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ACT.1 則人の場合

 

 朝、校門を通り過ぎてしばらくして、彼女に気がついた。

 俺の数メートル先を一人で歩いてる。

 何気なく声をかけようとして、すぐに思い直した。昨日のことをなんと言い訳するかも思いついてないのに、うかつに声なんかかけられない。

 ぼんやりとそのまま後姿を見てると、彼女に声をかけたやつがいた。

 バスケ部のジャージを着たそいつが彼氏だったことを思い出す。

 そうだよな、付き合ってる男いたっけ。

 ……昨日さんざん、悩んで損した。

 男つきのやつの、単なる気まぐれか?

 馬鹿にでもされたんだ。そう思い込もうとしても、うまくいかなかった。

 俺は二人の姿を見ないように、足早に校舎の中に入った。






 昨日。俺、岡崎則人と沖さやかの間に起きたこと。

 気まぐれだとか、いたずらだとか、そんなふうな理由では説明しきれなかった。

 不思議な感じだった。

 沖には男がいて、俺にも付き合ってる彼女がいて。

 お互いそのことは周知の事実となってるのに、あの時、彼女は俺に近づいてきた。俺も引き寄せられるように彼女に近づいた。

 一瞬だけ触れた唇。

 沖は……どう思ったんだろうか。







 教室に入ると自分の席に荷物を置いて、窓から校庭を見た。さっき、沖と話してた3年の、田村……だったかな、そいつが同じバスケ部らしい何人かと校舎に向かって歩いてるのが見えた。

 朝練をしたあとだとか、そういうんだと思う。

 俺はクラブとか面倒なものはキライでどこにも所属してない。

 詳しくは分からないが、今年はバスケ部がえらく優秀な成績をおさめたとかで、夏休み中はえらい騒ぎだったそうだ。

 沖のオトコも活躍したんだろうか。バスケしてる姿に惚れて……付き合ってるのかな。

 頬杖をついて、俺は沖の男の観察をしていた。

 背は……負けてるな。

 顔は……よく覚えてない。でも、俺のほうが少しはマシかな。

 アイツは……大会系だし、ちょっと気が利かなそうだな。ちょっと口数少なくて、うまく優しく出来ないとか。その点俺は……口数少ないけど、優しいってところは……。

 …………。

 ……なに張り合ってんだ、バカか俺は。

 呆れてため息をついた。


「朝からため息とは、暗いな」

「ほっとけ」


 冷たくそう言っても懲りるやつじゃない。いつの間にか隣に来てた悪友の森下恭平。


「悩みのもとは女か。ナンだ? 彼女と喧嘩か?」


 ニヤニヤ笑うその顔を睨む。

 前半はあたってるけど、後半ははずれ。ま、当てられたところでこいつに相談する気はない。

 俺は昨夜ぼんやりしながら見てたTVの番組をエサに話題を変えた。



 沖が教室に入ってきたとき、すぐに気づいた。そして意識的に彼女のほうを見ないように努めた。

 きっと沖も、昨日のことを多少なりとも気にしてるだろうし、こっちを見たときに目が合わないように。

 予想したとおり、沖は俺のほうを一度見た。

 目の端で俺はそれを確認した。



 授業中は俺のほうが後ろの席だから、彼女の様子を伺うのは簡単だった。

 じっとその後姿を見ながら、俺はあることに気づいた。

 今まで沖のことを、こんな風に気にしたことは一度もなかった。ただのクラスメートでしかなかった。

 なのに、昨日のキスで何かが変わった。

 あのキスを沖はどんな意味に受け止めたんだろう。

 彼女のなかでも、俺の存在はクラスメートから何か違うものに変わったのだろうか。

 沖が窓のほうを向いた。

 そのまま、こっちを向きそうな気がして、俺は視線をあわててそらした。

 まず。

 なんか意味深にとられるかも。

 次に黒板に注意を向けたときには、沖はもう前を向いていた。

 ……俺、意識しすぎ?

