ACT.2 達巳の場合
「は?」
「だからぁ、美乃里ちゃんたちと一緒に。ね、いいでしょ?」
佳苗と付き合いだして、もう4ヶ月ほどになるかな。
数少ないデートのうち、何度今日のように言い出しただろうか。
せっかくの休日。
出かけたいなら、俺と二人で充分だと思うけど。
なんでこんなこと言い出すんだろう?
美乃里と武志と。4人で出かけることになんか特別な意味でも?
今までは特に反対しなかったけど―――さすがに今回は遠慮したいと思った。
できるなら、美乃里とも、武志とも会いたくはなかった。
「達巳くん?……もしかして嫌?」
いつまでも返事しない様子に、佳苗が不安そうな表情をする。
あ、だめだ。こいつのこの表情を見てしまったら、俺は……。
「嫌じゃないさ、もちろん。大勢で遊ぶと楽しいもんな」
「ほんと?……よかったー。ごめんね、実は……」
佳苗が言うには、すでに武志と意気投合して予定自体を決めてしまっていたそうだ。
隠れるようにして、ため息を吐いた。
……俺にはわからん。
佳苗の考えも、武志の考えも。
好きで付き合ってる相手だろ?
その相手と二人きりになりたいとか思わないのか?
……まあ、その点、オレとしてはチョット後ろめたいけど。
16歳の健康的な男子として、女の子とお付き合いしてそのあとに行き着くところに興味を持たないのはおかしいと思う。
佳苗から好きと言われて付き合いだした仲だ。
頼りなげな印象はモロタイプだったし、甘えた仕草するところも気に入った。
好き。
……まあ、嘘じゃない。ほどほどに。
その先のものに興味が向きがちなのも認める。
このところちょっと気に食わないのは……、佳苗が俺と二人きりになるのを避けてること。
自分のことを棚にあげといてなんだけど、佳苗って本当に俺のこと好きなんだろうか。
―――――― イマイチわかんない。女の考えることって。
美乃里はの方は、武志と好きで付き合ってるんだろうか。
そうだとしたら、なんであの場であいつは目を閉じた?
あからさまな挑発だとは気づいていたはずだ。
……まさか乗ってくると思わなかった。
俺もどうかしてたんだ。
まさか親友の彼女に手を出すなんて。
唇にまだ感触が残ってる。
普段うるさいほど俺の文句を言うあの口唇の感触。
―――――― 釈然としない。
あいつがあれから俺を避けていることも。
そのことに俺だけが気づいてることにも。
待ち合わせの場所に着くと、すでに俺を除いた3人がそろっていた。
笑いかけてくる佳苗。
よっ、と手をあげて合図してくる武志。
そして、美乃里は……。
不思議だった。
佳苗も、武志も。なんでまるで気づかないんだ?
俺が来てからというもの、一度も美乃里はこちらを見ようとはしない。
ある意味、予想通りの態度。
こちらを気にしないそぶりをしながらも、確実に意識していることも。
それが、少し笑えた。
だから気持ちに少しの余裕ができたんだと思う。
武志と佳苗を見ていて、ある違和感を覚えた。
観覧車に乗ろうと言い出したのは佳苗だった。
途中、二人はトイレへ行くと言ってその場を離れると、勘ぐったとおり戻ってはこなかった。
が、意図としてどちらなのかがまだわからなかった。
一人でもいいやと、なかばヤケになって観覧車に乗り込む。
上からならよく見えるだろうし。
美乃里がついてきてもついてこなくても、その時はどっちでもいいと思っていた。
二人の間に流れる空気。黙ったままの俺にイライラしてるのがよくわかる。
そのうち、冴えのないガキの様な悪口が聞こえた。
「ねえ。……ねえってば」
「おんなったらし」
「すけべ」
「それから、えーと……バーカ」
「はっ、ナンだよそれ、冴えねーなぁ」
思わず、笑った。
振り向くと、予想外に笑顔があった。すぐさまその表情は怒ったような顔に変わったけど、確かに美乃里は笑ってた。
体温が、少し上がったようなカンジ。慌てて視線を逸らせた。
「どーいうつもりよ、こんなの乗って。全然達巳に似合わないよ」
「オマエにも似合ってねえよ。……わけがあんだよ」
思わず振り上げた手を、美乃里が上で止めた。
俺が指で示す窓の外、眼下に見える地上へと注意が向く。
「ほら、あそこ。見てみ?」
「……どこよ」
「こっち来て見てみろよ」
嫌そーな顔をしながら中腰でこちらへ寄ってくる。どこをさしてるのか検討もつかないらしく、視線がきょろきょろとしていた。
見つけたらびっくりするだろうな。
ある程度予想してた俺だってびっくりだ。目を疑った。
「あそこ。メリーゴーランドの脇。……少ししか見えないけどな」
おそらく美乃里の位置からじゃ足ぐらいしか見えないだろう。身体をずらして席を開けてやった。
「……わかるか?」
身体を寄せた瞬間に、あの感触がまた自分の中でよみがえってきた。
