88 元夫の訪問
「ウソ……どうして……?」
「お嬢様……私の見間違いということは……」
「無いみたいね……」
御者も信じられないようで、目をパチクリさせて馬車を見つめている。
(一体伯爵家に何の用があるの?)
私とオリバー様は今は何の関係も無い人間だ。
半年前に離婚しているわけだし、彼がここを訪れる理由は無い。
(いや……もしかすると、私では無いのかもしれない)
当主のお兄様に用があって来たという可能性もある。
そう思いながら必死で心を落ち着かせた。
「とりあえず、中に入りましょう」
どうか私ではありませんように。
しかし、そんな私の切実な願いはあっさり崩れ落ちることとなる。
「お嬢様!大変です!」
「……どうかしたの?」
邸へ入った瞬間から何だか嫌な予感がした。
使用人たちの様子が明らかにいつもと違うのだ。
「レビンストン公爵様が急に伯爵邸へ来て……お嬢様に会いたいとおっしゃっていて……」
「……」
何となく予想していた展開だったが、ハッキリとそう言われると気持ちが急激に沈んでいくのを感じた。
「エミリアお嬢様、追い返しますか?」
近くにいたレミアがほうきを構えて物騒なことを言い出した。
「落ち着いて、レミア。そんなことしたらあなたが捕まってしまうわ」
オリバー様に対する殺気が隠しきれていないレミアを何とか抑えた私は、別の使用人に尋ねた。
「公爵様は今どちらにいらっしゃるのかしら?」
「応接間でお待ちしていただいております……旦那様や奥様が何度も追い返そうとしましたが、お嬢様に会うまで帰らないの一点張りで……」
「何ですって……?」
(オリバー様って、そんなに頑固な人だったかしら?)
十年間に渡る結婚生活において、私が見た彼はどちらかというと冷静な人だったはずだ。
少なくともそんな風に我を通すような人間では無かった。
「……行くわ、一応公爵閣下だし」
「お嬢様……」
使用人たちが心配そうな目で私を見た。
「大丈夫よ、ここは伯爵邸なわけだし。何かあったらみんなが助けてくれるでしょう?」
「「「もちろんです!!!」」」
私がそう言うと、使用人たちが張り切って答えた。
(ふふふ、何だか頼もしいわね)
随分と心が楽になった気がする。
今なら二人きりの場所でもオリバー様と対峙出来そうだ。
「じゃあ、行ってくるわ」
私は彼らから背を向けて、戦場へと向かった。
オリバー様がどのような目的でここへ来たのかは分からない。
しかし、私は何を言われようとも絶対に彼の言いなりにはならない。
***
「――お久しぶりです、公爵様」
「久しぶりだな、エミリア」
「……」
前にルークが訪れてからずっとここへは来ていなかった。
あのときよりもずっと空気が重い。
その理由は分かっている。
主に私が冷めきっているからだろう。
(何で名前呼び……?何か気持ち悪いわ……)
結婚していた頃は一度もそんな風に呼んでくれたことなど無かったのに、何故夫婦でも無い今になってこんなことをするのだろう。
「公爵様、私は暇ではありませんので用件があるなら手短にお願いします」
「随分冷たいな……ついこの間までは夫婦だったではないか」
「何を……」
私たちが普通の夫婦だったことなど一度も無い。
大体、貴方がいつ私を妻として扱ったと言うのだろうか。
「早くおっしゃってください。私は世間話をするためにここへ来たのではありません」
もう一度ピシャリと冷たく告げると、オリバー様はやれやれと言うように肩をすくめた。
馬鹿にしているかのようなその反応に腹が立つ。
(私を貶めるためにここへ来たのかしら?本当にムカつくわ)
恨めしそうな視線に気付いたのか、オリバー様がフッと口角を上げた。
そして彼は、次に信じられない言葉を口にした。
「――エミリア、公爵邸に戻れ」
「…………え?」
その発言の意味を理解したとき、私の呼吸が止まった。
「何を……言って……!?」
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