 ホント馬鹿みてぇ。



 俺はもう、昨日のことをきれいさっぱり忘れることにした。

 別に俺がしたくてしたわけじゃなし、沖の方もしたくてしたわけでもなさそうだし、これ以上考えても仕方ないよな。

 ま、キス一回儲けた、と。

 男らしく(?)、ドライに考えよう。

 俺には彼女がいるし?

 沖にも男がいるし?


 ―――――― よし、それでいい。




「おーい、岡崎、彼女だぞ」


 早飯食いして、恭平や他の連中と「男の子雑誌」(俗に言うエロ本?)を回し読みしてる最中、声がかかった。見るとドアのところに恥ずかしそうにうつむいてる千夏がいる。


「ひゅー、いつ見ても千夏ちゃんは可愛いねえ」

「おまえ女いるんだから、こんな本見る必要ねーべ?」

「それとこれとは別モン。オラ、ちゃんと返せよ?」


 そう言い捨てて、俺は千夏の元へ行った。


「どした?」

「ん。ケーキ焼いてきたからみんなで食べて」

「え、あいつらに? もったいない、俺が全部食う」


 俺より20センチ背の低い千夏。こう、上目遣いに俺のこと見るのがいつものクセ。無防備だよな。

 千夏が手に持ってた小さな紙袋を指さして、次に外を指さした。


「礼にジュースおごるからさ、外で食おうぜ」

「うんっ」


 控えめでおとなしくて、可愛い。千夏はそんなタイプだ。

 沖とは、全然違う。アイツはやかましくて、にぎやかで。……いけね、また沖のこと考えちまった。ヤバイヤバイ。

 俺の彼女は、千夏なんだって。



 木村千夏とは、ついこの間付き合い始めたばっかりだ。ほんの一ヶ月ほど前かな。

 千夏が放課後帰ろうとする俺を引き止めて、告白してきた。正直、隣のクラスだという千夏を今まで存在自体知らなかった。

 迷ったけど特に断る理由もなかったから、付き合ってください、ってのにOKと軽く返事をした。ま、比較的顔が好みのタイプだったし。

 付き合い始めて、ちょっとおとなしすぎ?と思わなくもないが、俺の一挙一動で赤くなったり照れたりするのが、案外面白くて、このまま好きになるんだろうな、と微妙なところ。

 やっぱさ、男は好きだって言ってくるやつ拒めないじゃん。それが好みのタイプならなおのことってやつ。

 特に女が欲しいって思ってたわけじゃないけど、いるに越したこともないし。



 自動販売機でジュースを2本買って、俺と千夏は渡り廊下の脇のベンチに腰掛けた。

 いつも彼女は俺との間にこぶしふたつ分ぐらいの隙間をあけて座る。離れて座りたくないけど、くっつくのは恥ずかしい、ってとこか?

 ひざの上で紙袋から出した銀色の包みを開ける。


「チョコケーキ、好きって言ってたでしょ?……だから。あまさは控えめにつくってみたんだけど。……どう?」


 ばくっと大きく一口。


「んん、んまいよ。俺好みかも」

「よかった……」


 ほっとしたように笑って、紅茶を一口飲む。

 その様子を見ながら、千夏はやっぱり可愛いと思う。

 沖のことは、あっちも触れて欲しくなさそーだし、このまま忘れて、俺は千夏を大切にしよう。


 それからしばらくは平穏な日々が続いた。

 俺は千夏と一緒に帰ったり、休日を一緒に過ごしたり。何気に彼氏彼女らしくなったというか、二人でいる時間に慣れてきた。






 だけど、どうしても沖のことを意識してしまう出来事が起きた。

 数学の授業が終わった時、その日が5日だったというだけで、俺と沖の二人に用事が言い渡された。

 なんかこの前もコイツ、俺と沖に用事いいつけられた覚えがあるんだけどなぁ(怒)。 あれは最後の問題の答えが「5」だったから、だっけ?なんか俺に恨みでもあるんか。他の出席番号を使え!っての。

 抗議は受け入れられず、俺と沖は昼飯も早々に数学準備室に閉じ込められる破目になった。

 俺と沖の気まずーい空気には一切気づかず、さっさと置いて出て行った教師を恨む。

 もくもくと作業してても、なんか落ち着かなかった。知らず知らずのうちにちらちらと、様子を見てしまう。

 そのうち沖の表情がふっと緩んで、笑顔になった。

 ……なに考えてんだ、こいつ。


「沖?」


 思わず声をかけると、身体をビクッとさせて作業中のプリントの束を放り出しやがる。……俺のせいか?


