48 ローザの我儘 オリバー視点
私は舞踏会から公爵邸に帰宅した後も、ずっと元妻のことが頭から離れなかった。
(あんなにも……美しいとは……)
エミリア・ログワーツといえば特に秀でたところのない平凡な女として社交界では長く知られていたため、かなり驚いた。
婚約者を宛がうにしても何故そんな女なんだと、父にイラついていたが。
あのとき見たあの女の姿。
元々良かったスタイルも相まって女神かと見間違えてしまうほどに綺麗だった。
実際、会場にいた半数の男は途中で姿を消した彼女を探しているようだった。
元妻に本気で結婚を申し込もうとしている男も何人かいるみたいだった。
それを聞いたとき、何故だか悔しい気持ちになった。
――あれは少し前までは、間違いなく私の物だったのに。
「…………!」
そんなとんでもないことを考えている自分に驚愕した。
私は本当にどうしてしまったというのだろう。
(ありえない。あんな女好きになるだなんて)
私にはローザがいるではないか。
いくら元妻が美しかったところで、愛しいローザには敵わない。
そういえば彼女は今何をしているのだろうか。
気になった私は、いつものように近くにいた執事に尋ねた。
「おい、ローザは今何をしている?淑女教育は進んでいるか?」
「ローザ様は厨房にいるとお聞きしています」
「……何?」
何故、ローザが厨房にいるのか。
てっきり公爵夫人になるための勉強をしている最中だと思っていた私は、執事を問い詰めた。
「厨房で一体何をしているんだ?」
「……それは私も存じ上げません」
私は居ても経ってもいられず、すぐに厨房へと足を運んだ。
「ローザ!!!」
「あら、オリバー」
ローザは厨房でエプロンを着て使用人たちと何かを作っていた。
「ローザ、こんなところで何をしているんだ」
「あなたとリオのためにクッキーを焼いていたのよ」
「クッキーだと……?」
「ええ、こんなにも広いキッチンがあるのに使わないだなんてもったいないじゃない」
それを聞いたとき、私は呆れて言葉も出なかった。
(呑気にクッキーを焼いていただと?)
今はもっと他にするべきことがあるだろう。
「ローザ、今はそれどころじゃないんだ。分かっているのか?」
「何が?」
「何がって……君は後に公爵夫人になるんだぞ。そのための勉強をしなければいけないだろう」
「どうして勉強をする必要があるの?ただあなたの傍に立っていればいいんじゃないの?」
「……」
私は絶句した。
ローザは公爵夫人という立場を何だと思っているのか。
目の前にいるローザをじっと見つめるも、彼女はきょとんとした顔で首をかしげるだけだ。
「ローザ……公爵夫人は公爵夫人としての仕事をしなくてはいけないんだ。だから……」
「仕事だなんてそんなの嫌よ!!!」
そのとき、ローザはまるで駄々をこねる子供のように声を荒らげた。
「い、嫌だと……!?何故だ……!我儘を言うのもいい加減にしろ!」
「あなたこそどうしてそんなことを言うの!?私、リオを妊娠してるときに言ったじゃない!出産後は子育てに専念したいから仕事はしたくないって!」
「ローザ……」
たしかにローザは昔そんなことを言っていたような気がする。
そしてそれに自分は何て返したか。
「そしたらあなたはこう言ったのよ。仕事はしなくていい、君は私の傍にいてくれるだけでいいんだ、ってね」
「……」
「それなのにどうして急にそんなことを言うの?」
私は何も言い返すことが出来なかった。
ローザの言ったことは全て紛れも無い事実だったからだ。
「……」
「オリバー、クッキーは後であなたの部屋に持って行くわね」
そしてローザはいつものように無垢な笑顔を浮かべてそう言った。
私は彼女の説得を諦め、覚束ない足取りで踵を返した。




