04.異常者と異世界人1
宝くじの一等が落ちてたら拾うのが普通だと思う。拾うかどうかでその後の人生が丸っきり違ってくる訳だしさ。大金が当選して人生狂うってのも、案外よく聞く話だけどね。
そして私は、宝くじ一等がキッチンペーパーに見えてしまうほどのとんでもない存在を拾っちゃった訳で。……持って帰らないはずがない。
数億円で人生狂うなら、この未知なる存在で世界さん狂ってください。人がアフリカの大地に立って、キリストが生まれて、戦争が起こって……。今までだって、そうやって何かが狂って、変化が起こってきた訳だしさ。
という訳で私は、空から降ってきたこの異世界人アルスくんを連れて帰ることにした。竹から出てきた女の子でも、川の上流から流れてくる桃でも。拾ったものは持って帰るのが日本人ですよ。
それに彼には、住居もお金もない。だからってホームレスになってもらうのも気の毒だし、居候くらいはさせてあげたいじゃないですか。
……まあ男だし、正体不明だし、本当に居候させるかどうかは親の管轄だから、まだ何とも言えない部分はあるけどね。
「しっかし、さっきからどうも違和感あると思ってたけどさ。何で私たち、会話ができてるの?」
「そりゃあ、僕が日本語を使ってるから……」
当然のように言う彼。
「何で喋れるのよ」
「僕は不時着した訳じゃないからね。この星を救う為、多少は文化や歴史を勉強して来ているんだ。僕が選ばれたのも、この世界について僅かだけど知識があったからだし。アメリカは合衆王国だってことも、日本は侍や相撲取りがいて、ガングロを好んで食べる国だってことも」
「いや違うって」
合衆王国って何? 侍いないし。ガングロ食べません。……食べるガングロ? 日本人が好む? もしやマグロのこと?
何だか急に不安になってきた。色々誤解も多そうだし。
「うちに居候する時、あんま変なこと言わないでね」
「ええ。頑張ります」
「あと敬語も禁止。使われるのは嫌いなんだ」
「あ……うん、分かった」
そういえば、彼を居候させる理由もちゃんと考えないといけない。地球救済とか親に言ったら、二人とも病院に送られてしまいますよ。
……まあ、記憶喪失のホームレス高校生でいいか。
「記憶喪失のホームレス高校生? うわ、大変。うちでよければ是非」
母さんの中に通報の二文字は存在しないらしく、アルスくんの居候は簡単に認められてしまった。それでいいのか母さん。流石は私の親。きっと母さんも夢見がち過ぎて笑われる立場だったに違いない。
「……まあ、いいか」
我が家のセキュリティの甘さには呆れるばかりだけども、今回に限っては感謝しなければ。何たって地球の運命が左右される訳ですからね。
「ところでお名前は?」
「げっ」
そういえば考えてなかった。アルスなんて言ったら印象に残って後々動き難くなる可能性大ですよ。無難なのは日本名。できるだけ普通の名前なら、最悪町内に言いふらされても何とかやり過ごせるはず。
けど肝心な時に限って、頭には坂本竜馬しか浮かんでこなかったりする訳で。……近藤、芹沢、勝海舟……うん、仕方がない。
「坂本竜馬。だよね、竜馬くん。歴史上の人物とお揃いなんだよ」
「え、あ、え?」
うろたえるアルスくんに「黙れ」とアイコンタクトを送る。
「分かったわ。よろしくね坂本くん。自分の家だと思って好きに使ってちょうだい」
正直上手くいき過ぎだろと思わなくもないけど、とりあえず居候の許可は下りた。
この調子! 一つ一つイベントをこなして、大団円を迎えよう。そんな私の思考回路は、何だか現実世界を舞台にしたノベルゲームを遊んでるみたいだ。コンティニューはできないから、一発でトゥルーエンドに辿り着かなきゃね。
「ところでどうして記憶喪失なのに名前を憶えていたのかしら?」
「え、あ、えーと」
言葉に詰まるアルスくん。このままじゃ、絶対近々ボロが出るよ。
◇
「一階がリビングと洗面所……あと、母さんと父さんの部屋があるね。二階に、私と兄貴の部屋がそれぞれ。アルスくんに部屋までは用意できないから、悪いけど廊下で寝袋使ってね」
簡単に家の説明をしながら、家の中を案内してみる。アルスくんには、こういう家の内装や雰囲気がなかなか新鮮だったらしい。目を輝かせながら、興奮気味に相槌をうっていた。
「すごいなぁ……本物だ。ユイナさん、これが地球の文化ですか」
「いやまあ、そんな大層なもんではないけどね。日本の二階建ては大体こんな感じだと思うよ。あと敬語もさん付けもやめれ」
「あ、ごめん」
アルスくんは、興味深そうに台所を眺めている。ま、逆の立場だったら私だってそうなるだろうね。
魔法? 何それ!? とか、
シンク? タワシ? 何それ!? とか。
ムエタイ? アユタヤ? 何それ!? いや、それはちょっとタイ人に失礼か。事前に知っとけよって話だよね。
「もう救いに来たというよりホームステイみたいになってるけど、やっぱり知らない場所の文化って面白いものだよ」
「あはは、楽しそうだね」
よく宇宙人に代表されるような火星のタコも、地球に来たらこんな風になるのだろうか。「風呂の文化を盗み取るぞ」みたいな。どこのローマ人だって感じだけど。
「……どうよ、この家。満足行くかは分かんないけどさ」
「十分ですよ。外で寝るのを覚悟してたんで、屋根があるだけでも本当にありがたい」
「はは。大袈裟だよ。ていうか敬語。同級生とかに敬語使われるのって……待てよ、何歳だ君」
別世界の住人だから歳という概念があるかどうかすら分からないし、一年が三六五日ではないかもしれないし、成長の仕方とかが違えば当然歳というものは意味のない数字になってしまうんだけど。
「この国の数え方でいくと、十七かな」
ホントに同級生だった。
「……なんか、本当に異世界人? ほとんど人間と同じじゃん」
顔を見たときにも感じた違和感。同じ地球上に住んでいる生物ですら、こんだけ多種多様な形に分かれてんだ。ご都合主義の小説じゃあるまいし、物理法則すら同じかどうか分からない世界で、こんだけ人間に類似した生物が発生するって変だと思うんだけども。
「そもそも僕は、生物学的な区分でいえば、君達と同じ人間だよ」
「……マジで? それってあり得る? だって人間は、地球環境に適合してこのカタチになったんだし。それとも原点が同じってこと? パラレルワールドの地球ってことなら、納得できるけど……そもそも異世界って何? 異世界間の具体的な違いって何なのさ」
「その辺はまだ不明なんだ。僕らの持つ科学技術も、万能じゃないからね」
「ふーん? 不明、か。案外、神秘ってあるもんなのかな?」
いいなぁ、不明って言葉。
分からないってことは、案外幸せなことだと思う。
◇
近所とか案内したりご飯食べたりしているうちに夜ですよ。
空は隕石とかそんな不安を一切感じさせないような、キレイな紫色をしていた。星が出てる。ってことは雲もないんだな。
「そういえば、ユイナさん……じゃなくてユイナ。君って案外簡単に僕の存在と宣告を認めたけど、それってひょっとして心当たりでもあったからなのかな。異世界の存在を知らない人にとっては、僕のような存在は衝撃的なことじゃないか?」
アルスくんが言う。そういや彼は遊びに来たわけじゃないんだった。
「……心当たりというか何というか」
私はパソコンを指差してみせた。
「私にとって、君は起承転結の承。実は、既に予兆があったんだ」