先ほどとはちがう理由で胸の辺りにずきずきとした痛みがやってくる。
……なんで、俺、こんなにコイツに反応しちまうんだろう。
「あれ……武志と……佳苗?」
消え入るような小さな呟き。
今、美乃里の目には二人の姿がうつっているはずだった。
「……どういうこと……?」
「どう思う?」
振り向いた美乃里の表情には隠そうとしても隠し切れない驚きの色があった。
ふうーっと大げさなため息を吐いて俺は背もたれに身体を預けた。
「あの二人、好きあってるの?」
うつむいたまんま、美乃里がポツリと呟く。
「さあ、どうだろ」
「………」
美乃里はどんな風に受け止めるんだろう。
好奇心はあった。
「もしかしたら、俺らのことに勘づいて、相談してるだけかもしれない」
「お、俺らのことって……、そんなふうに言うのやめてよっ」
慌てて言い返す美乃里を見てると無性に笑いたくなる。ちがうか、なんか情けなくて泣けてきそうな気持ちの反動とかも。怒鳴ったりしてみたくなる。
「……じゃあ、どう言えばいい?あのことがあってからちょっとギクシャクしたのは事実だしなぁ。勘ぐられてるかもしれない」
「あー……、そうなのかなぁ」
「もしくは。……俺らのことにまったく気づいてない場合のハナシ。たまたま偶然勝手にあいつらがデキちまった可能性もある」
「……」
こっちの可能性のが強いんだけどな。
武志も佳苗も、案外鈍感だ。
自分のことに夢中になってて、俺と美乃里の様子が変なことにはきっと気づいていないだろう。
美乃里も……俺からしてみれば武志とのつきあいに手を抜いてるような気がする。もちろん武志のほうの微妙な変化に気づきもしなかったんだろうと思う。
ま、俺も佳苗についちゃ、下心つきの興味だったから何となく気づいただけで、大きな声では言えないが。
キスまではした仲なのに、手も触れさせなくなった、ってのはかなり顕著な変化だったようにも思う。ま、ほかに好きな男でも?ぐらいの疑問も抱くさ。
まさか、武志だとは現場見るまでは信じたくなかった、つーのが本音だけどな。
「……見なかったことにするの?」
そう聞いてくる美乃里の顔を一度見たあと、俺はそっけなく答えた。
「さ、どうしようか」
美乃里は唇を尖らせて窓の外に視線をやった。
……正直、まだ決めてなかった。
佳苗や武志を問い詰めるのを考えただけで気が滅入る。
だけど、このままに見ないことにして今までと同じように……ってのはとてもできない。
美乃里は、知ってるんだから。
…………。
………なんで俺は美乃里のことを考えた?
こんな口うるさい女。……ほっとけばいいじゃないか。
俺がどうしようと、美乃里が何を知ってようと、関係ないはずだろ?
「……別れよーかな、私」
美乃里の言葉に、一瞬怒鳴りそうになった。
だからそれを押さえ込むために立ち上がるしかなかった。
ぐらっと観覧車が揺れる。
美乃里に見られてるのを意識しながら、俺は息をはいた。
「結構カンタンだな、おまえ。……面倒くさくなったら、はいそこでオワリ、ってか?」
美乃里は俺の言葉にびくっとした。
バツの悪そうな顔をしてそのまま黙り込む。
……これは八つ当たりだ。
自分から別れを切り出して、面倒くさいことをすべて放り出したいのは、俺の本心だ。男の意地とか考えてそれをできないでいる、俺のただの……八つ当たりだ。
「達巳は……カンタンじゃないんだね」
美乃里の呟く声に、俺はうつむいた。
下に降りたら、佳苗と武志はそこにいるんだろうか。
俺は……平気な顔をできるんだろうか。
二人がどこかへ行ってしまってればいい。俺はどうするかを決めてないし、普通を装う自信もないからな。
そう思う反面。
先延ばしにするんじゃなく、どんな形でにせよ決着が付いてしまって欲しいとも思う。
誘導する係員の姿が見えてきた。
近 づいてきて扉の鍵を開ける。
ふと前を見ると、降りようとした美乃里がこっちを見てた。
……ったく、なに笑ってんだか。
下手な作り笑いを見せられて、俺の身体から力が抜けた。
……そう深く考えることもないか。
どうにかなるようになるだろ。
開き直ると、急に気が楽になり、軽い足取りで降りれた。
イライラした。
いろんな可能性を考えてたんだ。
たとえば。
二人がデキてる、とか。
俺と美乃里のことに感づいた、とか。
そしてそれはある局面に対して、ものすごく都合のいい理由ばかりだったことに気づいて愕然とした。
それは、俺の心の中に隠れていた願望。
実際オチはというと、俺の予想だにしなかった方向へと転んだ。すごく人の良い二人らしい、お人好しな理由。
「二人にプレゼントがあるんだ♪」
佳苗が、ヒトを和ませるかわいい笑顔で言う。
「お前らに秘密で、佳苗ちゃんと計画してたんだ。驚くぞー」
イタズラっぽい笑顔で、武志が言う。
俺と美乃里の名前が入ったケーキを差し出し、武志も佳苗も上機嫌だ。
