表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

短編

剣を置きたくないので、運命の番から逃げます

作者: 志熊みゅう
掲載日:2026/04/11

 私・クレアは流れの魔剣士で、チェスターの街で冒険者をしている。最近やっとAランクに昇格して、高額の依頼もこなせるようになった。


「ビル、今回は魔物討伐だから取り分は五分五分で。」


「ありがとう、クレア。――今日こそはあの返事を聞かせてよ。」


「ビル、何度も言っていますが、私は魔剣士を辞めません!だからあなたみたいにチャラチャラした魔術師とは結婚しません。」


 私に求婚しているこの男は、魔術師のビルだ。三年前、彼に誘われてパーティーを組んだ。多少の無茶しつつも、ここまでやってこられたのは、戦闘魔法だけでなく、治癒魔法も扱えるビルのおかげだ。


「いい返事がもらえると思ったのにな~。」


 彼は笑いながら、アシンメトリーの前髪をかきあげた。黒髪は艶やかで、燃えるような赤い瞳は妖艶。今日も色気がだだ漏れだ。見目は麗しい彼は、酒場でもすぐに女たちに囲まれている。


 私はそんなビルに流される形で、ある日つい関係を持ってしまった。それから私たちは、パーティー仲間兼『恋人』という関係になった。普通の女性なら、こんなイケメン魔術師に求婚されたら、泣いて喜ぶだろう。――でも、私には結婚をためらう理由があった。


「家の前まで送っていくよ。」


「私は魔剣士ですよ。その必要はありません。」


「少しでも長く恋人と一緒にいたいだけ。」


 結局彼は、アパートの玄関まで送ってくれた。彼と別れた後、階段を勢いよく昇り、三階にある自分の部屋へと急ぐ。


「――あんな独身貴族って顔して、どうして急に『結婚』なんて言い出したのかしら?」


 ふとアパートの階段に取り付けられた鏡に映る自分の姿が目に入る。赤髪のポニーテールに、緑の瞳。そして鍛え抜かれた体。胸にはビルにもらったお守りのペンダント。今までと何も変わらない。剣の調子だっていい。けれど――まだ見た目に分かる時期ではないが、私はビルの子を身ごもっている。


 妊娠が分かった時は、それこそ頭が真っ白になった。とはいえせっかく授かった命。この子を産み育てたいと思っている。本来は真っ先にビルに相談し、彼の求婚を受け入れるべきであろう。だけど私にはそれができなかった。


「はぁ。」


 小さくため息をついて、自分の部屋の扉を開け、玄関に剣を置く。


 私の人生は常に剣と共にあった。保守的なこの国で、騎士や剣士は本来女性の仕事ではない。周りに認められるために、私は女であることを捨てた。今さらだ。今さら剣のない人生なんて考えられない。だが、結婚した嫁が剣を振るうことを認めてくれる男性はまずいない。前衛を担う剣士ならなおさらだ。


 それに、私は『お尋ね者』だ。この部屋には、いつでも逃げられるよう必要最低限の荷物しかない。幸い蓄えもある。自分のことでビルに迷惑をかけられない。体に変化が出てくる前に、出奔しなければ。


 彼なら――私がいなくなっても大丈夫。多少は落ち込むかもしれないけど、すぐに元気になってまた新しい仲間とパーティーを組む……。それに、新しい恋人だってすぐにできる。そうは思ったけど、ビルが他の女性と歩く姿が目に浮かんで、急に涙があふれ出した。


 でも、もう決めたことだ。荷造りを始める。出奔も三度目になると前より手早くできた。


「あ、指輪。オズボーンの兄さんたち元気かな。」


 オズボーン辺境伯家の鷹をあしらった紋章が入った金の指輪。いつの間にか、私をオズボーン辺境伯家の人間だと示すものも、この指輪だけだ。――今でこそ魔獣相手に剣を振りまわしているが、もともと私は貴族令嬢、国境を守るオズボーン辺境伯家の末娘だった。


