26.凡人 1
◇
不毛なアホ会議の後、俺はしばらくうろついて帰った。
目の前の問題を一度忘れて関係無いことに頭を使っているうちに、何か現状を引っくり返せる凄いアイデアが出てきたらいいなーという馬鹿な感じのあれだ。どれだ。
現実逃避だよな、と少し反省する。
「っと、ただいまー。……」
夕方、家に帰って自室に戻った俺は、そこが見たこともないようなパソコンのパーツとか粗大ゴミみたいな何かでぐっちゃぐちゃに散らかっている、という状況に唖然とした。
「いくら俺が地味だからって、そりゃないだろ……」
近所のゴミの山から拾ってきたのか。幾つか見覚えのあるものも転がっている。そして部屋の真ん中では、アルスが唸りながら、ノートパソコンだったらしき何かをいじくり回している。
「何してんのお前」
悪戯がばれた時の子供みたいに、アルスは一瞬ピクっと体を震わせ、若干逃げたそうにゆっくりとこちらを向いた。
「……あー、瑞樹さん。いや、その。ユイナの部屋よりもこっちの方が広かったんで、作業がやり易いかな、と」
「作業って
「アイテムの開発、ですかね。あと申し訳ないんですけど、その、ちょっと外にいてもらって大丈夫ですか?」
「あー、出ていく出ていく。邪魔して悪かった」
自分の部屋から追い出されて、何で謝ってんだ俺は。蚊帳の外だよなぁ。
一般人代表。
いや、勝手に代表を名乗る訳にもいかないが。
◇
「……もう大丈夫ですよ」
三〇分くらい待たされたか。
部屋に入ると、やっぱり粗大ゴミの山が目の前に。
アルスは原形を取り戻したパソコンで、動画を見ていた。
「遊んでんのかよ……」
「あ、その、ネットにちゃんと繋がっているかどうかの確認です。ちゃんと動画が再生されるかどうかをですね、その」
言い訳している間も、アルスの目は画面に向いていた。
確かに異世界の文化は珍しいし、面白いものなんだろう。夢中になってしまう気持ちも分からんでもないが、俺はアルスからマウスを取り上げた。
「で、どうするんだ? 出来たって、そもそも何が」
「……あー、はい。まずは説明からさせてください。まず、パソコンをネットから切断します」
「は? せっかくネットに繋がるかどうか確認してたのにか?」
俺の言葉をスルーして、アルスがパソコンの設定を慣れた手つきで動かす。パソコンはネットから切断されてしまった。こうするとパソコンは、少なくとも結菜のいない現在の須上家では、かさばる電卓になってしまうのだが。
「見て下さい。確かにインターネットは使用出来ません。ですが……」
アルスが「神ゲー」をクリックする、と。
ウィンドウが出て、通信中、とか普通に出てきてた。
……ネットに繋がってないのに、一体何と通信中なんだよ。
「不思議でしょう、これ」
「……どうなってんだ?」
「後で説明します。ひとまず、ユイナのアカウントでログインしてみましょう」
ログインの画面。いや、だからネットに繋がってないのに何にログインするんだよ。
「つか、パスワードは?」
「知ってます」
パスワードの意味がねぇな。ログインが完了し、画面にはファンタジーの世界と、その真ん中に突っ立っている結菜の分身が映し出される。あくまで分身。本人ではない……のは当然か。
「僕ら自身はゲームには入れません。しかし、そもそもゲームって、その世界に入れるからこそゲームなんですよね」
「……まあ、そうだよな」
干渉できないゲームはゲームじゃない。それには映画とかアニメとか、他にふさわしい呼ばれ方がある。少なくともこのアカウントを使用して、言葉を交わしたり、戦闘の補助をすることくらいはできるのか。
しかし。
「……今は、ネットに繋がってないんだよな? ローカルでプレイしたところで意味がないだろ」
この手のゲームに関しては、俺だってチンプンカンプンのパッパラパーではない。ネットゲームはネットに繋いでこそ意味のあるものだろうが。
「このゲームがネットゲームではない、ということです」
「は?」
チンプンカンプンのパッパラパーだ。
「このゲームがインターネット以外の通信手段を利用している、ということです。糸電話の糸と携帯電話の電波って、全く違いますよね。そんな感じです。主催者の透生は、そのことには気付いていなかったようですが」
要は仕組みの違い、ということか。
「……ここの産物か? それは」
俺が知らなくて、アルスが知っている通信手段。それってつまり、向こう側のものってことだろ?
