50.エルピス
◇
結論からいうと、まあ勝てるわきゃないよね。
ただアルスくんの乗り物を借りただけの私と、不老不死だという何でもありの、もう一人の私。遊ばれるようにかるーくやられて、よく分からん秘術みたいなので吹っ飛ばされてどこぞのビルの屋上に体を打ち付け、そのまま仰向けになって倒れる。
「そろそろ、楽になりなよ」
「……殺すの?」
「まさか」
未来の私は、手を差し伸べてきた。
「おいで、ユイナ。この星の人類の最期を見届けた後、もっと広い世界を見せてあげる。……大丈夫。君は主役なんだから」
その誘いはとても魅力的に思えて。
私は彼女の手を握った。
終わりだ。
隕石が地球に衝突して、人類は滅んだ。でも私だけは違う。もう一人の私の協力の元、莫大なエネルギーを体に取り込む。
爆発。光と熱の中。壮絶な光景を見ているのに、何だか温泉の中に潜るような、ポワーンとした心地良さ。
「どう?」
「どうって……。何か、何となくすごいのは分かるけど」
まあ、すごい地味なんだよね。急激に力が溢れてくるって感じじゃなくて、気付いたら元気になってました、みたいな。
「ははは、当時の私と同じこと言ってるよ。まあ当然っちゃ当然だけどね。……んじゃ、まずはアルスくんの故郷でも見に行こっか?」
彼女はそう言って、私の手を握った。今度は闇が私達を包む。
「ワープ!」
しかし、次に目を開けた時、彼女の姿はなかった。はぐれてしまったらしい。
目の前にあるのは、地球とよく似た星。パラレルワールドの地球ってことかもしれない。これが、アルスくんの故郷?
「……滅ぼした実感なんか、ないなぁ……」
私が壊したものなんて、結局小さなものでしかなかったのかもしれない。
――じゃあ、もっと大きなものを壊してみようか。
それから色んな場所に行った。人間以外の知的生命体とも沢山出会った。宇宙人や自称魔王、過去に戻るために猫になった男、スライム、狼、魔法少女、戦隊ヒーロー。
人を殺したし、蘇生もさせた。
不老不死の薬を飲んで死ねなくなったり、死神と酒を交わしたり。
そして、途方もない時間が流れた。
仲間を作ろうと思った。見込みのある人を見つけては、その人の住む星を滅ぼして回った。それなのに、誰も私のように力に目覚めてくれなかった。
永遠の孤独。それは想像するだけでも流石に怖かった。はぐれてしまったもう一人の私はどこに行ったんだろうか。もしかしたら、そんなものは最初からいなかったのかもしれない。だったら私はどうして今こうなっている?
いや、過去も未来もアテにはならない。
今、孤独な私がいる。それが全て。
どんな斬新な考察をしようと、その事実は変わらない。
あれだけ忌み嫌っていたはずの社会が、今更になってちょっと恋しくなった。愛なんて言葉が、今更になって光を帯びたものになっていく。けど、それが仮初の光だということも知っている。
……いつか私は、またあの時の地球を訪れる。
結菜を私の仲間にするんだ。
そんなこと、楽勝。退屈しのぎにもならない……はずだった、のに。
◇
過去の私に、今の私は手を差し伸べる。
「おいで」
この場面は知っている。
だってこれは、私にとっては過去だから。私は……結菜は、差し出されたこの手を握る。知っているんだよ。不安なんかない。
私が私の手を握らないなんてこと、あるはずがない――……!
「お断りじゃ!」
結菜が言う。私の過去が、私の知らない返答をした。
違う。これは私の過去じゃない。
だって私は、服部清子なんて人を知らない。
春風も、瀬尾も、光村も星野剣も透生も覚えている。他の連中は知ってるよ。だけど服部清子なんて人は、私の歩んだシナリオにはいなかった。
――分からない。自分がどこで間違えたかが分からない。
私に永遠は必要なかった。終わりが訪れたなら、それで良かった。さっさと死ねたら、ホントはそれで良かった。世界と一緒に心中しとけば、もうそれで終われた。
私が私の誘いに乗りさえしなければ、こんなことにはならなかった――。それを目の前でやってのけた結菜が、羨ましかった。
「……何泣いてんのさ」
結菜が言う。私は零れた涙を指で軽く拭いて、精一杯の微笑みで返した。
「うるさい。十年そこそこしか生きてないアンタに、何年生きたか分からないクソババアの気持ちが分かってたまるか。……じゃあね、結菜。私の誘いを断ったこと、一生後悔することだね」
私は奪ったリモコンを差し出した。
「無理に救わなくても良い。無理に滅ぼさなくても良い。折角の決定権なんだから、やりたいようにしなよ」
結菜はそれを受け取ると、少し躊躇いつつ……ボタンを、押した。
地球は、救われた。
「その二択に大した意味はないんだ。地球なんてどうなろうと、大して変化はない。……じゃあね、結菜」
君が仲間にならないなら、もうここに用はない。その気になったら地球くらい、隕石ナシでもパッカーンできちゃうんだけど……。
その気にならないから、もういいよ。私はいつもやっているように、別の世界へと移動した。
……とんだタイムパラドックスだよ、ホント。
それとも、ただのそっくりさんだったのかな?