 小さな頃から剣が好きだった私は、毎日のように兄たちや若手騎士と剣を振り回していた。だが、両親はある日、私にだけ剣を置くように命じた。


「あなたは、お兄さまたちとは違うの。女の子なのよ。もう危ないことはよして、花嫁修業に集中しなさい。そろそろあなたの婚約者も決めないとね。」


 兄たちのように騎士を目指していた私にとって、それは死刑宣告に等しかった。私はひそかに、家に頼らず騎士になる道を探した。そして一般騎士として志願できる十五歳になった年、私は家を飛び出し、王都へ向かった。身分を隠して騎士団の入団試験を受け、女性としては異例の合格を勝ち取り、そのまま近衛騎士に配属された。


 騎士団は完全な男社会で、初めは苦労した。だが、やっとつかんだチャンス。このまま実家に戻れない。戻りたくない。私は自分が女であることを忘れ、昼夜問わず、剣の鍛錬に励んだ。


 それは厳しいけれど、同時にとても充実した日々だった。


「今日は珍しいな。引きこもり王宮魔術師長が視察だとよ。」


「騎士団の訓練に魔術師だと?」


「あの第三王子だよな。いつもローブを深く被っていて不気味な。」


 王族や有力貴族は強い魔力を持ち、それゆえに国を導く立場にある。一方、私の同僚、一般騎士たちは平民出身で、故に魔力を持たない。彼らは得体の知れない魔力、魔法というものに対して、どこかで忌避感があるのだろう。私は剣を選んだとはいえ、もともとは貴族の側の人間。多少の魔法は使えたが、ここでは黙っていた。


「――それで第三王子の番、まだ見つかっていないんだろう?」


「番?ああ、運命の番か。王族みたいに魔力量が多いと、番が見つからないと魔力が暴走しちまうって聞いたけど、大丈夫なのか?」


 私のちっぽけな魔力では、まずそんなことは起こらないが、魔力量が桁違いの王族では、時にその魔力を暴走させ、大惨事を招くこともある。辺境伯領でまだ令嬢をやっていた頃、家庭教師から聞いた。そして第三王子は、現王族の中で最も魔力が多いが、いつまで経っても、番が見つからない。王家も躍起になって、運命の番を探していると、下級騎士の間でも噂になっていた。


「ほーら、無駄口叩いていないで、もう一試合しますよ。」


 さっきから、だべっている連中に練習剣を突き付けて、声をかけた。


「黙ってりゃ、そこそこかわいいのに、もったいないな。クレアは。」


 私はそんな軽口をたたいた同僚を睨んだ。ふと、その視線の先に黒装束の集団が見えた。真ん中にはフードを目深にかぶった男性。あれが噂の第三王子か。


 ――その時はまさか、これが人生最悪の日になるとは思わなかった。


 午後の練習が終わった直後、近衛騎士団長が私のところに来た。


「――クレア、今いいか。」


「団長、何か御用でしょうか?」


「いや、それが……。第三王子・ウィリアム殿下が今すぐにお前に会いたいと言っている。」


「えっ、殿下が私にですか?何かの間違いでは?それに今すぐは無理です。この通り、剣を振るった後ですし、王族に謁見するのであれば、後日、日を改めて……。」


 急に私に会いたいなんてどうしたんだろう?近衛騎士と一口に言っても、王族の護衛は貴族出身の上級騎士たちが担う。平民用の試験を受けて騎士団に入隊した私は下級騎士だ。普段は王族なんて遠目に眺めるくらいなのに。


「だめだ。とにかく、今すぐ来いとご所望だ。連れて行かないと俺の首が飛ぶ。」


 私は騎士団長に引きずられるように、第三王子の居室に連れて行かれた。部屋にいたのは自分より身分が高い騎士たち。私は変な抵抗はせず、大人しく王子を待つことにした。


 しばらくすると、王子が部屋に現れた。フードを目深にかぶったまま、彼は言った。


「間違いない。この子だ。この子が俺の『運命の番』だ。」


 第三王子はそれだけ言うと、奥の部屋に消えていった。え?今『運命の番』って言った?私の聞き間違い?恐る恐る隣を覗くと、騎士団長も口をあんぐり開けている。どうやら、聞き間違いでは無さそうだ。でも、私が王子妃なんてありえない。


