01.梅雨の夜のバーチャル
二〇一二年、六月。
とある県の、七色という小さな町。
ベッドタウンの中に埋もれた一軒家に、私は住んでいる。
部屋は二階。敷物のない畳の空間には、ベッドと本棚。それから机と、その上にパソコンが置いてある。女子高生一人の部屋にしては充実してるほうでしょう。まあ正直、ネットに繋がったパソコンさえあれば、部屋なんてなくても満足なんだけどね。
静かな雨が部屋を隔離してしまったみたいな、ちょっと寂しい夜。
私は暗い部屋の中で、パソコンに向かっていた。部屋を照らすのは画面だけ。その光に魅せられて、何匹かの羽虫が寄ってくる。鬱陶しいけど幻想的。夜の虫は嫌いじゃないよ。
で、何しているかというと、チャットである。
「……んー、もうこんな時間かぁ……」
深夜一時。明日、というか今日は普通に平日。勉強とゲームにそれぞれ二時間使うつもりだったけど、だらだらとチャットを続けちゃったなー。
よし! と、私は決心した。
「しゃーない、今日はチャットに専念しますか!」
ちなみにチャットといっても、「新たな出会いに期待!」とかではなく、ネット電話のチャット機能を使っているだけ。
相手はリアルでも繋がりのある、同じ町内に住む二人だ。
『ユイナ:んで、何かその人の指先からビリっと何かが走りまして』
雨は段々と激しくなってきた。
負けずに私はキーを強めに叩く。
『ユイナ:そこで私はにらんだわけです。七色には超能力者がいるんじゃないかって』
『セオ:超能力というか、それはプラズマ。というか、眠いんでそろそろ……』
『ハンゾー:それにしてもこっちはすんごい雨ですけど、そっちもですか?』
『ユイナ:ですねぇ。こっちそっちって言っても、そんなに服部さん家と距離ないですけどね』
『セオ:雷とか落ちるかもね……』
――瞬間。ピカ。
直後私の部屋含み全世界が光に包まれいや全は嘘で頑張っても町内が限度だと思いますが轟く雷の暴力的な音がどばあああああん、と響いた!
「うわぁ……すごい」
瀬尾さん、まさか本当に落ちるとは思わなかったよ。
子供ならワーキャー言ってテンション高くなってたんだろうなー。
でも私はこれくらいではしゃぐほど子供でもないんですよ。もう高校二年生ですからね。結構冷めた目で「うわーすごーい」って言う程度ですよ! 実害がなければ!
けど残念なことに、私は実害を被りました。
「……止まった」
そんな馬鹿なと目を疑う。夢であってくれーと願う。
私のパソコンの画面が止まりました。マウスを動かしたり色々キーを押したりしてみるけど、反応ナシ。
「……あーあ」
自分で吐いた溜息が、部屋の空気に染みていく。
寂しさとヤケクソな感情が、頭の中でよく分からん渦を巻いてキャー! ってなる。部屋暗い。外は雨。暗い。目の前だけ眩しい。目痛い。羽蟻。羽蟻羽蟻羽蟻。畳が臭い。雨と夜とパソコンのバーカ!
「……落ち着け、私」
自分に言い聞かせ、私は冷静に現状を分析する。
とりあえず、パソコンさん死んではいないはず。別に直接雷に撃たれてはないし、電源を付け直せば大丈夫だと信じたい。チャットとなんてどうせマンネリ気味な会話しかしてなかったし、大事なデータを扱ってた訳じゃないから、データの破損もそんなに危惧しなくて良いはず。
「……ま、明日にしようか」
止め時のないチャットから、上手いこと脱出することができました。
とりあえず今日はもう眠ろう。おやすみなさい。でもちょっと勿体ないような気もするなー。チャット中には邪魔だった雨音も、今になってみるとちょっと惹かれるものがある。
日常から隔離された異空間。風情のある不思議な時間。
日本の雨がこれならスコールってやつはどんなに激しいのだろう。南国とかいいなあ。マンゴーとかいいなあ。ドリアンは……臭いよなあ。
そんなことを考えながら目を閉じかけて、
「おっと、パソコン切らなきゃ」
パソコン眩しいままだよ。
パッと起き上がり、コンセントに手を伸ばす。
プツン。
「あれ……?」
まだコンセントを抜いてないのに、急に部屋が真っ暗になっちゃった。
「んー?」
ちょっと不自然じゃないですか? 今のタイミング。
気になって、画面を覗く。と、気のせいかな。
ポツン。真っ黒い画面の中に、白い光の波紋が瞬いた。画面がユラユラ揺れている。それは、私の興味を惹き付けるには充分な現象だった。
覗いていると、またポツン。ポツポツと。
「……なにこれ、嘘、夢?」
ポツン、ポツン。ポツポツポツポポポポポポポ。
「え、え、嘘、ちょ」
外の雨と共鳴するように、沢山の波紋が生まれては消えていく。
私はずっと眺めている。鼓動が高鳴る。胃液がミキサーにかけられたような興奮。眠気なんかもう吹っ飛んだ。
……数分経って、そんな現象も徐々に収まってきた。花火大会の終盤みたいなもんだね。そろそろ終わりかな? と思ったとき、画面の中に何かが映った気がした。
画面を覗き込む。
と、急に画面が全力で光り出した!
「ぐああ! 目が……目がぁぁ!」
それでも頑張って画面を見ると、そこには、人が。
少年が、映っていた。
「どぉおおっ!」
情けなくも腰を抜かす私。誰? ひょっとして死人? 病的なまでに白い肌と中性的なその容姿には、菊の花のような危なっかしさが感じ取れた。
挑発するような目付き。血を連想させるような、赤い瞳。
――赤鬼。彼の顔を見ていて、ふとそんな単語が思い浮かんだ。
「お……! あの野郎、マジなのか? ちゃんと成功してるじゃねーか……。……はは、ハハハハハ!」
彼は少しだけ変質者じみていた。狂気、殺意。そういうものが感じ取れる。私の興奮は冷めない。むしろ、どんどん冷静から離れていく。
しかし。
「ハハハハハ、ハぁ、はぁ……。よし、これから僕は隕石を落とす。こいつは今すぐに地球にぶつかりはしないが、少なくとも一年、早くとも半年後にはこの星をぶっ壊すはずだ。食い止めたいなら僕が送った招待状を見てみな。世界を救う方法が分かるからさ」
そしてスッと消えていった。
「……な、何じゃそりゃ」
終わり?何かよく分からん謎を残して終わっちゃうんですか。
多分無言で招待状とやらを残した方がミステリアスで格好付いてますよ今の。……いや、そんなことはさておき。
隕石? 世界を救う? 招待状を見れば分かるって何? どこにあんのさ招待状。
――ありそうなのは、データとしてパソコンに送信?
私はマウスに手を伸ばし、
「って電源切れてるし」
切れたのか、切れていたのか。ま、大差はないか。招待状、招待状……と、呑気だな私。今までのツケか、一気に眠気がきました。
仕方ない。抗わずに寝てしまおう。どうするかは明日の私次第。……そんなのも案外、人任せって言えるのかもしれないね。