epilogue.らしくもないサプライズ
◇
未来の私は消えた。
ビルに仰向けになったまま、私は目を閉じた。寒くないのは何でだろう。まさか死ぬのか私。おいおいそりゃまずい。地球を救って息絶えるなんて英雄っぽくてカッコイイけど、それじゃ私は何のために皆を守ったんだって話ですよ。
ああ、すごく眠い。死ぬならもう死んじゃってもいいかな、と思えてきた。眠いから。
……そこから先の記憶は曖昧である。
◇
「ぅあああっと! ど、どどど、どうなってる?」
と激しい目覚めを迎えた私は和室にいた。
布団。服はジャージ。ポケットには携帯。日付を確認。二〇一二年十二月。何もおかしくはないか……。枕元にメモ書き。
起きたら呼べ! 剣より!
と書かれていた。声もないのに何だかうるさいメモだな……。
「ああ、ここ、星熊家か……」
先輩の元実家、で眠っていた私。
……? いやいや何でだよ。
昨夜は自分と戦って、……どうなったんだっけ?
横になったまま考えていると、スーっと障子戸が開いた。
「おぉ、起きてるじゃないですかー」
現れたのは服部清子さんである。甚平姿が和室にいるんですよ。冬ということもあり、日本的な雪女登場、という感じ。服部さんが私の側に胡座を掻いたので、私は上体を起こして向かい合った。
「……あの、昨日って結局」
「結菜ちゃんの勝ちでしたよ。イェイ!」
「いやイェイじゃなくて。……勝ったっけ……? 何か、夢と現実の区別がついてない気がする。私、未来の自分を追い掛けてましたよね? それも何か半分夢だった気が」
「全部現実ですよ。結菜ちゃんは未来の自分から誘われた。で、きっと断ったんでしょう。空から降りてきて、私達に囲まれた状態でパッタリ眠ったんです。正直死んだのかと思っちゃいましたよー!」
服部さんはケタケタ笑った。
待てよ? どうして私とあいつの会話を服部さんが知ってんの? 聞こえる距離にはいなかったよね……?
「ハンゾーさんって、一体何者なんですか?」
前々からちょっと気になっていた疑問。
それを聞くと、服部さんはケタケタ笑って、
「何者だと思いますか?」
静かに、怪しげに微笑んだ。
「……ま、何者でもいっか」
「ちょっとぉー! そこは追求してくださーい!」
服部さんが頬を膨らませる。ひょっとこっぽい顔。けど追求しろと言われると、ますますどっちでもよくなってくるわけでして。
「うーん、また今度気になったら聞きます」
「むぅー。私の前世が結菜ちゃんだってことくらい、さくっと言わせてくださいよ」
服部さんは、そんなことをさくっと言った。
「……前世!」
「ま、朧げに記憶があるだけなんですけどね。貴女の来世であり、当然ながら、昨日貴女が戦った未来の貴女の来世でもあります。てか未来の結菜ちゃんって自分のことをパンドラって名乗ってるんですよー。オモシロー」
「ちょ、ちょっと待って」
すんなり前世とか来世とか言われてもいきなりは飲み込めない。だってそれつまり、「アイアムユー」ってことですよね!
「え、つまりその、えー? 私? えっと……」
「ねえ結菜ちゃん」
混乱する私を置いて、シリアス声の服部さん。
「貴女を襲ったもう一人の結菜ちゃんは、本当に自分と同一の存在だったと思いますか?」
「え? そりゃ向こうが名乗ってましたし、実際顔がそっくりでしたし」
「この狭い日本の中だけでも、見分けがつかないくらいそっくりな人は探せばいます。似たような生い立ちの人だって少なくないです。それを今度は異世界規模で考えてみてください。偶然結菜ちゃんと同じ境遇だった同姓同名の人間くらい、結構いるんじゃないですか? むしろ、そのほうが自然なんですよ」
「……えーと」
服部さんシリアスモードがこんなに長く続いているだと!?