「すぐにお召し替えを!」


 私はその日、寮にも帰れず、大挙して現れた侍女たちに連れ去られ、湯浴みをされ、窮屈なドレスに押し込められた。


 それからは控えめに言って地獄だった。剣を取り上げられ、すぐに彼と婚約させられた。侍女たちはいつの間にか、私の出自を調べ上げて両親に連絡を取るし、普通は二年かける妃教育を三か月で叩き込むと言われ、朝から晩まで家庭教師にしごかれた。何を訴えても「あなたは王族に嫁ぐ人間なのですよ。この程度、こなしてもらわないと困ります。」と窘められた。


 一番悲しかったのは、今まで一緒に剣を振るっていた仲間たちが、私の姿を見かけると、臣下の礼を取って、私が通り過ぎるまで、顔を上げなかったことだ。もちろん彼らの立場を考えれば、当然のことだ。私は辺境伯令嬢で、第三王子の婚約者。平民の彼らとは、天と地ほども身分が違うのだから……。


 肝心の第三王子は、王位継承争いで、命を狙われているとか言って、婚約者の私のところに全然来なかった。私はお前の『運命の番』じゃなかったのか?こっちはフードに隠れてその御尊顔すら見えなかったというのに。高貴な人というのはつくづく身勝手だ。


 侍女たちは表面上は丁寧だった。けれど彼女らが人目につかないところで、下級騎士ごときが王子に見初められて玉の輿に乗ったと、陰口をたたいていたのを私は知っている。剣だこを笑われたのも自分の生き方を馬鹿にされた気がして辛かった。


 ――そんな王宮暮らしは一か月が限界だった。私は二度目の出奔をした。


 侍女たちにバレないよう、私は夜中少しずつ荷造りをした。多くを持っていけないが、最低限当面の逃亡資金は必要だ。王家の宝石は高価だがすぐに足がつくと思った。そこで実家から持ってきたジュエリーだけを持って出ることにした。


 決行当日、私は部屋の前にいた貴族出身の護衛騎士をノックアウトし、その衣服を奪うと、数珠状につないだシーツを、バルコニーから吊るし、外に出た。


 そして、手持ちのジュエリーを売りさばき、私は遠くへ遠くへ逃げた。ある通りすがりの村で、私が王子の『運命の番』として『お尋ね者』になっているのに気づいた。けれど絵姿がきれいに描かれ過ぎていて、村人たちは、パンツルックで帯剣した泥だらけの私がその本人だと気づかなかった。


 何が、運命の番だ。婚約中、一度も会いに来なかった第三王子なんて、どうにでもなれと思った。魔力を暴走させて、幽閉でも処刑でもされればいいのだ。とにかく私の人生には関係ない。


 私は最終的に王都の遥か西方のある都市・チェスターに留まることにした。このチェスターの付近には複数のダンジョンがあり、ギルドが常に冒険者に依頼を出している。よそ者でも住みやすいと思った。


 ギルドは剣士ではなくて、魔剣士として登録した。ただの剣士がFランクからスタートなのに対し、魔法が使える魔剣士はCランクからスタート。CランクとFランクでは報酬も依頼の難易度も全く違う。少しでも早くここでの生活を立ち上げたい。だから割のいい仕事をしたかった。


 定住を始めてしばらくして出会ったのがビルだ。ビルは平民にはめずらしい魔術師。魔力があるということは、私と同じで、どこかの貴族の流れ者かもしれない。でもそんな彼も、この場末で冒険職をしているということは、過去については聞かれたくはないだろうと察した。だから、あまり深掘りしなかった。


