32.少女たち
「ちょっと待っとってね」
カーテンの外へ出て、すぐに戻って。看護士のおばちゃんが連れてきたのは、瀬尾と光村さんだった。
「春風ちゃんの熱もそんなに高くないみたいじゃけぇ、楽そうなら家に帰りんさい。誰も来んけぇ、寝とってもいいんじゃけどねぇ」
そう言って、おばちゃんは再びカーテンの外へと出ていった。気を遣ってくれたんだろう。
光村さんはいつもと同じ無表情。瀬尾は……若干、疲れた顔をしていた。
「……何しに来たんや、二人とも」
顔を見るなり、あたしは二人に言ってしまった。不満を吐くような低い声に、一番慌てたのはあたし自身ではないかと思う。普通に言うつもりだったのに、体調と緊張感に邪魔された。
慌てて二人の顔色に全神経を集中させる。だが、二人に特に気にする様子は見られなかった。……完全に一人相撲だ。実はあたしは脳に障害でもあるんじゃないかとか、そういうことを考え始めるとぞっとした。
「……何しに、か。いや、何もないんだがな。入院の知らせを受けて、瀬尾さんが教室を飛び出して今に至る」
光村さんは、いつもどおりの淡々とした口調で聞かせてくれた。堂々とした態度は、ちょっと羨ましい。……入院の知らせ?
「ちょっと。私ばっかりが間抜けだったみたいな言い方しないでよ。私はただ、二人が入院したって聞いて、何かあるんじゃないかって……」
「何かとは何だ?」
「だから、神になれるゲームの話。光村さんにはさっき言ったでしょ。私も何も知らないけど、服部さんの情報って、嘘みたいなモノでもほとんど間違いがないから……」
――ゲーム、と聞いて、さっきまで見ていた夢の内容を思い出す。普通、夢の記憶は覚めた瞬間から薄くなっていくことが多いのだが、あの夢はくっきりと記憶の真ん中に居座り続けていた。
「……何や? その神になれるゲームって」
光村さんに目をやるも、冷たく睨み返された。
「知ってどうする」
「夢を見た。そこは、何かゲームみたいな世界で、そこでウチは結菜と会った。……変なことを言うようやけど、ウチはあの世界がただの夢ん中とは思えん。もしかして、その神になれるゲームと関係があるんやない、か、と……」
結菜の妄言みたいなことになってしまった。自分で言っている割に、段々自信がなくなってきて悲しくなる。
「結論から言えば、おそらく正解だ。貴女が見たのは夢ではない。実在の世界という訳ではないが、共通の勘違いというものは、ほぼ実在と変わらない」
「え」
自分から言い出したことではあるが、驚いた。信じられないという訳ではないけど、今、この瞬間さえも夢の続きなのではと疑ってしまった。
……あの世界の存在が、ただの幻ではないということ。あの結菜が、本人だということ。現実離れしていて、気が遠くなりそうだった。
「……瀬尾さんも納得しただろう。だが、二人はそれを知ってどうするつもりだ。信じられない話だろうが、今回の件には貴女達の想像も出来ないような色々な連中が関係している。……分かるか? 無力さを自覚し、大人しくしていろ」
「そんな上からモノを言うことないじゃないの。そうよね、桜木さん」
瀬尾が静かに言った。……大人しいのは口だけだった。表情は思いっきり敵意を表していて、拳が思いっきり握られて。
そうよね、と同意を求められても……。ここでやるなよ、が正直なところだった。実際、あたしはあの世界から逃げた身だ。光村さんの方が正しいといえば正しい。
「私は正しいことを正確に言っているだけだが」
「その感じが気に食わないのよ!」
これは瀬尾に同意出来た。正しいことを正しいと言われても、反抗したくなるだけだ。
……客観的に人の会話を聞いているだけなら、割と気楽なもんなんやけどな。
「気に食わないとかそういうスケールの話ではないことが分からないのか」
