表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ユイナの地球救済  作者: 大塩
善人
30/52

29.凡人 2


「どこやねん、ここ……!」

 町の門付近でたじろぐ少女がプレイヤーだということは、一目で分かった。

 つり目のポニーテールといえば強気な印象を受けそうなものだが、彼女の雰囲気には、散りかけた桜のような儚さを感じる。ドット絵じゃなかったら美人に見えたんだろうな。己の頭のスペックを呪う。

「……アルス、これって……」

「心波の影響は何も結菜に限ってのものではありませんから。結菜と同じようにこのゲームに入ってしまった……。十分、考えられます」

 どこからともなく、脳裏に声が届く。

 確かに、結菜は別に特殊な人間ではない。あいつがゲームに入ったのだって、事故みたいなものだ。事故がもう起きないなんて言えるはずもなく。

「ということは、これから他にも犠牲者が増えるかも知れないってことか……」

「その通りですね。警戒のしようがありませんが、頭に入れておくべきでしょう。あと、一度伝えましたが、僕の声はパソコン経由ですから瑞樹さんにしか伝わってませんよ」

「……そういや、そうだったな。ちょうど、何で変な目で見られているのか気になってたところだよ」

 変な目というか、思いっきり警戒している目。手に持った剣が震えている。

 向こうが臨戦態勢なので、俺も下手に近付くことが出来ない。こんな時に人を和ませるトークセンスなど当然ながら持ち合わせていない凡人だぜ、俺。

「えー、あー。……まず、大丈夫か?」

「…………」

 返事は無い。少女は一歩踏み出し、さらにキツイ目で俺を睨みつける。

「まず落ち着けよ」

「…………なあ、どこなんや、ここ!」

 声かけとか意味無く、少女は半分叫び声だった。何というか、恐怖で失神するんじゃないのかこの子は。

 ここはどこか、と。言われても。別に断れない訳でも無いが、果たして俺はゲームと答えても大丈夫なんだろうか。この少女が失神したり襲ってきたりすると、何か色々と困る。

 まあ、答えないと許されそうにない訳だが。

「早ぅ教えろや……! 早ぅ!」

「……あー。びっくりしないで聞くなら言うけど、無理だろ」

「馬鹿にすんなや」

「震えを止めてから言えよ……」

 試しに俺が一歩踏み出す。やっぱりというか何というか、少女は「ヒァ!」と叫んで大袈裟に退いた。一歩でここまで怯える子に、ここがゲームの中だぜなんて絶望的なことを教えて泣かす訳にもいかんだろ。泣いた先のパニックとか、何が起こるか分からなくて怖い。

 それに、この子が本当に知りたいのは場所じゃなく、その先。元の場所への戻り方や、安全の確保の仕方だろう。

「そうだな、とりあえず……お前、どこから来た」

「……自分の部屋に、おった……はず、や」

「ってことはあれだ。これは夢だ。だから起きれば良いんだ。けどまあ、夢の中だからって怪我すんのもよろしくないよな。だからしばらく町に引きこもってるのがベストだと俺は思うぜ」