 チェスターに越して来てから一年ほどで、街から『お尋ね者』の張り紙はなくなった。第三王子は遂に私のことを諦めたのだろう。


 争われていた王位も、彼の兄である第一王子に決まり、戴冠式が行われたことが、辺境の街にも伝わってきた。


 ただ、張り紙が無くなったとしても王族は運命の番以外を正妃に迎えることがない。おそらく私は第三王子の婚約者のままだ。その私に手を出し、あろうことか孕ませたとなれば、ビルはどんな罰を受けるか分からない。三度目の出奔は――彼のためでもある。


「いい町、いいパートナー、いい恋人だったわ。」


 さてと荷造りは終わった。備え付けの家具以外、何も無くなった部屋を見渡す。大家には既に今月いっぱいで退去と話は通してある。


 朝一番の馬車に乗るために、未明には部屋を出た。馬車の停車場に客は私しかいない。空っぽの待合で、椅子に腰をかけようとした、その時だった。後ろから突然、男に抱きつかれた。抵抗しようとすると「クレア、俺だ」と名前を呼ばれた。――この香水の匂い、覚えがある。


「……え、ビル?」


「君のその突っ走っちゃうところ、俺は結構好きなんだけど、さすがに俺の子どもを身ごもったまま逃げられるのは困るんだよね。――クレア、ちゃんと話し合おう。」


 え、今なんて言った?大きな魔法陣が開く。私は抱きしめられたまま、見たことがない部屋に転移した。


 え、ここ王宮?貴族の屋敷?少なくとも実家の辺境伯邸より豪華な執務室だった。


「ビル離して。ここどこ?私を出して。」


「ここは俺が持っている屋敷だよ。まさか馬車の停車場で痴話げんかできないから、転移魔法で連れてきた。」


「これがビルが持っている屋敷?え!?」


 ビルはギルドの向かいのアパートで二階の部屋を借りていたはず。


「ほら、そこ座って。」


 促されるまま、私は部屋のソファに腰かけた。その隣にビルが座った。


「いきなり、こんなところに連れて来てどういうつもりなんですか?」


「君が俺をやり捨てしようとするから、捕まえただけ。」


 ビルはからかうようにそう言って、ぐっと顔を寄せてきた。


「何で私に構うのよ。あなたなら、女なんて選び放題でしょ?こんな男みたいな女剣士に執着しなくても。」


「君が好きだって何度も言っているのに、何で伝わらないかな。それに『運命の番』以外を選ぶなんてありえない。先王は自由恋愛を訴えて側妃を設けたけど。」


「『運命の番』……って何を言っているの?ビル?」


「クレア、もう三年一緒にいるのに、ずっと気づかないから、本気でどうしようかと思っていたよ。ビルっていうのは俺の昔から愛称だ。本名はウィリアム。そう、君の婚約者の第三王子のウィリアムだよ。今は公爵位を授かって、臣籍降下したけどね。」


「ビルがウィリアム……?」


 頭が混乱してきた。そういえば、私はちゃんと自分の婚約者の顔を見たことがない。


「あの時は、君にちゃんと挨拶できないまま、婚約を急ぐことになって、本当に申し訳なかった。王位継承争いで兄上の支持者から常に命を狙われていたんだ。初めから王位に興味はないと言っているのに、俺を持ち上げる奴らが色々言ってくるし。――本当に迷惑な話だよね。」


「あのその、どうしてウィリアム殿下が辺境のチェスターに?」


「今まで通りビルでいいよ。恋人で婚約者なんだから。――君が王宮からいなくなった後、必死に探したんだ。それでチェスターのギルドに赤髪の緑色の瞳を持つ女魔剣士が登録されていると聞いて、お忍びで確認しに行った。」


「……お忍びで?」


「昼過ぎにギルドを訪ねると、君が獲物を捕らえて戻ってきたところだった。そのまま文句を言って、連れ帰るつもりだったのに、君が全く気付かないから、ちょっとした遊び心で、俺も魔術師として冒険者登録して、パーティーに誘った。」


 ずっと逃げていたと思っていた相手と私はパーティーを組んでいたってこと?ますます混乱する。


「つまりビルは、全部知っていて私とパーティーを組んでいたってことですか?あの、ビルはずっとチェスターにいたと思うんですけど、王宮魔術師長の職はどうしたんですか?」


