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ユイナの地球救済  作者: 大塩
主催者
22/52

21.結菜を守り隊


 とあるアパートの一室。


「キタガワくん、途中までカメラで見てたよ」

「『キタムラ』でス。『キタガワ』でハありまセン」

「あれ、そうだっけ? 何か覚えられないんだよな、君の名前」

 音声のみのネット電話なので、キタムラには彼の表情を知ることができない。

 男の声は、どこか芝居掛かっていた。軽い調子に聞こえるが、それは嘘だ。彼に人の命を奪う度胸はない。

 違う自分を演じていなければ、精神が持たないのだろう。

「失敗しちゃったね。というか、どうして氷漬けになったの? 自分の動きを封じるなんて」

「イエ……そノ、オレは温度変化ヲ得意とスルので、氷ヲ溶かスくらいハ容易なのデス」

「へぇ、便利だね。でも、それじゃあ何で須上ユイナを追いかけなかったのさ」

「いや……ソノ、警察が来まシテね。火の玉ダろウガ氷漬ケだろウガ平気デスけど、銃弾ハ苦手デシテ。当然、そンな簡単に撃っテはこなイでしょウが、国家権力とイウものは怖イものでシて」

「……はぁ」

 電話の向こうから聞こえる男の溜息に、キタムラは一瞬だけ体を震わせる。男は相変わらず和やかな声を保っていた。

「とりあえず君の喋り方、聞き辛くて仕方がない」

「……スイマセン」

「まあ、白昼堂々とあれだけ騒げば警察も来るわな。昼というか夕方だったけど。んま、あの子はそんな簡単に死なないとは思ってたよ。君の落ち度ではない」

「……スイマセン」

「それじゃあね。ああ、ステルスカメラの調整もお願い」

「エエ、それデは……」

 通話を終えた後、キタムラは憂鬱な気分に駆られていた。

 団長は、気が触れている――。



 数日後。

 七色高校。


「えー、この前から休んでる須上なんだが、大きな怪我をしたらしくてな。しばらく学校に来れないそうだ」

 担任は残念そうな声でそう言った。

 純粋にクラスの一員が来れないことが残念なのか、面倒な用事が増えたことを憂いているのか。そんなことを考えながら、光村雫は担任を睨んでいた。

 大きな怪我、で済んだのだ。

 もしあの場に自分がいなければ「大惨事」になっていただろう。

 クラスが平和なのも、学校が悪い意味で注目されずに済んだのも。

 ……全ては自分のお陰である。


 人の命を救っても気付いてもらえない。

 だが、奪えばその時点で殺人鬼扱いになってしまう。

 何の理由もなく、というのは、確かに罰せられなければならないことだ。しかし、殺すに値する理由があるとき。

 ――正義を貫く為だとして。それでも……罪になるだろうか。

 一年前。ほんの短い期間ではあったが、雫は旅に出た。

 そして、鬼を退治した。桃太郎のように。

 だが、その行為が世間に認められることはない。

「寄せ書きでも作りますか?」

 瀬尾の言葉に、光村雫の思考が現実に引っ張り込まれる。

 寄せ書き。須上結菜に、だ。その意見に反対する者はいない。反対できない空気。絆で結ばれているからだ。

 彼女の顔にわざわざ泥を塗る者はいない。

「しばらく瀬尾の天下やろうな。唯一の対抗馬が消えたんや」

 隣の隣で、溜息交じりに桜木春風が言う。

「……対抗馬、か」

 仲間に入ったほうが楽だろうに、と雫は思った。

 そして、自分の言えたことではないと思い直して自嘲した。

「寄せ書きか……。明日のホームルームは席替えをしようと思っていたんだが、どうする? 寄せ書き作りに使うか?」

 数秒の沈黙の後、ポツポツと肯定の言葉が発せられる。雫と春風は無言のまま、事態を見つめていた。

 二人とも、否定はしなかった。


 次の日、桜木春風は欠席した。体調不良という情報だけが担任からクラスメイトに伝えられる。

 風邪なのか腹痛なのか、また別の何かなのか……。具体的な情報は一切ない。

 寄せ書きは入院中のユイナのものだけが作られた。



 二〇一二年 六月三〇日。


 星野剣は携帯の着信音で目を覚ました。

「朝っぱらから誰だぁぁぁ!」

 傷だらけの携帯を確認する。相手は、従弟の透生だった。

「姉さん、異常事態だ!」

 大声が耳元で響く。慌てているらしかった。

 地球を壊そうとする大魔王気取りなのに迫力が皆無。

「ゲームの中に、須上が!」

「へ?」

 覚醒しない頭の中で、耳に飛び込んできた言葉が転がって弾けた。ような気がした。言っている意味が分からず、戸惑う。いよいよ錯乱状態にでもなってしまったのか。ばーちゃん一人じゃ抑えられないかもな……。

