16.weak student 1
結局、私は先輩の背中で再び眠ってしまったらしい。
一夜明け。今度こそ自宅で目を覚ました私は、何だかいつも以上に憂鬱な気持ちを抱いていた。
学校に行きたくありません。瀬尾さんが怖くてではない。ついでにこれは別に不登校宣言ではありませんよ。ちゃんと行きますよ学校。
……光村さんと顔を合わせたくないんですよ。隣ですからね。
「あー」
「だ、大丈夫?」
アルスくんが私を気遣う。正直大丈夫じゃないけど、「大丈夫じゃない!」とは言えないよね。
着きました。学校。
既にいますよ隣の席にぃぃぃ!
「お、おはよう、光村さん」
爽やかに朝の挨拶! 外交スキルは最低レベルだけど、人間は努力と運次第で、実力以上の成果を発揮することもあったり、なかったり!
「昨夜、何か見たか?」
光村さんが言う。
見ていないと言え! というオーラ。しかし。
「うん、見た」
普通は慌てて「見てない」って言うところだよね。少なくとも勝てる自信がないなら同調するべきなんですけどね。
……なーに即答しちゃってんの私! うん見たじゃないよアホ! 緊張感のあまり喧嘩売っちゃった!
「もう一度聞く。昨日、何か見たか?」
見てないって言え! 光村さんだけでなく、私も自分にそう言っている。
……けど。ここで嘘をついてどうなる。もう一度先輩が狙われるだけだ。また逃げ切れる確証はない。そもそも、何で光村さんは鬼を狩ってんの? 理由が分からん。悪い奴ならまだしも、社会に適応している人まで狙わなくったっていいじゃん。
見てない、なんて言ったって、事態は好転しない。
私から動かなきゃ!
「――見たよ。最初から最後まで全部見た。アンタが先輩のほっぺを蹴り飛ばしたところも、それで先輩が無事だったことも見た。ついでに鬼の力のことだって知ってる。文句があるなら言ってよ」
「私に敵意を持つということは、貴女もターゲットの一人になるだけだ。訂正するなら今のうちだぞ」
「マジでか」
やっぱり見ていないことにして、一度星野先輩に任せるべきなのかな。というかそうしよう。ここで死んだら地球が絶望的だし。うん。
……怖いし、ね。うん。賢明な選択を。
「見てません!」
「よし」
いいよ。これで光村さんを怖がらずに済むし、私も地球も安全。
先輩にはちょっと苦労かけるけどさ。どうせ私にはどうにも出来ない。あんな戦い見た後ですよ。怖いのも分かるでしょ?
「……ッ」
――怖いんだよ。仕方ないじゃんか。
相手は火の玉を従えて夜の町を歩くという、化物じみた相手だよ。
そりゃ、見てる分には平気だけど、面と向かって殺すと言われているようなもんですよこの状況。
なのにさ。
何で涙が出るんだよ。
……情けないよ、私。全ての負担を星野先輩に投げちゃった。確かにあの人は強いけどさ、いくらなんでも役立たず過ぎるじゃんか私! 腐っても地球を救うんだろうが私! 地球の運命を背負う者が、こんなところであっさり負けるなんて。先輩に許されても、私が許せないんだよ!
「何か分かんないけどばっかやろぉぉぉぉぉぉ!」
勢いよく突きだした拳は光村さんの頬をかすめ、そのまま光村さんによって体ごと投げ飛ばされる。私の勢いを利用した華麗な反撃だけどちょっとこれ危ないよぉぉぉ!
スローモーションに見えるっていうのは本当だったんだ。投げられた方向は教室の出入り口で、ちょうどそこから瀬尾さんが入ってくるのが見えた。
「避けてぇぇぇ!」
「は? え、ちょ」
激突。
平和な学校にあるまじき光景ですよ。
ガッシャンドッタンうるせぇの何のって。
嫌いな相手同士で不本意ながら抱き合う形になっていたのはもう泣くしかないですね。お互いに「ぎょわ」みたいな変な悲鳴を上げて退いて、ガラスの破片が散らばっていることにようやく気付いた。
ドアを壊したとして、私と光村さんと瀬尾さんは職員室に呼び出される羽目になった。
……流石に瀬尾さん可哀想だよね、これ。
◇
「あの。私が呼び出し食らうのはおかしいと思うんだけど?」
ごちゃごちゃうるさいのは瀬尾さんである。
私と光村さんのプロレスごっこに瀬尾さんが巻き込まれた、というのがクラス内での一番有力な解釈。制服でプロレスごっこする女子ってなかなかいないと思う。特に共学では。……いや、多分女子高でもしないと思うけど。
まあ、瀬尾の言い分は分かるけどさ。
「私も須上さんのパンチを避けただけだ」
元凶がこんなこと言うんですよ。いや元凶は私か?
いや、もう元凶とかどうでも良いんだよ!
「ふざけんなぁぁ! アンタら、私だけを悪者にするのか!」
「そうだな」
「そりゃあ、ねえ」
あんまりだ。
とりあえず誰が何を言おうと三人で説教を受けるのは決定事項。昼休みに入ったところで私達は職員室に向かった。
と、そこにタイミング悪く現れたのは星野先輩。何か職員室に用があったらしく、ちょうど私達と入れ替わりになるように出てきたところ。
いきなり飛びかかろうとする光村さんを、私は何とか後ろから止める。
「せ、先輩! 逃げないと!」
「……やれやれ。元気だなお前ら」
「複数形ですか先輩!」
「事実だろ」
「……いや、まあ、確かにそうですけどね」
元気、ねえ。今の私達の異常行動は、ぶっちゃけ星野先輩にも責任があるのだが。まあ、何かへらへら笑っている星野先輩に毒気を抜かれたらしく、光村さんも大人しくなった。
「何やってんだよ。こんなところで」
「……噂になってませんでしたか? ドア壊した二年生の話」
「聞いたけど」
「あれ私らです」
「馬鹿やってんな」
ストレートに馬鹿とな。酷いなぁ。
でも、嫌ではないかな。
「……そうですね、馬鹿です。でも、楽しいですよこういうの」
こういう生き方をし続ければ、意外と退屈なんて味わわずに済むのかもしれないはしゃいでドアを壊して、積極的に何でもやって。それで失敗したとしても、笑って何とかしちゃてさ。そんで次のチャレンジを探して。そんな生き方。
それでも良いと思えた。今までの私には決して届かない、暖かい生き方。
きっと、そういう何でもない日常のことを幸せって呼ぶんだと思う。毎日笑えたら良いっていうのは、そういう意味なんだと思う。
これでいい。そう思っても良い気がした。
けど、そんな生き方は妥協に過ぎない。
生きている間のことしか考えないなんておかしい。幸せなんて幻で、所詮はその場しのぎの慰めなのにさ。みんなそれを追いかけてる。それで満足だって思い込もうとしてる。
難しいことから、目を背けている。違うんだよ。私が求めているのはそういう充実じゃないんだ。
異世界があると分かって、鬼の力があると分かって。それでも人並みの幸せしか追いかけられないなんて不幸だ。
私は知った。この世界に存在する、きっと裏社会ですら知られていないであろう未知とロマンを。
不思議な現象を目の当たりにした。隕石のことが分かった。隕石を落そうとする寂しい少年を知った。
――そんな私が、地球の救済者になる。
例え孤独でも良い。それが私にしかできないことなら。
……それが、私の価値になるならそれでいい。