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ユイナの地球救済  作者: 大塩
善人
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28.桃太郎の行いに疑問を


 バットを片手に、光村雫は猪のように駆ける。

 星野剣の目の前まで接近し、そして金棒が風を斬る。ブン、という、鋭く無骨な音が鳴る。……それだけだった。

 剣の脳天目掛けて振り下ろしたバットは、彼女の人差し指一本に止められてしまっていた。

 打撃音さえもない。まるでクッション。

「大技を避けさせて、繋いで連続攻撃。自分のペースを作り、俺に何もさせずに押し切る。……そんなとこだろ。無駄だけどな」

 剣のその余裕の表情に、雫の感情は逆撫でされる。

「全然違います。見えない壁を力ずくで破るつもりだったんですけど。……ないみたいですね。張らないんですか?」

「メッキみたいに薄くして、体の表面を覆わせてんだ。強度は落ちるがこれで十分。今の俺は無敵だ」

「……生身で受け止めた訳ではない、ということですね。安心しました」

 壁を破れば、勝機はある。

 勝てる。余裕だ。……嘘だ。雫は口でしか笑っていなかった。


 ――薄く張ったバリアさえ、破れなかったのか……?


「どうした? 怖いのかよ?」

「……そんなはず、ないでしょう」


 ――実力差を分かった上で挑んだのだ。苦戦することは、最初から分かっていた。雫は一度飛び退いて間合いを取ると、空いている左掌に、ボゥと炎を発生させた。

 右手に金棒、左手にヒトダマ。

 ジャージ姿で構える剣よりも鬼らしい。雫は自嘲した。

「……そのメッキ、どうすれば破れますか」

「猛攻かな。思いっきり来いよ」

 自信があるのだろう。剣は左右非対称の笑みで、雫を挑発した。

 策があるのだろうか。……なら、その策ごと吹き飛ばしてしまおう。バットを槍のように構えると、雫はヒトダマと共に突進する。

 ヒトダマが空中で分裂した。

 雫自身が炎に包まれ、燃え盛る炎の矢と化す。

「覚悟!」

 何発撃ってもどうせ無駄なら、重たいこの一発で……。


「それが」


 剣はそのバットを掴むと、その勢いを利用するように数回回転。ジャイアントスイングのような動作で、後方の金網に雫を放り投げた。


「お前の本気だって言うなら」


 カシャァァン、と、その衝撃が金網に吸収される。


「俺は手を抜く」


 ダメージは皆無。全て網に吸収されてしまった。

 情けだろう。だからこそ、腹が立つ。

「……馬鹿にしないで下さい!」

 負けるのだとしても、せめて、自分らしく。

 立ち上がると一気に剣との距離を詰め、バットを振り回す。

 剣に避ける気などなかった。雫の攻撃は全て命中している。それなのに届かない。メッキすら破けない。

「必殺!」

 バットが炎を纏う。

 雫にとっての全力だ。狙うは顔面。呼吸器付近の壁は、脆いはず……!

「逆王手」

 剣の鼻先で、バットが凹む。

「……そんな」

「壁の使い方は、先人を含めたって俺がトップクラスだぜ? 俺を覆うメッキには、まだヒビも入ってない。それでも……まだやんのか?」

 雫は無言のまま、剣を憎しみのこもった目で睨む。それ以上の形相で、剣は雫を見る。大人が愛する子供を本気で叱る時の目。相手に真摯に対応する親だからこそ向けてしまう本気。相手が自分に敵意を持っていないことを、雫は知っている。

