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ユイナの地球救済  作者: 大塩
主催者
20/52

19.紅蓮の貴公子 1

 時は数分前に遡る。

 須上結菜から二〇〇メートル以内にある、どこかの公園。



「……鞄の中かな、これ」

 雨は止んだが、曇っていて夕陽は見えない。

 携帯ゲーム機……のような受信機に映った闇を見つめ、アルスは溜息をついた。ゴキブリ型尾行マシンは闇を映し続けている。ユイナは教室にいる間は、外を覗ける程度の隙間を作ってくれていたが、今は密閉状態。おそらく無意識のうちに閉じ切ってしまったのだろう。

 むしろ、問題は音声の方である。

「タイラント北極タックルぅぅぅぅぅ!」

 ユイナと会話していたらしき男は、そんな奇声を上げた。

「一体、ユイナの身に何が起きているんだ!」

 タイラントは暴君。北極は地名で、タックルは……スポーツ?

 まさか戦いの最中? しかし、友達との談笑ということも考えられないことではない。ふざけ合った結果の取っ組み合いとかかもしれない。

 気にはなるが、自分が向かっていいのだろうか……。アルスは悩んでいた。

 そのとき。


 どん。


 受信機が音を伝える。何かがぶつかり合ったような、鈍い音だった。

 ばっしゃん。飲んだ? 浴びた? 叩いた? いや、川に叩きつけられたような音。ユイナの通学路に川があったことをアルスは確認していた。彼の心に嫌な画が思い浮かぶ。その、些細な想像でしかなかったものは、

「サァ、そろそろトドメデス!」

 その一言で、確信へと変わった。

 ……戦っているんだ。何者かと、川の付近で。

「何をやってんだ僕は!」

 下手にユイナの世界に介入するべきではないとか、文化や常識に影響を与えてはいけないとか。それはそれで事実だ。けど何よりも優先しなければいけないのは、この星と、それを救うユイナの安全じゃなかったのか!

