電車で最寄り駅へ。
帰り道、いつもの川沿いの道を歩くけど、昨日のように何かが降ってくるという訳でもなく平和だ。人とか間違っても降ってこねーだろうな。
「……この三人で帰るのも、最近では珍しいですよね」
「ホントにな」
星野先輩が肩をすくめながら、溜息口調の声で言った。普段よりニヤつき顔だから、機嫌はいいみたいだけどね。
先輩の栗色の髪が風にそよぐ。上機嫌な表情の中にも、どこか憐れみを感じさせる鋭い横顔。絵のモデルにでもなれそうなその様子を見ていると、先輩は思い出したように私に話を振った。
「そういや結菜。お前、居候を連れ込んだらしいじゃん。話聞かせてくれよ」
「え、あ、はい。……兄貴、広めた訳?」
兄貴はきっぱり首を横に振る。
「まさか。こいつにしか言ってねえよ」
「記憶喪失とか色々聞いたからさ。どう巡り合って、どうなってどうなったのか教えてくれよ」
星野先輩は興味津々という感じだった。
昨日話した隕石の話はスルーだったのにね。
「じゃあ、びっくりせずに聞いてくださいね」
そんな感じで昨日起こったことを手短に話しつつ(信じてもらえなかったけど)、緩やかなカーブを進み。
三人同時に絶句。
何故かって、そのカーブを曲がりきったところに一頭、ホッキョクグマがいたからだ。ここは北海道ではない。
というか、北海道にもホッキョクグマはいない。
連日の不思議な現象。アルスくんとどっちが珍しいんだろうとか暑くないのかなーとかそういえば地球温暖化はこのままで大丈夫なのかなーとか色んなことが頭を駆け巡って、私は思わず言った。
「すげー」
「……いや、確かにすごいけど、もうちょっと恐れを持てよお前」
兄貴が言う。ここ最近、自分の周りに色んな事があった私は、未知への恐怖とかがだいぶ薄れてしまっているんだろう。
……あれ、それってやばくない? 恐怖心がなくなるってことは危険を回避出来ないってことですよ。つまり、どんどん巻き込まれ……、
って、それ私にとっての理想じゃん。
「理想じゃん!」
「結菜、落ち着け」
「あ、はい」
ともかく目の前にホッキョクグマ。案外落ち着いてる私とは対照的に、二人はどうすればいいのか迷っていた。
「……瑞樹。どうすんだ? 熊だぜ熊。死んだふり? 死んだふりすんのかな。死んだふりだよな。死んだふり」
「知るか! 死ぬなら死ぬで勝手に死んどけ! とりあえず警察呼ぶから。落ちつけ俺ら」
「保健所じゃないのか? いや猟友会?」
「ああもう良いんだよ大人に任せてさっさと帰れば」
兄貴は早速携帯を手に取り、一一〇に電話をかけようとして、
「させマセン!」
くまさんに携帯を奪い取られた。
「俺の携帯ー!」
「……いや携帯なんか気にしてる場合じゃなくてさ……」
言葉喋ったよ。クマさんが。しかもカタカナ敬語。何これ。まさか、単なる野生のホッキョクグマじゃないとでも……?