06.高校生の戦場
「兄貴、今日は遅かったね」
「ん……まあな」
「んー、妖気の匂いがする。さては星野先輩?」
「ああ。ちょっと、あいつの探し物の付き添いだ。つーか話逸らすな」
「あはははは。いや、その、何て言うか……」
正直、一番のネックは母さんでも父さんでもなく兄貴だった。
なにしろ、兄貴は我が家随一の常識人ですからね。夢見がちな母さんと私、そして放任主義の父さんという自由奔放な三人を束ねる紐のような人。そんなのがアルスくんを見たら、そりゃ排除しようとする訳で。
私とアルスくんは正座させられた。
「とりあえず納得のいく説明しろや」
「き、記憶喪失の高校生、坂本竜馬くん……」
「もうちょっとマシな嘘吐けねぇのかぁぁぁ!」
「仕方ないじゃん! ホントのこと言うと余計信じてもらえなさそうだし!」
嘘も方便って言うし、騙される方も騙される方で騙されておいた方が無難なケースだって結構あるじゃんか! それが今だよ! 私に隠しておきたいことがあることを察知できないもんかねこの人は!
しかし私も何だこの逆ギレは。
兄貴は落ち着いた声で言う。
いや、落ち着こうとしている声、かな?
「驚かないから。驚かないから本当のことを言ってみろ」
「……分かった」
私はアルスくんを一瞥した。彼は神妙な顔で私に頷いてみせた。
よーし! 本人からの許可もゲット! 真実を話すぞ!
「実は彼、空から降ってきてさ!」
「だからもうちょっとマシな嘘をだな!」
「いやいやいや! 今のはホントだって! ねぇアルスくん!」
「は、はい! 彼女の言うことは事実ですよ!」
「じゃあ何でそんなに日本語が達者なんだよ! 宇宙人とそんな簡単に意思疎通ができてたまるか!」
「あ、いや、異世界人……」
「変わんねーよ!」
「分かった! じゃあこうしよう、やっぱり彼は記憶喪失の坂本くんで」
「じゃあこうしようって何だよ! そんなのアリか!」
埒が明かない。兄貴は真面目で頭の固い人間だからさ。こういう異常事態にはとりあえず反対してくるんだよ。
「もう分かった! もー分かった! じゃあ三日待って! それまでに証拠掴むから!」
「随分長い執行猶予だな!」
「三日経っても兄貴が納得しなかったら、アルスくんはホームレスになるわ人類は大ピンチだわ、兄貴は地球を滅ぼした大魔王になるわ……大惨事だかんね! 兄貴のせいで!」
「何ちょっと脅しに走ったんだよ! ……まあ、いいよ、それで」
三日という制約が効いたかな。
兄貴は渋々という感じで自室へと戻っていった。
「……あんな約束して大丈夫なのかい? 三日って」
「ダメなら次の手を考えりゃ良いよ」
まさか地球救済の第一関門が隕石でもゲームの障害でもなく兄貴になろうとは、私も予想してなかったけどね。
◇
ザーッと雨音で目が覚める朝。
目覚めが悪い。何だか楽しい夢を見ていた気がする。楽しい夢の記憶がぼやけて、私の頭を蝕んでいく。警報でも出てりゃパソコンやり放題だったんですがね。中途半端に強い雨って一番困る。
「天気めコノヤローふざけんなあああああ!」
みたいに叫びたいけど飲み込んだ。
まあ、いいよ。昨日は良いことがあってごきげんだし。異世界人と出会っちゃった訳だからね。奇声も飛び出しますよ。だから雨くらい許す! という訳で仕方なく、私は今日もこの通学路をてくてくと歩いている訳です。
喜ぶべきか嘆くべきか、今日も無事に七色高に着いた。無事。事が無い。イベントが何も無い。うわあ。モンスターとか魔法使いとか何も変わらない通学路とか、何も変わらない教室にはうんざりする。
あんなゲームまで出回って、この普通さって何? もっと、クラス中があのゲームで話題! なんていう展開になったりはしないのかな。
というか、そうなれよ。
何で私だけが、異端児みたいになんなくちゃいけないんだよ。
……これじゃ世界救ったって、誰にも褒めてもらえない……。
そのとき。
「よ、結菜。昨日の隕石の話、結局どうなったんや」
いつものようにエセ関西弁で、いや私も本物知らんから断言はできないけど多分エセ関西弁で、春風が興味なさげに聞いてきた。
どうなったんや、か。もしかして、内心は気になってたりすんのかね。
けど、異世界人がどうとか言っちゃっても大丈夫なのかな。あまり彼の存在を表に出すのは問題な気もするけど。