 地面に軽く爪先を叩きつける。瞬間、彼は炎に包まれた。この星に降り立った際にも使用していた乗り物。燃えて、飛んで、倒れたユイナと対峙する、白いクマを敵と認識。


「行っけぇえええええええ!」


 打原始的でシンプルだが、だからこそ効果的な攻撃手段。

 ヒーローの如く、急降下しながら敵を蹴り飛ばす。

「ゴボェェェェェェェ!?」

 クマは五メートルほど吹き飛ばされると、上体を起こして辺りを見渡す。おそらくまだ状況を掴めていないだろう。燃え盛る少年を見つけても尚、困惑の表情を浮かべている。

「い、今のハお前の仕業デスカ!?」

「忠告です。できれば戦わず、急いで僕から逃げて下さい」

 ユイナが倒れている。のんきに戦っている場合ではない。

 一刻も早くここから連れ出さなければ……。

 しかし。

「そういう訳にもイキマセン。オレは組織の為、そしてこの世の為に、そこの娘を亡きモノにシなければナラナイのです」

「……この世の為? 何を言っているのか分かりませんが、彼女の身に何かあれば、そちらも無事では済みませんよ」

 早く終わらせないと。だが、その方法が見つからない。

 クマは臨戦態勢を崩さない。

「そウか、この女の仲間か。しかシ、おマえがどう言おウと、オレはコの女ヲ始末しナけれバならナいのデす! 時間稼ギで勝てルのなラ、それで構わナい!」

 ホッキョクグマが、どこか卑猥な笑みを浮かべる。

「卑怯だとは思わないんですか!」

「頭脳プレイと言って下サイ」

「だったら僕から仕掛けますよ!」

 アルスは「乗り物」を左手に集める。風が、熱が。そこに集まる。

「――火を投げます。燃えたくなければ逃げて下さい」

「逃げヌぅぅぅぅ!」

「何ですか、その――変な声は!」

 振り被って投球。宣言どおり、アルスの左手から火の塊が放たれる。

「避けレバ済む話じゃないデスカ」

「まあ、そうですね。最後まで避け切れば、そちらの勝ちでしょう」

「ナヌ!?」

 ホッキョククマは思わず振り返る。炎はブーメランのように曲がり、クマの身体を呆気なく捉えた。奇しくもそれは、クマの体当たりと同じ動き。

「な、そンナ馬鹿ナ! 炎ガ曲がルなド!」

「この世界の先入観に囚われていては、僕の攻略は不可能も同然です」

 炎はクマを焼き、再びアルスの左手に戻っていく。

「これで王手ですね?」

 返事はない。とりあえず戦意は奪っただろう。

 アルスは安堵する。

「と、安心しちゃダメだ」

 とにかくユイナを助けなければ。

 だが彼に医学の知識はない。魔法が使える訳でも、特別な薬を持っている訳でもない。怪我人の前ではただの人間だった。

「……ユイナ、ユイナ!」

 意識は無い。水に浸かっていた為、体温は分からない。

 神などいないと知ってはいるが、それでも神に祈りながら心臓を調べ……。

「駄目だ、死んでる」

「心臓は左側ですよ」

 後方から声がした。

「誰だ!」

「大袈裟です」

 道路から川を眺める少女が一人、冷たい目でアルスを見ていた。どこか目付きが暗く、まるで人形のような表情。

「ユイナの同級生か何かですか?」

「うむ、そんなところだ」

 彼女は川に飛び降りると、結菜からアルスを引き離し、それから結菜の息や脈を調べ、呆れたように溜息をついた。

「見た目より重体だな。何があった」

「……本人にしか分からないことです」

「よほど強い衝撃を受けないと、こんなに酷くはならないと思うがな。骨折、内臓の損傷、内出血……外部がここまで綺麗なままのは見事だな。だが、須上さんは悪運が強いようだ。私なら手助けできる」

