48.ラスボスは他にいる
前回までのあらすじ
アルスの細工によってゲームと現実を出入りできるようになった結菜は、ゲームのラスボスを倒すために修行を重ねた。そしてとうとう、NPCのくせにベラベラ喋るラスボス、茨木童子に挑戦するのであった!
長期戦は覚悟してましたよ。
実際、長期戦になりました。でも、互角の勝負を繰り広げた結果ってわけじゃない。単に、私がパラメーターを念入りに高めていたから。だから終わらないだけだ。
「くっそぉぉおおお……」
コテンパン、とはこのことだ。
小雨の降る暗い林の中にて。私は痛みに耐えつつ、一本の頼りない木に背中を預けながらそんなことを思うわけです。
……まー、強い。面白いほど強い剣先輩。というか先輩の偽物、茨木童子さん。挑んでみたはいいけど、このとおり敵わない。どんなに数値を伸ばしてみても、こっちの攻撃が当たらないんじゃ意味がない。
実践的な動きからゲームらしいトリッキーな回避行動まで、あらゆるモーションを駆使して迫ってくる彼女は、少しずつ、私の体力を確実に削ってきた。
今も、この暗い林のどこかから私を狙っている。
……まあ、もうしばらくは耐えられるかな……?
「俺のところにまで辿り着いたプレイヤーは、お前だけじゃない」
姿は見えないけど、結構近くから声がする。
「お前よりゲームが上手い奴も、お前より時間がある奴も、このゲームの参加者の中にいた」
「……でしょうね」
だって一応、私はちゃんと学校に通ってる高校生だよ。一時期ゲームの中に入り込むなんてハンデを計算に入れても、私よりこのゲームを攻略するのに適した人間はいたはずだ。ニートとか。
「だが、そいつらもリタイヤした」
「どうして、ですか?」
「全員、俺に負けたからだよ」
「……どうでもいい記録ですよ、そんなもん!」
無敗の記録なんて意味がない。
打率十割の打者だって、今度の打席は三振するかもしれないじゃん?
「もう大体は見切りましたよ! 次は私の……」
「そいつはどうかな!」
次の瞬間、私の目の前に何だかよく分からん光る小刀みたいなのが現れた。
――直後、額に微かな冷たさ。切られちゃったのかな、この感触。
もうダメかも、なんて思いが脳裏をよぎった……かと思った次の瞬間。
「……はい?」
私の視界に映ったのは草原である。
快晴。風に靡く緑の絨毯に立つ私。唐突、唐突! 唐突ですよ! 何で私、こんなとこに。
傍らには茨木童子さんが倒れてる。
ふと背後を見ると、そこに透生の姿があった。何でこんなところに。茨木さんが星野先輩の偽物だったように、彼も透生の偽物、とか?
「一体どうなってんの?」
私が聞くと、彼はほんの少し気まずそうな顔で言った。
「……ゲームは中止だ。お前と茨木童子が戦う必要は、もうない」
「何で?」
「審判であるクリエイター、つまり、俺の判断だ」
「君が勝負の邪魔をしたってこと?」
「……そういうことだ」
透生は頷いた。私は怒った。
「何で邪魔したのさ?」
「……放っときゃ負けてただろ、お前」
「ゲームってそういうもんじゃないの? 私は真剣にここまで来て、真剣に……『壁』を乗り越えるために、必死で戦ってたんだよ! 茨木さんだって、それに応えて……なのに、何だよその八百長! 私の気持ちは? 『意地』はどうなるの!」
「明日会おうぜ。苦情なら、そこで受け付けてやる」
どこか憐れむような調子で言うと、彼の姿は消えた。ついでに私の意識もちょっとぼやけ始めた。通信状況が悪いときのネット対戦みたい。
◇
翌日の放課後、私は星熊家に向かった。
クリエイターがチート使っちゃったわけで。当然、ゲーム自体はあれでクリアなんだろうけど、すっきりしない。
私は負けた。絶対に負けた。だったら約束どおり、地球は滅ぶべきじゃんか?
玄関チャイムを押す。現れた透生を、私は睨みつけた。
「いきなり敵意剥き出しだな」
「……まあね。お客様は苦情を抱えてお怒りになっております」
「カスタマーサポートセンターへようこそ。……まあ、上がれ。自室に恋人でもない女を入れる度胸はないから、和室に案内する」
どうせ二人きりなんだろうし、状況はあんま変わらない気がするけど。
和室には、ブラウン管テレビと一世代前のゲーム機が置いてあった。
コントローラーは二個。
これはあれですよね、誘ってますよ。やらしくない意味で。
つまり挑戦状!
「さっきの仏頂面はどこ行ったよ。ニヤけやがって、分かり易い」
「う、うるさいな」
言い返しつつ、胡座を掻いて2Pコントローラーを握る。透生は私の隣に座ると、徐ろにこんなことを言い出した。
「あのだな、……結菜、賭けをしないか?」
「ゲームの勝敗で?」
「あぁ。三回勝負で格ゲーをやる。そんで、俺が勝ったら地球は救われる」
「へ? 逆じゃないの? 私が勝った場合は?」
聞くと、透生はポケットからリモコンを取り出した。よく見ると、そのリモコンはテレビ用でもなく、レコーダーやエアコンのものでもない。隕石用のものだった。
「真剣勝負をしようぜ、結菜。……俺がラスボスだ」
彼はそう言って、がっちりとコントローラーを握った。
◇
帰宅。
おみやげみたいに貰ったリモコンを、自室の机に置いて、ぼんやりと眺める。
操作はシンプル。回避か衝突の二択。どちらも押さない場合は、自動的に衝突が選択されたことになる。
……なーにが真剣勝負じゃ、透生め。
あんなことを言っておきながら、彼は手を抜いていた。絶妙な接待プレイ。気付かない人は最後まで気付かない。でもそれなりにゲームをこなし、かつ、一度ゲーセンで彼と戦った私には分かる。
彼は自分をラスボスだと名乗った。でも違う。直感だけどさ、もしこれが物語の一部で、その主人公が私だったりしたら、ラスボスは他にいると思う。
「……怖いなぁ」
誰にも取られないよう、私はリモコンを机の引き出しの奥にしまった。誰にも取られないよう、ちゃんと鍵も掛ける。
救うか滅ぼすか。その決断は、まだしない。
焦る必要はない。じっくり考えなきゃ、きっと私は後悔する。
読んでいただき感謝です。
ほったらかしでしたが終わるまでは投げません。というかもうちょっとで終わります。