「……ごめん」

「いや俺こそ……」


 短い言葉がかぶった。

 あわててプリントを拾い始めると、沖も拾い出す。

 さっきまでは机をはさんで作業してたけど、今はその机の下で頭をつき合わすようなカンジ。妙に緊張して、うまく拾えない。意識しないよう努めても、無理があった。

 二人の間に数枚残ったプリントを拾おうとして、指先が触れたとたん、意識がぶっ飛ぶ。

 指先が触れたまま動かせない。彼女の指も、動かない。

 うつむいたままの沖の表情が気になってしょうがなかった。

 沖が顔をあげて、俺と視線が交差した時、あの不思議な感じに襲われた。

 やばいって。なんでか俺との距離が縮まっていくのに焦るのに。

 何とか止めようと、理性を総動員させもした。

 でも、沖が目を閉じたとたん、思考のすべてが停止した。



 結果。沖は俺を突き飛ばして、出て行った。

 突き飛ばされて……当然だったと思う。

 止めようと思えば止められたと思う。でも、俺は……。



 沖はあからさまに俺を避けた。

 俺がそばを通ると口をつぐむ。

 俺のほうを絶対に見ない。

 ……だから意地になった。

 午後の授業の間、俺はずっと沖のほうを見つめる。その、こわばったような背中を。



 その日の帰り道、千夏が何を話してたかを、俺は全然覚えていなかった。適当に聞き流しながら、適当に相槌を打ってた。いつどこで千夏と別れたのかも分からない。

 ―――――― ずっと沖のことを考えていた。






 翌朝、俺は校門のところで沖を待ち伏せた。オトコと一緒に登校して来たのは想定外。

 わけもなくむかついて、俺はじっと睨んだ。

 沖は俺に気づくと、顔をこわばらせ男の腕にしがみついた。男が周りを見回して俺に気づく。じっとまっすぐ俺を見ながら、かばうように沖の肩を抱いた。

 ……なんでこんなにムカつくんだろう。

 沖は俺の横を、オトコの陰に隠れながら通り過ぎていった。

 ちくしょう、なんかおもしろくねぇ。

 無性に腹が立つ自分に戸惑いながらも、それを抑えることは出来なかった。

 しばらく頭を冷やしてから俺は校舎に入った。


 頭を冷やしたつもりだったけど、それは何の意味もなかったようだ。

 教室に入って、沖が一人で席に座ってるのを見て頭が真っ白になった。

 荷物を自分の席に放って、そのまま沖の真正面に立った。

 案の定、沖は俺を見ようとしない。


「話あんだけど」


 かなり無愛想な声だったと思う。だけど、沖はまだ顔を上げなかった。だから俺はもう一段大きな声でもう一度言った。


「話、あんだけど!」


 教室にいた連中が、俺の声に動きを止める。


「私には……ない」


 俺のほうを見ようともしないで言う沖に腹が立った。


「来いよ、はっきりさせようぜ」

「いや」

「ならここで話するかぁ?ここで、みんなの見てる前で!」

「やめてよ、もう。……ほっといて……」


 威勢のよかった声がだんだんと小さくなる。

 沖の肩が震えてるのに気がついた。よく見ると机の上にぽたぽたと水滴が落ちていた。

 ……涙?


