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ユイナの地球救済  作者: 大塩
異世界人
11/52

10.アルス2

 午後七時。天候のせいもあってか、外は既にかなり暗かった。

 いつもの川沿いに来てみたんだけど、いない。出会いの場所もこの辺りだった訳で。ここにいるような気がしたんだけどね。

 ……アルスくんどころか、人があんまりいない。たまにすれ違う、車のライトが眩しい。車とすれ違ってんのかライトとすれ違ってるのか分からない。光に焼かれた目じゃ、前が見えない。


 幸せ者に真実は見えない。悩まないと。闇を受け入れて、孤独の中に身を置いてこそ、何かが見えるんだ。

 私はそう思いたい。


「曇ってるせいか……」

 暗過ぎ。寂しい。アルスくんは道端を歩いているかもしれないし、ひょっとしたら公園で休んでいるかもしれない。この町には滞在するって言ってたから、私の探せる範囲にいるはずなんだ、けど。

「……異端にはさせないから」

 何も知らない馬鹿な一般人が偉そうにふんぞり返って、この星を救いに来た聡明なお方がホームレスなんておかしい。そんな世の中、私が意地でも認めない。せめて私だけでも、彼を称えなきゃ。

 この星を守る為に来た彼を、私が地球人代表として受け入れなきゃいけない。

 と、そんなことを考えていると、唐突に頭の中で何かが駆け抜けた。痛み。目眩。視界が眩んで、川に落ちそうになったんて慌てて陸の方に飛び込んだ。

 ぐわん。揺れる。何が? 私が? それとも地球が?

 倒れてる。起き上がる余裕がない。体の動きが鈍い。動かすのがしんどい。

「う……?」

 な、何でじゃ。どうしたんだ私? 何が起こってんの? 病気? 本気で頭が痛い。道端に座り込む。意識がふわふわしている。

 授業中に浅い眠りに入るような、朦朧としたあの感じ。

 頭の中で、何かが波打っているのを感じた。


「あー……」

 ラジオだ。私の頭はラジオ。

 チャンネルを合わせていくと、徐々に何か人の声が聞こえてきた。

 これはテレパシー。

 きっと、そうだ。

「驚いた。初めてのはずなのに、心波をすんなりと受信できてしまうなんてさ」

 誰かの声が、脳の中で反響する。

 気持ち悪い。車酔いに似た浮遊感。

「結菜」

 クマさんの繋がりだろうか。――白髪の女が見える。

 見覚えがある。


「服部さん……?」


 私は呼ぶ。

 いや、服部さんじゃない。じゃあ、誰だろう。

 手には鬼の顔をしたお面。誰なのか聞こうとしても、上手く喋ることができない。何だこれ。ホッキョクグマのときとはプレッシャーがまるで違う。


「――誰?」

「滅びの箱を開けるんだ」

「箱?」

「パンドラの箱」

「誰が?」

「パンドラが」

「私がパンドラ?」

「君は、エルピス」


 聞きたいことが山ほどある。

 ここは? 何で私倒れてんの? 死んだの? 生きてるの? 痛いよ。しんどい。もう何かどうでもいい。

 隕石。異世界人。サイキッカー。

 凄いね。今まで私が知らなかったことばっかり。

 地球救済者、私。私? 私。

「……地球は滅ぶの?」

「滅ぶよ」

「誰が滅ぼすの?」

 期待していたのかもしれない。見えていた。

 救う可能性が私なら、逆だって然り。

 地球を滅ぼすのは誰か。それはきっと、


「……スガミユイナが」



 気付いた時には私の体が浮いていて、頭は痺れたみたいに全然回らなくて。体全体が電気に犯されているみたいな感じ。何だか神経が壊れてるみたいだ。

 何? 死ぬの? 死ぬのかもしれない。というか既に殺されているのかもしれん。走馬灯は流れない。流すほど大した記憶を持っていないということかもしれない。……本当に価値も何もない人生だったんだな、きっと。


「……私」


 高校生で人生なんて言葉は使うべきじゃないのかもしれないけど、それでも……それにしたって空っぽで。本当に何もなくて、同い年くらいの有名人がテレビに出る度に妬んで、同じクラスの誰かが何かの賞をとったら羨んで、自分には何もなくて、友達もいなくて……。


「死ぬ訳……?」


 親と……それ以外は星野さんと兄貴しかいない。私はあの二人に生かされている。あの二人がもしいなくなったら……。どうなるんだろう。

 春風と一緒に暗い日々を淡々と過ごしていくのかな。

 それは嫌だ。

「……須上さん」

 どこか遠いところで、誰かが言った。

 さっきの白髪とはまた別の声。

「……須上さん」

 聞き覚えのある女の声だった。その声は段々と近くなっていき、

「須上さん!」



 耳元で車のクラクションみたいに響いた、私の名前。

「はいい!?」

 思わず返事もでかくなる。鼓膜鼓膜鼓膜! 無事ですか鼓膜さん!

「大丈夫そうだな」

「う、うん。……あれ、君」

 そこにいたのは、転校生の光村雫さんだった。

 一瞬、近所の小学生かな? とか思っちゃってごめんなさい。

「酔っぱらったのか? うなされていたが」

「いや、大丈夫。ちょっと、気分が悪かっただけ。……あれ、軽いや」

 頭の痛みが治ってる。気分爽快。後遺症も何もなくて、体は普通に健康そのものだった。

「……さっきのは夢か」

「こんなところで夢を見るとはやるな」

「あはは……。もしかして結構眠ってたのか、私」

 携帯を見たら九時だった。

「うお! まさか。二時間も眠っちゃってたのか私」

「場所が場所だったんで起こしたが。お節介だったか?」

「あ、いや……? ところで、光村さんは何してんの」

 一人だし。仲間がいるわけでもないし。

 服装が制服ってことは……学校帰り?

