20.紅蓮の貴公子 2
◇
暗闇。真っ暗。
私だけが、眩しいくらいに光っていた。
ホッキョククマに襲われて動けなくなっていたはずだけど、痛みはない。……体も、自由に動く。
「死んだか、夢か……」
「夢だ。貴女はまだ死んでいない」
背後から、トーンの低い女の子の声がした。
……光村さん?
慌てて振り向いたけど、そこには光村さんどころか誰もいなかった。
「あれ……?」
「私は今、外部から直接あなたの心に語りかけている。土足で心に踏み込むような真似をしてすまない」
やや早口で言う辺り、彼女は少し焦っているらしい。
「……えっと、夢に光村さんが出てくんのは、あの川で起こったことと何か関係あんの?」
「そうだな。まず言っておくが、貴女はこのままではもうすぐ死ぬ」
……死ぬ。だってさ。やっぱりか。
タックルを喰らって、目を閉じた時に覚悟していたけど、やっぱり死ぬんだ。
実際のところ、それは分かっていた。だから改めて「死ぬ」と言われても、大した驚きはないんだよね……。
「だが都合の良い事に、私はあなたを助ける力を持っている」
「……それって、蘇生出来るってこと?」
「治療だ」
「変わんないよ」
「蘇生は死人を蘇らせることだ。貴女は生きている」
細かいなぁ。私はちょっと笑った。
……素直に喜べなかった。
根拠もなく、ただ何となく楽しいと思えたのは小学校までだった。中学で、私は終わりを意識するようになってしまった。
でも。
学校の屋上に立ってみても。
なんかの拍子に包丁を持ってしまったときも。
気紛れで親に睡眠薬を買ってもらったときも。
――痛いのが怖くて。
それにやっぱり、終わるのが怖くて。
死ぬ決心がつかなかった。
勇気が出なくて、みっともなく生きる弱虫。生きるのも死ぬのも嫌がって、言い訳ばっかり並べていた。できれば人類全員巻き込んでさ。私を一匹の蟻みたいに扱ったこの世に、爪跡を残してやりたかった。
中学生特有のあの感じ。あの時望んだ結末は、きっと今、目の前にある。
「……ごめん、治療は断ってもいいかな」
「ん?」
特に驚く訳でもなく、光村さんはただ不思議そうに声を上げた。感情が無いみたいだった。……ああ、この子は別に、望んで私を助ける訳じゃないんだ。無視できないだけなんでしょ。
どうせ、誰が死に掛けていても救うんだ。
「……なんかもう、生きる気力が起きないっつーかさ」
将来。人生。現実。理想。夢。もう聞きたくない。
最後に待っているのは結局は死で、私達はただ、その現実から目を背けたいだけなんだ。
その死が目の前にある。
死は怖い。けど、未知のものが怖いのは当然のことじゃんか。これさえ越えれば、終われるんだよ……?
だけど、光村さんは溜息をつき、
「悪いが、私は私のやりたいようにやるぞ」
「え……。な、何で?」
慌てて問うも、返事なし。
死にたいって言ってるのに、それを助けるなんて……。
「……訳分かんないよ、それ! 生きることって何なの? 生きることに意味あるの? 私を生かすの? どうして死んじゃあ駄目なんだよ!」
助けてくれる相手に向かって吠える私。最低だとは思ったけど、止まらなかった。ピリオドは遠ざかる。スクラップみたいだった体が、わずかに回復していくのが分かる。
「治癒力を爆発的に高めた。ただ、この技は代償として、対象の寿命を喰うんだ。完治させることはできないから、あとは入院して何とかしろ」
中途半端に治す。そういうことか。
「最低。死にたがってる奴を、わざわざ……」
「何とでも言え。これは私の為だ」
「……」
闇の中、おそらくここにはいないであろう光村さんを睨む、そんなマネをしてみる。反応はない。私には、抗うこともできない。
生きれるのに死にたがる私が最低なんだって、自覚はしてるよ。
最低。だけど……分かって欲しいんだよ。
私だって死にたくなるくらい必死で生きてるつもりなんだ。なのに、未だに誰も分かってくれないんだよ!
◇
「……はっ」
と気付いた。森の中。……森の、中。
……も、ももももも森の中ですぜ旦那ぁぁぁ!
どういう人間なんだ私は。
けど、うん。実際、それくらい騒いでもおかしくない状況だったり。
……どうしてこんなところにいるんだろう。記憶は……あるよ。白クマに襲われて、光村さんに治癒力を高められて……。
それで、どうしてこんなところにいるんだろう。
――まさか、ここって……、