16 逆襲
数日後、お兄様から手紙の返事が来た。
手紙にはこちらで調べておく、助けてやれなくて悪かったという文が書かれていた。
(お兄様……)
この十年間、お兄様を始めとした家族たちはレイラと同じく何度も私を気にかけてくれた。
彼らから離婚を勧められることも一度や二度ではなかった。
しかしそのたびに私はオリバー様を愛しているからと全て断っていた。
みんなに非などない。
全ては過去の愚かな自分のせいなのだから。
そして手紙には、オリバー様との話し合いの場に自分も同席しようかという提案があったが、それはハッキリと断りを入れるつもりだ。
最後の最後くらい、ハッキリと自分の口で彼に別れを告げたかったから。
私は兄にお礼の手紙を書いた後、ドサリとベッドサイドに座り込んだ。
(それにしても暇ね……)
少なくとも、お兄様が証拠を掴んでくるまでの間は公爵邸にいなければならない。
憂鬱で仕方なかったが、これもあと少しの辛抱なのだと思えば耐えられる。
(その間に何をしようかしら……)
悩みに悩んだ末、私は一度部屋を出ることにした。
「ふぅ……」
やはり自室に籠りきりというのはあまり良くない。
本当なら前のように外出したいが、公爵夫人という立場ゆえそう簡単にはいかなかった。
とりあえず私は屋敷内をぶらぶらした。
少し歩いたところで、私に話しかけてきた人物がいた。
「奥様!!!」
「……?」
突然の大声に振り向くと、そこには公爵邸の侍女長が立っていた。
何故だか顔を真っ赤にしている。
(……何かしら?)
レビンストン公爵邸の侍女長は最も私に対して当たりが強い人物だった。
私が何かをするたびにもっと公爵夫人としての自覚を持てだの何だの言ってくるのだ。
あのときは良き公爵夫人になるため素直に従っていたが、正直今思えばかなり鬱陶しい。
(……何より、もう従う必要はどこにもない)
全てが思い通りにいくと思えば大間違いだ。
侍女長はそんな私の心境の変化に気付いていないようで、いつものように私を叱りつけた。
「最近うちの侍女を理不尽な理由で叱ったそうですね?他の侍女が目撃したそうです」
「……」
(なるほど、あのことか)
どうやらあれを見ていた人間がいたようだ。
これは面倒なことになった。
(いつもならオロオロして謝罪しているところね……)
しかし、私はもう彼らの思っているような弱気な人間ではない。
「理不尽な理由だなんて……私はただ生意気な態度を取っていた侍女を咎めただけだわ」
「目撃した侍女によると、目に涙を溜めて体が小刻みに震えていたそうです。可哀相だとは思わないのですか?」
「……」
そう言いながら、侍女長は口元に下卑た笑みを浮かべていた。
(可哀相……か)
きっと彼女が本当に可哀相だと思っているのはその侍女ではなく、夫から愛されず使用人たちからも疎まれている私の方だろう。
こんな人間が名門公爵家の侍女長とは。
私の夫は本当に人を見る目が無い。
私は自分を見てニヤニヤする侍女長を真っ直ぐに見据えた。
「貴方はいつから私に説教出来るほど偉くなったのかしら?」
「なッ……!?」
「貴方が今やるべきことは公爵夫人である私のお説教ではなくその侍女を教育し直すことではなくって?叱る相手を間違えていると思うのだけれど」
「何を言って……」
言い返す私を見て、侍女長は信じられないといったような顔をした。
彼女もまた私の変化に驚いているようだ。
「そうね、そんなに誰かを説教したいのであれば……いっそ侍女を辞めて家庭教師にでもなったらどうかしら?それならいつでも人を叱ることが出来るわよ?」
「……!」
私は嫌味をたっぷり込めて侍女長に反撃した。
しかし彼女は流石と言うべきか、この程度では折れなかった。
「旦那様の寵愛も得られない惨めな女のくせして……!」
「……」
ただの暴言である。
他の邸だと一発でクビになる発言だ。
私は表情を変えずに反論した。
「旦那様の寵愛?必要無いわ、そんなもの。もう欲しいとも思わないもの」
「な、何ですって!?自分が何を言っているか、分かっていらっしゃるのですか!?」
自分が何を言っているか分かっているのか、だなんて。
その言葉を彼女にそっくりそのまま返したいところである。
そこで私は少々大げさな演技をした。
「ええ、必要無いわ。だって私には公爵夫人という地位があるもの!公爵夫人ってすごいのよ?この邸の中で旦那様の次に偉いの!それこそ――しがない子爵家出身の侍女長一人いつでも追い出すことが出来るくらいにね」
「……!」
侍女長は余程悔しかったのか、ぐぬぬ……と唇を噛んだ。
完全に言い負かすことが出来たと思ったが、彼女は何とこれでも諦めなかった。
「旦那様に言いつけますよ……!」
「……!」
今度はそう来たか。
図太いメンタルだ。
(オリバー様に……ねぇ)
困ったら何でもあの人に言いつければどうにかなるとでも思っているのだろうか。
しかし、彼女には悪いが私の答えはもう既に決まっている。
私は侍女長に一歩近付いて自身より背の低い彼女をじっと見下ろした。
「――好きになさい」
それだけ言うと、呆然とする彼女から背を向けて部屋へと戻った。