「同じように、私も実は自分の前世が何だったかなんてはっきり言うことはできない。結局は記憶からの推測です。思い込みとも言えます。もう一人の自分の誘惑に負け、地球を破壊し、不老不死の体を手に入れ、永久とも言えそうな時間を過ごし、……そして何かの拍子で死んだ。そして私は、服部清子としてもう一度生まれた。前世と同じ場所。前世とほぼ同一の時代。他の何もかもが生まれ持った『未来の記憶』と一致するのに、一つだけ違ったこと。それが他でもない、私自身の存在です。……服部清子は、須上結菜とは出会わないはずだったんです。私の記憶では」
「……」
「服部清子はシナリオを描いきました。瀬尾夏鈴や星野剣を使って、かつての自分が孤立しないように仕向けました。未来を変えようとしたのです。そして貴女は、私とは違う答えを選んだ。誘いを断った。断ってしまった! 未来は変わりました。……そして私は、自分が何者なのか、分からなくなりました」
私は、こんなに早口で喋る服部さんを初めて見た。
この人が悩むところを見るのも初めてな気がするけど、確かに悩み方が私に似ているような、似てないような。
「……結菜ちゃん、後悔してますか?」
服部さんが言う。
「何をですか?」
「地球を救ったことですよ。私が余計なことをしなければ、結菜ちゃんはきっと滅びを選んでいました。もし後悔しているなら、それは私のせいです」
「……どうです、かね」
そんなの、すぐには答えられない。もっと後になってみないと、感謝も後悔も、その味を出してはくれないと思うしさ。
スゥーっと障子が開かれた。そこにいたのは剣先輩。
「お? 何だよ、起きてんじゃねーか」
「あ、おはようございます」
「もう今、こんばんはの時間だけどな」
「ええええ!」
携帯を確認すると、時刻は午後八時。
人ん家で何時間眠っとんじゃ私は!
「うぉお、じゃあ、えっと、帰りますね! 親心配してるでしょうし!」
「ああ、気を付けてなー」
「ばいばーい、結菜ちゃん。……いや、『もう一人の私』! うわーカッケー! アニメみたいなセリフですねー!」
二人に見送られながら、玄関へ。
「……お?」
私は立ち止まった。
やけに靴が多い。先輩、透生、星熊家のばーちゃん、服部さん、私。で五足。あと予備の靴が何足か置いてあるくらいなら分かる……けど、うじゃうじゃありますよ。数えるのも面倒臭いくらい。
しかも何か見覚えのある靴も何足か……。
兄貴の靴とか転がってるんですけど。
「……ま、まさか」
「そういうこっちゃ、結菜」
声がした。春風の声だった。
「ハンゾーさんに頼まれてね。皆、ここにいるわ」
「まさか私が、平気で鬼の家に上がり込むようになるとは思わなかったがな」
瀬尾さん、光村さんの声。
「……まぁ、正直こういう集会は、あんま好みじゃないと思うけどな」
「同感。俺ならドン引きするぜ」
「まあまあいいじゃないですか」
兄貴と透生とアルスくん。
……どどどぉおお!? どういうことじゃいこれ!
「結菜、飯はうちで食ってけ。やだっつっても帰さないぜ?」
剣先輩が言う。
「……えっと、その何ていうかこの、この……!」
この恥ずかしくなるくらい恥ずかしい展開は何ですか先輩!
振り向くと、狭い廊下で皆さん勢揃い。そして、その先頭に服部さん。
雪女は近付いてきて、ちょっと不安そうに言った。
「これは私の自己満足です」
「えぇ……?」
「理由を付けるとしたら、私の都合で振り回し続け、運命まで変えてしまったお詫びですかね」
「な、なるほど」
……お詫び、か。
そうなると、これの主人公って私?
ジュース一本奢ってくれるとか、それくらいでよかったんだけど……。
「『もう一人の私』らしくもないサプライズ、ですね」
私が言うと、服部さんはケタケタ笑った。
「――らしくもない、か。ようやく須上結菜を卒業できた気がします。……ここから先の貴女の未来は、私にも全く分からない。貴女はもう私ではないし、私はもう貴女ではない。
だから服部清子として、改めてよろしくです」
ちょっとだけ寂しそうに言うと、服部さんは私に手を差し伸べた。
これで良かった、なんて妥協みたいなことは思いたくない。
世の中には私以外にも大勢の人達が、「こんな世界滅びちまえ!」と思ってるはずだ。存在する苦しみからの解放。しかも自殺とは違う、敗北でない最期。それを一番近くで望んでいたのは他でもない、私だった。
……だけど、まあ。かつてもう一つの道を選んだ服部さんが、残念そうな顔をしていないってことは、ね。
私は上目遣いのかわいい系ドヤ顔を意識しつつ、その手を握った。
ありがとうございました。