「分かるわよ。私達の踏み込む世界じゃないことくらい! ……けど、同級生なのよ。私はともかく桜木さんにとって、須上結菜の存在っていうのはすごく大きなもんでしょ。ノンキに野次馬なんかやれる気分じゃないことくらい、分からないの!?」
「……え? ウチが!?」
「そうよ! 須上さんと会ったんでしょ? なら、もう当事者じゃないの」
何か、あたしはいつの間にか、無理やり土俵に連れて来られていた。瀬尾は口調は落ち着いていたものの、普段の冷静さはほぼ皆無。……暴走すると結菜以上に強烈な人やったんやな。意外な一面だった。
一方、光村さんは一切表情を変えず、あたしの顔をじっと見ていた。元々不機嫌そうな顔だから、怖い。
「何か言いたいことがあるのか?」
「いや、そうやな。言いたいことは別にあらへんよ。……結菜は楽しそうやったし、何とかなると思う」
少し無責任ではあるが、それが本音だ。獅子を退治するあの姿を見ていたら、あの世界で結菜が失敗することはなさそうやし。それに結菜なら、そのうちに飽きて自分から戻ってきそうにも思える。
◇
「体調は大丈夫なのか? というか、何故貴女はこんなに早くゲームの世界から出ることが出来たのだろうな」
「あ、えーと……ただの熱やからかな。結菜よりずっと軽症やし」
「熱は何度くらいあるの?」
「さあ……。まだ測ってない。せやけど心配はいらんと思うよ」
推定三十七度後半。中学の時によく体調を崩していたから、感覚で分かる。
当時は、熱が出るのは決まって母さんが休みの日だった。甘えたい、みたいな気持ちが、体調を上手くコントロールしていたのだと思う。心配症で世話好きの母さんは、付きっきりで看病してくれたっけ。……だから、その頃はあまり病院の世話になったりはしなかった。
この程度の熱、別に家で一人で寝ていたって平気なのに。病院。大袈裟だ。……けど、嬉しかった。その丁重な扱いに、あたしの存在価値が見えてくるようだったから。
「熱測ったら帰る? 私達も今更教室には戻れないから、しばらく一緒にしてあげるし」
腫れ物にさわるような態度ではあったが、瀬尾のそんな言葉も、今は素直に嬉しかった。
おおきに、なんて関西弁は、怖いし照れくさくて使えない。……けど。
自分が何を思っているのかよく分からなかった。何故か嬉しかった。いつだって自分のことを考えて、守り抜いてきたあたし。……けど、弱っている今、その防御さえもおろそかになっていたんだ。
「……すまん。感謝してる」
だから、不用意にこんな言葉が出てきた
「え? あ、うん……」
瀬尾には、狐につままれたような顔をされた。そっけない態度を予想していたあたしには、その顔があまりにも意外で。
「……フフ」
笑えた。瀬尾にもそんな顔が出来ること、あたしにもそんな顔をさせることが出来ること。……小さいけど、あたしの可能性を発見した気がしたから。
「何や、その反応。フフ、ハハハ……」
「いや。今まで、桜木さんからそんな素直な言葉を聞いたことなかったから、びっくりしちゃってさ」
面と向かってよく言えたもんやな。けど、はっきりした態度に何となく安心しているあたしがいた。
「ウチは超絶人見知りやからな。光村さんみたいなポーカーフェイスキャラとは違って」
調子に乗り過ぎて失言したかな、と思ったけど、光村さんはいつもの無表情の中に、一瞬だけ僅かに笑みを混ぜた……ように見えた。
「私のだって心の壁だぞ。表情で威圧感と近付き難さを醸し出し……」
「自分で解説しちゃったら意味無いわよね。けど、私だってあんまり素の自分は出せてないのよ?」
「せやろな」
「ちょっと、何よその反応。私ってそんなに芝居っぽいの?」
「いや、そうやないけど……何か、何やろな」