 それが一番良い。だろう。多分。

 夢だという認識があれば、自発的に意識が現実に戻るかも知れない。そうならなくても、ずっと町にいてくれれば、ひとまずゲームオーバーで死ぬことも無い。

「…………」

「ホント危ないから町の外出んなよ」

 向こうにはまだ言いたいことが沢山ありそうだったが、変なボロを出したくないのでそろそろその場を後にすることにした。

 元の世界に帰す方法が分かれば、また戻ってくればいい。その時に今の子がいなけりゃ、それはあの子の責任だろうし。

 最低限の忠告はしたからな。死ぬなら俺の関係無いところで……。

「……あー。何か後味悪いけど、まあいいか」

「連れていけば良かったんじゃないですか?」

 アルスの声に首を振る。……あれじゃあ、絶対に足手まといだろ。



 朝。少なくとも楽しくはない気分で、光村雫はフラフラと席に着く。

 桜木春風のような意図的な仲間外れを喰らう訳でもなく、ナチュラルに彼女は孤立していた。

 だが、そんなことは彼女にとってはどうでも良い事だ。

「……えー、この前から休んでる桜木なんだが、入院したらしくてな。しばらく学校に来れないそうだ」

 教室がどよめいた。その反応に、教師の方が逆に驚かされる。

 心配する風な声、不思議がる声、驚く声。それら全てが「えー!?」という一言に集約される。

「どう思う?」

「同時期にっていうのが怪しいよね」

 ――無理も無いか、と溜息をつく。須上結菜と桜木春風、クラスの中でも何となく浮いた二人が、揃って謎の入院。世間話のネタとしては丁度良い。

「そういや、病院で事故だか事件あったみたいよ。窓ガラスが割れたとか」

「公園で砕かれた金属バットがあったとか……。最近変だよね」

「今年の十二月で世界滅びるとか言うじゃん。その予兆なんじゃない? 隕石とかの噂もあるし」

 結局、話題は見る見るうちに桜木春風から離れていき、いつしか世界が終わる話へと向かって行った。

 ……平和だな、凡人は。

 それが、雫の率直な感想。親がいて、不自由など無くて、他人事のように世界の終わりを語って、イベントに変えていく。

 自分の力ではどうにも出来ない。……そうやって逃げて、何も考えようとしない。脆弱。不快。


 ――自分もそうだった。鬼さえ消せばどうにかなる。そうやって逃げていた。だがこの考えは甘い。星野剣を認めた訳ではないが、正義について、平和について……。妥協して、誤魔化していた。

 考え抜く。そして、今度こそ自分の正義を貫き、世界を救う。……自分はただ何もかも否定してグループと結び付くような、低能な凡人とは違う。


 HRが終わった直後、やることもなく文庫本を開いた雫の元に、瀬尾夏鈴が歩み寄ってきた。

「……ねぇ、どういうことよ」

「何が」

「須上結菜と桜木春風のこと。何か知っているんじゃないの?」

「……さあな」

 二人とあまり良好な間柄ではない彼女が、何故それを聞くのか。何故、自分に聞いたのか。……知る気もなかったが。

 雫は文庫本に目を向ける。読んではいない。ただの逃避だ。

「……何か知っているんでしょ? 昨日、桜木さんの家に行ったけど、体調は特に悪そうでもなかったのよ。その後怪我したってのも考えられるけど、何か……あの二人には、特別な事情があるとしか思えなくて」

「特別な事情、とは?」

 何も知らない野次馬が、好奇心で自分の知らない世界に入ろうとしているだけのことだ。

 凡人はいつもそうだ。自分の現状がどれだけ幸せか気付かず、どこか別の世界に踏み込もうとする。

 瀬尾夏鈴もそういう人間だ。須上結菜も……。大人しくしていればそれで良いのに。

「……神になれるゲーム」

「……」

「ポーカーフェイスに見えて、意外と顔に出るわね。……ねえ、何か関係があるんでしょ?」

「……どこでそのゲームのことを知った?」

「とある人とのチャットで」

「相手は? 誰からその話を」

「さあね」

 瀬尾は溜息をつくと、雫に対して背を向けた。

「つまんないよ、光村さん」

 そうして一歩、向こうへと踏み出していく。

 つまんない。それは、瀬尾にしては珍しい、ストレートな否定だった。傷付く、とまではいかなくとも、気にはなる。

 だがそんなことはどうでもいいのだ。気にしないふりをしつつ、今すべきことをする。

「……その相手と話がしたい」

「クラスメイトともまともに話さないのに?」

 冷たい声だった。突き放すような、残酷とも言えそうな声。


「この際だから言いたいことを全部言うけど、そんな態度だから友達が出来ないのよ。自分は必死で問題解決しようとしてます。普通のことになんか構ってられません。興味もありません。邪魔するな、入ってくるな、自分が正しい。正義だって。……馬鹿じゃないんだから、そんな子供みたいなことしないでよ。アンタはただ、そうして自分に価値を与えようとしてるだけでしょ?」


 また否定だ。

 自分より遥かに価値の低いと思っていた者から、二回も。

「それとも怖いの? 外気に触れると今の自分が壊れるって、そう思っているんじゃないの? 特別だって勘違いして、下らない若さにしがみついていたいんでしょ」

「……何が分かる」

「分からせようとしないその態度が嫌なのよ。空気を読むのが社会で生きる為のルールなのに、平然とその義務を破って、勝手なことを言う奴がいることが嫌なの。分かる? 引きこもりとか、不登校とか入院とか。……何よ、その例外。何がどう特別なのか分かんないから、納得も出来ないのよ。ただ事情を知らない"下"を作って、優越感持ちたいだけじゃないの!?

 凡人だって戦ってんのよ!」


 瀬尾はそう吐き捨てると、教室の外へと静かに出ていった。

 もうじきチャイムは鳴るのに……。授業に出ないつもりだろうか。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