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ユイナの地球救済  作者: 大塩
主催者
15/52

14.大江山伝説の余波3


 ここどこ? っていうのが第一印象。

 いや教室なんだけど、足の感触がないというか、浮いてんだよね何故か。

 幽体離脱かと思ったけど違った。そうじゃなくて、


 夢……らしい。


 教室では、生徒が自由にグループ作って座っていた。

 そんな風にグループを作ってないのが十人くらい。私……須上結菜もその中の一人だった。窓の外に、綺麗に咲く桜の木が見えた。

 隣には春風。この世の全てを敵に回すような尖った目をしながら、ちっちゃくなって弁当を食べている。

「……」

 多分、始業式から数日後の昼休みかな。

 夢の中の私は、何度か春風の方に黒目を動かした。話しかけようとして躊躇っている。そんな感じでチラチラ、とね。

 現実と同じ道筋を辿るなら、ここから意を決して小声でそっと話しかけたはず。一応、私らはそれまでも顔見知りではあった。けど、尖った目付きが何となく好きになれなくて、ずっと避けてしまっていた。

 けど他に話す相手もいないし、諦めて春風に話しかけなきゃ孤立するような気がした。

「……あーの、桜木さん?」

 意を決したか当時の私。舐められないように、自信持ってますよ風な態度で話しかけた。意識し過ぎて固くなったことが、やたら恥ずかしかったのを覚えてる。

「何や?」

 ギロ。とか擬音が出そうな表情。一瞬動揺したけど、どうもその様子は吠えるチワワ。私の警戒心が、するするするーっと抜けていく。

 軽くなった私の表情を見て、戸惑いつつも力を徐々に抜いていく春風。お互い探りを入れつつも、少しずつ、会話は弾んでいく。

「……で、ルックスは最高。実家はやや貧しいがそこがまた良い。テストはいつも平均から上位辺り。スタイルもエロい。しかし空気が読めない。桜木春風監察日記。作、須上ユイナ」

「涼しい顔でよく言えるな」

「まあね。私は君が一人になる理由が分かる。けどさ、自分がどうして一人なのかが全然分からないんだ。なるべく愛想は良くしてるつもりだし、それなりに馴染もうと努力したのに。……そりゃ、人見知りだけどさ」

「奇遇やな。ウチはアンタが孤立する理由が分かる。せやけど自分が一人になる理由は一切分からん」

「……何やかんや言って今、私達は二人で話している訳だけどね。だから、何と言うか……さ。お昼、一緒に食べてくれない? 瀬尾さんと仲良くないから、どうもあっち馴染めないんだ」

 ほんの数ヶ月前のことだった。クラス替えして、友達がいなくなって、疎外感にほぼ飲まれたあの春。桜木春風は、その存在そのものが私の春を全力で嘲笑っていた。桜とか春とかいう名前を持つ人が暗い顔して一人で座ってんですよ。春の変化、別れ、寂しさ。要するに負の部分を、全身で物語っているように思えた。

 正直、もっと良い友達が出来たら切り捨てよう、なんてことを、心のどこかで思っていた。……春風が格好悪かったから。

 けど、いつの間にか春風の良いところや面白いところも見つけちゃって、気付いた時には相棒同士だった。二人で話して、二人で陰にいて、二人で……それなのに孤独。そんな、傷を舐め会うような最低の関係。

 顔は二人とも、結構整っているはずだ。それなのに表舞台に立てない。私らよりブサイクな連中でも、楽しそうに笑っている。私の外見にハンデはない。むしろアドバンテージがあるくらいなのに、こんな状態。その事実が、私の社会性を否定する。

 ……一体、私の何が間違ってるってんだよ。


 私は! こんなに正しいのに!


「なあ、結菜。もし地球が滅ぶとしたら……アンタならどないする?」

「……ざまぁって笑うよ。だって、こんな世の中、つまらない」

 そんな会話もしてたっけ。


 そっか。そういや私には……、

 ――地球を救う理由なんてものが、ない。



 夢が覚めた。目は、開けない。開けたくない。

 名残惜しいし、現実に帰りたくないんだ。

 そうだよ。ざまぁだよ。隕石でドーンってなっちゃうならざまぁだ。

 地球が隕石で滅ぶのを食い止めるのが私の役目。アルスくんに言われて、星野先輩に言われて。それでその気になってたけどさ。嫌なことも楽しいこともチャラにする。……素敵じゃんかよ。

「……ぬ?」

 そういえば今何時だっけ。朝だっけ。昨夜の記憶も思い出せない。どうしたんだろ私は。というかさっきからベッドが揺れて……?

