13.大江山伝説の余波2
中性的な顔付きに、血を思わせる瞳。顔色は悪く、どこか死人じみている。
パソコンの画面で見たとおりの姿。それが今、目の前に……。
という訳で、ラスボスは先輩のイトコだった!
「姉さん、誰だこいつ」
透生くんが、私に向かって指を差す。星野先輩は何となく申し訳なさそうに頭を乱雑に掻きながら言う。
「こいつは地球救済者。俺の味方で、お前の敵だ」
「俺の大根演技を見てるってことじゃねーか糞!」
透生くんは頭を掻き乱し、野生動物のように凶暴な瞳で私を睨み付け、それから溜息を吐いて、無理やり余裕を見せつけるみたいに軽く笑った。
「はん! 口だけなら何でも言えるっつーの。俺のやってることに関与したいなら、んなとこ来てねーで帰ってパソコン付けてゲームしろよ。鍵はゲームの中にあるっていうのにこんなところで油売っってる。そんな奴が地球を救いますなんて、ふざけた話じゃねーかコラ!」
「た、確かに」
「喧嘩売ってんだよ! 買えよ!」
「う、うぐぅ」
そこはかとなく小物感。
とりあえず、状況を整理しよう。相手の話も聞かずに喧嘩なんてしたところで、無駄に敵対意識が強まるだけ!
「先輩、状況をちょっと整理してもらえますか! 私は何やかんやで常識人みたいです! 現状についていけません!」
「分かった。ついでに俺や透生、そしてこの家のことを話しておく。今回の騒動には、俺達が深く関わってたんだ」
そうして先輩は話し始めた。
それは嘘みたいで信じられない、でも漫画の世界みたいで、私が憧れ続けたような話だった。
大江山、という山がある。
時は平安。当時の大江山には、酒呑童子やら茨木童子やらいう鬼を筆頭に強い鬼が結構いた。鬼は悪いことをしていた。だから金太郎やその仲間達によって退治された。この辺、割と有名な話らしい。
しかし、全ての鬼が退治された訳じゃない。逃げ切った一部の鬼達は子孫を残し、子孫達は人間への復習を夢見て、鬼である自分達の研究を始めた。
何代にも渡って、ひっそりと。彼らは長い時間をかけ、自分達の持つ鬼の力に様々な力を組み合わせ、改良を続けていった。
そんな地道な努力が、明治時代になってようやく実を結ぶ。
「俺が平気でクマのタックルを受け止められたのは、鬼だからだ」
「にわかには信じがたい話ですね」
「……信じられないって顔じゃねーけどな」
だろうなー。私は既に異世界人と超能力者を見ちゃってる訳ですからね。今更、鬼なんて言葉に大袈裟に驚いたりはできませんよ。
鬼、か。
ということは、桃太郎は先輩の敵か。
「ところで、具体的にその鬼の力って何なんですか? 超能力みたいな感じですかね」
「……その辺はまあ、あまり部外者に語れるものじゃないんだ。悪ぃな」
先輩は申し訳なさそうに言うと、透生くんに目を向けた。
「そして透生だ。こいつは鬼の中でも特に強大な力を持っている。だが、今は引きこもり生活をエンジョイ中だ」
「エンジョイなんか出来るか! この疎外感が姉さんとそこの地球救済者に理解できるのかよ!」
反論する透生くん。……ぬう、人によっては屁理屈だと思えるかもだけど、私は彼の感情が何となく分かった気がした。
教室では大体一人で、もっと孤独な春風と昼飯を食って、イケてる側の女子からは時々笑われ、何かもう何もかも嫌になってフィクションに逃げた。私だって、一歩間違っていれば引きこもりになっていたかもしれない。これから先だって、絶対にならないとは言い切れない訳だけどさ。
……いざ社会と自分とを隔離することに、どれほどの覚悟が必要か。
そんな風に思うと、彼のことも悪い奴とは思えなかった。
けど、先輩が彼を見る目は冷たい。
「透生の力は隕石を操るほど強かった。そしてそんな透生は世間を恨んでいる。それで……そんなこいつを異世界人が止めに来た、と。多分そういう感じだろう」
「地球終わりましたね」
「おいおい、お前が言うなよ!」
先輩が言う。けど、だって、ねえ。
何が原因でこうなったのかは分からないけど、恨みの力は結構強大ですよ。私だって瀬尾さんを始めとするあの辺に対して汚い感情を持っているし、その感情は結構、私の中で大きなエネルギーになってる。
――滅びても良いんじゃないかって気になった。
世間を恨んでいるのは透生くんだけじゃない。
案外、滅びによって救われる人々も多いはずだし。
「……人類滅亡、か」
「結菜」
先輩が私の背中を軽く叩く。
「え? あ、いや、別に、もう地球救わなくてもいいんじゃないのかな、とか思ったんじゃないですよ!」
「めちゃくちゃ惑わされてるじゃねーか!」
先輩が私の両肩を握り、ゆっさゆっさと揺らしてくる。首が! 首がぶらんぶらんする! ぐおおおお!
「おい姉さん、こいつ本当にオレの敵か!?」
「そのはず……なんだけどな」
そんな簡単に敵とか味方とか言えるかよ。
最近まで率先して「この世界はつまらん」とか言ってた私が、自分から現状維持を望むなんてこと自体、本当は無理がある気がする。
実際に透生くんと出会って、その迷いはさらに深まった。
私は……というか地球は、どうなってしまうんだろう……。