44.謎の人
朝っぱらから、校庭に人だかりができていた。
救急車が、私と入れ違いになるように門から出ていった。兄貴が朝帰りだったりこんなことがあったり、何だか騒々しいな……。
ふと、背後に殺気。一体どんなアサシンかと振り返ると、光村さんがいた。
「うげっ」
「失礼な反応だな」
トーンの低い声。なーんか少し力がない。
「もしかして何かあったの?」
「別に。少し遊んでいただけだ」
……遊ぶって、あの遊び? 遊んでた? 遊んでたって何だっけ? え、嘘ぉ、光村さんが?
正直、全然想像できなかったけど、冗談を言っている風でもない。
「希有なこともあるもんだね」
「まあな。私がカラオケに行くなんて」
「かーかかかっかっかかかカラオケ!? 光村さんが!?」
「流石にその反応は失礼だと思うがな」
言いながらも、光村さんはどこか穏やかな調子で笑っていた。……はあ、こんなことってあるんだなーなんて。
直後、さらに超絶ウルトラ希有な事態に遭遇した。思わぬ事態に目を見張る。
学校に服部さんがいますよ。ネットでお世話になってるハンゾーさんが。私らに背を向けて、校舎を眺めているっぽい。大学二年生というあってないような立場をぶら下げて引きこもるあの人が、どうしてこんなとこにいるんじゃい。
「あの女は……」
「へ?」
まさか光村さんとも知り合い? ということは服部さんも鬼とか超能力者とか、場合によっては宇宙人という可能性もなきにしもあらずでは?
「……いや。少し気配を感じたのだが、気のせいだろう」
気のせい、か。ちょっと安心、ちょっとガッカリ。……まあ、今回は安心の比率が高めかな。
確かに色々と謎の多い人だけど、服部さんは普通の人……だよ、ね。
「ハンゾーさーん。何してんすかこんなとこで」
その背中に話しかける。服部さんは私達を待っていたかのような顔で振り向き、
「とりあえず伝えなきゃいけないことがあります。さっき運ばれていったのは剣ちゃんです」
早口で、そんな衝撃的なことを言った。
「は? え、いや、えー……?」
びっくりの連続。……いや、いやいやそんな。
だって、あの剣先輩が? 先輩は結構人気があるから、それならこのざわつきにも納得がいくけど。
でも、理由は? 病気? 事故? 朝っぱらから学校に先輩がいたのは何で? 何かもう、分からないことだらけなんだけど?
ふと、ピンと来た。
「あ。も、もしかして、やったの光村さん?」
「……いや、確かに疑われても仕方ないが、私ではないぞ?」
「ホントかなぁ」
「本当だ、本当。騙されたと思って信じろ」
光村さんは違う違うと手で合図した。騙されたと思っちゃダメな気もするけどね。信じ切るってのはちょっと無理な話だけど、まあ、違うっていうならいいか。本当に光村さんがやったなら、別に隠したりせずに「鬼を殺しただけだぞー」と胸を張っていそうだし。
「でも、それなら一体どうして運ばれたんですか」
「まあ、怪我ですね。常人ではヤバかったでしょうけど、何せ頑丈な人種ですからね。見た目ほど酷くはなかったはずです。平気で喋ってましたし」
「……大丈夫そうなら、いい、ですけど……」
でも、やっぱり状況があまりにも謎過ぎる。
そもそも、服部さんがここにいることが不思議だ。駆け付けた? いや、剣先輩が倒れたなんてこと、自宅で知る術がない。偶然通りかかった? いや、ないない。普段から外出しないこの人が、よりによってこんなときに学校の前を通る訳ないし。
けど、服部さんはそういうことには触れず、ゆっくりと首を横に振った。その動作の意図が分からず、一瞬戸惑う私。
「ユイナちゃんには、自分のやるべきことがあるでしょう。剣ちゃんのことは気にしないで下さい。私や雫ちゃんもいますから、大丈夫ですよ」
「――知っているのか、私のこと」
光村さんが一歩退く。服部さんは光村さんに、曇りのない微笑みを向けた。
やるべきことって、ゲーム? 雫ちゃんも……ってどういうことじゃい。剣先輩もこの人には心を開いているから、ある程度の話は伝わっていてもおかしくないけど……。
得体の知れない人。この人は、昔から謎なのだ。
「何か言いたそうですねぇ、ユイナちゃん?」
言いたいことだらけで混乱中ですけどね。
「そのー、じゃあ一つ。ゲームのことは、剣先輩からですか?」
「さあ、どうでしょうねぇ」
朗らかに笑いながら、簡単に流された。明言しないってことは違うのかな。でも、だったら一体どこで。
考え込んでいる間に、服部さんは私らに背中を向けた。
「それじゃあ帰りますね」
そう言って歩き始め……、突然、光村さんがその背中に飛びかかった。
