09.アルス
「……サイキック団。私が思うに、これは悪の組織の名前だと思う訳ですよ」
兄貴は苦笑い。
「まさか。あるわけないだろ」
「現実を見てよ!」
現実なんて私が言っても説得力ないけど! でもまあ兄貴は一瞬怯み、やや嫌そうな顔で渋々頷いた。
確かに胡散臭過ぎるけどさ。あの長鼻を見た後じゃ、何も否定できないよね。私はアルスくんが現れてから、疑うという発想が既になくなってしまっている訳ですが。
「あー、でも、何かあれだね」
すっかり平和になった川沿いを見て、何となく呟いてみる。
「……夢みたいだったね」
相変わらず人はいない。さっきのホッキョククマ、私ら以外に見られてなきゃいいけど。変に騒ぎになるのもなぁ。それはそれでアリだけどね。
「ねぇ、分かった?」
私は二人に問う。
昨日、星野先輩に意味不明な不思議体験を語り、家に得体の知れない少年を連れ帰った。そんな奇怪な私の行動。例えば春風みたいな、普通の、常識の中にいる人なら理解できないと思う。当たり前。けど二人とも、たった今、普通ではない経験をしてしまった。
兄貴も先輩も、もう私と同類だ。
「今、世界は変わりつつある。秘密の組織とか、地球の危機とか。それでも認めてくれない? 私、おかしいの?」
「結菜だけじゃねぇよ。……お前がおかしいなら俺らもおかしい。認めるよ、お前の言うこと」
星野先輩が言った。感情を抜いたような、沈むような声。現実味のない、夢の中の登場人物みたいだった。……先輩なりの混乱の表し方なのかも知れない。
その横から、兄貴は私に詰め寄り、言った。
「危険なことなら、お前は手を引け」
「……別に、危険なことじゃないけど」
兄貴の目を見れず、少し目を逸らしつつ言う。
「だったら今の長鼻は何だよ。俺らがいなかったらお前、殺されてたかもしれないんだぞ?」
「それは、まあ、うん。……でも……」
確かに私は、超能力で相手を浮かせるような相手に太刀打ち出来るほど強くない。特別な力もないし、一般人の中でも強い部類ではないと思うし。
……だけど私は、地球を救うってことになってて……。
「そもそも、居候の件だってお前」
「落ちつけ瑞樹」
星野先輩が、私をかばうように私と兄貴の間に入ってくれた。何だか本物の姉さんみたいにみえた。
「……お前に落ちつけとか言われたくねー」
「まずは話を聞かないと分かんねえだろうが。なぁ、結菜。昨日の隕石の話、もう一回話してみろ。居候のことも関係してんだろ?」
「……笑わずに聞いてくださいね」
私は、ここ最近あった不思議な現象を全て話した。
パソコンが雷で止まったこと、画面に鬼を名乗る中性的な少年が笑われ、ネットゲームに参加させられてしまったこと、そのゲームで、隕石の今後を左右できるであろうこと。
そして、異世界から現れたアルスくんの話だと、私が地球の運命を握っている可能性があるということ。
口にするとさ、自分でも馬鹿みたいに思えてくるんだ。本当は夢を見ていたんじゃないかって。それとも巧みに騙されていたんじゃないかとか、全部、私にしか見えない幻覚なんじゃないかとか……。
だけどそんな話でも、二人とも真剣に聞いてくれた。
それが嬉しかった。
「……やれやれ。俺らの知らないところで、地球ラストイヤーが始まってたってわけか」
「そうですよ。ラストイヤーでデストロイヤーですよ」
語呂が良かったんで合わせてみた。
「悪かったな。昨日、信じずに笑っちゃって。じゃあ、明日な。……」
先輩は反省レベル四割程度で謝ると、自宅へと帰った。どこか複雑そうな表情。やっぱりまだ半信半疑?
案外、違うことで悩んでるのかもしれないけどね。
理論派なのに感情的な兄貴と、感覚派なのに冷静な星野先輩。似ているのか真反対なのか、よく分からない。
兄貴はちょっと不機嫌そうな顔。
「……ごめんね、兄貴。受験の忙しい時に、こんなんなっちゃって」
「別に良い」
◇
無事に帰宅し、ほっとしたのもつかの間。
兄貴は早速、アルスくんを捕まえた。
「ちょ、兄貴、いきなりかい」
「当たり前だろ」
目が点とはこのことだろうね。困ったアルスくん。
「状況が読めないのですが」
そりゃそうだ。
「とりあえず集まれ二人とも」
兄貴は自分の部屋に私らを集め、ホッキョクグマが「おひょひょひょひょ」と言いながら長鼻になっていたいけな私を川に放り込んだ挙句、背中のサイキック団というマークを見せてそのまま逃亡した話をアルスくんに聞かせた。
「という訳なんだが、どういうことだ」
「どういうって言われましても……」
「……とりあえず、お前の知っていることを話してくれ」
ピリピリしている。これが普通なのかな。異常事態にはしゃいで喜ぶなんて稀有なのかね。それとも、それが子供と大人の差なんですか。
アルスくんは超能力の概要から、私との出会い、地球の危機、ネットゲーム、異世界の存在、私の名付けた名前、坂本竜馬が偽名だということまでを全て話した。あれ? さっき私が一通り言わなかったっけ?
「……なるほどな。てか何で同じ話を二回聞いてんだ俺は」
全てを聞き終えた兄貴は少し考え、ちょっと意地悪な質問をした。
「で、証拠はあるのか?」
よく使われるセリフ。
「……証拠……ですか……」
「ないなら出て行けよ」
冷たく兄貴が言う。それを聞いて、怖くなった。
アルスくんが消えて、私の生活が平凡に戻っていくことが怖い。ただ何事もなく、平和が戻ってくることが怖い。嫌だ。絶対に嫌だ。
このまま「町人A」として死んでいくなんて、嫌なんだよ――!
「分かりました」
アルスくんが言う。
「……え、ちょっと」
「証拠はありません。それで出て行けって言うのなら、出て行きます」
少し寂しそうな表情だったけど、口元は少しだけ笑っていた。自嘲的で、それが余計に寂しかった。
「ちょ、地球はどうする訳!?」
「解決の糸口は見つかったんだし、後は任せるよ。ゲームなら君だけでも解決できるだろうし。大丈夫、この町には滞在するから。困ったら相談してくれ。……じゃあ、ありがとう」
そしてそのまま行ってしまった。
「……え、ちょ、マジで!? 兄貴、何してくれてんのよ!」
「知らねえよ。元々胡散臭いやつだったろ? 百歩譲って超能力がありだとしても、異世界なんて俺は信じられない。証拠もないなら尚更」
「証拠証拠って! 異世界が存在しない証拠とかあんのかよ!」
いてもたってもいられず、私は部屋を飛び出した。
「おいこら結菜! どこ行くんだよ!」
「アルスくん探して、連れ戻してくるだけ!」
血が頭に上っる。イライラして暴れ出しそうな感情を、全て足に使って全力疾走。
あのヤロウ、地球を救いに来たんだろうが! 絶対にホームレスなんかにはさせないんだから!