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ユイナの地球救済  作者: 大塩
救済者
42/52

41.告白 2

遅くなって申し訳ありません。

  春風は罪の告白でもするかのように、か細い眼差しで私を見ていた。

 ……私の返事を待っていた。パラソルの下、水着で仰向けで。シリアスっぽい空気にするには締まらない状況。

 家の外で見せる顔は全部演技。

「演技?」「演技」「演技なの?」「今はどっちつかずだけど」「はぁー……。そっか、演技だったのかー……」

 不毛なやり取りで時間を稼ぐ。

 いや戸惑ってんだよ。むしろ戸惑ってるから時間が欲しい訳で。演技、演技、演技……。

「うー、あー……そっか、演技で……あー」

 困ったなー。せっかくそれっぽいあれなのに、それに相応しい感動的な言葉が出てきませんよ。どんな言葉で春風を感涙の嵐に持ち込もうかと考えている時点でそんなこと無理なんだけど考えているうちに春風の方が先に口を開いた。

「驚かんの?」

「えー、まあ、そりゃ……。だって関西出身でもないのに関西弁って時点で、多かれ少なかれキャラ付けだしさ。ちょっと今更って感じが」

「……確かにそうだけど」

 春風は拍子抜けした様子で、きょとんと私の顔を見ていた。

「あれは? えっと、演技の理由は?」

「……結菜は、お面着けて遊んだことある?」

「ん? うん、多分あるけど……。お祭りで売ってるキャラクターもののやつとか」

「ああいうので顔を隠したときって、興奮せん? 自分が自分じゃなくなるような……。あたしが、桜木春風から解放されたような、そんな気がして」

 突如、春風は両手で自分の顔を覆った。

「……うん、これだけで良い。たったこれだけで、あたしは一瞬だけあたしを忘れられる」

「関西弁が、そのお面の役割をしてたってこと?」

「そういうことやな」

 手を顔から離すと、春風は仰向けの体を起こして胡坐をかいた。

「上手くいかないのは仮面のせいで、あたしは何も悪くなくて、全部、関西弁の『ウチ』が悪いってことにした。……けど」

 春風の両目が一瞬泳いで、それから私を捕捉した。今にもくしゃくしゃに泣き崩れそうな情けない表情。思わず私に緊張が走る。

「結菜は、『ウチ』を認めてくれた」

 弱々しいけど真っすぐな眼差し。私がそんな表情を向けられて本当に良いのかと心配になるくらい真面目な目。

「……うん」

「嬉しかった。……でも、避雷針だった『ウチ』が認められて、本当の『あたし』の居場所が消えた気がした。否定されるのも仮面だったけど、認められるのも仮面で……だから、どうして良いか分からなくなった。嘘を吐き続けるのも嫌だし、『あたし』が『ウチ』に超えられることも怖くて……」

「それで、打ち明けたくなったってことか」

「……うん」

 頷く春風。表情はどことなく申し訳なさげ。

 仮面。でもそれって、別に普通のことなんじゃないかって思うんだよね。

 親、先輩、友達、苦手な人。それぞれを相手にするとき、少しずつ何かが変わる。口調だったり、言うことだったり。……それが普通のはずじゃんか。私だってそうだ。

 布団の中。寝起きの私。意識のしっかりしないあの状態こそが私の素で、あとは全部がちょっとずれた私。今だってずれてる。完全な私とは違う。

「……きっと、誰だって少なからずそうなんだよ」

 私は、できるだけ格好良く言った。

「だから、そんなに気にしなくても……大丈夫だよ。自信持ってさ」

 言った。言ってやった。 

 そして思った。


 違うわこれ、と。


 ……違う。こんなこと誰だって言える。チープ。あまりにも軽い。

 春風だってこれくらいの答えには辿り着いてるはずじゃんか。アホか私は! 秘密を打ち明けられたかっけーポジションのくせに、なんじゃこの私の醜態はぁぁぁ!

「……あたしの親も似たようなこと言ったよ。けど」

 春風はどこか不満げな目付きで私を見た。そりゃそうだ私も今のは違うと思ったちょっと待った待った待った! 春風が私に期待する役割は、説教係なんかじゃないはず! 多分!