 だが、だからこそ腹立たしい。

「……私、投げられただけ……?」

「ああ、そうだな」

「他に何もされてない。……貴女は何度も殴られた。撲殺しようと襲い掛かる私に、無抵抗だった」

 それなのに歯が立たない。

 くっきりと、実力差が露になる。

 信念も努力も憎しみも、結局何も変えてくれなかった。

 正しいはずの自分が負けた。

 ……知っている。

 相手もまた、正しいことくらい。


 ――負けるのか。

 嫌だ。負ければ何かを失ってしまう。

 考えを剥奪される。発言権を失う。主張が許されるのは勝者のみ。何も言えないのは嫌だ。

 ……不意打ちなら、一発くらいは入れられるかもしれない。剣は、自分が戦意を失ったと思っている。

 ――一矢報いたいじゃないか。


「無駄なんだよ……!」

 バットは剣に止められ、その握力によって砕け散った。

 雫はその場に膝をつき、呆然とした。散らばった金属片と発砲ウレタンが、砕けた心と重なる。

「認めろ。負けたんだよお前は。今日の俺の機嫌は悪くてな。自分でもコントロールできない。だから、手が出る前にさっさと逃げろ」

「……いっそ殺して下さい。負けたんですから」

 剣が手を出さないのなら、自分で命を絶ってしまおうか。以前から、彼女は生きることに興味を失っていた。守りたいのは自分の正当性。

 ……それも、半分は無理やり作った生きる理由みたいなものだった。

 だが、剣は言う。

「それが、お前を育てた人の望みだと思うか?」

 雫はちょっと笑うと、目を閉じた。


 そういえば、私は有名人だった。

 鬼の中でも、私は特殊なのだ。


 雫の生みの親は鬼だった。だから正義の味方に殺された。

 相手が正しいから、逆らうことはできない。雫は、正しければ許されるという極論を信じるしかなかった。

 家族を奪ったその人は、罪の意識から雫の育ての親となった。

 だが、今度は悪によって、育ての母親を奪われた。

 また捻じれる。歪んでいく。

 雫は自らの運命を……鬼に生まれた運命を、憎んだ。


 桃太郎になってやろうと決意した。

 鬼は皆殺し。それこそが正しい道。やはり極論だった。


 雫は立ち上がろうとしなかった。

 子供のような泣き顔で、じっと剣を見つめている。

「……殺して下さいよ」

「何で」

「私がそうしてきたからです。貴女の親戚に勝ったとき、私は寿命を奪い取った。技の肥やしにしてきました。なら、負けた時は私が死ぬのが筋です。……それに、私自身も鬼です」

「結菜を助けたのもお前だろ。しっかりしろよ、お前がやってきたことは奪うことばかりじゃない」

「釣り合う訳がないじゃないですか。それに……繰り返しますよ、私」

 分かり合えないから戦っている。分かりあえるはずがない。解決法は一つ。どちらかが消えるしかない。

 だが、剣は溜息をついた後、雫に背中を向けた。

「――妥協したくないんだよ」

 吐き捨てるような荒い口調。余裕の感じられない声。

「確かに、自分に都合の悪いものは消したら楽なんだ。けどそんな正義は要らない」

「……私が楽をしているということですか」

「そうだろ? 正義なんて、そんなに単純明快なもんじゃないぜ。答えを求めて動く俺は、答えがないと動けないお前とは違う」

「貴女のは、単なる保身にしか思えません。貴女は正しくあることで、自分を認めたいだけでしょう」

「……かもな」

 誤魔化すように笑う剣を、雫は苛立ちを感じながら睨む。

 雫だって分かっている。剣が、ただの感情の揺るぎで人の命を奪う訳がないということを。自分は甘えているのだ。自分に危険がないことを理解した上で、相手を殺そうとしている。

 ……それでも非を認めたくない。

 鬼という人を一度でも殺した自分。その過ちを認めてしまえば、自分はただの殺人鬼になってしまう。

「正しいんです、私は」

 全力の言い訳をしないと。自分の正当性を証明してやらないと。……正しくなくなれば、自分の存在価値はないのだから。

「まあ、なんだ、その……悩めよ。答えは出ないかも知れないけどさ……」

 剣は、少し自信なさげにそう言った。

 まるで、自分にも言い聞かすかのように。

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