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ユイナの地球救済  作者: 大塩
救済者
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43.知っていること

 外灯に照らされた、夜十時過ぎのコンビニ前。

 アルバイトを終えた瓜生の目に、予想以上の人影が映った。やはり逃げたい思いに駆られるも、相手の眼光は彼を捉えて離さない。……もし背中を向けたら、その瞬間に地面にねじ伏せられそうだ。

「よぉ、お仕事お疲れさん。約束どおりの時間だな」

「こんな時間までよく働くな、ホント」

 栗色の髪のバリア女と、スガミユイナの兄。昼間に接触してきた二人が、同級生のような態度で彼を労う。制服姿の高校生にタメ口を使われる。そんな状況に違和感を持ちつつも、本来ならば殺されるほど恨まれてもおかしくないような立場なので我慢する。

 そんな瓜生に、さらなる出待ち客が語りかけてきた。予定外の二人。その組み合わせもかなり珍奇。

「病院以来ですか。……殺戮マシン予備軍の私のこと、覚えていますか?」

「ダ、団長。すイませン。捕虜にされマシタ」

 自分を殺していたかもしれないコケシっぽい少女と、トレンチコートと長い鼻が特徴的な自分の部下、キタムラ。

「……何が起こった?」

 共通点が見いだせない組み合わせ。理解できない状況。呆れと恐れが入り混じって、そんな問い掛けにまとまる。「俺も気になってたんだけど」ユイナの兄が便乗するように聞いた。

「イヤ、そノ、前に団長から頼まれタ『ステルス・カメラ』の修理ヲしヨうとしたトコろ……」

「以前、私の同級生を襲っていた男だったので。カメラに細工していたところを捕まえました」

 コケシ少女が淡々と言う。

「……当然のようにカメラの話をするってことは、カメラが不具合を起こした原因は君か」

「街中に仕掛けられたカメラは貴方達のものだったんですね。少しお借りしました、あれは人探しには便利でしたよ」

「誰か探していたのか?」

「鬼探し、というほうが適切でしたかね。返り討ちに遭いましたが」

 彼女はどこか自嘲的な口調で答えた。

 自嘲的ではあるが、清々しくもある。そんな調子だった。

「……まあ、いい。キタムラとその子が会うまでのことは分かった。で、それがいつ四人になったんだ?」

「偶然会イまシた」

「つーか経緯はどうでも良いだろ。……結菜が本当に地球を滅ぼすのかどうか聞かせろ」

 栗色の女が、やや強い口調で言う。瓜生はそれに答えるように、彼女の目を睨み付けた。

「……嘘は吐かないさ。僕は確かに未来を見た」

「まあ、嘘ではないだろうよ。でなきゃ、アンタがあの子を狙う理由がない」

「そうだ、そのとおりなんだ。他人を殺して何になる? 少なくとも僕に得はない。だが、それでも僕は動いた。その理由を考えれば、僕の真意は明確になるはずだろ?」

 やや興奮状態に陥っていることを自覚しながら、瓜生は自らの正当性を力説した。口は開きっぱなしで閉じることがなかった。喋っている。多分、余計なことも沢山言っている。同じようなことを繰り返しているかもしれない。思いつくまま、彼は言葉を発した。九割はどうでもいい話だ。

 真剣な目を向け続ける栗色バリア女。眠たそうなユイナの兄とコケシ少女。キタムラが遠慮がちに言った。

「あノ、こコでは何でスから、場所ヲ移しまセンか?」

 コンビニの前に屯する若い集団。殺す殺さないの話題まで出てきて、流石に周囲の目線は冷たかった。

「地球ノために働ク正義ノ味方モ、何だカ肩身が狭イもンですねェ」

「……まったくだな」

 最早彼らに、敵対意識はなくなっていた。



 音漏れの激しい、国道沿いのカラオケ店。

 その入口に立つ若者四人と、長い鼻一人。

「……何でここ?」

 剣は、この場所を提案した瓜生に問いかけた。

「個室の方が都合が良い。それに、キタムラが偶然今月限りの割引券を持ってたし君らは学割も併用できるし」

「ああ、なるほど。……けど、カラオケか」

「気分転換にもなるし、別に悪くはないじゃないか?」

 瑞樹はそう言うと、軽い足取りで店内へと入っていった。それに続く光村、瓜生。この状況に異議を唱える者は他にいない。遊技場の雰囲気が苦手なこと以外、彼女にもここを拒む理由はなかった。