「……あんまり言わない方がいいかもしれないんだけどさ、実は」
結局全てを話す私。己の口の軽さに呆れるってのも悲しいもんだ。意志の弱さのせいもあるけど、根本で仲間を求めてる。
……それもイヤだな。私は孤高の救済者でいようぜ。
「で、パソコンがこーなってあーなって……」
一通り話し終えた私。春風のやや呆れた視線が痛い。
「……ホント、くだらん与太話もええ加減にせんと、いずれ頭腐るで」
春風は得意な顔で、やれやれポーズを決めた。どんだけ冷めてんだよーこいつ。世間的にまともで正しいのは春風の方であって、私はバカルートを進み中だってことがはっきりと示されるこの状況。
私には効果抜群だ! うわーん。
「……本当なんだけどなぁ……うーん」
社会が認めてくれません。
さあ困った。困ってちゃあ見る見るうちに弱者だ。
現実的な生き方の方が認められやすいんだ。楽だよ。けどさ、それって楽しいの? 生きやすければそれで幸せなのかよ。違うでしょ? そんなんつまらないじゃん。夢を見ていたい。ありえないことを信じたいんだよ。昨日、彼は上空から、燃えながら現れたんだ。異星人や超能力者はいるんだよ。
でも、それを一生懸命に訴えたところで、私が頭おかしい人扱いされるだけなんだよね。
……本当に正しいのは私なんだってば。
なのに、それをどうやって証明すればいいのか、分かんないんだ。
しばらく春風と言い合いをして、もうそろそろ先生が来るなんて思った瞬間、本当に扉から先生が現れた。ちょっとは未来予知に自信がついたが、これが放課後には忘れてしまうレベルの問題だと思うと無意味な収穫。
「よーし出席とるぞー。赤井ー」
「休みー」
「何だと。まあいいか。井野ー」
「はーい」
毎日繰り返される点呼。大体いる人と休んでる人のメンバーも同じで、つまらない時間……なんだけどさ。
自分の名前が近付くと、少しテンションが上がる。緊張感からなんだろうね。そわそわして落ち着かない。この感覚が皆にあるものなのか、人見知り特有のものなのかは、ずっと疑問に思っていることの一つだったりする。
「桜木ー」
「はい」
「須上ー」
「はーい」達成感。
「瀬尾ー」
「はい」
過ぎた後は急速に熱が冷めていく。
クラス全員の名前を呼び終わると、先生は唐突に、
「転校生紹介するぞー」
などと言い出した。一瞬どきりとする私。
このタイミングで転校生!?
「まーた中途半端な時に来るもんやなー」
春風は表向きどーでもよさそうに呟いた。
「……確かに変な時期に来たね」
いや、いや、いや! ちょっと待って! 重要人物かもよ!
もしや私を亡き者にしようとする刺客じゃないだろうな! それとも私より先に救済を目指すライバル……?
どっちにしてもわくわくすっぞ!
先生が廊下に手招きする。と、廊下から転校生と思しき人物が現れた。や、思しきっていうか、他に転校生候補はいないけども。
「おぉ……」
外見だけの話だけども、思った以上にハイレベル。クラスの男子数人が一瞬動揺したっぽかった。春風とは違う系統の可愛らしさ。女の子だ。ぱっと見た感じは、おとなしそうな子って感じ。背はお世辞にも高いとはいえない。中一、いや、小学生と言われても信じてしまいそうだった。
はっきりいえば、ロリコン受けしそうだなぁ、なんて。
「影あるな。……ちょっと結菜に似とる」
「私、客観的に見るとあんな感じなんスか?」
若干俯き気味で、その目は尖っていておっかない。
まあ、確かに明るい子には見えない。いや、子って言っちゃいけないか。でもあれは子って言っちゃうよ。何か小さいし。
ミステリアスキューティ威圧感。
いわゆるクーデレ?
いやデレてないから「クー」。そういやあのジュースってどこ行ったの?
「転校生のワ……光村雫、です」
殺気を含んだような声で、彼女が言う。どことなくオーラに凄みがある。失礼な言い方をすると、禍々しい。妖気を感じるとでも言えばいいかな。
何処か、剣先輩に近いものを感じる。
「じゃあ、光村は……そうだな。あの空いた席に座れ」
空いた席は私の隣だったりする訳で。
転校生さんは私の隣に座る訳で。
「よろしく頼む」
「よ、よろしく!」
――うおおおおぉぉぉ……。
これは……!
ピンチだ!
