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ユイナの地球救済  作者: 大塩
善人
23/52

22.居場所


 日時不明。森の中。その森がどこにあるのかってのは、正直全く分かんないんだけどね。

 目が覚めたらここにいた。いや覚めたというか、むしろ現在進行形で夢を見ていると考えられなくもないけど。

 でも、夢にしてはやたらリアルなんだよね。感触とか感覚とか、風景の質感みたいなやつが。

 森の中にアイテムが落ちてたり、敵が出てきたり、そいつを倒したらアイテムが出てきたり、つーかいつの間にか鎧を着てたり鎗を持ってたりとか。

 正直困惑はしたけどさ。まあ、でも、うろついてたらぼんやりと理解できてきた。これは、あれだ。

「――ゲームん中だよね、どう考えたって」

 創作のネタにされるような、よくあるアレですよ。ゲームの世界に転生しちゃったとかワープしちゃったとか。で、閉じ込められて元の世界に帰れないぜ。とか、ハーレムだわーい、とか。

 ……つまりはそういうことらしい。別に慌てたりしないよ。元々、不可思議なゲームだったわけですから。他の人もいないみたいだし、さしずめここは、私だけの狩り場ですよ。

 どんな漫画やアニメだって、最初は誰かの妄想から始まってる。現実さえも、ひょっとしたら神様の妄想かもしれない。私の存在だって、そもそも何者かの作り出した幻かもしれない訳で。

 だから、例えこの場所が透生の作ったものだとしても構わない。

 ここは、私にとっての理想郷。


「……よ……っしゃぁぁぁぁあああああ!」


 とりあえず叫ぶ! だって、ゲームの中だよ!

 学校から帰ってゲーム! 休みの日は朝からゲーム! そんな感じでゲームばっかやってたのは、その世界に憧れ続けていたからで!

 そして今! 私は今、その憧れ続けた場所に立ってるんだよ!

 現代っ子のほとんどが、一度は考えるであろう夢。ゲームの世界。ロマンに満ちたファンタジーの世界。

 分からないことは確かに多い。どうして私がここにいるのかとか、現実の方はどうなっているのかとか。けど、ぶっちゃけ何かもう全部どうでもよくなってきた。気にしないといけないのは事実だけど、そんなことよりこれはチャンスだ。

 人生で一回あるかないかくらいの、大逆転のチャンス。

 大事なことも気にはするけど、ひとまず冒険ですよ。冒険!

 森の中、木漏れ日の射す静かな空間。落っこちてるアイテムとか立ち塞がるモンスターとか!

 この世界では私が主役でいられる。

 それが、堪らなく嬉しい。

「……さて!」

 とりあえずは歩いてみる。それだけでも楽しい。ゲームは昔ながらのドット絵だったはずだけど、この世界は立体的。同じ世界のはずなのに見え方が違うってどういうことなんだろ。ちょっと不思議だけど、今は気にしなくてもいいかな。