「マァ、アんタもたまニハ肩の力を抜クべきデスヨ」

 剣の肩を、キタムラが優しく叩く。

「気安く触んな!」

「ア、すんませン」

 キタムラの手を払い除けて、渋々、剣も店の中へと向かう。

 何となく良い予感はしなかった。だってカラオケ。緊張感が継続することを望むばかりだが……。

「機種は……?」

「任せます」

「学生の方は……」

「はいはいみんな学生証。えっと……誰だっけ、瓜生さん? アンタ学生? 違う? じゃ何してんの。フリーター? じゃ学生は三人か。まさかホッキョクグマさん学生じゃないよね?」

 いつの間にか、まとめ役は瑞樹になっていた。受付の応対を済ませた彼らは、通路の奥へと入っていく。

「一番奥デすカ。分かりヤスイ場所でスネ。あ、どう座りマす?」

「早いもん勝ち。ほら、さっさと座れ」

 狭くもなく、広くもない個室。異質なメンバーということもあってか、どこか現実味がない。まるで世界から隔離されたかのような小部屋。時々隣から聞こえてくる流行りの音楽に、ふと現実を思い出せられる。

 剣は機を見計らって口を開いた。

「……よし、じゃあ、話を」

「ア、すいマせン。曲入れチャいまシた」

 剣の華麗なコークスクリューがキタムラを襲った。が、そうしている間にも、瑞樹が二曲目を入れ、瓜生もさり気なくリモコンに手を伸ばしていた。「お前ら普通に入れ過ぎ」剣の発言を邪魔するイントロ。再びコークスクリューがキタムラを襲った。

 彼が入れたのは洋楽だった。ノリの良い曲に合わせ、やたら本格的な英語が歌詞をなぞる。コークスクリューがキタムラを襲った。

「……やっぱりカラオケは止めるべきだった」

 緊張感のない現状に、自然と溜息が零れる。

「別に、大目に見ても良いんじゃないですか?」

 剣の隣で、光村雫がふと口を開いた。

「――……ぇ?」

「何か?」


 ――大目に見ても良いんじゃないですか、だと!?


 光村らしくない言葉に、剣は思わず目を見開く。空耳? いや、そんな訳もない。じゃあ本当にこいつが? そんな馬鹿な。

 声の発信源は間違いなく雫だった。彼女は目を閉じ、落ち着いた口調で続けた。

「少なくともここにいる面々は皆、地球の今後を憂い、正義の元に集まった者。差し支えのない範囲でなら、遊ぶことも互いの理解を深める良い機会だと思いますが」

「……お前、本当にあの光村か?」

 仮に考えを改めたのだとしても、あまりにも方向性が違う。憑き物が落ちたかのような変貌ぶり。

 似合わないことを自覚しているのか、雫は軽く俯いて言った。

「……やはり変でしょうか。私がこういう態度を取るのは」

「正直、めちゃくちゃ変だ。どうしたんだよ急に」

「どうした、と言われましても。これは私なりに悩んだ結果です。きっかけをくれたのは貴女じゃないですか」

 剣は今までのことを思い返してみたが。

「……心当たりがあり過ぎて分かんねぇ」

「でしょうね。私にも、どれが決定打なのかは分かりません。……でも、悩めば悩むほど、以前よりも分からなくなりましたよ。正しいことを追い求めること自体、歪なことにさえ思えてきました」