「向こうでは心波、と呼んでいました。こちらではまだ名称がありません」
アルスが言う。
「僕が最初に発見したもので、名付け親も……」
「待て待て待て。お前が一番最初に発見した!?」
最初に発見したって、そりゃ歴史に残ることじゃないのか? 「発見」が難しいのは万国共通。それは地球の外だろうと宇宙の外だろうと異世界だろうと変わらないはずだ。
「……ユイナにはまだ言ってませんが、僕は一応、世間に名の知れた天才少年だったんです」
「マジかよ」
星一つ救うのに餓鬼一人。てっきり地球は舐められているんだろうと思っていたが、逆か?
こいつ、実は結構な戦力として送り込まれたんじゃあ……。
「瑞樹さん、そんなことより心波について話しますよ」
「そんなことって言うなよ……」
「心波は人体同士での通信に使用されていたもので、女性の方が男性よりも受信し易いという特徴があります。一部の女の勘の原因ですね」
「第六感ってやつか。不意にピンときたりするのも、もしかして」
「まあ、心波が原因という場合もあるでしょうね。……心波は基本的には人体から人体へ送られるものです。しかし、今回は機械の通信に使われていた。つまりユイナは……」
機械と通信し、その世界に入り込んでしまったということか。
結菜らしい、といえばそうかも知れん。
「……に、してもなぁ……」
テレパシー、か。少し前だったら「あり得ない」と笑い飛ばしていた話が、平気でぽんぽん出てきやがる。
未知が知に変わる。結菜なら喜ぶんだろうが、俺はそこに恐怖を感じる。宇宙とか海とかスケールのでかいことを聞いて、自分の存在の小ささにぞっとすることなんかザラだ。
だから今、少なくとも楽しい気分ではなかった。
自分が平凡という枠から抜け出せないというか、蚊帳の外のまま、世界が勝手に話を作っていくというか。
――関係ない。
遠い世界なんて、今までだっていくらでもあったんだ。
気にしなければいい。……分かってんだけどな。
俺らが今やるべきことはゲーム。ただそれだけだ。
いや、その前に、片付けか……。
「待てよ? そもそも、何でお前はパソコンを分解してたんだ?」
神ゲーなら今までも普通に動いていたんだ。分解の意図は他にあったのだろうが、一体何のために。
「あ、それなんですけどね。……実は、このパソコンに新機能を付けてみました」
「天才少年の本領発揮ってか」
俺の役立たず度がまた上がっちまった。
◇
「新機能?」
「はい」
「何だよこれ……」
頭にコードだらけのカチューシャみたいなのを着けられ、布団に寝転がらされる。
嫌な予感しかしなかった。
まさか、いや、まさか。うん。何だろ。カチューシャと例えたが、やっぱ違うわ。そんな可愛いもんじゃない。メカメカしい。材料が足りなかったのか、一部がダンボールなところとか腹立つ。
「おい、アカウントさえあれば、ゲームには干渉できるんだよな?」
「そうですね。でもやっぱり、入ったほうが便利ではありますよね」
「……つまり、どういうことだ」
俺の言葉に、アルスは一瞬だけ目を逸らす。そして咳払いをした。
「……パソコンで受け取った心波を簡略化して、瑞樹さんの頭に送り込む。そして、瑞樹さんの脳波を変換して送信する。つまり、手の込んだコントローラーですね、これは」
「まさか結菜の元に行けっていうことか?」
アルスは頷き、パソコンを触り始めた。
「擬似的にではありますが……同じ目に遭わないと分からないことって、あるじゃないですか?」