とか思いつつ、ワクワクしているってのが本音だったり。
◇
朝の授業が終わり、昼休みに入る。
左に座った転校生の光村さんとは、まだまともに話していない。
だって、なんか話しかけづらい雰囲気をかもし出してるんだもん。緊張しているのか嫌われているのか分からないけど、なんかふとした瞬間睨まれたりするし。人見知り、直さなきゃいけないんだけどねぇ。
向こうも人見知りだった場合、正直成す術なしですよ。
「……ああ、もう弁当の時間か」
時間が経つのが早い。昼食はこう、クラスの皆が群れる時間帯ですよ。近所ってことで光村さんも誘おうかと思ったんだけど、もういなかった。
席を移動するってことは、もう友達ができたってことだろうか。
や、ずっと私の隣にいて、友達作るなんて不可能じゃね?
「……ま、いっか。春風、どうする?」
「おぅ、食おうや」
私らは二人で昼を過ごすのが常だった。
教室には、複数の生徒……特に女子で構成されたグループが幾つかある。
何故か、私と春風はそういった群れには属していなかった。きっかけがなかったというのもあるけどさ。正直、馴染めないってのもある。
例えばこんな風に、
「須上さん、今日、こっちで食べない?」
あえて私のみを誘ったり、
「あー、いや、今日は遠慮しとく」
「……そう」
断るとなんとなーく棘のあるような無いような態度を一瞬だけ覗かせたり。そういったある種の縄張り意識みたいなもの。それが何か性に合っていないというか……。と言いつつ真っ向から歯向かう私って何なんだろうね。何だかもう二人ぼっちですよ。
週に一度は、一番大きなグループのリーダー格、瀬尾さんに声をかけられる。春風と二人の時に、わざわざ私だけに対してだ。
ルックスも良く成績優秀でついでに毒舌な面がある春風は、男子からはモテるが、女子から嫉妬や敵意を受けやすい傾向にあった。けど、小学生のような露骨ないじめをするほど馬鹿ではない彼女らは、至って自然にターゲットが孤立するよう、日々計画を進めていくのであった。完。いや、終わらんが。
「っクソ……」
春風はやや嫌悪感の混じった表情で瀬尾のグループを一瞥すると、私に言った。
「結菜。行きたいんやったら瀬尾らのとこに行ってもええねんで。うちは別に一人でかまへんし」
強がりもいいところである。
瀬尾夏鈴。長い髪と、整った顔立ち、そして人当たりの良さとか会話の上手さとか何か色々で、クラスのトップ的な位置にいる女。それなりの金持ちで、ついでに何かよく分からんけどカリスマ性みたいなものも持ち合わせる才女である。つまりはスマート系のお嬢様だ。
私とは結構古い付き合いだけど、大体常に「友達の友達」的な関係だからあまり仲良くはない。別に、特別悪いって訳でもないんだけどさ。
昔からすれ違うことが多かった。それだけ。敵意なんて、案外特別な事情ナシで成立しちゃたりするもんなんだよね。
「瀬尾さん、か」
あれが賢い生き方なのかもしれない。落ちこぼれを出さない社会なんか無理なんだから、あんな風に割り切って突き進むのが都合のいい生き方なのかもしれない。それに異を唱えられるほど、私には覚悟も善意もないけどさ。
……同調だけは、してたまるか。
「行かんでええんか? ホンマ、ウチに気ぃ遣ったりすなや」
春風はあくまでも平気そうな顔を貫いている。
「よく言うよ。私が本当に瀬尾さんとこ言ったら泣いて悲しむくせにさ」
「ア、アホ言うな」
若干顔を赤くして反論する春風は、ちょっと必死で可愛かった。
「アホじゃないよ。孤独ってそういうもんでしょうが。好んで一人になるならともかく、仲間取られて悲しまなかったら逆にこっちが悲しいっての。……つーか、そういや光村さんって瀬尾さん達と一緒じゃないね」
照れ隠しのつもりで違う話題にシフトする。教室のどこかにいるもんだと思っていたけど、どこにもいない。
「他のクラスに知り合いでもおったんちゃう?」
「……どうなんだろ」
それだったら良いけど、もしもトイレでご飯とか食べていたらどうしよう。想像したくないなぁ。私や春風ですらやったことないぞそれ。
隣の席の人間として、何となく責任を感じてしまう私であった。
弱肉強食。
教室を一言で表すとしたら、それが一番しっくりくる。
ぱっとしない私らは、弱肉なんだろうか。
――だったらせめて、苦い肉であろうぜ? なんてね。