「……かもな」

 正も誤も、人間の……社会の決めたことだろう。

 結局は万人にとって都合が良いか、悪いか。所詮はその程度のこと。

「……でも、歪で良いんでしょうね」

 雫はそう言って微笑む。

「迷いがないと、誤りに気付くことはできませんから」

 いつも無愛想な顔ばかり見てきた剣にとっては、それはある意味であまりにも眩しいものだった。

 裸の人から目を背けるような、そんな類の恥ずかしさ。

「……過去の罪はどうすんだ? お前、結構やんちゃしてるだろ」

「受け入れます。受け入れた上で悩みたいんです。悩んで、本当にやるべきことを見つけて行動する。それが私の贖罪だと思います」

「……丸くなったもんだな」

 表情も以前より穏やかになっている。本当に、憑き物が落ちたかのような変わり様。キタムラの洋楽が終わった。

 リモコンを二人に回そうとする瑞樹。

「ほれ、入れるか? 曲。……まあ、お前ら二人は歌わないかな」

「あ、いえ、ください。私も入れてみたいです」

「……嘘ぉ」

 瑞樹も戸惑いを隠せないようで、雫の方に二度三度と目を向けていた。その様子がおかしくて、剣も軽く微笑んだ。リモコンを受け取った雫が選んだ曲は、音ゲー発の和風ロック。どこでそんな曲を知ったのだろうか。流行りには疎そうだが……。

 ――良くも悪くも普通の奴。年相応の可愛らしさを徐々に取り戻している、そんな感じ。

 鬼狩りの最期。そして一人の少女の誕生。

 ――多分、これがハッピーエンドなんだろう。


「……それじゃあ、その子が歌い終わったら話を始めようか」

 瓜生正義が言った。

「とは言っても、既に話したようなことしか言えないけどな」

「……もういいよ。そいつは口実ってことにしといてくれ」

 剣は手をヒラヒラと振って合図しながら言った。

「もう、セイギノミカタの懇親会ってことでいいよ」



 早朝の校庭の隅。額から血を流しながら、剣はフェンスにもたれかかっていた。

 生徒のざわつき。救急車のサイレンが近付いてくる。惨状。しかし、現場を目撃した者はいなかった。

 結果だけが人々の視界に焼き付く。何故だか、学校の隠れたマドンナが倒れている。目を背ける者、気分を悪くしてしゃがみ込む者も少なくはなかった。

 それは、まるでドラマのワンシーン。

 剣本人にもそう思えて、何となく笑えてくる。

「派手にやられましたねぇ、剣ちゃん」

 野次馬の中から、甚平を纏った若い白髪の女が現れた。意外な知人の登場に、一瞬目を疑う。

 服部清子がそこにいた。

 マンションからほとんど出ることのない、引きこもり大学生が。

「……ぁ? 何でアンタがここに」

「マンションから見えましたんですよ、二人の戦いが。……ユイナちゃんにやられたんですね」

 得体の知れない口から、意外な言葉が飛び出した。

「……」

「違いますか?」

「――違う!」

 剣は飛び起き、目を見開いて清子を見た。結菜じゃない、結菜じゃない……。自身の脳に刷り込むかのように、何度も頭で繰り返す。

 軋む体。神経を震わせる痛み。そんなものも忘れて、剣は清子にまくし立てる。

「“あれ”は結菜じゃない。違うんだ。黒幕は結菜でも透生でもなかった。俺が戦わなきゃいけない相手は……!」

「知ってますよ」

 清子はそう言って、不敵に笑った。

「……何言ってんだよ……」

「知ってます、ずっと前から、私はその子を知っています。その子はずっと前から、悩んで絶望して、そして破壊することを決めた。結論を出してしまったんです」

 まるで当事者のような物言いに、困惑する剣。清子は隊員に道を譲るように背を向け、ひょうきんな足取りで去っていった。

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