 ざっくざっくと雑魚モンスターを倒しながらとっとと進むと、街に着いた。

 ゲームの中に登場していた町と同じ名前の町。ということは、町人の台詞も同じか。

「ようこそ、ここは旅の宿屋。一晩一〇〇Gになりますが……」

 ぱっと見は普通の人と変わらないその人が、ゲームと全く同じ内容を棒読みで喋っているのは奇妙な光景だった。

 喋っているからには声を出してる……はずなんだけど、どんな声なのか印象に残らない。耳から直接テキストを読み取るような、そんな感覚だった。

 ……困ったな。私以外のプレイヤーもいないし、この店主は決まったことしか言いそうにない。ってことは他の町民もそうだろうから、新たに得る情報がない。

「んー、どうしたものかな」

「ようこそ、ここは旅の」

「うるさいな」

 試しに宿屋の主人を槍で突いてみる。……と、スカっと。槍は空を刺した。

 やっぱりゲームと同じだ。モンスターや当たり判定のあるギミック以外には、攻撃は当たらない。

「まあ、わざわざ当てる必要もないかな」

 生きているのは私だけってのは、ちょっと寂しいかも。でもそれは、人間関係から完全に解放された自由さの裏返し。フリーですとも。ザ、自由。颯爽と森に向かう私。

 この様子をどっかのゲームショップの宣伝用テレビで流して欲しいくらい自惚れできるよ今なら。こう、颯爽と槍を振り回してモンスターを一掃! みたいな。

 もし、万が一これが夢だっていうなら、それなら……いっそ死ぬまで寝かせてよ、神様。



 ――会議と呼べるのかどうかもよく分からない何かを終えた、帰り道。

 光村雫は病院へと立ち寄った。受付から廊下を歩いて病室へ。眠っている須上結菜のところに辿り着く。

 彼女は眠っていた。管や色んな機器に囲まれている様は、これから死にゆく者への施しにも見えてしまう。

 死んでいたかもしれない体を、神秘的な力で無理やり回復させたのだ。医師も困っただろう。が、ともかく事は順調に運んでいるようだ。

 ひとまず須上結菜はまだ生きている。

 実際は精神が抜けていて、体だけの抜け殻なのではないか、とも思えたが。

「スー…………スー……フフ」

 笑った。それが、心がそこにある証拠だった。

 雫は結菜の額に手をかざし、念を送って声もなく問う。

「須上さん。……いや、須上結菜。答えられるか?」

「ん? 今のって、もしかして光村さん?」

 口からではなく、心から。かざした手から言葉が伝わる。

 ――拍子抜けするくらい、普段どおり。

 表情の変化に乏しい雫でさえ、思わず笑ってしまった。

「無事なようだな。……貴女は今、一体何を見ている?」

「何って、えーっと、でっかいゴブリンかな。ごめん、ちょっと今戦闘中だから集中させて欲しいな」

「やはりゲームの中か」

 半信半疑ではあったが、あの鬼達の言うことは事実らしい。

 だが、どうやって? 自分の中だけで完結する夢とは違うのだ。遊園地に足を踏み入れず、どうやってアトラクションに乗り込むというのか。

「こんの、デカブツめ!」

 そんな雫達の事情も知らず、楽しそうにゲームを楽しむ結菜の声。

「随分と堪能しているようだな」

「うん。っていうかいきなり光村さんが出てくるってことは、これってやっぱ夢なの……?」

 不安そうな声。

 雫は、彼女の世界に介入してしまったことを悔いた。

「……無粋なことをしてしまったな。だが安心しろ、おそらくは半分現実のはずだ。だから死ぬなよ」

「そっか了解! 何かよく分かんないけどアリガト!」

 激しい戦いなのか、結菜の感情は明らかに高揚していた。

 学校で窮屈そうしている須上結菜が、活き活きとした表情でゴブリンを狩っている……。その様子は、付き合いの浅い雫にも容易に想像できた。

 ――そこが貴女の居場所なんだろう。

 人にはそれぞれ、自分の居場所というものがある。ゲームのように、「ここだ」と特定の一ヶ所が定まっている訳ではないが、得意不得意、好き嫌いなどがあるのも事実。

 ある野球選手にとっての球場。ある充実した学生にとっての教室。ある不良学生にとっての溜まり場。ある鬼にとっての戦場。また、星野剣は須上瑞樹の隣にいるとき、異様にリラックスしているように見えた。誰かの隣というのも、居場所の一つといえるだろう。

 須上結菜の場合。彼女の望む居場所は、実在しないはずの夢や幻の世界……なのかもしれない。

 ――だとすれば、随分と儚い存在なんだな。貴女は。

 そして、その場所に居られる僅かな時間を邪魔する自分は、今の彼女には必要とされていない。

「……私は要らないな」

 帰ろうと一歩、足を踏み出す。

 と、そのとき。病室の近辺に異様な気配を感じ、雫は咄嗟に構える。張り詰める心。程好い緊張感が、彼女の動作から一切の無駄を失くす。

 気配は以前遭遇したホッキョククマに似ている。……サイキック団、という奴だろうか。多分、悪い奴だろう。

 ――なら殺してしまおう。

 敵の登場を待ち構える雫の口元は、微かに笑みを浮かべていた。

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