瀬尾さんが笑い出す。表情に変化のない光村さんも、多分少しは笑っていたんだと思う。
和やかな雰囲気の中には、多分、愛想笑いも我慢も毒も含まれていた。あたしも何度かムッとしたり、気を遣ったりした。……けど、楽しかった。
きっと次は無い。頭空っぽで話すことが出来たのは熱の影響が大きいし、結菜に声をかけるのにも全神経を集中させてしまうあたしが、自然な感じで瀬尾に話しかけるなんて不可能な話だし。それに、瀬尾には色んな友達がいるから、わざわざあたしに話しかけるなんてことはこれからも稀だろう。……光村さんはこういう関係はあまり好きではなさそうだし。
だから今日が最初で最後。異色の三人で過ごす、不思議な時間。
……結菜もいれば良かったのに。心の底からそう思った。一度きりでも構わないから、四人で笑えたらと思った。……けど、あいつはそれを望まないような、そんな気もする。
妥協しない。ぬるま湯に浸かった普通を全否定するのが結菜だ。
そんな結菜のことを思うと、何となく今の時間に対して後ろめたい気持ちも浮かんできた。
……まるで、見捨てているようだったから。
あたしだけが、安全な道に逃れたみたいだったから。
◇
宿屋の二階。起きたら春風がいなかった。
「ぎゃぁぁぁ! 消えちゃったぁぁぁぁぁ!」
一瞬パニックになって部屋中探したけど、私がこんなに騒いでも出てこないってことは、もうこの部屋にはいないってことだよね多分。
ようやく出来たツレの失踪。けど、あの春風が一人で出歩いて、外でモンスターに襲われた……なんてことは考えにくい。んな積極的な性格でもないし、春風なら多分、私が起きるまで絶対に待ってるはず。だけどいない。何でだろ。……夢から覚めて現実に戻ったってのが妥当かな。結局ここは春風と相性が悪かった。ただそれだけの話なんだと思う。
……別に気にするようなことじゃない。確かに春風を見つけた時は嬉しかったけどさ。春風じゃ自分の身を守れなかった。私が危険なダンジョンに進みたくなっても、春風を同行させるのはちょっと無理だったし。置いていくくらいなら、現実に帰ってもらってた方が気楽だし、これで良かったじゃんか、うん。
傷を舐め合う二人よりも、優越感と劣等感の中心で何か叫ぶ孤独の方が、詩的でカッコイイじゃんか。……よっぽど、カッコイイはずじゃんか。
と言ってみてもなぁ……。
「――――ッあー……」
苛立ち。溜息。自己嫌悪。
何でこう、寂しいとか思っちゃうのかね。二人でいるメリットって何だよ。お互いの醜態を誤魔化せることくらいじゃんか。気休めなんかいらない。醜いならそれ以上に美しくなれば済む話じゃんか。武器や防具で飾り付けもした。今の私、現実にいるだれよりもカッコイイはずじゃん。
二人でいる必要なんか無い。拒んだりする訳じゃないけど、失ったからってそれがどうした。別に死んだ訳じゃない。
よし。気分を変えよう。じゃああれだ。外に行こう。まだ攻略してないダンジョンだってある。今の私がどこまで行けるのか知りたい。私の存在価値がどの程度なのか、ちゃんと把握しておきたい。
階段を駆け下り、槍を持ってワープ魔法を唱える。
……大丈夫。あの獅子を数体同時に相手しても無傷だったんだ。私には価値がある。この世界は、私を特別にしてくれてる。
一人だからこそ、私は特別なんだ。寂しがるなんて……さ。みっともないだけじゃんか。
◇
「ワープ失敗したぁぁぁ!」
都市部…………の空に到着。上空から思いっきり降下中です。地上に向かって真っ逆さま。やばいよ超キモチぃぃぃけど、んなこと言ってる場合ではなく。
もう一回ワープしてもいいんだけどあれだ。映画のあの蜘蛛マン的なアクションもやってみたい訳で!
多くのビルに囲まれた、立体的な辺りまで降りてきた。
チャンス! 私の華麗な動きでビル街を舞ってやるぅぅぅう!