「ごめんさっきの無しで! あんなん私の言葉じゃない!」

 仮面とか演技とかについて、春風は少なくとも私の数十倍は悩んでたはずだ。だったらたったの数分で導き出される私の答えなんかが、役に立つはずもない。

 いきなり謝り出した私にびっくりしたのか、春風は呆気に取られたような顔でこっちを見ていた。

「……結菜?」

「分かってるよ。いややっぱ分かんない。全然分かんない。春風がどれだけ悩んだのかもよく知らないし、春風の苦しみがどれだけ大きいのかも私には分かんない」

 言いたいことと言うべきことと黙っておくべき言葉を頭の中でぐるぐるかき回しながら、半分思い付きで言葉を並べる。

 ドラマみたいに脚本でもあったらなー。ドラマみたいにスラスラとセリフを言って、友情パワーで悩みポーンだよ。見た目的にも映えるし。こんなしどろもどろにもならない。

 ……けど、そういうのはガラじゃない。

「分からない。何も分かんない。けどさ、そうやって悩んでる春風のことを、私はカッコイイと思うから。だから……」


 私は叫んだ。

「悩め!」

 そして、

「言われんでももそうするわアホ!」

 叫ばれた。……いや、アホはちょっとどうかと思う。


「何や悩めって! 悩んだわ! 頭がおかしくなるかと思うくらい悩んだ! 『ウチ』こそ自分だって開き直ろうかとも思ったし、演技を捨てて『あたし』でいこうかとも思った! 実際試したこともあったわ! 失敗したわ! ようやく決心して本当のことを白状して、何か変わってくれと思ってたのにフリダシに戻そうとしやがってアホ! アホ!」

「いやあの」

「うるさい! 何か良さげに言いやがって! 普通のキレイ事以上に普通で当たり前のことやないか!」

 ……まあ、こうなるか。悩みまくってた相手にさらに悩めなんて、ちょっと厳し過ぎるかもしれない。いやそれでもだからって、

「愚痴を聞いてもらった相手にアホはないでしょうが!」

 反論。このまま言われっぱなしでは流石に終われない。私の言葉に言い返せなくなったのか、春風は歯を食いしばり、ちょっと怖い顔になってファイティングポーズを取った。胡坐はかきっぱなしである。

「何や、やるんか!」

「やってやろうじゃんか! 全然負ける気しないもんね!」

「ほんなら行くで!」

「じゃんけん!」

「ほい!」「ポン!」

 私はチョキ。春風はグー。

 負けた。しかも後出しで負けた。

 運命が導いた勝敗。まあ、これに逆らう訳にはいかないってことで、今回のは私が悪いということであれがあれですよ。

「私が悪うございました、春風」

「分かればええよ」

 春風はしょぼい勝利の悦に入り、満足そうに笑いながら言った。

「……ありがとうな、聞いてくれて」

 春風は少し俯きながら言った。照れくさそうな顔。おおきにって言ったときと変わらない表情。

「……いや何もしてないけどね。じゃんけんに負けただけだし」

「せやな。何がありがとうなんかこっちにも分からんけど、でもまあ……うん。気は楽になったから」

 まあ、春風が満足なら別に良いか。私がいないと春風もこうはならなかった訳だし。こっちもちょっとくらい自信を持ってもいいでしょう。

 私は友達を救ったぜハッハッハ! ……たった一人救った程度でこれかー。地球を救ったらどうなるんだろうね私。天狗ですよきっと。鼻が月まで伸びてもおかしくない。そうならない為に滅ぼしとく? こんなアホな葛藤に巻き込まれる地球もちょっと可哀相な気がしてきた。