「え」
まさしく目にも止まらぬスピード! ヤバイと思った私は、状況を理解する前に既に声を発していた。
「危なぁぁああああああい! 光村さん何してんのぉぉぉぉ!」
我ながら見事な危機察知、そしてお知らせ! まあでも知らせるだけじゃあ意味はなくて、服部さんの頭はサッカーボールみたいに思いっきり蹴っ飛ばされた。
「うごおおおおお!」
コミカルな動きで倒れる服部さん。周囲の人々が唖然とした。当の光村さんも唖然としていた。いや、あんたもかい。
「……どこか常人と違う匂いを感じたから、超能力者や鬼かどうか試すつもりだった。……のだが、まさかあんな綺麗に当たってしまうとは」
白髪頭の怪しい証言者は、ぐてーっと地面に倒れ、何だかむにゃむにゃ言いながら気絶していた。
……とりあえず保健室に運ぼうか。先生に事情を説明するのは、少し難しい気もするけど。
◇
何だか生徒が落ち着かないまま、授業開始。一時間目の授業が終わると同時に、私は服部さんの様子を見ようと保健室へ向かった。「謝罪したい」とか言って、光村さんも来た。
何故か瀬尾さんもついて来た。
「白髪で甚平着た若い部外者って、あの人しかいないでしょ」
服部さんと瀬尾さんはネット仲間だから、噂になりつつあった情報でピンときたらしい。まあ、別に付いてきても、踏み込んだ質問がし難くなるくらいしか問題はないけどね、うん。
薬臭い場所。白いカーテンの隙間から、中のベッドを覗く。
無人。いませんよ。忽然ととはこのことですよ、ええ。布団に人がいた名残が残っていたから、ちょっと前まではここにいたみたいだけど。
まあ、今頃はきっと自宅だと思う。
「清子ちゃんなら逃げたわよ」
保健室の先生が言った。
「に、逃げたぁ……?」
「目を離した隙にいなくなっていたわよ。あの子、在学中から変わってないわねー」
半分呆れ、半分ほっとしたように笑う先生。
話を聞いてみたい気もしたけど、授業合間の短い休み時間ですよ。ボチボチ教室に戻らないといけない。
「……残念だなー。聞きたいことが色々あったのに」
廊下に出て、ちょっとぼやいてみる。瀬尾さんはそれに反応し、ちょっと首を傾げた。
「聞きたいこと? ネットで聞けば良いじゃないのよ」
とは言うけど、そうもいかないんだよ。色々と裏事情を知らない真っ当な人間の意見だ(とか言ってちょっとした優越感に浸ってみる)。
「ネットで聞いても、あんま答えてくれなさそうなことだからさ」
「例のゲームに関係のあること?」
「うん。……………………待って待って。え、ちょ、何で知ってんの」
優越感、瓦解! 普通に私の小さな秘密を喋る瀬尾さんに、私は漫才のように突っ込んだ。無意識のうちに喋っちゃってた? いやいやいや流石にそれはない。けど、じゃあ何で瀬尾さんが。
「もしかして、ハンゾーさんから聞いた?」
「軽くね。あの人からは名前くらいしか聞いてない。都市伝説だって言っていたけれど、春風や光村さんを見ていて思った。神ゲーは存在している。そして、何か異常なことが起こっているんだってことも」
「……何だ、もうあんまり秘密でも何でもなかったんだ」
まあ、元々他にもプレイヤーはいた訳だし、それを「自分だけの秘密の場所だ」っていうのはネット通だってことを自慢する中学生並のアレだけどさ。でも、大抵の人はきっと、あれを単なる娯楽だと思っていたはずだ。アルスくんや透生くんと出会わなければ、私だってきっと信じていなかった。ゲームの結果次第で、この星がホントにヤバイ、なんてことをさ。
でも、いつの間にか服部先輩が知ってて、瀬尾さんもあのゲームの異常さに、やったこともないだろうに気付き始めてる。私の「知ってますよ」的優越ポイントは大幅に減った。
――ちょっと悔しいなぁ……。
結局、特別な存在になんかなれてないんだな、私。
◇
放課後。一人でさっさと家に帰って、パソコンを起動。
服部さんは、ネット上でも姿を現さなかった。
わざわざ家を訪ねるほどでもないし、どうしたもんかな。思わせぶりなことを言いつつ何もないってことも、あの人ならあり得る。いたずら好きなのだ。
「あ、ユイナ。帰ってたんだね」
アルスくんが、部屋の入口から言った。ゲームオーバーになったことを、まだ私が気にしているとでも思っているのだろうか。どこか遠慮がちな態度だった。……まあ、気にしてるけどさ。
「どう? 私、再挑戦できそう?」
「できるよ。朝のうちに装置が完成した。これで、より安全に君をゲームに連れていける」
アルスくんは、誇らしげに言った。
……地球を救った暁には、私にもその顔できるかな。