「岡崎!? あんたなに言ってんの?さやか泣いてんじゃないっ」


 沖と仲のいい林が、かばうようにして俺に噛み付いてきた。

 自分でも収拾のつかなくなった勢いを止められて、内心ほっとする。それでも俺は舌打ちして自分の席に戻り、どかっと乱暴に座った。

 静まり返った教室。


「女の子いじめんなよ」


 恭平の声。


「うるせぇ」


 そう答えて窓の外を向いた。



 その日のうちに、俺と沖の噂は全校に広まった。


「修羅場だった」とか、

「二股かけてこじれた」とか、


 色恋沙汰にかこつけた下世話な噂ばかり。

 ちょっと、感情にままに熱くなって馬鹿なことしたなって気づいたのは、放課後だった。千夏が目にいっぱい涙をためて、俺を責めたてた。

 俺は、この状況にも自分にも、うんざりした。






 その夜、俺は沖に電話して外へ呼び出した。



 俺の前で、沖は居心地悪そうしていた。それが見ていてよく分かった。

 あの一度目のキス、あれさえなければ、俺と沖はずっとただのクラスメートだったと思う。でも今は。


「なんで……ああなったのか、私、まだ分からないままなの。キス……、その……したい、と思ったわけでもないし。それは……岡崎も一緒、だよね?」


 沖の言いたいことはよく分かった。だけど、俺は二度目のキスはそうじゃなかったことを自覚している。


「一度目は、な」


 そう言うと、沖は目を見開いた。


「キスしていいか?」

「え?」


 沖はびっくりしたように俺の顔を見た。

 俺はどうしても沖にキスをしたかった。

 今度は自らの明確な意思だと。訳の分からない衝動ではなく。


「それで、終わりにしないか?」


 長い沈黙の後、沖はうなずいた。

 俺は沖に近づいて、肩に手を置いた。そしてもう片方の手をあごにかけて、目を閉じるのを待った。

 そして、しっかりと唇を重ねた。

 唇を離したあと、俺は沖の身体を抱きしめた。

 思ったとおり沖は抵抗しなかった。ただ黙って俺の腕の中にいた。

 沖を抱きしめた腕。このまま動かなくなればいいと思った。

 それでも、腕はあっさりと沖を放した。


「彼氏と仲良くな」


 そう言って俺たちは別れた。そう言うのが精一杯。

 のどまででかかった言葉がひとつ。

 ―――――― 俺はどうしてもそれが言えなかった。







 1ヶ月もすると、噂も影を潜めた。

 俺も、沖も、わざわざ噂を大きくする必要はないとごく普通に振舞ったからだ。






 あの時、俺と沖の間に起きたことはなんだったのかと今も不思議に思う。

 何が、俺たち二人にキスをさせたのか。

 好きと言われたわけでもないし。

 どちらかが密かに想っていたわけでもないし。

 ただのクラスメートでしかなかったのに。

 あのキスがきっかけで、俺と沖の間に起きたことは。

 ―――――― 恋だったんだろうか。



 俺は、千夏とは別れた。

 うるさく俺を疑い、嫉妬した千夏がウザったくなったからだ。

 千夏は、俺と沖の関係をしつこく聞いた。何度、何もなかったといっても信じようとしないばかりか、耳をふさいで聞こうともしなかった。

 それならいい、と諦めがついた。

 それほど好きでもなかったんだな、と自分の気持ちに気づく。




 沖は……相変わらず幼馴染だと言うオトコと付き合ってるようだった。

 それを見かけても、今はもう別になんとも思わなくなった。



 ―――――― あの時、どうしても言えなかった言葉。


「俺にしろよ」


 そう言ったら、沖はうなずいただろうか。



 沖のことを、俺は一生忘れないと想う。

 千夏のことは綺麗さっぱり忘れたとしても、沖のことだけは。



 きっと、誰かを好きになるたびに思い出す。

 沖との、恋と呼ぶにはふさわしくない、未熟な感情を。……あのキスを。





過去自サイト初出2002/10/18


どうしても踏み込めないのは、理解できないから。

わからないままでは進めなかったんだと。

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