 剣は電話を切ると、家を飛び出し、ほどほどのペースで元実家へと向かった。乱暴に玄関を開け、半分不法侵入みたいな形で中へと入る。

「透生?」

 ……返事がない。

 ばーちゃんの部屋からはいびきが聞こえた。そっちは問題ないとして。

「おーい? ……部屋か?」

 彼の部屋の戸を無断で開ける。

「相変わらずすげぇ中途半端だな!」

 丸く白い、近未来的な機械類が、古臭い畳の上に置かれていた。近未来的とも和風ともいえない雰囲気に、緊張感を抱く。

 その中で、幾つかの機械が光を発していた。光は空中で交わり、立体映像が映し出されている。

 浮かび上がるミニチュアの世界。

 その中に、結菜がいた。

「どうなってんだ? こんなの、俺だって聞いてない……」

 透生は頭を抱えた。



 連れて来られたのは、大きな屋敷。

 その存在感にも驚いたが、この場所を懐かしいと思える自分にはもっと驚いた。

「僕もあまりよく知らないんですけど……その、星野さんが連れて来いと」

「覚えてるわ、この家」

 昔。剣に連れられてここに来たことがある。

 あいつがまだ、星熊剣だった頃の話だ。

 某スタジオ何とかのアニメ作品の世界に迷い込んだような感覚。夢か現実か、判断がつかない。そんなおぼろげな記憶。

 木造住宅。家の中の木の匂い。風の通る家の中は涼しく、床に使われた木が、体の熱を適度に奪って気持ちがいい。広い。とにかく広い。天井までの距離が高い。幻じゃなかったことが、妙に嬉しかった。

 実在したんだな。こんなに近くに。

「お邪魔します。お、玄関も何か記憶にあるな。うおお、すげぇ、白昼夢でも見ている気分だぜ……!」

「やっぱり兄妹ですね。興奮したときの雰囲気とか、そっくりです」

「……そっくりか。そういや、あんま言われたことなかったな」

 だからだろうか。何となくこそばゆい。

「こっちのダイニングです」

 そうして俺は、


 "結菜を守り隊"に巻き込まれた。


「……いや、待て待て。説明しろやバカ共」

 やたら広い畳の上で、円の形で並ぶ連中に吐き捨てる。連中は揃ってポカンとしていた。俺が場違いなのか?

「じゃあ、点呼を取る。鬼、鬼、鬼狩、異世界人、それと普通の人間」

 普通の人間は俺だけか……。

 優越感と劣等感を同時に感じる。「普通」が個性になるのも、一般生活においてはなかなかに珍しい。

「……つか、普通の人間をわざわざ巻き込むなよ。どう考えても俺だけ役立たずだろ、これ」

「意見交換に腕力は関係ねぇよ。それに、体験してきたことは、ここにいるメンバーにも勝るとも劣らないだろ?」

 剣が言う。確かにそのとおりだ。山に登ればツチノコに出会い、冬には雪男に出会う。大人しくしていようと真面目に学校に通っていたら鬼と出会い、しかもそいつと親友になってしまった。

 巻き込むなら結菜にしてやれ。俺はもう十分だってのに。

 ……けど、地球を救うという大役を担うあいつのことは、恥ずかしながら少しだけ羨ましい気もする。役割は己の価値を上げる。価値は力となる。力。やっぱ欲しいわそういうの。そーいうもんがあれば、俺だって剣の横に堂々と立てるんだけどな。

「つか、今回は何で集められたんだ?」

「ゲームに、結菜が入っちまった」

 剣はさらりと、とんでもないことを言いやがった。

 信じられないというよりは、ピンと来ないといった様子の一同。まあ、俺も正確に意味を理解した訳でもないけど。

 だって入るって何に? ゲームに? ゲームの何に? 世界に? それとも機械の中に? 理解に苦しむ俺達を見て、剣は苦笑いを浮かべた。

「透生、実物を見せちゃ駄目か?」

 白い肌の、死人みたいな奴に剣が話し掛ける。透生と呼ばれた彼は、目を逸らして冷たい表情をした。

「……俺ぁ、他人を部屋に上げるのは嫌だ」

「あー、だろうな」

 困った様子の剣と、鋭い目を保つ透生。いつもは誰に対しても比較的強気な剣だが、引きこもりの従弟には頭が上がらないらしい。

「要はバーチャルリアリティだ。サオとか知らないか?」

 透生が言う。

「釣り行くのか?」

「行かねーよ! だから、ゲームの世界に……ああもう何でもいいから助けてくれ!」

「主催者ぁああああ! しっかりしろよお前!」

 剣が言う。透生はそれに反抗的な目で答えた。

「うるせーな! 俺が解決できるならもうしてるわ!」

「それもそうだがもうちょっとどうにか」

「できねぇよ! あり得ないんだよこんな状況!」

 畳を殴って剣を黙らせると、透生は淡々と話し始めた。

「当然だがゲームの世界なんか実在しない。所詮は情報が成す仮想の世界だ。肉体が入り込むなんてことは異常だ。鬼には人の魂と体を切り離す術があるから、それに近いものかと思ったが……その場合、普通脳死する」