二人は、誕生月が一緒な俺たちを祝うために影でコソコソと計画を練ったことに満足しているらしい。
美乃里はといえば、取り越し苦労だったことにほっとしたのか、今更ながら表面を取り繕って笑っている。
時折俺へと向けられる非難の眼差しが、なおも俺をいらつかせてくれる。
くそ。
何もかもをぶち壊してやりたいなんて衝動、初めて感じた。
沸いてくる悪意を、抑えられなかった。
「俺らを二人きりにしといてなんもなかったと思ってるのか?……えらく信用あるんだな」
たぶん美乃里の一番恐れている事態を招く、発言。
案の定美乃里が一番に反応した。
ぎょっとしたその表情に満足感を覚える。
佳苗と武志は、俺の言葉を理解するのに時間がかかったようできょとんと見つめ返してきた。俺はそれを鼻で笑った。
「なんだよ、とつぜん」
むっとしたように、武志が言葉を吐く。
――― もっと吼えろよ。俺の中で皮肉な笑い声があがった。
真っ青な顔をした美乃里。
俺の態度が気に入らない武志。
不安げな佳苗。
正直、笑えた。
「まさか……美乃里に、何かしたのか!?」
俺は……。
「キス」
「―――はあ!?」
俺の言葉に、武志が声を荒げた。
「ほんとか、それ? おい美乃里、黙ってないで何とか言えよ」
詰め寄られて泣きそうになった美乃里の顔を見て、俺はなぜか失望した。
もう……どうでもいい。
「嘘だよ」
急激にしぼんだ悪意を、もてあました。
「「「……え?」」」
3人分の返事に、俺はにやりと笑って見せた。
何もかもが馬鹿らしくなったんだ、と言い訳すれば納得してもらえるだろうか。
おままごとのように二組の恋人同士が顔をつき合わせて過ごす休日には飽きたんだ、と。
「そういうこともありうるって話」
「なんだよーおどかすなよ、ったく」
武志。……素直すぎるよ、オマエ。ほんとに。
表情のゆるくなった親友を、心の中であざける。
「……びっくりした……」
佳苗。……ごめん。
「……………………」
美乃里。俺は……。
もうその表情を確かめることさえ、出来なかった。
「性に合わないみたいだ、俺。こういうの。ダブルデートなんてふざけたことはもうゴメンだね、おままごとじゃないんだからさ。帰るよ」
俺と美乃里のために用意してくれたというケーキ。一口も口にしないまま、俺は自分の名前を形作るチョコクリームを指でゆがませた。にじんだチョコは、指を汚しただけだ。
「佳苗はどうする。俺と一緒に来るのか? それともそっちの二人にずっとくっついてるつもりなのか?」
「私……」
返事は期待してなかった。
俺の本音を聞いても何もいえない武志と佳苗を見据え、あえて美乃里のほうは見ない。
――― これでオワリ。
自分の中でそう決めて店を出た。
誰も俺を引き止めたりしない。それでいい、と一人納得した。
──── 何かを壊したかった。
俺が本当に壊したかったのはなんだろう。
4人の間のぬるま湯のような空気?
佳苗との中途半端な関係?
武志との友情?
美乃里に対する奇妙な感情?
……どれも違う。
佳苗とは別れよう、と決めた。
武志とも今までみたいには付き合えないだろう、と思った。
それでもう、美乃里とも顔をあわせずにすむだろう。
そのほうが、きっといい。
俺が本当に壊したいもの。
それは―――――― 美乃里と武志の関係だった。
佳苗はけなげにも、俺の望みをかなえる形で譲歩してきた。
4人で会うのはやめて、これからは俺さえいればいいという。
俺はそれを冷たく拒絶して、佳苗を解放した。
もう好きだとも思えないのに、関係を続けることは出来なかった。
武志は少し俺を避けるようになった。
たぶん俺が言ったことを理解したんだと思う。
俺と美乃里を遠ざけてしまいたいと思ってるなら、武志自身が俺を遠ざけるべきだ。
ヤツは正しい。
美乃里は、まだ武志と付き合っている。
彼女がそれでいいのなら、俺も納得するしかない。
それでも時折感じる視線と、蘇る唇の感触。
――― 今も、気になる存在。
過去自サイト初出2006/09/14
■人物考察■
井上達巳
健全だけど、根は破滅的な男の子。
美乃里に対するもやもやとした感情に納得できていないので、何かを変えたくて、4人の関係を壊したんだと。
佳苗をフったことで、身勝手さよりも生真面目さを表現したかったです。
あっちにもこっちにもいい顔は出来ない、
そんな不器用さが好ましい。
寺田佳苗。
一般的な、なおかつ天然な女の子。
達巳とは違って、
陽気な武志に対してもかっこいいなーと素で思える子。
でも好きなのは、達巳。
キス以上の関係を拒んでたのは、ただ単に怖がってただけかな?
美乃里の行為に対する非難は少ない。
ボーイフレンドよりトイレ一緒に行ける女友達のほうが大事、とか。
達巳には振られたけど、時がたてばまた恋をします。