 いやこれベッドじゃねーな。

「背中?」

 誘拐? 手を伸ばすと、何か柔らかいものに触れる。

「あん? 何じゃこれ?」

「……あのな、人の胸を触って、『何じゃこれ?』じゃねーよ」

「その声、星野先輩? 何で?」

 目を開ける。外灯の照らす音のない夜道。

 先輩は私を背負い、私の家の方向へと歩いている。

「八瀬に住んでる親戚の子供を背負って以来だぜ、こんなの」

「京都に親戚いるんですか?」

「ん……まあな」

 星熊家で眠っちゃったのか。昨夜は一晩中ゲームしてたし、確かに眠気はあったけどね、人ん家で居眠りとは……やるなぁ、私。



 遡ること数時間前。

 星熊家のばーちゃんは先輩が友達を連れてきたことがよほど嬉しかったのか、なんか御馳走とか作って私と先輩をもてなしてくれたのであった。

「透生も一緒に食わんかー? ……聞こえてないかねぇ。剣ちゃん、ちょっと呼んできて」

「透生、飯だってよ」

「うるせぇな! 外には出ないって言ってんだろ!」

「串カツだけど、それでもいいのか?」

「っ! ……仕方ないな、出るよ」

「出るのかよ!」

 先輩とばーちゃんがさも当然という感じの顔をしている中、私だけ盛大に叫んだ。何じゃそりゃ。その気になれば串カツで地球救えるでしょこれ! ホントに私必要ですか!?

 長方形のテーブルには串カツとかグラタンとかが並べてあって、なんかすごかった。精進料理的なものが出てくるとばかり思っていたので、この状況は結構意外。座布団に座るという日本っぽいのは私にとっては新鮮。気分的にはパーティみたいな感じだった。

 で、何故か透生は私の隣に座った。

「えええええええ!?」

「えええじゃねーよ仕方ないだろ」

 そこに箸が置いてあったから仕方ないけど。いや、でも地球を滅ぼす人と救う人が隣同士で飯を食うってどういう状況よ。しかも無言。ばーちゃんと先輩は学校の話とかしていたけど、私と透生は何も喋らず、黙々と串カツを食べていた。

 ……怖いって。いやいやいや。何も怯えることなんてないんだけども。

 コップを持った手が震えて、水が踊ってます。人見知りだからね。初対面の人と隣同士って無理無理無理。

 気付かれない程度に、チラ、と目線を映してみる。

「――って……」

 向こうの持っていたコップの水も震えていた。

 まさか。もしかして、……もしかしてだけどさ。

「緊張してる?」

 こっちがそうだからこそ、思わずそんなこと聞いちゃう。透生はしばらく無言で、何も答えてくれなかった。

 じ、地雷踏んだ? 正直ビビりながらも、もう一回仕掛けてみる。

「あの、緊張」

「してたら何だっつーんだよ! 大体、そっちもそうだろうが……」

 怒った声。ちょっと泣きそうな風でもあった。

「……そそそりゃ、緊張してるよ」

「敵だからか?」

「いや、初対面だし男の子だし。それに単に人見知りだし……」

「……」

「……」

 顔を見合わせる。透生くんのその震える手を見ていると、徐々に連帯感だか親近感だかそういうものが湧いてきて、

「お前らなぁ……。初々しいカップルか」

 先輩のその呆れた調子の一言によって、完全に毒気を抜かれてしまった。向こうの表情も緩み、馬鹿じゃねーのとお互い軽く微笑む。

 笑ったあとで、透生くんはちょっとバツが悪そうに目を泳がせた。きっと、滅ぼす側としてのプライドみたいなものもあるんだろう。

「……トオルくん、だったよね?」

 別に名前を忘れた訳じゃないけど、他に話題の作り方が思い付かなかったのだ。

「ああ。……そういやお前の名前、まだ聞いてなかったな」

 向こうも何をどう話していいのか分からないって感じだった。探り合い。但し意識的な警戒はない。慣れない者同士の見合いみたいな感じ。

 けど珍しいことに、私はその緊張感を楽しめていた。こんな非日常的な相手を前にして、こんな仏運のことで胸を躍らせているのか私は。そう思って苦笑してしまった。

「えっとね、須上結菜。結ぶに野菜の菜で、結んで実れ! って感じかな。いやそれじゃ結実になっちゃうか」

「……透明に生きろなんて虚しい名前よりはマシだな」

 彼は自嘲気味に笑いながら言った。名前にコンプレックスでもあるみたいな調子。そんなに否定的な言い方をしなくてもいいと思うんだけどね。

「そっちだって綺麗な名前じゃん? 濁りのない、綺麗な生き方みたいな」

「清濁併せ持って一人前って言うだろ。濁りがない。それって、一生子供扱いってことだぜ?」

「あー、確かに」

 フォローするつもりで納得しちゃったぜ私。

 透生くんは自嘲する。

「……引きこもると、本当に自分が世間から消えちまったみたいな感覚があってな。何と言うか、確かに透明人間なんだよ」

「……いやいや、透き通るってカッコイイじゃん。私だってさ、小学校の頃は絞殺しの木とか呼ばれてさ」

「他の木に寄生する奴だっけか」

「そ。植物図鑑で初めて見たときは衝撃的だったなー」

 今考えれば不思議なあだ名だ。

 私の名前は絞めるのではなく結ぶ訳だし、大体、菜だし。木じゃない。だけど何となく、結菜が絞殺しの木っていうのは納得できてしまう。私はそのあだ名で呼ばれる度に、自分が誰かを絞殺する情景を頻繁に思い浮かべていた。