「……何者ですか?」

 あまりにも都合の良い話に、アルスは疑いの目を向ける。

 少女は軽く溜息を吐き、

「光村雫、魔法使いだ。決して鬼ではない」

「魔法使い?」

「疑うのなら証明してやる!」

「何でそんなに必死になるんですか」

「しばらくそこで見ていろ。応急処置程度のことしかできないが、治療できる程度には治す」

 そう言うと、自称魔法使いはかざした掌に力を込め、光を起こした。アルスのいた世界でも、魔法や超能力は存在した。

 だがそれは、身近なものではなかった。

 よりによってこんな状況で、彼の好奇心が刺激される。

「おお、凄い……! こんな高度な力を、まさかここで見れるなんて。これは……時間を巻き戻している……とか、そういうことですか?」

「治癒力を爆発させているんだ。念を押すが、これは魔法だ。決して鬼の力なんかではないからな」

 詮索を嫌がっているようでもあった。

「……それより、覗いていないで背中を頼めるか?」

「背中?」

 振り向くと、そこには異様に鼻の長い男が立っていた。

 トレンチコートに身を包んだその姿は、見る者に清潔感を与える……が、鼻のせいで顔の印象は悪い。

「だ、誰だ」

「分かレぇぇぇ! 貴様にやらレたホッキョクグマデスヨ!」

「その訛りは! なるほど、納得しました。しかし、あの炎を食らってまだやろうとは!」

「アレくらいデ果てるモノか断じて! モウ許しまセンよ。サイキックで三人とも葬って差し上げまショウ!」

 異世界人と自称魔法使いと超能力者。

 通常とは異なる存在……異常者とも言える三人の戦いは、その存在感にふさわしくない、ただの川の傍で始まるのであった。



 増水した川から、アルスは炎を纏って数センチほど浮いていた。

 対する長鼻の男も、超能力で川面よりも数センチ高いところにいる。

 謎の少女は陸へ上がり、ユイナに話し掛けている。

 一度止んだ雨が、再びポツポツと降り始めた。

「……悪者は引っ込んでいてください」

「こチらも善のつモりなのデすがネ。まア、ヒーローの座ハ譲っテあげまショウ」

 一度負けているにも関わらず、男は強気に話を進める。

「メイドの土産に名乗ってあげまショウ! オレの名はキタムラ!」

「この国の名字ですよね? じゃあ、その訛りは一体!」

「ハーフデスヨ。広い世界を見テきたオレは、お前達のヨウナ狭い世界に生キル若者トハ格が違ウのデス!」

 キタムラが一歩、アルスに詰め寄る。

 ――時間稼ぎは不可能。相手の行動が予測できない以上、先手をとられるのはまずい。

 アルスは先程と同様、左手に「乗り物」を集める。

 彼の左手から放たれる炎の塊。それを、


 キタムラは避けない。――直撃。


「自分から突っ込んだ!?」

 アルスは動揺を隠せない。無事では済まないはずだ。しかし、捨て身の覚悟というような表情には見えなかった。

「……何をしたっていうんですか」

 煙の中、男は何事も無かったかのように立っていた。

「芸がなイでスネ」

「ちょっとでも凝ると、文明を狂わせかねないのでね!」

 再び。今度はバレーボール大の火の塊が、アルスの左手から放たれる。炎は川の中を蛇行し、キタムラの足元から胸へ、生き物のように襲い掛かる。ホーミング性能のある、絶対不可避の攻撃。……だが。

「ダから効きまセンヨ。学習しまシタか?」

 キタムラに触れた瞬間、炎は消えてしまった。

「一体、どんな手品を」

「いいデショウ。教えてあげマスヨ」

 高慢な笑みを浮かべ、キタムラは言葉を紡ぐ。

「オレの超能力ハ、トリワケ変身と温度変化に特化してイマシテネェ。熱ヤ冷気を利用シタ攻撃は、ヨホドノものでナイ限り、オレにハ通用しまセン。……次はこちらカラ行きますヨ?」

 キタムラは川に飛び込むと両手を川に突っ込み、呪文のようなものを詠唱し始めた。

「I can do it.I can do it.I can do it……!」

「何だその呪文は!」

「いや、あれは自己暗示だと思うぞ……?」

 ユイナを治療しながら、少女が言った。

「……待てよ、温度変化? 川の中って、絶好の狩場じゃないか!」

「I can do it.I can do it.I can do it……! アハハハハ、オレごと固まれ! アークティック!」

 四つん這いの状態で、キタムラが叫ぶ。同時に、叫んだ本人が……いや、叫んだ本人「も」、氷漬けになった。

「くそ、やっぱりそういう類か!」

 川が凍っていく。冷たい雨が雪に変わり、辺りは銀世界へと変貌する。凍った川は触手のように伸びて、アルスを捉えようとする。

「うわ、何だこれ!」

 乗り物で飛び回り、触手の追撃を躱す。隙を見て一本の氷に体当たりを仕掛けるが、氷は溶けず、炎のほうが消えてしまった。

 遠くでサイレンの音が聞こえる。高くまで飛んでみると、周囲とこの場所の風景の差に改めて驚かされる。この町で、この場所だけが冬。

「これだけの力の持ち主だったとは! あなたはこの場で倒さなければ!」

 相打ち覚悟で、キタムラへ突進するアルス。しかし、

「そんな野生の鼻は放っておけ!」

 少女が炎の玉を三つ、放つ。

 アルスを追っていた触手に直撃。触手は溶けてしまった。

「悪はそのうちに私が消してやる。だが、今は他にやるべきことがあるだろう」

「……そうでしたね」

 アルスは彼女の側に着地した。

「付近に呼んであるが、その炎で運べるか?」

「この乗り物は一人用です。……僕が背負っていきますよ」

 そう言って、アルスはユイナをを背負った。体から鳴るゴポゴポという音が、地球そのものの生命活動のように思えた。

「名を聞いておこうか」

「……坂本龍馬ですよ。偽名ですけどね。……そちらは?」

「光村雫、だ。偽名だがな」

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