 スピリチュアルな世界。

「……けど、結菜は生きてるぞ?」

「だからおかしいんだ」

 透生は溜息を吐いた。

「それと、ゲームオーバーには気を付けろ」

「……どうなるんだ?」

「コンティニューはない。ゲームオーバーになった時点で、アカウントが消去される仕組みだ。だから、既にほとんどのプレイヤーがいなくなった」

「そんなにシビアなのか? そのゲーム」

「元々、遊んでる連中は少なかったけどな。マーケティングがダメだった」

「ああ、なるほど」

 地球がどうのこうの……なんて、普通は信じないもんな。

「話を戻すが……」

 透生が言う。

「ゲームの世界からの追放。それが何を意味するか」

「目覚めるんじゃないのか?」

 こけしのような少女が答えた。

 何だこいつ。何で小学生がこんなところに。

「……今、私のことを子供っぽいと思ったな?」

「あ? ぽいじゃなくて子供そのものだと」

「これでも私は高校生だ!」

「どうでもいい!」

「そして鬼を狩る、いわば鬼の天敵だ!」

「それはどうでもよくない!」

「お前も鬼か!」

「い、いや、俺は普通の人間だ!」

「後でやれ、後で! それより……」

 剣が言った。

「多分、目覚めるか死ぬかだよな? 追放って」

「……そう、だな。……やばいな」

 俺の相槌に、剣が頷いた。

 何しろ現実にあんだけケチをつけていた結菜だ。多少好戦的な面もあるし、調子に乗って戦いまくっているに違いない。だとしたら、あいつは自分からゲームオーバーになる確率を上げまくっていることになる。

「透生、本当にどうにもできないのか? せめて会話だけでも!」

 剣は半分懇願するような調子で言ったが、透生はやはり首を横に振った。

「下手なことをして、状況を悪化させたくないしな。それにまあ、こういう直接対決だって悪くない。……いよいよ、俺とあいつの勝負を邪魔する者がいなくなった。俺のギミックが勝つか、あいつの冒険が勝つのか」

「だったら」

 アルスが口を開いた。

「その勝負を円滑に進めるためにも、サイキック団から彼女を守らなければいけませんね」

 アルスは手に握りしめた物体を披露した。

 それはゴキブリだった。

「うおぉ!」

「げ」

「ぎょわぁぁぁぁぁ!」

 俺含め、全員が大声を上げる。鬼狩りの餓鬼に至っては居候ごと蹴り飛ばす始末。基本的にはクールな態度をとっている彼女だが、虫は苦手のようだ。

「こ、この星の人って、皆が虫嫌いなんですか?」

 アルスは唖然としていた。むしろその態度にこっちが唖然とする。

「……特に日本人とその虫は相性最悪だから覚えとけ。ゴキブリだよな? それ」

 俺の言葉にアルスは頷いた。

「平たく言うと、虫を模した偵察マシンですかね。これを病院に仕掛けておけば、見張りは完璧です。結菜の病室に異常があったら、僕らがすぐに駆けつけることができます。ただ通信距離が二〇〇メートル」

「短ぇ!」

「それと、録画機能がないので常に見張っていないと」

「ガラクタじゃねーか!」

 透生が口を挟んだ。

「な、ガ、ガラクタ? 地球を滅ぼすとか言い出すアンタのほうがガラクタじゃないですか!」

「誰がガラクタだ、誰が!」

「透生、ちょっと黙ってろ」

 剣が制止する。

「カロス」

「アルスです」

「そのゴキブリを何に使うつもりだったんだ?」

「病室の見張りですよ。襲われても対処できるように」

「できれば相手が病室に辿り着く前に対処したいけどな……まあ、いいか」

 真面目に話す、アルスと剣。

 しかしその横から、

「おい、俺はガラクタのままかよ!? せめて反論させろよ!」

「ふん、鬼など全員ガラクタだ! 星熊透生、貴様も紛うことなき瓦落多!」

「てめぇ! 雷使いと呼ばれたこの俺とやんのか! ……だが、ここには芸のない普通の人間もいる。勝負するなら、競技はテレビゲームだ」

「望むところだ!」

 芸のない普通の人間って。ちょっと傷付いて溜息なんか吐きながら、ふと、結菜のことを考えた。

「……何だかんだ、楽しいメンツだな」

 剣が言う。俺は頷いた。

「ああ。……あいつにも、見せてやりたいよ」

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