ダメだった。
何か自分でもどう動いたのか分かんないけど、思わずビルに槍をブッ刺しちゃって、そこにぶら下がってる私。多分かんざしっぽい。なんか、いかにも失敗しましたって感じでカッコ悪いな……。
「……よし」
決めたよ、私。
……大人しくワープ魔法で降りること。
さて。あっという間に地上に到着。ここは何故かいつでも夜。そして現実世界のニューヨークにも匹敵するんじゃないかな多分的スケールのでかさですとも。ファンタジーの世界の中では浮いた街だけど、これはこれで好きだったりする。
車も通るし、人もいて。けど感情を持った人がいないっていうのが、イタズラっ子精神をくすぐるよね。人の顔に落書きしたり、ガラスを割って走り回ったり、ビルの窓から飛び降りて、ハリウッド映画並の動きで立体的に飛び回ったりね(失敗したけど)。身体能力も現実世界とは比べ物にならないから、ある程度何でも出来ちゃうというか。
「……さて」
遊んでても仕方ない。そろそろダンジョンに向かいますか。歩道を走り、街の中心部へと向かう。
……と、歩道の角を曲がろうとしたところで、誰かとぶつかりそうになった。
「うおぉっと!」
「うわっ!」
というかぶつかった。思わず突き飛ばしてしまった相手は、ローブを着た人だった。顔は見えなかったけど、多分プレイヤーだと思う。他のこの街の住人は、スーツとか現実に近い服装ばっかりだったから。
「……ご、ごめん。というか私以外にもプレイヤーいるんだ……」
春風もそうだし。案外、私は孤独って訳じゃなかったってこと? 私は相手の顔を見て、
「……ぁ」
少なくとも、私と無関係って訳ではなさそうだった。
女。高校生くらいの。……その名前は、ユイナ。その顔は、私がパソコンで設定したもの。
ゲームの売り文句でよくある「君の分身」ってやつだよ。私がこの世界をゲームとして楽しんでいた頃の、私とこの世界を繋ぐ為の存在。仮の私。
「……私のパソコン? ……まさか、兄貴?」
「いや、瑞樹さんは今は学校。……アルスだよ」
私の作った、私の理想のカタチが、現実から私に語りかける。
「……何しに来たの」
「君を探しにきたんだ。色々と話をする為にね」
話。どんなことを言ってくるのか分からないけど、どっちにしろ、連れ戻そうとするに決まってる。
「最初に言っとくけど、私、帰んないよ」
「……だろうね。このゲームに居座りたいという思いがあるからこそ、君はずっとこの世界にいる。でも、君はこんな狭い世界で生きるようなスケールの小さい人ではないと思う」
「……うるさいよ」
狭い世界。ホントはそれくらい分かってるよ。
けど現実で私が手を伸ばしたって、同じこと。世界が広いからなんだよ。私のスケールなんて、結局町内規模でしかない。
「……ゲームやってる時ってさ、その先のシナリオとか技とか戦いを知りたくて仕方がなくなるんだ。その世界はディスクの中のデータでしかなくて、現実世界に何の影響もない小さな世界なんだけどさ。極めたくなる。誰よりも早く、誰よりも個性的に、誰よりもカッコよく。画面の向こう側の世界にだってそこまで夢中になれるのに、立体的な世界ときた」
「……パソコンに映る世界と変わらないよ。ただ、認識の仕方が違うだけの話だ。顕微鏡で見る結晶も、空に舞うただの白い塵も、同じ雪という存在であるようにね」
「好都合。どっちにしろ、私はゲームをしなきゃいけなかったんだからさ。やることは一緒。この世界の中から隕石に関する情報を探せばいい話じゃん」
私を説得するつもりで来たんだろうけど、させない。むしろ言い包めてやる。出来るだけ生意気に、アルスくんを含めた"みんな"を遠ざける気で言った。
けど、返ってきた答えは、少し意外なものだった。
「勿論、悪い手ではない。正直、僕はそれでも良いと思ってる」
許可。現状の私を認める、肯定の言葉。
……なら、何でアルスくんはわざわざこの世界に来たんだろう。疑問と共に、鬱陶しさとか苛立ちが湧いてきた。
「なら構わないでよ。好きにさせてくれればいいのに、何でわざわざ出てくるかな……」
怒りもこみ上げてきて、いつの間にか臨戦態勢を取っていた私。この世界にとどまる為なら、何でもやる覚悟だった。アルスくんは反論することもなく、私に軽く微笑みかけた。
――食いしばった歯が、折れるかと思った。
「……笑うなよ!」
「いや、ごめん。ユイナを理解することは難しいって、みんなが言っていたことを思い出したんだ」
「……喧嘩売ってんの?」
現実の私を否定する言葉。理解することが難しいなんて、社会にとって邪魔って言われているようなもんじゃんか。
ふざけんなよ。私は構えていた槍を彼に向け、
「元の世界では、僕もそうだった」
「へ」
拍子抜けして、落とした。アルスくんも、持っていた剣を置いた。お互いに、手は空っぽになった。