「うん。魔術師長というと仰々しいけど、業務のほとんどは書類の確認と承認だ。書類はまとめて送られてくるから、夜な夜なそれを片付けている。」


 見ると、机の上には承認待ちの書類が山積みになっていた。


「どうして今まで、婚約者のウィリアム殿下だと名乗ってくれなかったんですか?」


「初めは婚約者だと言ったら、せっかく打ち解けた君が逃げ出すと思った。だけど一緒にダンジョンを回るうちに、洗練された君の剣さばきに、徐々に魅せられていった。それで無理に王宮に連れ帰って王子妃にしたら、君の魅力は失われてしまうと思った。だからビルのまま、パーティー仲間として、恋人として、気楽な関係でいるのもいいかと思ったんだけど。」


 そこまで言うと、ビルは言葉を詰まらせた。


「……でも子どもができたなら、俺にまず相談して欲しかった。君から言い出しにくいのかなと思って、こっちから求婚したのにそれも流されるし。」


「そうだ!一体どこでその話を聞いたんですか?私は誰にも言っていないはず。」


「君は魔力があってもそれを感じることはできないよね。だと分からないかもしれないけど、俺は人一倍、魔力に敏感なんだ。君の魔力は俺の全てを包み込むようで心地よい。そんな君の魔力の中に、小さくても力強い魔力を見つけたら、すぐに気づくさ。」


 運命の番は、魔力が触れ合った時の相性で、会った瞬間に分かるとされている。そういえば、私はビルに会っても何も感じなかった。だから、王子に『運命の番』と言われてもピンとこなかった。


「クレア、ちゃんと籍を入れよう。あと、君にはしばらくこの屋敷で過ごしてもらうよ。」


「え!いやです。妃教育はうんざりです。私は王子妃にはなりたくない。」


「落ち着け、だから俺はもう公爵だ。チェスターを含む、西方の領土が俺の領地なんだ。」


「へっ、ビルがチェスターの領主様?じゃあもしかして、ここは?」


「ああ、チェスター城だ。」


 そういえば少し前に、前の領主が横領と脱税で粛清されて、新しい領主様が来ると噂になっていたっけ。政治に興味がないから、周りの話を真面目に聞いてなかった。


「俺に王位継承権が残っていても、王宮はもう出ている。だから君は妃教育で習う煩わしい王族のしきたりを知らなくてもいい。それに君は十五まで辺境伯領で令嬢として教育を受けてきたのだろう?それで十分だ。」


「でも……。」


「でも、どうした、クレア?君のお腹の子にも王位継承権があるんだ。この意味を分かっているか?兄が王位に就いたとは言え、国内には魔力で王位を決めるべきだという貴族がまだくすぶっている。君も子も、いらぬ争いに巻き込まれる恐れがあるんだぞ。」


「私は剣士です。自分の身ぐらい自分で守れます。」


「君は身重だろ。どうしても外出したいというなら、護衛を付けさせるから、無理はしないで欲しい。」


「……。」


「今回のことは、君にまた逃げられるのが怖くて、今の関係を変えるのが怖くて、ウィリアムだと伝えていなかった俺も悪い。だが、君はチェスターを出て、どうするつもりだったんだ?」


 少し咎めるように睨まれる。


「……一人で産んで、一人で育てるつもりでした。」


「え、それ本気で言っている?俺そんなに信用ないか?少なくとも恋人としては誠実にふるまっていたつもりなんだけど。」


 少しがっかりしたように言われて、驚く。


「……だってビルは皆に優しいから。」


「優しい……?もしかして酒場でのことか?あれは情報収集の一環だ。新しくこの地を治めるにあたって、民の生の声を聞きたくて。あの子たちと二人きりになったことはないし、怪しまれるようなことは決してしていない。」


「そうだったんですね。てっきり、お持ち帰りしているのかと思っていました。」


「……クレア、初めての時のこと気にしている?あの時は魔力が限界で、先を急いだのは申し訳なかった。でも何度も好きだって言ったし、クレアもちゃんと好きだって言ってくれたから、分かってくれていると思っていた。」