 遊び終わりましたよっと。

 更衣室に入り、水着を瀬尾さんから買っていたことを思い出す。何が問題って、あれですよ代金ですよまだ払ってないっていうか金額聞いてないじゃーん。

「……まあ、これからも使えそうだしいっか。……あーでも高いかなー」

「あれ冗談だから。同級生からお金取ったりしないって」

 いつの間にか隣にいた瀬尾さんが言った。口調は軽いけど、表情に笑みはなかった。

 同級生から。友達からと言わなかったのは評価ポイントかもなーと思う。

「……あー。いや、けど、タダってのも何か……」

「実を言うとね。その水着、服部さんから結菜へのプレゼントなのよ」

 言葉の意味を理解するのに数秒。それを受け入れるのにさらに数秒。いや受け入れるんかい。一回疑う。けどまあ、瀬尾さんがそんな得のない嘘を吐くとも思えない。

「……はあ。服部さんが」

「うん。着ても多分陸の上だろうとも言ってたんだけど」

「うわー、どんだけ行動パターン読まれてるんだ私。完全に服部さんの予想どおりじゃん」

「……ま、多分服部さんじゃなくてもそれくらい予想できるけどね」

 瀬尾さんは勝ち誇ったような笑みを浮かべて言った。

 くそぉ、普通じゃない行動イコール須上結菜みたいな扱いしやがって! と反発してみるものの、確かに今まで瀬尾さんの普通の定義から外れまくっている私である。

 ……瀬尾さん、か。仲良くなれるならそれに越したことはないけど、あまり近付くと私が私でなくなりそうで、ちょっと怖かった。

 私の世界が侵される感覚。



 全員着替え終わり、荷物も全部持った。

 すぐ側の駅から電車に乗り込み、朝の集合場所と同じ駅へと出発。

「……そういや春風。アル……坂本のこと、気になってるって言ってたじゃん」

「へ? あ、ああ……」

 春風は耳まで真っ赤にした。素直なその反応に笑いを堪えつつ、思い付いた案を伝える。

「今日の帰り、送ってもらいなよ」

「……いやいやいや、せやから本気でそういう感情持ってる訳やなくて」

「まあまあ。別に何分か一緒に歩くだけじゃんか」

 こんなことを自分から提案することに、私自身ちょっと驚いた。

 駅に着く。

 瀬尾さんがそれっぽく締めて「解散」。散り散りになっていく今日のメンバー。帰る先は見事にバラバラだ。

「アルスくんよ」

「ん、何?」

「春風を家まで送ってあげて異論は認めんいってらっしゃい」

「あ……え? いやあの話の流れが全く掴めないんだけど」

 強引にアルスくんを春風に押し付ける。押し付けられた春風はわーとかぎゃーとか言って顔を赤く染めていた。

 ……何やってんだかなー、私。ああいうのに文句を言うのが私の習性じゃなかったのか。

 恋愛なんて一時の娯楽だって。……それなのに、手助けなんかしちゃってさ。

「っていうか、私もあっち方面じゃん」

 二人の背中を目で追いつつ、そんなことに今更気付く。今から行っても尾行するみたいで気が引けるし、遠回りで帰るしかない、か。

 駅前の通りは若干の賑わいを見せているけど、ちょっと角を曲がれば閑静な住宅街が待っている。夕方。部活帰りの中学生なんかが歩く狭い道の先には、ちょっと大きめの公園が一つ。

 ブランコで項垂れる自分を想像して何となく惹かれた。

 これはもう乗るしかない! 乗って、座って、そして項垂れる! あれ? これってどっちかと

いうとリストラされたオッサンなのでは。

 しばらくそんな調子で前後に揺れる。日が落ちて日没になる頃、背後から声がした。

「何してんの?」

 見ると、瀬尾さんがいた。いつもの呆れた眼差しが、私の顔を捕捉している。

「……そっちこそ何してんの?」

「これからそこのスーパーで買物よ」

「ああ」

 手伝いなんか一切しない私には分からない感覚だったりする。そういやスーパーあるのか……。

「……蚊に刺されるわよこんなとこ。ホント何してんのよ」

「見てのとおり、童心に帰ってだな……」

「そんな腐った顔の子供はいません。どっちかというとリストラされたオッサンに見えるわ」

 くそ、やっぱそう見えるのか!