「……君と年が近いとか、偶然、異世界語として日本語を学んでいたとか、地球が好きだったとか。そういう事情もあって、僕はこの星を救うのに最も適した存在とされた。だけど、僕が元の世界から地球に行くことが決まった時、友達や妹からはすごく反対されたんだ。もっと経験を積んだ大人に任せろって。異世界で死なれたら、悲しみを越えて恨むってね。……それでも僕はここに来た。異世界という言葉に、何とも言えない魅力を感じていたからね」
そう言って、アルスくんは照れくさそうに笑った。私のアカウントを使用しているから、声は思いっきり少女のものだったけど、相変わらず話長ぇー。何故か、少しだけ懐かしい感じがした。
「私と一緒ってことか。異世界に憧れて、ホントに来ちゃうっていう」
「ああ。……だけど、僕は君の元に来てから、ロクな活躍をすることが出来なかった。助けるどころか居候させてもらって、しかもサイキック団とかいう怪しい集団の襲撃から君を守ることができなかった。元の世界にいた頃と、あまり差はない。いや、きっと、より一層ダサくなった。……今の君は納得しないかも知れないけど、言うよ。きっと僕は外に変化を求め過ぎた。変わるべきは環境ではなく自分自身だってことを、もっと早くに気付くべきだったんだ」
「……へぇ」
漫画を読んで白けた時みたいに、私は溜息をついてやった。
自分自身が変わらなきゃいけない。よくある文句だよ。適応しろってことでしょ。
……何だよそれ。嫌いな相手の前でヘラヘラ笑って、自分に嘘付いて生き易くなるように工夫しろってこと? ふざけんな。今の、この本当の私を、そんな簡単に変えてたまるか。私が変わったら、私が生きる意味なんて無くなるじゃんか。
「ねぇ、結局は説教なの? 元の世界に上手く適応しろって。そういうことだよね」
「……そう言われても仕方がないことは分かってる。だけど君はきっと、自分を変えることが怖いだけなんだ。今の君は、現実逃避の為の娯楽に溺れているようにしか見えない。酒や恋愛に溺れる弱い者と同じにしかね」
――娯楽。
「……それは」
娯楽。違う。私は世界を救おうとしてんじゃんか。大義があるじゃんか。
……けど私は、隕石から世界を救うためにここにいる? それが本当に一番重要な目的かと問われたら、表面上では頷けるけどやっぱり本心は違う。誰もゲームを買う時に「巨大な亀をマグマに落とす」ことを目的にはしない。楽しみたいから悪を倒す。勧善懲悪は居心地の良い、都合の良いもので……。
……何だろ。アルスくんの言葉に、とうとう言い返せなくなってしまった。
いや、言い返そうと思えば、いくらでも逃げ道は見つかりそうだったけどさ。……娯楽。その部分だけは、何を言っても誤魔化せないような気がした。
オンラインゲームならともかく、相手のいないゲームボーイなんかをずっとやっているとさ、時々、すごく虚しく思えてくることがある。どんなに頑張ってレベルを上げたって、内蔵電池が切れたらおしまい。積み重ねた時間は、無駄になっちゃうんだ。
娯楽っていうのはきっと、そういう無駄を伴うものを言うんだと思う。どんなに酒を飲んでみたって、何人の異性と付き合ったって、無駄。けど、その無駄に目を逸らして、私達は目の前の娯楽に全力を注いじゃうんだ。
「……でも、それじゃあ生きることそのものだって……」
どんな顔してんだろ、私。必死の形相なんだろうな。対してアルスくんは余裕の顔だった。少しだけ同情するような、穏やかな顔しちゃってさ。
……もう、勝敗は着いてた。
「娯楽だね。でも、別に娯楽は罪じゃない。醜いことではあるけど、悪いことではないと僕は思う。ただ、自覚して欲しかった。君がこの世界を満喫していることは、それだけで遊んでいるように見えてしまうこと。変化が怖くてゲームに逃げる。そんな自分の姿を君に自覚していてもらいたかった。……大義を口実に、異世界に遊びに来てしまった僕のようにね」
反抗したかった。けど言い訳が出てこない。鬱陶しい? ウザイ? そんなもん、ただのヒステリーでしかない。悔しさが物語ってた。私の負けだってさ。
別に、帰れって言われた訳じゃないんだけどさ。今までの私の行動が娯楽だったなんて、どうしようもなく格好悪いじゃんか。
喋り終えると、アルスくんは地面に置いた剣を手にした。
「……あれか。死んだら元の世界に戻れるとか、そういう仕組み的なやつ?」
「違うよ。最初に言ったように、君がここで隕石に関する手掛かりを探すのは悪手じゃないんだ。……だから、一緒に行こう」
「……はぁ」
戸惑い気味の私に、アルスくんは和やかな顔で笑った。
「……君がどんな選択をしようと、君がこの世界を救う鍵を持っている限り、僕は君をサポートする。それが、僕が異世界で遊ぶ為の大義であって、条件だと思うから」