「端的に言えば人探しだ」

 また、それか。

 先輩にしろ私にしろ光村さんにしろ、人を探し過ぎでしょ。

「……ふむ、問題を抱えているようだな」

 光村さんが言った。


 私の抱えている問題って? ……。

 問題? 隕石のこと? それとも謎の組織に命を狙われているらしいこと? アルスくんがホームレスになるかもしれないこと?

「まあ、鬼と関わりがなければ良いのだが」

「……鬼って?」

「鬼は鬼だ。それ以上説明しようがない」

「光村さんは、何なの?」

「桃から生まれた桃太郎と言ったら、笑うか?」



 まるで、倒れてからの二時間、全てが狐か何かの悪戯だったみたいに。

 私は道端で、一人で立っていた。

「――死ぬなんて、本気で思っちゃってたな……」

 我に返ってみると、さっきまでの自分が馬鹿みたいに思えた。


 ――んなことはどうでもいいんだった。

 今は、アルスくんを探さないと。



 時間も時間なので、携帯に家族から心配メールでも来てないかと思ってメールボックス見ると、一通だけ兄貴からメールが来ていた。「はよ帰れ」だって。大して心配してないなー。ちょっと残念。

 アルスくんは、家の近くの公園のブランコにいた。

 灯台モトクラシー(何回聞いても英語にしか聞こえない)とはこのことか。結構遠くも見て回ったんだけど、結局かなり近所で油売ってるよ。

「あ……ユイナ……さん」

 近寄ると、向こうも私に気が付いた。

「さん付けはしないで」

「……ごめん」

 私は隣に座る。何となく、カップルみたいなことをしてみたい気分だったのである。けどブランコに座るとき、思わず深い溜息を吐いてしまって、ムードぶち壊し。アルスくんが心配そうな目を向けてきた。

「……いや、うん。大丈夫だから私。それよりさ。兄貴の言ったこと、気にしなくてもいいんだよ?」

「事実ですから」

 彼は自嘲意味に笑ってみせた。

「それはそうだけど……」

「いいんだ。元々、こうなる予定だったし」

 そういうもの。なのかな。

 異世界人がやってきた少年は、美少女と出会い、頼もしい仲間達と出会い、成長しながら悪を倒す……なんて都合の良い展開とは無縁のまま、余所者扱いされながら孤独に戦わなきゃいかんのかな。居場所も与えられず、特に富や名声も得ることなく、淡々と地球を救って終わり?

「……いや」

 ホントにそれでいいんだろうか。少し怪しいからってそんなのおかしいんじゃないのかよ。

 アルスくんが私を騙す理由なんて何もないじゃん。金や物が目当てだったらもっと金持ち狙うだろうし、女が目当てだったら……確かに居候は際どいかもしれないけど、それなら他にもターゲットは幾らでもいる。一人暮らしの女を狙わない分、逆に信頼できるじゃんか。

「ああもうバカ兄貴!」

 別に兄貴でなくてもよかったけど、怒りの対象は他になかった。アルスくんは軽く笑いながら、ブランコから降り、私のブランコの前にしゃがんだ。

「……あんまりお兄さんを責めないであげてくれないかな。ユイナのことが心配なんだよ、あの人は」

「まさか。固い頭で固い結論出しただけよ。そのくせ感情的なんだからさ」

 少し愚痴っぽく私が言うと、アルスくんは少しだけ笑って、私の顔を優しく見つめた。

「兄って不器用なもんだよ。僕にも妹がいるから、あの人の気持ちはよく分かる。……妹の心配するのって、本当に照れくさいんだ。だから素直に言えない。それだけだよ」

「そんなもん?」

「そんなもんだよ」

 私を見るその目は、まるで、故郷の妹を見るような遠い目になっていた。

 私を妹と重ね合わせている……らしい多分。重ねられる方からすればくすぐったいけど、まあ彼の寂しさを紛らわす為なら仕方ない。

「だからホームレスになろうと思う。お兄さんの意思も尊重したいから」

「……いやちょっと待て待て」

 ホームレスはダメだって。主に衛生面でマズイ。ただでさえ慣れない環境だろうに、そんな生活を続けて何かの間違いで死んだらどうするつもりじゃい。

「ウチに帰ってきて。大丈夫だから」

「でも」

「兄貴は私が説得する。絶対納得させる。君に万が一のことがあったら、誰が地球を救うのよ」

「……でも」

「でもじゃない。ほら、帰るよ」

 無理矢理アルスくんの手を握り、そのまま引っ張って家に向かう。渋々抵抗を止めたアルスくんの顔には、大いに戸惑いの表情が浮かんでいた。

「……ユイナ」

「ん? ひょっとして私、迷惑?」

 少し不安になって聞いてみると、彼は笑って否定した。

「……まさかね。何と言うか、ありがとう」

 そう言って、私の手を握り返してきた。


 ――星野さんと兄貴しかいない? 馬鹿言うなよ私。


 春風もいるし、アルスくんも、起こしてくれた光村さんも、あれもこれも……ほら、中学時代の先生とか、ゲームで対戦したヤシャとか? あと……まあ、うん。そんな感じで数え切れないくらい沢山いるじゃんか。私を見てくれる人が。

 贅沢ばっかり言うなよボケ。

 私は……生きてて良いんだよ、きっと。

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