「ししし失礼な。さっきまで水着でキャピキャピしてた女子高生に向かっておおおオッサンとは」

 同意しつつの反論とは稀有なようなそうでもないような。

「キャピキャピはしてなかったでしょ。パラソルでくたびれてただけじゃないのよ」

「あ、あのときからオッサン化は進行していたってことか……」

 くたびれてたって表現が的を得てる。得過ぎてるよチクショー。

 何やかんや言いつつ私が揺れ続けていると、瀬尾さんは私の隣のブランコに座り、私と同じように項垂れた。だらんと腰を曲げ、上半身をカマのように前のめりに。

 その姿に、何となく蛇を連想。こっちはオッサン言われたのになーくそおお。

「……悔やんでない?」

 瀬尾さんが言った。特に感情の含まれていない、淡々とした声。

「へ?」

「海に入らなかったことよ。……仮病まで使って荷物番なんてして。須上さんがあそこまで天邪鬼だとは思わなかったわ」

「……あはは、バレてたか仮病」

「まあ、ね。それで、どうなのよ」

 瀬尾さんの表情は変わらない。同情している訳でも心配している訳でもなく怒っている訳でもなく、ただ問うただけって感じだった。

 ――後悔。まあ、零って訳でもないけど満足感と比較したり何だりすれば……、

「……してない、かな」

「してるでしょ」

「え? いや、してないよ」

「普通はするもんでしょ。別に責める訳じゃないんだから、本音を言ってよ」

「……あー、えーと」

 人類普遍化計画ですか瀬尾さん。普通は、と言われても。私が普通じゃないことなんか分かってるはずじゃんか。

「はっきり言うと満足してる。別に終始一人ってこともなかったし。雰囲気は感じられたしさ」

「……意地張って言ってるなら止めて。素直に答えて。そうじゃないなら納得させて。ねえ、後悔してるでしょ?」

 声のトーンが変わった。怒っているような、懇願するような……そんな調子。

 私に後悔していて欲しいってこと? いやいや何でじゃい。

 困惑しながら瀬尾さんを見る。その表情は私を敵対視するような、尖がったオーラを醸し出していた。

「……あー、いや。納得させろって言われても」

「理解できないのよ」

 瀬尾さんの目がギラつく。ちょっと戦慄。喧嘩を売られたような気分……っていうか、まさにそのとおりか。瀬尾さんは立ち上がり、ブランコに揺られる私を見下ろしながら言った。

「……ねえ、アンタはただ、みんなと違う自分に酔ってるだけなんじゃないの? 自分だけが孤独を知った気になって優越感を味わってるだけなんじゃないの?」

「や、それは」

「ムカつくのよアンタのそういうところ。そうじゃないなら、どうして全員が楽しめる道を選ばないのよ」

 声は、いつものトーンだった。ただし手が私の胸倉を掴んでいる。仕方なくブランコから立ち上がる私。いや、ちょ、こういうのは男同士の青春に任せてだな。女のやることではなくどうしよ抵抗しても放してくれない。

「ちょ、落ち着」

「違うなら反論してよ。言い返してよ。……不思議なゲームのことは知ってる。光村さんやアンタがあり得ない何かに関わってることも知ってる。選ばれたアンタは、私には及びもつかないことを考えてんでしょ? 酔ってるなんてそんな浅はかな理由で、孤独を選んでる訳じゃないんでしょ?」

「喋る前に放してもらってもいいですか」

「……あ、ごめん」

 瀬尾さんは、自分の行動にこのとき初めて気付いたような顔をした。

 手の力が緩み、私はあっさり解放された。超能力者に敵わないのは当たり前だけど、同級生にもあっさり屈するなんてなー。ゲームん中じゃ、でっかいモンスター相手にバリバリ一人で戦ってたのに。現実厳しい。

「……で、えっと。反論?」

「そうね。……それとも何? やっぱりアンタは酔ってるだけなの?」

「いやまあ、正直それが一番近いような気もするけどね」

「……あっさり認めないで欲しかったわ、それ」

 瀬尾さんはそう言って、ブランコにへたり込んだ。どこか残念そうな目。私は瀬尾さんの期待を裏切ってしまったらしい。

 酔っている、か。

 認めたくはなかった……けど、そのとおりだ。そうやって私は自信を得ている。それこそが私何だと自分に納得させて、肯定している。

 瀬尾さんは責めるように言った。

「自分の醜いところを認めて……改善しようとは思わないの?」

「……いや、確かに醜いんだけどさ。そんな自分が好きでもあるんだ」

「何で」

「……多分、価値観の違いだよ」

 元も子もない言い方だけど、多分そうなんだと思う。特別と普通、どちらを尊重するか……。きっと、それだけの違いなんだ。

 瀬尾さんだって、醜さを持ってる。私の基準から言えば、ときどき棘のある言葉も、模範的な行動も、少し醜い。だけど瀬尾さんにとってはきっと、それは自信に繋がる部分。私のひねくれや春風の関西弁と同じく、自分を自分らしく飾る、一種のアイテムのようなものなんだと思う。

「価値観。……確かに違うみたいね」

 瀬尾さんは軽く溜息を吐くと、荷物を持ってブランコを離れながら言った。

「あんまりドロドロしたのは好きじゃないから、はっきり本心を言うわよ。……私はアンタのことが嫌い」

「……あはは、本心を打ち明けられるなら、実はそんなに嫌いでもないんじゃない?」

「…………」

「……こっちも瀬尾さんのこと嫌いだよ」

 少し間があって、その後お互いに苦笑した。

 敵がいて、初めて正しさっていう優越感が得られる。だから、私と瀬尾さんにとっては、きっとこれが理想的な関係なんだ。


 嫌い合う。それでこそ相反する二つだ。

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