 私は何人も殺したんだ。

 頭の中で、会ったこともない人を殺した。

 ……いや、殺させられたんだ。友達に。ミンナに。社会に。


 あの頃から、私は集団が嫌いだったのかもしれない。人間のしょうもなさにだって、気付いていたような気がする。でも、それでも一人が怖くて仕方がなかった。

 だから引きこもれない。引きこもる勇気が持てない。透生くんは引きこもっている。引きこもる勇気がある。彼は、私にも先輩にも兄貴にもアルスくんにも、瀬尾さん達にもないモノを持ってる。

「……私、君のことキライじゃないな」

「問題だろ、地球救済者がそんなこと言うの。……まあ、俺もお前のことはそこまで嫌いじゃねーけど」

 何やかんやで意気投合。その後も、透生くんとの会話は不思議なくらい盛り上がった。

 引きこもりで生意気な透明人間、星熊透生。

 ……できるならもっと早く、違う出会い方をしたかった。



 ということがあって、何かいつの間にか眠っちゃってたらしい。

 起こしても起きないから、仕方なく背負って運んでたそうな。大人になって酒とか飲み始めたら、こういうことも増えてくるのかもね。

「……結菜。透生と仲良くなり過ぎだ」

 先輩が説教臭く言う。

「仕方ないじゃないですか。分かるんですよ、彼の気持ち」

「勝手にキレて地球に隕石を落とそうとする奴の気持ちが?」

 先輩の言葉はキツかった。やっぱり、普通はそういう風に見ちゃうのかね。私は違う感想を持ったよ。

 パソコンに映っていた彼のぎこちなさを思い出す。……他人に慣れていないであろう彼が、不特定多数の人間に向かって言葉を発する。それはきっと、かなりの勇気とエネルギーと恥みたいなものを要したに違いない。

 隕石を落とせるなら、さっさと落としてしまえば良いのに。

 それなのにどうしてあんなゲームを始めたのかって。

 そんなの、理由は一つしかない。


「止めて欲しいんですよ」


 それ以外に、ない。

「ゲーム内の他のプレイヤーをまとめ、隕石の進路を変える方法を見つけだし、恥も外聞もなくネットゲームばかりやっていられる人。彼は、そういう人を探してるんじゃないかって思うんです。本気で自分を止めてくれる人がいたら、自分も生きていたいと思えるかも知れないって、そんな風に思ってるんだと……私の憶測ですけどね」

「……もっと早く、あいつと会わせてりゃ良かったかな」

 先輩も、そんなことを言って笑った。


 透生くんはきっと、私と同じなんだ。

 学校の中で見えない殻を被るユイナと、引きこもりという見える殻を被るトオル。私はどうしようもなく彼に同情していた。

 だから、決意。

「……私、隕石止めますよ」

「ああ、頼むぜ。俺だってさ、従弟が魔王じみたことをするのは見たくないんだ」

「――はい」

 私は星熊透生を止めてみせる。

 私が本気で目標を定めたのは、これが初めてかもしれない。



 五分くらい先輩の背中に揺られたところで、何か奇妙な人影っぽいものが見えた。

 何か分かんないけど何かが、ゆらり。動いている。

「ん……?」

 ゆらり。ゆらゆら。。

 視界に入ってきたのは、数個の火の玉だった。

「ぎゃぁぁぁ! 先輩! あれ!」

「結菜、落ち着け!」

「すげぇぇぇ! はっきり見えないから近寄らないと!」

「お前は馬鹿かぁぁぁ! 色んな意味で冷静になれ!」

 まあ、アルスくんの登場とか見てたら、火の玉くらいで怖がったりはしないよ。写真を撮ろうと携帯を開き、しばらくシャッターチャンスを窺う。

 そこに人影が見えた。幾つかの火の中心で、不気味な遅さでこちらに近付いてくる。

 少女。不機嫌そうな目付きに、ショートカットに和服。暗くて色は見えないけど、どちらかというと黒に近い色。こけしに近い。

「……桃太郎?」

 そこにいたのは、光村さん。

 彼女は私を一瞥すると、こう吐き捨てた。

「今はあなたに興味はない。私は鬼を狩る者だから」

「……相性最悪って感じだね。どうすんの、星野先輩」

 先輩は私を降ろし、ククク、と笑った。

「先に帰ってろ。心配は要らねぇ」

 先輩は私を降ろし、右掌を突き出して力士みたいに腰を下ろした。


 ――風の音がした。光村さんが動き出した音。

 先輩は飛びかかってくる光村さんを受け流すと、手だけをこちらに向けて軽く振った。

「じゃあな。また明日会おうぜ」

 先輩はそう言った。

 ……けど、帰れる訳がない。

 こんな熱くて不思議な展開、見逃してたまるか。

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