「男の人ってベッドや酒の席では誰にでもそう言うと、近衛騎士の同僚が言ってました。」


「でも君は剣を握っている時に、そういう雰囲気を出されるのは嫌がるだろう?普段から言っていいなら言う。」


 そうか。ビルは私のことをちゃんと考えてくれていたのか。それだけで不思議と胸がいっぱいになった。


「――でも、何も言わずにチェスターを出ようと思ったのは、あなたに迷惑をかけたくなかったからです。私、第三王子の婚約者として『お尋ね者』になっていたから、もし王家に見つかったらあなたが罰せられる、と思ったんです。」


「もし俺が第三王子じゃなくて、君が言うように王家に追われたとしても、最後まで、君と子どもを守ったぞ。それにそのくらいの無茶、いつもダンジョンやっているだろう。」


「それはそうですか……。」


 歯切れの悪い私に、ビルが言った。


「――クレア、まさかと思うけど、結婚したら剣を置けと言われると思ったから、俺から逃げようとしたの?」


 一番の理由を当てられて、いたたまれなくなって、左手で後れ毛をいじる。


「ふーん、図星か。君は何か隠し事がある時は、髪をいじる癖があるからすぐに分かるよ。」


 何を言っても言い訳にしかならない気がして、しばらく沈黙する。彼は私の目を見つめながら言った。


「ねえ冷静に考えて。これから君のお腹は大きくなる。剣みたいな重いものを振り回すなんてできないよ。」


「私にだって、多少の蓄えはあります。赤ちゃんが乳離れするまでは、それで生活できると思いました。」


「ふーん、そうか。色々ツッコミたいところはあるけど、まず、剣士としていつ復帰するつもりだったの?クレアがダンジョンに入っている間、幼子はどうするつもりだったの?」


「それはご近所の誰かに預けて……。」


「比較的安全な依頼を選んでいると、生活が結構きつくなると思うけど。」


「Aランクになったので、割のいい仕事を選びます。」


「俺たちはまだAランクになったばかりだろう。無茶な依頼を受けて君が命を落としたら、子どもはどうなると思ったの?」


「ダンジョンに限らずとも、商人の護衛とか……。」


「それでも命がけの仕事に変わらないだろう。」


 ビルと話しているうちに、段々と自分の浅はかさが情けなくなってきた。頬を涙が伝うのが分かった。


「ごめんなさい……。」


「い、言い過ぎた。責めている訳じゃないんだ。君が剣に全てを捧げてきたのはよく分かっているし、俺だって剣を振るう君は好きだ。でも、男性だって色々な理由で騎士の道を諦めるものがいる。剣が人生の全てじゃない。それに一度諦めたとしても、腐らず生きていれば、またチャンスが回ってくることもある。俺はなるべく君をサポートしたいと思っているよ、クレア。だから、これからのことを君と一緒に考えたい。」


 私は静かにうなずいた。


 彼は王家の事情について色々詳しく教えてくれた。


 普通、王族のように魔力が高い者は『運命の番』に心を奪われ、それ以外の妃や妻を持たない。だが、彼の父である先王は『運命の番』に出会う前に恋人だった公爵令嬢を側妃に迎えた。番でない側妃から生まれた第一王子と第二王子には王の器に相応しい魔力がなかった。


「今は先王も母上を大事にしているけど、もともと隣国の王女だから、若い頃は随分側妃に入れ込んでいた。それで俺だけが正妃の子なんだよ。王位に興味ないと言っているのに、側妃の実家に楯突きたい色々な貴族が俺を持ち上げようとする。」


 側妃は有力な公爵家の出身だ。彼らからすればビルは邪魔な存在で、昔から命を狙われているそうだ。


「どう考えてもあいつらが黒幕なのに、ずっと尻尾を出さないんだ。厄介だろう?」


 話し合いの末、家を引き払った私はそのままチェスター城に住むことになり、すぐに入籍した。婚約は既にしているので、まずは書類だけ。番だと順番が逆転することも珍しくはないらしく、結婚式は後であげればいいと言われた。


 妊娠の方は思っていたよりもはるかに悪阻が酷くて参った。城内のシェフが毎回工夫してくれて、何とか食べ物が喉を通った。


「クレア、よくそれで、出奔しようとしたよね。」


「あの時は、私だって必死だったんです。」


「でもすぐに気づいてここに連れて来て良かった。」


「まさか、あなたにもらったペンダントに追跡魔法がついていると思いませんでしたよ。」


「ふふ、何のことかな?ほら、あーんして。」


 チェスター城の使用人は地元の人がほとんどで、王宮のようにお高く留まった貴族出身の者はいない。素朴だけど、皆親切で優しかった。少なくとも、私の剣だこを笑う者はここにはいなかった。


 オズボーン辺境伯家との交流もビルが取り持ってくれた。両親なりに私のことを心配していたらしく、実はビルは恋人時代から、時々私の様子を連絡してくれていたそう。一番上の兄が今度家を継ぐことになったから、落ち着いたら、王都で会いたいと手紙をくれた。


 出産は滞りなく進み、私は元気な男の子・ブライアンを授かった。



***

「ねえ、ブライアン、ビル!準備はいい?」


「母上!じゅんびばんたんです。」


「なんか、ブライアンよりクレアの方が張り切っているね。」


 長男・ブライアンの出産からあっという間に五年が経った。私はチェスター公爵夫人としての役割を果たしながら、さらに二人の子を産んだ。子どもたちは王族にふさわしい魔力が強い子たちで、私や乳母に代わって、ビルが直々にそのコントロールを教えている。


 今日は、長男・ブライアンの冒険者デビューの日。まずはチェスター近郊の初級ダンジョンに挑む。私はまだ早いんじゃないかと思ったけど、ビル曰く、魔法は小さい頃からその扱いと感覚を覚えるのが大事らしい。


 そして、これは私にとっても六年ぶりのダンジョンだ。剣術は、妊娠出産の合間を縫って、チェスター領の騎士たちに練習相手をしてもらっている。現役時代と比べれば、だいぶ身体はなまってしまったが、それでも剣を打ち合う時間が持てることがうれしかった。将来的には、女性騎士を採用し、その指導もしたいと考えている。


「ほら、ブライアン。ホーンラビットよ!」


「わあ!」


 ダンジョンに入ってすぐ魔物に出会った。一見、普通のウサギだけど、頭に角がついていて、それが魔力のコアになっている。


「じゃあまず、私が倒すわね。やあーー!」


 ホーンラビットの角を狙って、一発で仕留めた。


「母上、すごい!」


 息子のブライアンが目を輝かせている。


「ふふーん!母上はこう見えてAランクの魔剣士ですからね。」


「クレア。ブライアンにも魔物を狩らせてあげて。ブライアン。スライムだぞ!」


 ブライアンがスライムに向けて杖を構える。


「ファイアボール!」


 スライムが炎に包まれ、魔力の元になっている魔石だけが残った。


「ブライアン上手よ!」


「いいぞ、ブライアン。」


 その日の収穫は、ホーンラビット二匹、スライム三匹、ゴブリン一匹だった。ブライアンが終始楽しそうで良かった。


「クレアとダンジョン入るの久しぶりだけど、相変わらずきれいな太刀筋だったよ。子どもたちが大きくなったら、もっと難しいダンジョンにも行こうな。」


「うん!楽しみにしている。」


 私たちは、夕暮れの中にチェスター城に帰った。

最後まで読んで頂きありがとうございます。

ご評価、ご感想、リアクション頂けますと執筆の励みになります。

どうぞよろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
別作品ですが『嘘告されたので、理想の恋人を演じてみました』を大幅に加筆しまして、リブラノベル様から電子書籍化しました!!
コミックシーモア様で好評発売中です!
ぜひご一読下さい。
嘘告されたので、理想の恋人を演じてみました 魔眼持ちの侯爵令嬢、騎士科の彼に告白され、本物の恋を知る


html>
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